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三階層

 三階層は岩肌がむき出しだった二階層と似ている。ただ、分岐路も壁も存在しない、だだっ広い空間だけがあった。

 立っている位置から天井までの高さは5メートル。だが、天井も床も微かな傾斜があるようで、扉から右手の方向の遥か先にある岩肌が、今立っている位置より少し上に見える。

 逆の方向は先が見えないので判断が難しいが、下へと少し傾いているようだ。


「何もねえな……」


「見事にすっからかんですね」


 この階層は敵に囲まれたらきつそうだな。身を隠す場所もなく、逃げたところで遮蔽物のない見通しがいい地帯なので相手を撒くこともできない。


「どうしましょうか、土屋さん。ここは安全を考慮して迷宮の壁際まで移動して、進んでいきますか?」


 ショミミの提案も間違いではないと思う。片側に壁があれば、四方を囲まれることは避けることができる。

 だが、ここは扉の配置を確かめる絶好のチャンスでもあるよな。

 俺の予想では階層の扉は対角線上に配置されている。だとしたら、この扉から正反対の場所を目指して最短距離を突っ切ったら、かなりの時間の短縮となる。

 二人の昆虫族としての脚力、そして俺はアイテム『韋駄天の靴』を発動させれば、上手くいけば一日もかからずに、次の扉へ辿り着けるのではないだろうか。


 まあ、問題はあるが。まず、敵の存在。視界を妨げる物のない空間なので、かなり距離が離れていても敵を目視することができ、戦闘を極力避けられる――思いたいが、相手が素早く足の速い魔物だった場合、振り払うこともできずに敵が増え続けるという最悪の展開もある。

 そして、罠だ。壁が無いので罠は地面のみとなるが、巨大な落とし穴でも仕込まれ、万が一作動させてしまったら避けるのは困難だろう。


「慎重に対角線上に進みつつ、この階層の魔物を確かめよう。地面の罠は俺が探すから安心してくれ」


 魔物と罠の傾向がわかれば、後は対策をすればいい。

 時間の短縮を狙うにしても、無謀な行為は厳禁だ。俺一人の命ではないのだから。





 二時間が経ち、この階層にいる敵を『捜索』リストに放り込む作業は一区切りついた。

 今のところ三階層にいる敵は四種類。


 贄の島でお馴染み、老婆の顔と鳥の体――ハーピー。

 体長1メートルの巨大なミミズ――アースワーム。

 地面から突然現れる、鋭い鉤爪を持つ巨大なモグラ――大モグラ。

 そして懲りずにホブゴブリン。


 この階層の敵についての対応策は……ホブゴブリンはどうでもいいので除外する。

 ハーピーは滑空状態で見つかると厄介なのだが、この階層は止まり木もないので、地面からは直ぐに飛び立てないらしく、先に『捜索』で見つけて速攻で処理をさせてもらっている。

 アースワームと大モグラは地中に生息していて、こちらの足音をキャッチして地中から飛び出してくるようだ。


 中々に厄介な敵なのだが、地面に糸を網状に巡らし、その上を歩きながら進むと簡単に捕獲できた。

 地面に罠は配置されていないようで、たぶん、このアースワームと大モグラが罠の代わりなのだろう。

 万が一、他に罠があったとしても、この階層程度で躓くようなら先は望めない。


「どうする、土屋。このまま慎重に進むか?」


「いや、一気に突っ切ろう。ミミズもモグラも足音を探知してから、出てくるまで少しロスがある。全力疾走したら、反応が間に合わない筈だ」


「ハーピーはどうしますか」


「捜索スキルで事前に場所がわかるから、対策は俺がするよ」


「ホブゴブリンは……どうでもいいか」


「そうだねお兄ちゃん。目が合ったら問答無用で逃げるから……」


 恐るべし、ゴブリンデストロイ効果。

 今ふと思ったのだが、ゴブリンの国に乗り込んだら面白いことになりそうだよな。俺が町中を歩くだけで、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がりそうだ。

 一般市民のダークゴブリンになら命令の効果も発動できるのではないだろうか。上手くやれば国盗りが可能かもしれない……本格的に敵対した場合は、それも視野に入れておくか。


「余計な事を考えるのはやめるか。じゃあ、二人とも全力で駆け抜けるぞ」


「おっしゃ、任せてくれ」


「お兄ちゃん遅れないでね」


 韋駄天の靴に精神力を流し込み、能力を発動させた。

 足下に小さな竜巻が巻き起こり、足の裏から風が吹きつけてくるような感覚がする。

 まずは、半分程度の力を込めて走り始めたのだが、想像以上に足が軽く、砂塵を巻き上げて疾走している自分の足の速さに戸惑ってしまう。

 っと、これじゃ二人が付いてこられないのでは。

 そう思い振り返ろうとした俺を左右から挟むように、ジョブブとショミミが並走している。


「速えな! もうちょいなら、速度上げても大丈夫だぜ」


「私はまだまだ行けますよ!」


「ショミミ……もうちょっとお兄ちゃんに優しくなろうな……」


 ジョブブが顔を伏せボソッと呟いている。

 少し余裕がある方がいいだろう。この速度を維持するか。身体能力だけなら韋駄天の靴を発動させなくても、脚の速さで引けは取らない自信がある。

 だが、彼らは『跳躍』のギフトを活かした、独特な走法で跳ぶように走っている。その速度は身体能力の素早さや筋力だけでは計ることができない。全力で競争したら、ジョブブにすら勝てるかどうか怪しい。


 空気を切り裂き疾走する俺の耳に、ぼこっと地面が盛り上がるような音が後方で微かに聞こえた。

 走る速度を落とさずに振り返ると、地面から飛び出した大モグラとミミズが周囲を見回している。やはり、反応が間に合わないようだ。

 右前方に二つ反応があるな。『捜索』で察知したのはハーピーのようだ。まだ、かなり距離があるので、相手は気づいていない。

 進路方向にいるので迂回してもいいのだが、ここは強引に押し切らせてもらおう。


 アイテムボックスから拳銃を取り出しておき、相手が気づくギリギリの範囲まで全速力で駆け寄る。

 相手がこっちに気づくと同時に引き金を絞る。

 四発の弾丸がハーピーに向けて解き放たれ、脳天と翼の付け根を弾丸が貫いた。かなり距離があったのだが狙いを違わず撃ち抜けたようだ。


「こんなに離れているのに、良く当てられるな」


「それも走りながら」


 ジョブブ兄妹は感心してくれているが、これは能力補正が働いている。

 おそらくなのだが、拳銃の命中率は『器用』が影響している。贄の島で、権蔵、ゴルホ、サウワ、桜にも拳銃を使わせて競わせたのだが、器用な順に命中率が高かった。

 銃を扱った経験があるなら、数値以外の補正が働くだろうが、全員が初めての試射だった。

 ゴルホとサウワはステータスを見ることができなかったので憶測ではあるが、間違いはないと思う。

 俺の『器用』はステータスレベル込みで165。走りながらでも余裕で撃ち抜くことが可能だ。


 こうなると拳銃はかなり使える武器に思えるが、銃は威力が一定なのだ。柔らかい敵や牽制には有効だが、一定のレベルを超えた強敵には殆ど効果が無い。

 それにサイレンサーがないのでかなり大きな音が響く。闇夜に乗じて使ったとしても、この銃撃音でどれだけの魔物が寄ってくることか。忍び込んでいる最中なら、相手に場所を教えているようなものだ。


「今ので周辺の魔物が寄って来るかも知れない。ちょっと速度を上げるよ」


「お、おう」


「はい、わかりました!」


 この音を聞きつけて遠くからハーピーが数体、飛んできている。着く前に距離を取っておこう。

 ハーピーが途中で方向転換をしてこちらに向かってきているようだが、俺たちの足に追いつけないようで、その差が縮まらない。

 何発か『捜索』ポイントを参考に振り返らず適当に撃ちこんでおいたが、二発命中したらしく、ポイントの数が二つ減っていた。

 それを見たハーピーが躊躇したようで、追う速度が激減している。このままなら、問題なく振りきれるだろう。


「二人ともどれぐらいなら、この速度で走り続けられる」


「まあ、一時間ぐら」


「三時間は平気です! ねえ、お兄ちゃん」


「お、おう、そうですね……」


 もう少しでいいから、ジョブブを気遣ってあげような。兄が挙動不審になっているぞ。


「一時間ぐらいしたら休憩しよう。余力が無いと後が困るから」


「はーい」


 ジョブブ、潤んだ瞳でこっちを見るな。感謝しているのはわかったから。

 慣れてきたとはいえバッタの顔で見つめられると、身構えてしまいそうになる。





 あれから三度休憩をはさみ、当初の予定よりかなり早く次の扉へ到達した。

 前の扉を出発してから半日もかかっていない。やはり、対角線上に扉は配置されているようだ。

 わかったところで、この階層のように何もない広い空間ならまだしも、入り組んだ通路がある階層では殆ど役に立たない知識だ。目安にするぐらいが丁度いい。


「もう、門番ですね。どうしましょうか」


 情報を提供してくれていたハルクロはもういない。冒険者ギルドでもらった小冊子を取り出し、迷宮のアドバイスという項目に目を通す。


「確か、この階層の門番は……ゴブリン軍団か……」


 この迷宮はやたらとゴブリンを推してくるな。

 30体ものゴブリンが一度に現れるのか。魔法を操るゴブリンシャーマンや回復魔法を使えるゴブリンヒーラーや前衛のゴブリンファイター。といった面子のようだ。ゴブリンジェネラルは出てこないらしい。


「二人に戦ってもらってもいいが、俺の能力を試しておこうか。本当にそこまでの効果があるのか」


 二人が退き、地面に赤い魔法陣が描かれる。魔法陣から浮かび上がってきたゴブリンたちはやる気満々のようで、武器を手に舌舐めずりをしている者までいる。

 そんなゴブリンたちと目が合うと――計ったかのように一斉に目を逸らされた。それだけではなく、地面に膝を突いた状態で両肩を抱き締め、小刻みに震えているゴブリンまでいる。

 虐待現場のようで気が引けるが、門番を倒さない限り門は開かない。それに、ゴブリンデストロイの効果も確かめておきたい。ここは心を鬼にして、発動させてもらおう。

 俺がレベル98なので、ゴブリンたちのレベルが3分の1である32以下なら、俺の命令に絶対服従となる。


「自害しろ」


 冷酷な声をイメージして言葉を放つ。

 ……ゴブリンたちは……震えている。挙動不審のゴブリンは相変わらず、意味不明な行動を繰り返している。

 特に変化が無いように見えるのだが。レベルが32を超えているのか、それとも他に原因があるのか。


「命令の仕方が悪かったのか、命にかかわるような事は拒絶されてしまうのか? なら、お互いに殴りあえ……も効果が無いと」


 首を傾げながら唸っていたのだが、ふと、一つ頭を過ぎる閃きがあった。

 ああ、ここのゴブリン……共通語がわからないのでは。

 初歩的なミス過ぎるだろ。格好をつけて「自害しろ」と言っておいて、この有様だ。

 恥ずかしさのあまり顔が熱くなっている。

 い、いや、照れている場合じゃない。今度は糸を相手に繋いで『自害しろ』と精神感応で心の声を送った。


 そうすると、各々が武器や魔法で自らを攻撃して息絶えていく。

 壮絶な光景の筈なのだが、それまでの自分の行動に羞恥心が揺さぶられている最中で、あまり、残酷なイメージを受けなかった。

 チャンスがあれば、ゴブリン語……覚えておこう。


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