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初迷宮

「初めての迷宮探索ですね! 頑張っていきましょう!」


「ああ、血が騒ぐぜっ」


 ショミミとジョブブはやる気充分なようだな。元気すぎて、少々うるさいレベルだが。

 昨日、購入した防具が気に入ったらしく、二人は何度も手甲と脚甲を眺めてはニヤニヤしている。

 バッタ族は脚力を生かした格闘を得意としているので、ごてごてした鎧は動きの妨げになると考え、丈夫な魔物の皮を鞣した服にしておいた。

 盾の代わりにもなる手甲と、防御とメインの足技の威力を上げる目的で脚甲もまとめて購入した。武器を持たない彼らなので、かなり高価で高性能なものを選んだ。

 恐縮する二人には先行投資ということで、強引に納得させた。そうでもしないと、二人は絶対に受け取らないだろうからな。


 俺も幾つか自分の物を買いこんでいる。

 糸や食料の補充は当たり前だが、武器屋の片隅に妙な形をした武器があり、それも買い込んでいた。U字型の武器で曲がっている部分を握り、二つの先端を相手に突き刺すそうだ。

 そうすると、先端の側面から無数の針が飛び出し、内部を傷つけるというグロい仕様になっている。その針があるので刺された相手は引き抜くこともできず、癒すこともできない。

 武器屋の親父曰く


「オリジナル武器を作ったのはいいが、使い勝手が悪くてな。引き抜けないということは武器を失うって事だ。三十秒もすれば針は引っ込むんだが……」


 かなり貴重な鋼材を使い駆動装置には魔石も使っている。威力、強度にも自信があるそうだがマニアックな機構に、手に取る者はいても買う者がいないらしい。あと、材料のせいで値段が高いというのも原因だろう。

 だが俺はそれを購入した。こういうロマン武器は嫌いじゃない。

 懐に収納しているその武器に手を添え、大きく一度深呼吸をした。

 二人ほどではないが、初迷宮に血が騒いでいるのを自覚している。


「皆様方、迷宮では静かにお願いしやす。魔物を引き寄せちまいやすから」


 身長が俺の腰までの高さしかない二足歩行の黒猫が、浮かれすぎている二人に注意を促す。

 昨日、冒険者ギルドで雇ったハルクロは、毛並みの美しい巨大な黒猫に、革鎧を着させてコスプレをさせたような感じだ。獣人としてかなり猫の要素が濃い。彼のような獣人は元となった動物の能力を強く引き継いでいる。

 昆虫人にもいた越者、劣者という存在は獣人にもいる。彼はその越者だ。


 ハルクロはどこのチームにも属していないソロらしい。かなり優秀な盗賊だそうで、索敵及び罠の発見と解除の技術に優れ、多くの冒険者から同行の依頼が殺到している。

 そんな彼が駆け出しの俺たちについて来てくれた理由は、この町の入り口で出会った冒険者チーム『焔』のベルミケの紹介があったからだ。

 盗賊の冒険者を雇う為にギルドに向かうと、そこでばったりベルミケに会い、軽い気持ちで相談したら、ハルクロと知り合いだったらしく、話がとんとん拍子に進み、今に至る。


「皆さんは迷宮童貞ですから、ちゃんと言うことを聞いてくだせえ。姉さんの頼みとはいえ、命を捨てる気はあっしにはありやせんぜ」


 ご尤も。二人も反省したらしく、ぺこぺこと頭を下げている。


「まずは簡単な説明をしやす。迷宮は冒険者のみ入ることができやす。そんでもって、迷宮のそこらかしこに罠が仕掛けてありやすから、注意してくだせえ。まあ、5階層までは罠の仕掛けも単純で大したことありやせん。気張るのも程々に」


 見た目に反して頼りになりそうだ。

 話し方が独特だが、大陸の北西部辺りの訛りらしい。やはり、語尾にニャアはつけてくれない。


「あとは……あっしに敬語は必要ねえっす。命のかかった場面で、使い慣れてない話し方で伝達が遅れて死ぬなんて、笑い話にもなりやしやせん」


 そういう考え方もあるのか。プロ意識のしっかりしている人……猫獣人だ。


「では、あっしが先頭で行きやすから、後に続いてくだせえ」


 迷宮の入り口に立つ衛兵にギルドカードを見せると、ちらりと視線を向けられた。


「通っていいぞ」


 あっさりしているな。ギルドカードを信頼しているのか、それとも冒険者が生きようが死のうが興味ないのか。衛兵の素っ気ない態度では判断が付かない。

 二人の衛兵が内開きの門扉に手を掛け押し開く。迷宮の中から漏れだした空気は少し湿り気があり、体に纏わりつくような気持ち悪さがある。


「行きやしょう」


 俺たちは黙って頷くと、門扉の隙間に滑り込み、人生で初めての迷宮へ足を踏み入れた。

 迷宮の中は思っていたより明るい。

 扉を抜けた先は下りの階段になっていて、壁面にランタンのようなものが等間隔で設置されている。


「五階までは灯りの準備もいりやせん。足元もしっかり見えやす。この下りの階段で敵が出ることはありやせんので、安心してくだせえ」


 緊張した面持ちだった二人はほっと息を吐き、少しだけ肩の力が抜けている。

 実力はある二人だが、迷宮の空気と雰囲気に少し飲まれかけていた。良いタイミングで、ハルクロが声を掛けてくれたようだ。

 結構下ったのだが、まだ終わりが見えない。もう、3分近く経っている。

 階段はかなり急な勾配でこの長さ。かなり深くまで潜っている筈だが。


「そろそろ、着きやす。ここからは気を抜かないで下せえ」


 ハルクロが先陣を切って階段を駆け下り、周辺を警戒している。どうやら、先はホールになっているようだ。

 ジョブブ、ショミミの順に続いて俺もホールへと降りた。

 やたらと天井の高い石壁に囲まれた空間。敵の気配もない。


「では、行きやしょう。あっしより先には決して出ないように、おねげえします」


 さあ、気合を入れていくぞ。ここからは、先輩冒険者であるハルクロに託し、技術を吸収するつもりで後方から勉強させてもらおう。





「右前方から魔物の気配がします! 種族はわかりませんが、たぶん、三体です」


「種族はゴブリンとホブゴブリンだ」


「どうする、待ち構えるか、それとも先制攻撃をぶちかますか」


「罠が無いか探ってみたが、近くに罠は無い。敵も雑魚だ、速攻で倒そう」


「了解です!」


「わかった!」


 俺の指示に従い、ジョブブとショミミが通路の奥へ駆けていく。


「あっ、ちょっ!」


 『捜索』に他の魔物の反応は無い。近くに別の気配もない。糸で通路全体を弄り、罠が無いのも確認済みだ。

 俺が通路に飛び込んだ時には、全てが終わった後で、ゴブリン二体とホブゴブリン一体が光の粒子となり大気に漂っていた。

 一階層に入り込んでから五時間が過ぎようとしている。当初はハルクロに全てを任せていたのだが、だいたいのコツがわかったので、今は俺たちだけで判断をし、行動している。


「あのぉ、皆様方……あっし必要ですかい……」


 全てが終わった現場に駆け付けたハルクロが、寂しそうにぼやいている。


「ハルクロさんがお手本を見せてくれたからですよ」


「にしても、吸収が早すぎやしませんか。それどころか、あっしの得意な気配察知も、お嬢さんの方が正確で索敵範囲も広い」


 そうなのだ。ショミミの所有している『気配察知』のギフトが高性能で、俺やハルクロが気づく前に警告をしてくれている。

 彼女の『気配察知』は、この迷宮のように通路が入り組んでいて先が見通せない場所では、かなり有益な能力だ。この効果範囲の広さと正確さから予想すると、『気配察知』のレベルは5を超えているだろう。


「それだけじゃありやせん。土屋さん、あんた何者ですかい。触れても見えてもない位置の罠が何でわかりやす? あっしより先に見つけるなんて、今も正直言って信じられやせんぜ」


 腕を組んでため息を吐く、ハルクロの姿がとても可愛い。猫派の俺としては人間に近い獣人より、殆ど猫の方が好みだ。実家の猫を思い出す。


「ギフトの力だと思ってくれ」


「その、無数に伸びている糸ですかい?」


「まあな」


 出来るだけ通路や壁の色に合わせた糸を使っていたのだが、気づかれていたか。

 糸を先行させて、壁や床だけではなく天井にも這わしている。『気』を通すことにより触覚も得ているので、不自然な罠は即座に見つけられる。

 意外と迷宮探索に向いているスキル構成だったようだ。


「変なギフトを所持して、レベルの割にステータスが異様に低いって話でやしたが、噂は当てになりゃしませんな。身のこなしも一流のそれでやすし。かなり、優秀なお方やないですか」


「まだまだ、だけどな」


 褒められるのは嫌な気がしないが、これぐらいで調子に乗るわけにはいかない。

 ステータスレベルのおかげで身体能力は高いが、素の値が低すぎる。

 普通の人を軽く凌駕はしている。だが、俺の求める強さの前ではそんなもの何の役にも立たない。

 ポイントだけで能力を伸ばすのではなく、冒険で体を鍛えることによりベースの値も伸ばしていかないと駄目だな。課題は山積みだ。


「ここからは、三人でやってみる。何か不備や見落としがあったら注意してもらえるか?」


「わかりやした。期待の新人の腕、じっくりと見学さしてもらいやす」


 彼との契約は今回だけだ。これからは三人で潜らなければならない。優秀な教官の元で潜れるチャンスを有効に生かさないと。





「ここが階層の扉ですか」


 ショミミが巨大な扉を見上げ、感嘆の息を吐く。

 このダンジョンは無駄に広く、一階層の扉を見つけるまでに三日を費やしてしまった。

 噂には聞いていたが、尋常ではない広さだ。食料は大量に買い込んでいるので、飢える心配はないが、日帰り迷宮探索なんて気軽さは微塵もない。


「扉が無駄にでかいな。屋敷一軒そのまま潜れそうだ」


 腕を組んだジョブブが妙な例えを口にしている。流石、兄妹と言うべきか、巨大な扉を眺めているポーズがほぼ同じだ。


「観察も感心も後にしてくだせえ。扉前のエリアに踏み込むと、門番が出てきやす。そろそろですぜ」


「わかった。ここは俺たち三人でやらしてもらう。少し下がっていてもらえるか」


「わかりやした。皆様方なら大丈夫だとは思いやすが、決して油断はしないでくだせえ」


 俺たちは黙って頷くと、足並みを揃えて扉へと歩み寄る。

 扉まであと10メートルぐらいまで近寄ると扉が赤い光を発する。その光は地面を走り、赤い軌跡を残したまま、魔法陣のようなものを描き始めた。

 ボス戦らしさが出てきたな。如何にもといった感じだ。

 光が動きを止め、魔法陣が描き終わると更に光量が増して、天井まで届く光の柱の中から一体の魔物が姿を現した。

 4メートルはあろう巨体に濃い緑色の体。全身が筋肉の塊で、その二の腕の太さはショミミの胴回りを軽く上回る。

 下から生えた二本の牙が口元から少し覗き、赤黒い舌が唇を舐めていた。


「一階の門番はゴブリンジェネラルでやす。その強さはゴブリンの比じゃありやせん!」


 あ、うん。知っている。

 登場方法と雰囲気にかなり期待していたのだが、よりにもよってゴブリンジェネラルか……がっかりだ。


「黒くねえんだな。これならやれるか」


「お兄ちゃん油断しないで。土屋さん、ご命令を!」


「あーなんだ。二人で対応してもらえるかい? 実力を見たいからさ。危なくなったら手助けするから」


 当時、俺と春矢が組んで何とか倒せた相手だが、今の実力だと独りで戦ったとしても楽に勝てる。なら、二人に戦わせ実力を確かめさせてもらおう。


「それは無謀でやすよ! ゴブリンジェネラルはEランク三人チーム推奨なんですぜ。実力はあるとはいえ、最低ランクのGである皆様方には、荷が重いってもんです!」


「戦ってもいいんだが。俺が参加すると戦いにすらならないからな……見ていてくれ」


 今にも飛びかかろうとしていたジョブブとショミミを手で制すと、俺が一歩前に出た。そのまま無造作にゴブリンジェネラルへ歩み寄る。

 俺が一歩踏み出すと、ゴブリンジェネラルが一歩後退る。

 もう一歩進むと、相手も一歩下がる。これの繰り返しだ。


「へっ? ゴブリンジェネラルが怯えている……」


 脂汗を滲ませ、震えながら後退するゴブリンジェネラルというシュールな光景に、全員が呆気にとられている。

 ここまで効果があるとは思わなかったな――新たな称号『ゴブリンデストロイ』の力が。

 生徒手帳に称号が増えていたので『説明』で調べておいたのだが、その効果が中々酷かった。


『ゴブリンを滅ぼす者。レベルの低いゴブリン族は近くに寄るだけで、身体能力の減衰、恐怖、混乱が発生する。称号を所有する者のレベル3分の1以下であるゴブリン族は、相手の命令に逆らうことができない』


 ダークゴブリンジェネラルを二体倒した時に手に入った称号らしい。その前に、ダークゴブリンやダークホブゴブリンを大量に倒していたのも大きかったのだろう。

 効果のほどは、ジェネラルを見てもらえばわかると思う。抜群だ。


「とまあ、こんな感じでな。俺が参加すると勝負にならないんだよ。俺は下がっているから、二人に任せるよ」


 俺がハルクロの隣にまで下がると、ゴブリンジェネラルが安堵の表情を浮かべたように見えたのは気のせいなのだろうか。


「状況が掴めないが、わかったぜ!」


「少しお待ちください。直ぐに片付けますので!」


 気の大きさや、動きを見る感じでは贄の島で遭遇したゴブリンジェネラルより弱い。二人の実力なら何の問題もないだろう。

 安心して眺めている俺の隣で、ハルクロはまだ呆気にとられている。

 観戦ムードで戦いを眺めていると、二人も戦闘準備が整ったようだ。

 ジョブブは正面から突っ込んでいく。ショミミは半円を描くように走り込み、側面を突くつもりか。

 二人は異常に発達した脚力を生かして、一歩一歩の歩幅が大きい。体を前に倒して顔を前に突き出し、地面を蹴りつけ跳ぶように走っている。


 ゴブリンジェネラルは手にした巨大な棍棒を、一直線に向かってくるジョブブの脳天へ力任せに振り下ろした。

 かなりの威力が期待できる一撃だが、動作が緩慢すぎる。軽く横にステップするだけで、躱されてしまう。

 棍棒が地面にめり込み、攻撃後の隙だらけなゴブリンジェネラルの向こう脛を、ジョブブの脚甲で武装された蹴りが襲い掛かる。

 バッタ族の脚力に加え、かなり高価な鋼材で作られた脚甲が激突し、迷宮に鈍い音が響き渡った。


「ゴフルオオオオウゥ!」


 あまりの痛さに棍棒から手を放したゴブリンジェネラルは、両手で向こう脛を押さえ、片足で飛び跳ねている。

 アレは痛い……見ているだけだというのに、思わず身を竦めてしまう。

 その隙を逃す理由はなく、迂回していたショミミが大きく跳躍すると、空中で一回転をして急降下してきた。

 無防備なジェネラルの首筋に落下速度と体重の乗った、ショミミの足の裏がめり込み、そのまま頸椎を粉砕する。

 首が本来の稼働区域を超えて横に曲がり、ジェネラルの目鼻口からおびただしい量の鮮血が溢れ出した。


 兄妹ならではの息の合ったコンビネーションだ。

 バッタ族の脚力は侮れないな。数値を超えた動きを二人とも見せてくれた。この実力なら戦力として充分すぎる。


「ご苦労さま。二人とも見事だったよ」


「黒くないゴブリンなんてこんなもんだ」


「あまり強くなかったのでほっとしています」


 二人にも怪我一つない。この調子を保てるなら5階まで踏破できそうだ。


「本当に何者でやすか、皆様方は……」


 ハルクロが感心していいのか呆れていいのか戸惑っているようだ。

 三人が三人とも新人離れした実力だ。驚くのも無理はない。

 この調子で、次の階も楽勝で通過できればいいのだが。


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