冒険者
冒険者ギルドから解放されると、外は日が落ち始めていた。
何だかんだで結構な時間、拘束されていたようだ。
ギルド内であれから魔石を一部、換金したのだが、素材買い取り担当の職員さんがとても親切だった。それは有難く、良いことなのだが……時折、同情するような視線と不自然な優しさは勘弁してほしい。
おそらく、オールさんからある程度の情報が伝わっていたのだろう。高レベルでありながらステータスの低い冒険者がいる、と。
そのおかげというべきか、周りの対応と比べて俺には皆、妙に優しかった。
ギルドの職員を味方に付けられたのは僥倖だ。とても喜ばしい。
ただ、俺の理想とする展開と全く違う方向に話が進んでいる。
「どうしたのですか。暗い顔をして」
「ショミミ。土屋は能力値の低さにショックを受けているだけだ。そっとしておいてやれ」
純粋に心配してくれているショミミと、同情をしている振りをしているジョブブ。
妹よりも劣っていることはショックだったようだが、レベル差がかなりあるというのに俺を上回っているステータスがあったことが、かなり嬉しかったようだ。
悪気はないとわかっている……少し、ほんの少しだが、いらっとする。
「でも、あの魔道具の測定おかしくないですか。土屋さんの戦いや動きを見ていれば、もっと数値が高い筈です」
「言われてみればそうだな」
言われなければわからなかったのかジョブブ。
「その件に関しては、何処か落ち着ける場所で話そうか。いい感じの飯屋があれば良いんだが」
「あ、それなら、ギルドの職員さんに教えてもらった店があります。親切な方で、その店の地図まで描いてくれました」
「ショミミ! それは男の職員なのか、それとも女性――」
「お兄ちゃんうるさい。どっちでもいいでしょ……あっ、土屋さんも気になりますか?」
「何が? その店の評判?」
「いいです、もう……ええとですね! この大通りを少し進むと右手に見えてくるそうですよ!」
頬を膨らませ拗ねたように説明をするショミミを見て、思わず微笑んでしまった。
相手の望む言葉は理解しているが、それに応えることは出来るだけ避けておきたい。変に期待させるのは彼女にとっても酷なだけだ。
「じゃあ、そこで腹ごなしも兼ねて今後の相談もしておこうか」
街並みを眺めながら進んでいくと、目的地らしい店の看板が目に入った。
「ここです、ここ。夢追い亭です」
看板には両刃の剣と斧と槍が交差している絵が彫られている。その下に書かれている文字は共通語で夢追い亭。見るからに冒険者御用達の飯屋なのだろう。
古い西部劇で見たことのある、腰までの高さしかない両開きの扉を開け、店内に足を踏み入れた。
一瞬、全身を押されたような錯覚をしてしまう程の喧騒が押し寄せてくる。
店内にはカウンターと幾つかのテーブル席がある。板張りの床に装飾品が無い飾り気のない店内だが、俺はこういった無駄なものが無いシンプルな内装は嫌いじゃない。
「お、窓際の席が空いているぜ。そこにしよう!」
返事を待たずにジョブブが入り口に近い窓際の席に陣取った。
自分が命を狙われる対象なら窓際は避けるべきだが、今のところ冒険者ギルド内では同情と笑いの対象でしかない。いらぬ心配だ。
「さあ、何食うかな! おっと、ここは俺が出すぜ。大八車を引いていたお礼として、娘さんから金もらったからな!」
「土屋さんにはお世話になりっぱなしですから、ここは払わせてください」
「じゃあ、遠慮なく」
メニューに手を伸ばし、ざっと目を通す。
材料が良くわからない料理もあるが、どんな料理かは見当が付く。
「じゃあ、このハムル鳥のソテーと、シチューを貰おうかな」
「了解。ショミミは決まったか?」
「うん、決まったよ」
「すんませーん! 注文いいですか」
ジョブブの大声が店内を満たす。客の何人かがちらっとこっちに視線を向け、ジョブブとショミミを見て視線が止まる。何かをぶつぶつと呟いているが、どうやら二人が珍しいようだ。
この町は人口の殆どが人間で、店内もそれに準じて九割の客が人間。残りは、耳が長いエルフらしき種族と、動物の耳が髪の間から覗いている獣人。
まだ、街中を充分に見て回っていないが、今のところ昆虫人は二、三人しか見ていない。
「はーい、いらっしゃいまーせー。あ、昆虫人だ、それもバッタ族かな。めっずらしぃー。ねえねえ、何処から来たの? セグバクトイン? それとも片田舎からとか? 冒険者? 旅人だったりする? あ、そっちの人は人間だよね? あ、もしかしてお兄さんも昆虫人だったりする?」
矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる、この店のウエイトレスにジョブブもショミミも圧倒されている。
やけにお喋りな店員だな。
頭から生えたやけに長い白い耳と、小さな口から飛び出している前歯からして、ウサギの獣人なのだろう。
スカート丈の長いメイドのような格好が制服か。別の店員も同じ格好をしている。
ただ、そのメイド服の色彩が黄色メインなので、コスプレにしか見えない。
「こっちの二人はバッタ族。俺は人間だよ。冒険者に成りたてで、この町にも今日来たばかりだ。俺は旅人で、二人は村から出てきた」
律儀に答えると、ウサギのウエイトレスは目を丸くしている。大きな眼球の中心にある瞳の赤さもウサギっぽい。
「うわー、ちゃんと全部受け応えてくれるなんて、良い人だねっ。ラビラビちゃんの好感度アップアップだよっ! そかそっかー。この町と冒険者の初心者なんだね! ようこそ、エクスペリメントの町へ! 新しい住民は大歓迎だよっ」
両腕を上げオーバーアクションで歓迎を表現してくれている。
テンションの高さと早口に若干引いてしまうが、活力が溢れ出している動きを見ているだけで、こっちが元気になってくる。
「ありがとう……ラビラビさんでいいのかな」
「そうだよー。この店の看板娘、ラビラビちゃんだぞー」
この口調も無理している感があるオタク系を名乗るアイドルのようだが、この子の場合は素なのかもしれないな。
「この町で昆虫人は珍しいのか?」
「そうだねー。獣人は結構いるけど……私もそうだしね! 昆虫人は人間が苦手みたいだし、人間も昆虫人を毛嫌いしている人もいるからねー。でも、ゼロゼロってわけじゃないよ。冒険者として有名な人で昆虫人もいるし。んーと、んーと、あと、この町にいる昆虫人の大半が劣者じゃないかな。この町は虐げられた者も多く集まるからねっ」
明るい口調で言ってはいるが、話の内容はかなり真面目だ。
劣者はその能力の低さ故に、肩身の狭い思いをする者がいると、事前にショミミたちから情報を得ていた。居心地の悪さを感じていた劣者がこの町に流れ着くというパターンが多いのかもしれないな。
「っと、そろそろ、注文していいかな」
「あーっ、ラビラビってばお喋りさんっ! いっつも、皆に怒られるんだっ。口を閉じて仕事しろって。口閉じたら注文聞けないのにねぇー」
悪びれた様子が全くないラビラビに何とか注文を出すと、スキップを踏みながら店の奥へと消えていった。
悪い子ではないのだが騒がし過ぎた。やっと、落ち着ける。
雑談をしながら待っていると思いの外早く、注文の品が机の上に並んだ。
全員がなみなみと注がれたジョッキを手にしたのを確認すると、それを掲げ――そういや、乾杯の習慣はあるのだろうか。まあ、やってみればわかることだな。
「二人ともお疲れ様。今日はゆっくりして明日から冒険者活動を始めよう。それじゃあ、乾杯!」
「かんぱーーい!」
ジョッキがぶつかり合い、中身が少しだけ零れる。
勿体ないので慌てて口をつけ一気に飲み干した。二人も同様に喉を鳴らして、流し込んでいる。
ちなみに、俺の飲み物は麦茶に似た味のお茶で、二人は野菜ジュースだ。三人とも酒を飲まない冒険者というのも珍しい存在だろうな。
他のテーブルの客は、白い泡が溢れ出しそうなビールらしき酒を口にしている。
「くはあああっ! キンキンに冷えた野菜ジュースは最高だな!」
「人参の仄かな甘みが、口当たりを柔らかくしていて凄く飲みやすい」
俺が酒をあまり好まないので、酒を飲まない二人の方が一般的な酒飲みな冒険者より有難い。
「食べながらで良いから聞いてくれ。宿はこの店の二階と三階が宿泊施設になっているようだから、予約しておいた。だから、寝床の心配はしなくていい」
一階が酒場兼食堂で二階から上が宿屋というので、これから探すのも面倒なので、そのまま部屋を取っておいた。
「も、もしかして、三人で大部屋でしょうかっ」
「二人部屋と、一人部屋だよ。言うまでもないけど、一人部屋が俺で、兄妹が二人部屋な」
露骨に残念そうな顔をするショミミと、慰めているジョブブ。いや、妹の暴走を止めてくれよ兄として。
「明日からの方針としては、武器防具と道具の買い出し。あと町の散策もやっておこうか。準備が整ったら明後日から迷宮に挑戦してみよう」
「あの、迷宮ってどんな感じなのでしょうか。噂で聞いた程度なので、少し不安で」
「俺も詳しくは知らないが、何でも、ここの迷宮は地下へ地下へと潜るタイプとかどうとか。階層ごとに扉があって、門番をしているボスを倒さないと次の階層へ進めないのだったか」
ここだけ聞くと完全にゲームだよな。中ボスを倒すと次のマップへ進める。わかりやすくていいが、贄の島でのサバイバル生活とのギャップに思わず眉根が寄ってしまう。
「小冊子にも迷宮の説明が書いてあったな。確か……このページからか。ええと、迷宮は何階層にも分かれていて、扉の前にいる門番を倒した者、もしくはチームメンバーのみが次の階層へと進むことができる。一度通った階層は次からは通らなくても良い。迷宮へ挑戦する際に入り口の魔法装置に触れ、行きたい階層を念じることにより、今までいったことのある階層なら何階層にでも転移が可能」
攻略済みの階層はショートカットが可能なのか。中々の便利機能だ。冒険者ギルドの動く歩道と能力を調べる水晶玉。あの二つから察するに、ここの迷宮は古代人の遺跡かもしれない。
それなら、このゲームのような便利機能も強引にだが納得できる。
「あのあの、帰るときはどうすれば。また一階層ずつ逆走しないといけないのでしょうか」
「いや、一階層ごとに存在する扉に触れて念じるだけで、入り口へ転送する機能が付与されているらしい。五階層までは初心者冒険者向けで、五階層を突破して初めて、一人前の冒険者と認められるらしい」
「まずは、五階層突破だな! 大丈夫だ、俺たちは強い! オールさんもそう言っていただろ」
ああ、そうだな。二人には……そう言っていたな。
実際のステータスが表示されていなかったので、俺は同情の的だったが。
「初めての迷宮は一人冒険者を雇おうと思っている。罠や敵の気配察知に優れた盗賊を」
幸運なことに魔石をある程度換金したおかげで、懐はかなり温かい。
迷宮の初探索なのだ、ここは慎重に慎重を期すべきだ。
ちなみに盗賊と聞くと、金品などを強奪する無法者のイメージがあるが、ファンタジーにおける盗賊は立派な職業の一つだ。
サバイバル能力に優れ、罠の発見、解除、設置。それに斥候としても活躍するチームに一人は欲しいメンバーである。
「うんうん、そうですよね。命が懸かっているのですから、安全策を取らないと」
「そこら辺はリーダーに任せるぜ」
「あー、やっぱり、リーダーは俺になるのか」
冒険者ギルドで冒険者登録をした際に、追加料金を支払うとチーム申請が可能だったので、俺たちは迷うことなく三人でチームを立ち上げることとなった。
その書類を貰ってきているのだが、チームリーダーの欄だけは、まだ記載していない。
二人は俺に従ってくれるのは確定事項なので、リーダーになるであろうことはわかっていた。少し前までなら、素直にリーダーの座を受け入れられたのだが、今は状況が違う。
ジョブブとショミミ……特にショミミは将来をかなり有望視されている。そんな二人を差し置いて俺がリーダーとなると周りの目が……想像するだけで鬱になりそうだ。
「私たちのリーダーは土屋さんだけです」
「おう、当たり前だ」
まあ、スポーツでもキャプテンが最も優れた選手でない場合の方が多い。周りには指揮官として優れているとでも思わせておくか。
「さて、面倒な話はここまでだ。明日から何かと忙しくなるから、今日は思う存分食べて飲んで、英気を養おう!」
この時、理想的な転移冒険物の流れに乗ることができ、テンションが上がっていたのは事実だ。
この日ばかりは、桜の事も意識から少しだけ離れていた。
順風満帆な理想の未来が待っている。
そう思いこみたい自分と、上手く事が運びすぎていることに怯える自分。その異なる二つの想いを抱えたまま、夜は更けていった。




