ステータスとギフト ※
受付で俺たちの対応をしてくれた職員が、そのまま担当してくれるらしく、促されるままに開け放たれた扉から奥へ続く通路に入っていく。
大人が二人どうにか並んで立てる幅の通路には窓が一切ない。真っ直ぐ伸びた通路の先に扉があるようだが、かなりの距離がある。
この建物は思っていたよりも奥行きがあるらしい。
委員長風の職員に続いて俺たちも通路に踏み出し、数歩歩いたところで突然、足元の床が動き始めた。
これって、動く歩道なのか?
「おおおっ! ゆ、床が動くっ!?」
「えっ、えっ、地震?」
ジョブブとショミミは状況が掴めないらしく、狼狽えている。
振り返った職員の顔には悪戯が成功した子供の様な笑みが浮かんでいて、二人のリアクションを喜んでいるようだ。
「落ち着いてください。この動く床は古代人の技術を応用して作られた物です。安全性は保障しますよ」
古代人? 謎の設定が出てきたな。
古代人、技術、応用とくれば、これだけでおおよその予想はつくが、確かめておくか。
「すみません、古代人とはなんでしょうか。私は辺境の村出身で物を知らなくて、お恥ずかしい話ですが古代人について知識が無いのですよ」
「そうなのですか。それにしては落ち着いているようですが。では、到着までに少し時間がありますので、簡単な説明を。古代人とは千から数百年前に、この大陸で最も栄えた種族と言われています。見た目は人間と変わらないのですが、魔法の才能に秀でた種族だったらしく、技術の粋を集めた魔道具や古代の遺跡が今も各地に残されています」
大昔に何故か存在していた超文明というやつか。
「天まで届く塔や、海深くに町を築き、大量の武器を内包した鉄のゴーレムや、馬や鳥にもなるゴーレムの乗り物も存在していたそうです」
「凄いですね。そういった古代人の末裔が、私たち人間なのですか」
「いえ、そうではありません。稀に魔力量の多い人間は古代人の血が流れていると噂されることもありますが、我々人間の殆どが当時平民や奴隷だった劣等種と呼ばれる存在だったそうです」
これは能力が優れた者が古代人と名乗り、能力のない者が虐げられていたと見るべきか、それとも種族が全く別なのか。調べてみると面白いかもしれないな。
「古代人の繁栄は永遠に続くと思われたのですが、ある日、何の前触れもなく古代人が歴史から消え去ります。その原因について説が幾つか存在します。魔法装置の暴走により魔力の強い古代人のみが体を侵食され息絶えた。同じ時期に現れたと言われている魔族との争いにより古代人が殲滅された。神を侮辱し神罰が下った――今も確証がなく、歴史学者での間では滅びた原因についての派閥が存在するそうですよ」
ありがちと言ってしまえばそれまでだが、古代に栄えた文明が滅びるという流れは、なかなか興味深い。子供の頃、大西洋に沈んでいるアトランティス大陸についての本を愛読していた者としては、好奇心が疼いてしまう。
「たまに私は古代人の末裔だと言い切る人がいますが、話半分に聞いてあげてください。殆どが思いこみか妄想癖のある人ですから。あ、到着しました。この先で能力検査をします」
扉の1メートル手前で動く通路は終わるようで、職員がぴょんと扉の脇に跳び降りた。
動く通路から解放されたショミミたちは足元がおぼつかないらしく、床を爪先で叩いて足の感覚を確かめている。
「中には担当の審査官がいますので、詳しい話はそちらからあります。それでは、どうぞ」
委員長職員さんが開けてくれた扉から室内へ入ると、そこは六畳間ぐらいの小さな部屋だった。
白で統一された室内の壁と床。部屋のど真ん中に鉄製の机があり、その机を挟み込むように椅子が二脚置かれている。
自分たちが入ってきた手前の椅子には誰も座っていないが、対面方向の椅子には一人の男性が座っていた。
女性職員と同じような制服だが、流石に下は短パンではなく普通のズボンだ。ただ、その制服の上から何故か白衣を重ね着していて、その姿が医角を彷彿とさせる。
男は余計な贅肉がない痩せすぎた男で、目の下に隈があり不健康な生活をしているのが容易に想像できた。
髪型はオールバックで艶のない白い髪を無理やり固めている。年齢不詳だな。たぶん、30前後だろう。
第一印象は眠たげでやる気の感じられない男だ。
「貴方たちが冒険者希望ですね。早速能力を調べさせてもらいますよ。ささ、誰からでもいいので、椅子に座ってもらえますか」
痩せこけた男は予想外に明るい声で、気軽に話しかけてきた。
思わず二人と顔を見合わせ、誰から行くべきか迷ったのだが、ジョブブがそんな俺の迷いを察知して何も言わずに先陣を切ってくれた。
「じゃあ、俺から調べてもらおうかな。ジョブブだよろしく頼む」
「ジョブブさんですね。私は審査官のオールと言います。以後お見知りおきを。ええと、あったあった、この水晶玉を上から鷲掴みしてもらえますか。そうすると、この板に貴方のレベル、ステータス、ギフトが表示されます」
その言葉に無関心を装っていた顔が崩れそうになったが、表情を引き締め直す。
生徒手帳と殆ど同じ表示がされるというのか。
机に置かれた水晶玉と、その隣に並んで置かれているガラスの板らしき物が、能力を測定する魔道具なのだろう。
「扱う時はあまり力を込めないでもらえますか。古代人の遺跡から見つけ出した、貴重な魔道具なので壊れると修復が難しくて。そーっと鷲掴み願います」
なら鷲掴みという表現ではなく添えるだけと言った方がいいような。
この高度な技術の元は、やはり謎の超文明か。
「わ、わかった。こんな感じか」
こういうのが初めてらしく、緊張しながらジョブブが水晶玉に手を乗せる。
その瞬間、水晶玉の中心が薄らと青色に輝き、その光がジョブブの全身を包んでいく。
「この光は無害なので安心してくださいね。抵抗せずに光を受け入れるように、力を抜いた状態でお願いします……はい、いいですよ。結果が出ました、ご確認ください」
そう言って差し出されたA4サイズの透明な板を受け取ったジョブブの背後から、俺とショミミが覗き込む。
その板には無数の文字と数字が浮き出ていた。
まず目に飛び込んできたのが以下の記載だ。
レベル35
筋力 39
頑強 24
素早さ 45
器用 20
柔軟 34
体力 55
知力 10
精神力 30
運 15
生徒手帳と同じように見えるが、ステータスポイント、スキルポイントが存在していない。
それに自分のステータスなら、筋力(〇〇)〇〇と純粋なステータスの値とステータスレベルによる加算という2種類の数字が書かれている。
現地の人にはステータスレベルやスキルポイントというのが存在していないようだ。転移者のようにポイントを自由に割り振ることができないということだろう。
他の気になるところは……レベルが35の割には素のステータスが高い。ポイントを割り振ることができない状態でこの数値。やはり、素体が人間とは違う為だろう。
筋力、体力、素早さは目を見張るものがある。知力は……まあ、色々あるよな。
さて、問題はここから下のスキル……じゃない、ギフトなのだが――
『脚力』『跳躍』『バッタ流蹴脚術』『消費軽減』
ギフトは4つか。脚力と跳躍はバッタ族なら誰でも所有しているギフトだったな。『バッタ流蹴脚術』はバッタ族にのみ伝わる格闘術。その名が示す通り足技をメインとしているそうだ。
それに加えて消費軽減か。これは奴隷生活で身についたのかもしれない。
ギフトの隣にレベルは無い。つまり、所有しているギフトが表示されるのみで、レベルと言う概念はないということか。
「おおっ、ギフトが一つ増えてるぜ! ショミミ見てみろ、この兄の偉大さを!」
「凄いね、お兄ちゃん! レベルとかステータスの数値は良くわからないけど、素早さの数字が大きいから、きっと凄いと思うよ!」
二人は手を取り合って喜んでいる。
そうか、村で暮らしていたら自分の能力をこうやって見る機会なんて無いよな。
「いやー、ジョブブさんは中々優秀ですよ。レベルも30超えていますし、ステータスもかなりのものです。ギフトも冒険者の前衛として向いていますよ。バッタ族は優秀な種族だとは聞いていましたが、素晴らしいですね」
べた褒めするオールにジョブブは満更でもない顔で胸を張っている。
「では、次はどちらに」
「は、はい! 私でお願いします!」
緊張した面持ちのショミミの肩を軽く叩き「肩に力が入りすぎだ。リラックスしろ」とジョブブがアドバイスを送っている。
「では、この球に触れてもらえますか」
「はいっ、こうでしょうかっ」
ジョブブの時と同様に水晶玉が光り輝き、板に文字が浮かび上がってきた。兄として気になるのだろう。ジョブブも俺と同様に後ろから覗き込んでいる。
レベル33
筋力 64
頑強 44
素早さ 98
器用 43
柔軟 52
体力 95
知力 20
精神力 40
運 15
その数値を見て絶句してしまった。
三桁間近のステータスが2つもあるぞ。それに、全ての数値がジョブブを余裕で上回っているような。
思わずジョブブへ視線を向けると、数値を凝視して顔面に脂汗を吹きだしているバッタの顔があった。
掛ける言葉が見つからないので、黙ってその下のギフトに視線を移動させる。
『脚力』『跳躍』『バッタ流蹴脚術』『馬鹿力』『気配察知』『消費軽減』
ギフトが6つもあった。
もう、ジョブブの顔を見ることができない。
ショミミは勢いよく振り返ると、俺に満面の笑みを向け大きく口を開いた。
「見てください、土屋さん! ステータスがお兄ちゃんより数字が大きいってことは、強いってことですよね! 土屋さんのお役に立てるでしょうかっ」
嬉しさのあまり、実の兄の姿が目に入っていないようだ。崩れ落ちたジョブブが額を床にこすりつけている。
「ギフトが6つもありますよ! これだけあれば、足手まといにはなりませんよねっ!」
俺の力になれそうなのが、余程嬉しいのだろう。ぴょんぴょんとその場で跳ね、喜びを全身で表現している。
ああ、うん、確かに凄いが、そろそろ落ち着いて欲しいかな。ジョブブが膝を抱え、部屋の隅を突き出しているからさ。
「正直……これは驚きました。このレベルでこの数値。それに加え6つものギフト。これは期待の新人ですよ! 冒険者を始めたら、確実に多くのチームから誘いを受けることでしょう。いやー、これは今後の活躍に目が離せません!」
オールが興奮のあまり身を乗り出して捲し立てている。ジョブブの時とは比べ物にならないテンションの高さだ。
次は俺の番なのだが、興奮冷めやらないようで、オールがまだショミミを褒め称えている。
この水晶玉の対策をどうするべきか。未だに結論を出せずにいた。
ここで、レベル、ステータス、ギフトを明らかにすれば、相手は驚愕して情報を町長に伝える可能性が高い。
そうすれば、直ぐにでも会える見込みが出てくる。
だが、町長が実は碌でもない魔族だった場合、手の内を全て明らかにするのは危険極まりない。『隠蔽』と『偽装』を発動させて能力を隠すにしても、あの超文明の遺産を欺けるかという問題も発生する。
安全を取るか勝負に出るか。
今、重要な決断を迫られる分岐点に差し掛かっている。
「はっ、すみません! 興奮のあまり、まだ貴方が残っていたのを忘れていました。ささ、どうぞ、お座りください」
腹をくくるか。
俺は椅子に座ると、一度深呼吸をしてから水晶玉に触れた。
「え、えっ、こ、これはっ!」
対面のオールが何度も板と水晶玉を確認している。そして、それが誤作動でないとわかると、眼球が零れ落ちそうなぐらいに目を見開き、額が接触しそうな程、顔を寄せてきている。
その反応は予想通りだった。このレベルとステータスの高さを見れば驚いて当たり前だ。人間でありながら、この高みに到達していれば腰を抜かしても不思議ではない。
俺はオールの反応を特に気にすることなく、視線を透明な板へと移した。
レベル98
筋力 34
頑強 32
素早さ 30
器用 33
柔軟 29
体力 35
知力 31
精神力 60
運 16
ん……あれ、この数値の低さは何だ……。
レベルはそのままで間違いない。だが、このステータス低すぎる。
正面に顔を向けると、オールの顔に浮かんでいるのは驚愕で間違いない。だが、口元が苦笑いというか、全体的に同情の色が濃い。
驚いている内容が、レベルの高さに比べて能力の低さを憐れんでいる。といった感じ……なのか。
「あ、す、凄いレベルですね。そ、そうだ、精神力は高い方だと思いますよ! それに、このステータスでレベルをここまで上げたのは尊敬に値します! レベル三桁間近なんてAランク相当ですよ、レベルだけなら! 人一倍、いや数百倍努力されたのですね!」
オールの優しさと気遣いに心が痛いっ!
しかし、何でこんなにも数値が低い。
あっ……そういうことか。この数値、スキルレベルによる加算がされていない。つまり、素のステータスが表示されるだけという訳か。
ステータスを偽装するか悩んでいた自分が馬鹿みたいだ……。
実は自分って結構強いのではないかと少し自惚れていたところがあった――が、そんなものは粉々に打ち砕かれた。
比べたバッタ族の身体能力が高すぎるというのもあるだろうが、同じ人間と比較しても低い方なのだろう。それは、オールの反応を見ていたら嫌でもわかる。
転移者はステータスレベルを上げることにより、初めて異世界の住民を上回るステータスを得られる。スキルポイントが無ければ、レベルを上げたところで貧弱な地球人だということか。
……気を取り直していこう。これで、ギルドの職員には異様にレベルが高いだけで、あまり強くないというイメージが浸透するだろう。ある意味、ギルド内では有名になる筈だ。うん。
さーてと、スキル……じゃない、ギフトの方はどうなっている。
『消費軽減』『気』『糸使い』『斧術』『隠蔽』『木工』『夜目』
『隠蔽』はしっかりと発動しているようだ。転移者のみが所有すると思われる『説明』と、精神関係のスキル『精神感応』『同調』。
それに今は使えない『精霊使い』とジョブブが聞いたことが無いと言っていた『捜索』。そして、隠しておきたいスキルである『偽装』は表示されないようにしておいた。
「土屋さん大丈夫ですよ! これだけのギフトを所有している人はそうそういません。冒険者として働けなくなったとしても、働き口は幾らでもありますから! 木工と斧術があるので大工や林業がお勧めですよ! 見たことないレアなギフトもお持ちのようですから、その情報を提供するだけでも、冒険者ギルドから謝礼が出ます。だから、気を強く持ってください!」
必死なフォローありがとうございます、オールさん。
心の中で呼び捨てにしていて申し訳ございません。これからは、心の中でもオールさんと呼ばせてもらいます。
その後は、俺の数値を見て自信を取り戻したジョブブと、懸命に慰めてくれているショミミ。何故か異様なぐらいに優しく、懇切丁寧に冒険者について説明してくれるオールさんという、居たたまれない空間が形成された。
ここから早く逃げ出したい。
説明が終わり解放されるまで、それだけを思い続けていた。
レベル98
ステータスポイント 0P
残りポイント 8305P
筋力 (34)170
頑強 (32)160
素早さ(30)150
器用 (33)165
柔軟 (29)145
体力 (35)175
知力 (31)155
精神力(60)300
運 (16) 80
『筋力』5『頑強』5『素早さ』5『器用』5『柔軟』5『体力』5『知力』5『精神力』5『運』5
『説明』5『消費軽減』7『気』7『糸使い』10『同調』10『捜索』7『斧術』7『精神感応』8『隠蔽』8『精霊使い(ドリアード)』5『木工』5『夜目』6『偽装』6
称号
『ゴブリンバスター』『ゴブリンキラー』『木こり』『ゴブリンデストロイ』