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冒険者ギルド

 門を潜った先は別世界のようだった。

 まあ、本当に日本とは別世界か。

 入り口には大きな広場があるのだが、そこには露店がずらりと並び、食欲をそそる匂いがそこら中から流れてくる。

 多くの人が露店に立ち寄り、買い食いをしているようだ。


 広場の先には幾つもの道があり、その全てが石畳で舗装されている。表面も平らに均されていて、ここを見ただけでもこの街の生活水準の高さが伝わってくる。

 建物も平屋は殆どなく二階建てが主流のようだ。レンガ造りの家もあれば、木造、石、土壁、それにあれはコンクリートのように見えるが。

 多種多様の住宅が存在し、一見統一性が無いようだが、街並みが整備されているので汚らしいイメージは受けない。


「凄いなこの街は。セグバクトインよりも発展しているぞ」


「そうね、お兄ちゃん。活気もあるし、こんなに多くの人間を見たのも初めて」


 ジョブブ、ショミミ兄妹は物珍しそうに、周囲をキョロキョロと見回している。

 行きかう人々の大半が人間なのだが、背中に蝶の羽の生えた昆虫人や、オオカミの顔が乗った獣人といった人間以外の種族もちらほら見受けられる。


「ここは、種族差別もない平和な町ですからね。さて、まずは家財道具を換金できる場所を探しましょうか。手持ちのお金が乏しいですから、寝床を手に入れるにも先立つ物が必要となります」


 大八車には、村長の家の地下室に溜めていた調度品や魔道具が乗せており、あの騒動でも壊れずに残っていた物を掻き集めて、運んできている。

 アイテムボックスに収納すれば楽に運べたのだが、村人に手の内を全て明かす気にはなれず、二人には悪いが現物をそのまま荷台に置かせてもらった。

 村長の娘はその全てを売り払い、生き残った村人で山分けするつもりだそうだ。俺が手を貸してもいいのだが、こういうことは当事者だけで乗り越えられるなら、それに越したことは無い。


 バッタ族のように恩義を感じてくれる相手ならいいが、稀に弱者は助けてもらって当たり前だという発想の人がいる。そういった人は一度手を貸すと、際限なく甘え、たかってくる。

 そういった人にまで手を差し伸べるつもりは毛頭ない。


「ええと、確かこちらの方が道具屋や金物屋、武器防具屋といった買い物ができる店が集まっていた筈です。行きましょうか」


 これ以上、村人に付き合う理由は無いのだが、町での買い物の知識もないので丁度いい。学ばせてもらおう。

 元気のある村の男衆が大八車を後ろから押し、前は俺と一緒にショミミ、ジョブブが引いている。

 街並みを眺めながら暫く進むと、広場よりも活気のある声が辺りに響き出した。


「安いよ、安いよ! 隣の店なんかよりも一割は安いよ!」


「うちは他所の店と違って質が違うよ! 安物買いして大損する前に、うちに寄ってきな!」


 呼び込みが火花を散らし、声を張り上げている。

 なるほど、ここが店の集まった通りか。道の両脇には店がずらりと並んでいる。

 多種多様な店が並び、イメージとしては商店街に近い雰囲気だ。

 その店舗の中から以前から利用していた店を見つけ出したようで、村長の娘と村人が荷台から荷物を下ろし、店内へと入っていく。


 後に続いて敷居をまたぐと、店の内部には様々な調度品が並べられていた。

 交渉を始めた村長の娘を横目で眺めながら、店内を物色していく。

 衣類から家具、照明器具もあれば武器鎧もある。あれだな、昔一度だけ立ち寄ったことがある質屋のような感じだ。

 殆どの品には売値の札が付いている。壁にかかった大きな板には、高額買取の品の絵と金額が書かれた紙が何枚も張られていた。


「ここは、魔石の買取りはしていないのか?」


「魔物のドロップ品は基本、冒険者ギルドでの買取りとなっていますよ」


 誰とはなしに呟いただけなのだが、ショミミには聞こえていたようだ。

 冒険者ギルドか。村人の落ち着く場所が見つかったら寄ってみよう。

 Bランクになり町長と接触する為という建前はあるが……正直、冒険者ギルドに興味がある。

 ファンタジー作品を愛読していた身としては、憧れに近いものがあるからな。


「土屋様、大変お待たせしました」


 何に使うか予想もつかないような品を眺めていると、不意に声を掛けられた。

 どうやら、交渉が終わったらしい。


「いや、興味深いものが沢山あって時間を忘れていたよ」


「それは、良かったですわ。幸運なことに貴重な魔道具が含まれていまして、結構な金額を手にすることができました。村人全員で分けたとしても、数年は不自由することはないでしょう。土屋様、遅くなって申し訳ございませんでした。助けて頂いたお礼を受け取ってくださいませ」


 そう言って、金の詰まった小袋を俺に差し出してきた。

 村人たちは、これからの生活を考えるならお金は幾らあっても邪魔にはならない。一瞬、受け取りを遠慮しようかとも思ったのだが、思い直して頂いておくことにした。

 金額云々ではなく、これは彼女の気持ちなのだ。それに、これからの繋がりを得る為にも借りは残しておきたくない……と彼女は考えた。というのはひねくれ過ぎているだろうか。


「遠慮なく」


「本当に、ありがとうございました」


 深々と頭を下げる村人たち。

 英雄の物語でこういったシーンを見たことはあるが、実際体験すると嬉しいというより気恥ずかしいな。


「それで、これからどうするんだい?」


「はい、幸運なことに空き家となった元宿屋が売りに出されていたので、そこを買い取らせてもらいました。十人ぐらいなら余裕で住めるようなので、そこを拠点として皆で頑張っていこうかと。いずれは、宿屋を営むという手もありますからね」


「そうなったら、料理は私に任せな! 会計や細々したことは、あんたが得意だしね!」


「そうだね。力仕事はからっきしだけど、そういう事なら貢献できるかもしれないよ」


「僕も、お掃除とか頑張る!」


 マッシー一家の頼もしい言葉に、村人たちの顔に笑みが浮かぶ。

 どうやら、この人たちは自立してやっていけそうだ。

 何かあったら手助けしようなんて考え自体がおこがましい発想だった。今まで酸いも甘いも経験してきた逞しい大人たちだ。俺がそこまで心配する必要はなかったか。

 最後にマッシー一家や村長の娘と言葉を交わし、村人たちは何度もお礼の言葉を口にしている。

 俺は村人たちが住む元宿屋の住所をメモしておき、彼らと別れることとなった。


「ジョブブ、ショミミはどうしたいんだ」


「土屋は冒険者になるのだろ。勿論、俺たちもお供するぜ。元々、戦いに向いている種族だからな」


「私もご一緒します!」


 訊くまでもなかったようだ。

 二人とも能力的には優れているので、頼もしい存在であるのは確か。それに、気心も知れた仲間だ。共に過ごすには問題のない――どころか、これ以上の仲間を探すのは難しだろう。


「俺は冒険者になりBランクを目指す予定だ。そこまで付いてくるのか?」


 彼らの意思に水を差すような事を言うようだが、苦難の道を進むことが決定しているというのに、恩義だけで命を落とす可能性が高い危険な道に巻き込むわけにはいかない。


「当たり前だ! それに、冒険者ってのも楽しそうだからな」


「はい! セグバクトインでもバッタ族の何人かと一緒に、冒険者をする予定でした。場所が変わっただけです」


 無理をしている――といった感じではない。気負いは全くと言っていいほどないようだ。

 ここで断ったところで、彼らは俺から離れる気はないのだろう。

 わざわざ追ってきた時点で答えはわかっていたのに、わざわざ確かめるところが性格の悪さか。


「なら、一緒に登録に行くか」


「ああ!」


「はいっ!」


 見知らぬ新たな町に不安がなかったと言えば嘘になる。

 だが、今、その不安は霧散した。何だかんだ言いながらも、結局は俺も心細かったのかもしれないな。





「ふぁー立派な建物ですね……」


 ショミミが石造りの建物を見上げ、感嘆のため息を漏らしている。


「これが冒険者ギルドなのか。何か要塞みたいだな」


 俺と同じことをジョブブは考えていたようだ。三階建てのコンクリートの打ちっぱなしにしか見えない堅固な建造物。その大きさは周辺の民家や商店とは比べ物にならない。

 パッと見た感じだと、学校の校舎のようだ。窓の数が学校に比べてかなり少ないので閉鎖感がある。

 入り口らしき鉄製の重厚な扉は開けっ放しになっていて、多くの人々が出入りを繰り返している。鎧を着込み武器を携帯しているところから見て、冒険者か。


「眺めていてもしょうがないから入ってみるか」


 二人は頷くと、俺の背に隠れるように背後に並び、好奇心を隠そうともせずに周囲を観察している。

 扉を潜ると、室内は想像以上で巨大なホールが広がっていた。

 板張りの床に丸テーブルが幾つかあるようだが、椅子は備え付けられていないようだ。そのテーブルを囲むように突っ立ったままの冒険者たちが、机上に道具やコインをぶちまけ、戦利品の自慢や分け前の分配をしているのが見受けられる。


 何人かが俺たちに視線を向けている。

 物珍しそうに眺めている者や、こちらの実力を探ろうしている者。ニヤニヤと口元に嫌な笑みを浮かべているガラの悪そうな冒険者も何人かいるようだ。

 気にするだけ無駄か。まさか、ギルド内で変なちょっかいも出してこないだろう。

 ……あ、いや、それは違うな。密かに、そういう展開を期待している自分がいる。

 定番の展開としては先輩風を吹かせて絡んでくる冒険者や、チンピラ風の冒険者と揉め事になり、それを叩きのめして一目置かれるという流れを妄想するのは、仕方のないことだと思う。


「どうしたのですか、土屋さん」


「いや、何でもないよ。あの総合受付と書かれたところで聞いてみようか」


 壁際に巨木から切り出したであろう一枚板の立派なカウンターが有り、受付担当らしきギルド職員が並んでいる。

 天井からぶら下がっている木製の札に『総合受付』『買取り』『依頼受付』『クエスト全般』と各職員が何を担当しているのか、ひと目でわかるようになっていた。


「市役所だな……」


 冒険者ギルドの一階と言えば酒場が併設されていて、荒くれ者の冒険者たちがたむろしているイメージがあったのだが、バカみたいに騒いでいる者もおらず、清掃も行き届いている。


「土屋さん。表現しにくい表情をしていますよ」


 ああ、困惑と残念に思う心が顔に出ていたようだ。


「気にしないでくれ。さて、今は人もいないようだし、とっとと行こうか」


「何のご用でしょうか」


 カウンターに近づくと、職員の女性が柔和な笑みを浮かべ対応してきた。

 冒険者ギルド職員の制服なのだろう。体のラインが浮き彫りになる灰色のタートルネックのセーターのような服の上に、緑のベストを着込んでいる。

 カウンター越しに相手が座っているので、腰から下の格好はわからないが、他の職員が立ち上がった姿を見る限り、女性は膝上までの長さしかない短パンを穿いているようだ。

 職員はフレームの太い眼鏡を掛け、三つ編みをしている。派手さが無い素朴で真面目そうな顔――あだ名をつけるなら委員長で決定だな。


「すみません。ここに来たのが初めてでして。冒険者になりたいのですが、どうすればいいのか教えてもらえませんか」


「はい、わかりました。この町の冒険者ギルドでは別室で名前の記入と能力測定をさせてもらえば、冒険者の証であるギルドカードを発行します。何かご質問は?」


「ええと、それだけでいいのですか。犯罪歴や身元を調べたりはしないのでしょうか」


「はい、しません」


 営業スマイルで断言したぞ、この人。

 いいのだろうか、そんな簡単な審査で冒険者にしてしまって。


「では、注意事項を。冒険者としての禁忌ですので、聞き逃さないようにしてくださいね。後で小冊子も渡しますので、必読でお願いします。ええと、後ろのお二人も冒険者志願なのでしょうか」


「そうです。共に冒険者になるつもりです」


「承りました。では、ご一緒に聞いてもらえますか」


 二人は黙って頷いているが、その瞳には好奇心が見え隠れしている。


「まず、冒険者の仕事はクエスト全般と書かれた、あのカウンターでお願いします。入り口脇に巨大な掲示板があります。そこに、クエスト内容が書かれています。内容も重要ですが、冒険者ランクが指定されていますので、自分のランク以上の依頼は受けられません」


「下のランクは?」


「それは大丈夫です。Cランクの冒険者でも、安全の為にEランク以下の依頼しか受けない人もいますから」


 ここら辺は定番の流れなので、何ら違和感がない。


「あとは……違反行為を犯した場合は、この町では極刑に処されます。力があるから何でもしていい何て甘い考えはこの町では通用しません。それはAランクであろうがGランクであろうが関係ありません」


「違反行為というのは?」


「重犯罪は言うまでもないですが、冒険者同士の脅迫や暴行も違反です。揉め事が発生した場合、当事者のみで解決するのではなく、必ず冒険者ギルドを通してください」


 悪いことではないのだが、何だろうこの日本的な考えと規律は。異世界らしさが全く感じられない。贄の島という無法地帯からやってきた俺のアウェー感が半端ない。

 日本人の俺なら、法整備が行き届いたこの町の方が肌にあっている筈なのだが、贄の島での生活に馴染んでしまっているようだ。


「細かい禁止事項は小冊子を参考してください」


 そのお役所対応、懐かしいぞ。


「わかりました。ええと、その冒険者ギルドの審査と言うのは今からでも?」


「はい、できますよ。この番号の札を持って暫くお待ちください。準備ができ次第、お呼びしますので。ここにお名前をお願いします」


 書類に名前を記載すると、13と書かれた木製の札を手渡された……ほんと、懐かしい感覚だ。

 笑顔で立ち退くように促されたので、二人を引き連れて暇つぶしに掲示板を覗いてみる。


 Aランク相当。

 ヒエギル山脈に住むレッサードラゴンの卵を求む。

 卵一個につき、3、000、000支払います。


 成程、こういった感じなのか。これを受付に持って行けばクエストの詳細情報が聞けると……あれだ、これ。ハローワークのシステムに似ているぞ。あの頃、何度かお世話になったな。あまり思い出したくない過去だが。


「13番でお待ちの、土屋さまー。13番でお待ちの土屋さまー。総合受付までお越しください」


 ホール内に女性の声が響く。

 どうやら、スピーカーのようなものが天井に幾つか配置されているらしく、そこから声が流れている。たぶん、魔道具なのだろうがファンタジー感が皆無だ。


「土屋さん。呼ばれていますよ」


「ごめん。懐かしさに少しぼーっとしていた」


 そう答えた言葉の意味がわからなかったようで、ショミミが小首を傾げている。

 予想外の連続で、少し呆けていたが気を引き締めないとな。

 ここからが本番だ。能力検査の対策をどうするか。そこで、今後の展開が変わってくる。


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