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エクスペリメントの町へ

「エクスペリメントの漆黒の壁が見えてきました!」


 ショミミが進路方向を指さして、はしゃいだ声を上げる。

 この町のシンボルでもあるらしい、闇のように黒い壁がそそり立っている。

 どうなんだろうか、このセンスは。黒い壁というのは昼間でも暗さを感じてしまうので、それがぐるっと取り囲んでいるのは……曇りの日は滅入りそうだ。


「黒いな」


「ですね。でも、内側は黒くないそうですよ。外側を黒く塗っているのは外敵に対して威圧感を与える為だそうです」


 村長の娘は一度、この街に来たことがあるらしく、こうやって情報を提供してくれている。

 なるほど。俺の心配事は杞憂だったわけだ。

 確かに、黒の外壁というのは迫力がある。それだけに、町の名のイメージが強くなってしまう。あの外壁は外敵の為というよりは、内側の人々を逃がさないための壁ではないかと勘ぐってしまう。


「みんな、本当にいいんだね。最終確認をするよ。あの町に住むことに異論はないかい?」


 全員が躊躇うことなく頷いた。

 彼らもわかっているのだろう。自分たちに残された道が無い事を。


「新天地と言うのは不安ではありますが、皆もいますし……それに、土屋様がいてくださるので」


 そう言って頬を赤らめる村長の娘を、ショミミが半眼で睨んでいる。

 どうやら、命の恩人である俺に村長の娘は恋心を抱いているようなのだが、こういう初心な反応を見せる度に、ショミミの機嫌が悪くなるという悪循環が発生している。

 人の命が懸かった極限状態と言うのは、惚れやすくなるものらしい。つり橋効果と言うのだったか。日本では、こんなに好意を寄せられることは無かったのだが、まさか異世界に来てからモテ期が来るとは。

 一人寂しいクリスマスを過ごしていた昔の自分に分けてやりたいぐらいだよ。


 まあ、村長の娘の場合は、両親がいなくなり誰か頼れる人に依存したいという気持ちを誤魔化す為に、恋心と言う形を取っているに過ぎないと理解している。

 本人も気づかない打算的な考え方があるのだろう。

 それだって生き延びる為の立派な手段だ。とやかく言うつもりはない。


「あそこが最後尾みたいですね。並びましょうか」


 ショミミが指差す方向には、町の入り口らしき場所から、ずらりと並んだ人の群れがあった。ざっと見たところ、20人ぐらいだろうか。

 殆どが人間のようだが、昆虫人や獣人の姿もちらほら見受けられる。格好は様々で平民風もいれば、仕立ての良い服を着た商人らしき姿もある。他には冒険者なのだろうか、鎧を着こみ武器を手にしている者も少なくない。


「ここは南門になります。他にも東西北に門があるのですが、東と西は非常時や軍関係者が利用するのみで、北と南門が一般の受け入れ口になります。簡単な質問と身元を調べられるぐらいですので、安心してください」


 村長の娘さんは察しが良く、いつもこちらが疑問を口にする前に答えを口にしてくれる。空気の読める人だ。

 あそこで入国審査があるのか。ここで馬鹿正直に身元を明かして、あの村の住民だと宣言すると問題がありそうだが。

 昆虫人と争った過去がある村の住民を受け入れるということは、昆虫人を敵に回すと取られかねない。そんな危険な存在を招き入れる理由は無いように思える。


「今更だが、あの村の出身だというのは隠しておいた方がよくないか? 昆虫人とのいざこざを知られては、町に入るどころか、下手したら捕まって昆虫人に突き出されるおそれも」


「あ、それは大丈夫です。もし、以前にどんな罪を犯していたとしても、あの町は受け入れてくれます。ただし、街中で犯罪を行った場合は極刑に処されるそうです」


 行きはよいよい帰りは恐いー。何故か頭の中でとうりゃんせの一節が流れた。

 受け入れには寛容で、中では厳しく取り締まる仕組みか。ということは、犯罪者もかなり流れ込んでいる筈だが、治安は悪くないらしい。

 取り締まる機関や法整備が行き届いているということなのか?


「変な嘘をついて見抜かれる方が色々厄介だと父も申しておりましたので、ここは正直に話した方が良いかと」


 ここは慣れている彼女に任せよう。

 雲行きが怪しくなってきたら『偽装』『同調』を活用して何とかすればいい。

 そんなことを考えながら最後尾に付くと、俺たちの前に並んでいた一行が好奇心を隠しきれない様子で、ちらちらと視線を向けてくる。

 四人組の冒険者か。

 まずは逆立った短髪の髪形をした少年が一人。背中に結構大きな剣を背負っているので、剣士だろう。

 黒のロングコートのような服装と、腰には棒の先端に鉄の塊をくっつけたような鈍器。そして、穏やかな笑みを浮かべているところから察するに、聖職者っぽい感じがする。仕草や雰囲気も落ち着きのある大人の男性といった感じだ。

 もう一人は先がとんがったつばの広い帽子を目深に被り、サイズが大きいワンピースを着込んでいる女性――だと思う。手に等身大の杖のようなものを持っているので、おそらくは魔法使いだろう。


 そして、最後の一人は女性なのだが、上半身は胸に晒しを巻いているような、動物の皮を巻いただけの格好。下はローライズ過ぎる短パン。これだけでも目を引くのだが、それ以上に気になるのは頭から飛び出た猫のような耳と、短パンの上から飛び出ている尻尾だろう。

 足は靴を履いていないようだが、まるでブーツのように毛が生えているので、パッと見は違和感がない。猫の足型のブーツを履いているかのようだ。手は人間と変わりがない。

 獣人か。話には聞いていたが初めて見る。それも猫耳と言う定番中の定番である獣人の姿をしている。


「ねえ、ねえ、あんた達って見かけない顔だけど、旅人なの?」


 話しかけてきたのは猫耳の獣人。猫特有の好奇心が疼いたのだろうか。

 そうか、語尾にニャアとはつかないのか……少しだけ期待していたが、現実は厳しい。


「いえ、住んでいる町が騒動に巻き込まれまして壊滅状態となり、命からがら逃げだしたところです」


「それは……ついてなかったね。ここは真面目に生きるなら過ごしやすい町だよ。新たにやり直すには持って来いの街さ」


 見た目の愛らしさに反して、姉御肌のキャラらしい。

 話の分かる相手のようなので、情報収集をしておくか。


「すみません。この町にくるのが初めてなので、少し教えてもらいたいのですが」


「ん? へえええっ。あんた、結構強そうだね」


 『偽装』と『気』で能力を隠していたつもりなのだが見抜いてきたか。


「まあ、護衛も兼ねていますので、それなりには鍛えていますよ」


「ふううん、強い男は好きだからね。何でも聞いていいわよ」


 女性相手に失礼かもしれないが、きっぷのいい男前な人だ。


「では遠慮なく」


 町の様子や物の価値をざっと聞いておいたが、これは事前に村長の娘から聞いていたことと、大差なかった。他に聞くべきことは……。


「町を治めているのが魔族と訊いていたのですが、どういった人物なのですか?」


「ああ、町長ね。名前は不明だから、みんな親しみを込めて町長って呼んでいるわ。いつも、薄汚れた土色のコートを着ていて、黒縁の眼鏡を掛けていらっしゃるわよ」


「会ったことがあるのですか?」


「ないない。遠くから拝見したことがあるぐらいよ。時折、町を視察していることがあるから。魔族とは思えないぐらい温和で、誰にでも優しく、それでいて罪を犯した者には厳しい。そんな御方よ」


 話を聞く限り、理想的な町長のようだが。

 猫獣人さんからの印象もかなりいい。どうにも、事前に聞いていた魔族のイメージと合致しない。


「魔族でそういう人って珍しいですよね」


「そうね。私の知る限りでは町長ぐらいかしら。魔族が治めている町は他にも存在するけど、そこに住む人は奴隷のような扱いをされ、魔族の気まぐれで何百人も殺されるって話よ。まあ、他にもまともな魔族もいるらしいけど、そういう魔族は表舞台に出ないでひっそり暮らしているらしいわ」


 まともな魔族は稀有な存在。たまたま、ここの町長は人格者だったというのか。

 力を得ると人も傲慢になる。それは贄の島で嫌と言うほど学ばされた。その経験により魔族が他者を見下す気持ちも理解はできる。

 だが、力を手に入れても自分らしさを失わない、権蔵や桜といった仲間も確かに存在するのだ。人のいい魔族がいても何ら不思議ではない。ということか。


「町長に直接会う方法ってありませんかね。そんな魔族がいるなら、一度お会いして話をしてみたいです」


「うーん、その気持ちはわかるけど。何かと忙しいみたいだからね。でも、方法がないことはないわね」


「あるのですか! 是非、教えて頂きたい」


 噂通りの人格者なら、呪いや闇属性の魔法について口授を願えるかも知れない。闇の神の欠片を除去すればいいのは理解しているが、それ以外の方法があるなら、そっちに望みを託したい。


「別にいいんだけどね、楽じゃないわよ。あの町の冒険者ギルドに登録して、ランクを上げて名を売ることね。確かBランク以上になると、町長から褒美と共に直接ギルドカードを授与されるそうよ」


 ギルドカードか、これも定番だな。やはり、魔法が組み込まれていて色々と使い勝手のいいカードなのだろうか。

 これは一石二鳥でもある。強くなるという目的が果たせて、尚且つ、魔族との繋がりも持てる。優秀な人間や亜人の魔術師よりも、確実性があり目的への近道でもある。


「すみません、凄く初歩的な質問なのですが、魔族と人間の違いが良くわからないのですよ。田舎の出身なので常識に疎くて。魔力の差があるというぐらいしか、聞いたことが無くて」


 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。

 こんな気の良い人から話を聞けるチャンスが次もあるとは限らない。無能な振りをしてでも情報を出来るだけ引き出させるべきだ。


「あーなるほど。でもまあ、その認識で間違ってないんじゃない? 見た目は人間と変わらないし、闇属性の魔法の威力が桁外れというのは有名だしね」


「あの、失礼だとは思うのですが、悪魔と魔族って似ている気がする――」


 俺がそこまで口にしたところで、猫獣人のお姉さんの手が素早く口に伸び、発言を封じられる。細長い猫の目のような瞳孔が、俺の瞳を覗き込んでいる。


「滅多なことを言うもんじゃないよ。魔族は悪魔と比べられることを極端に嫌うんだからね。闇属性魔法を操り、膨大な魔力を身に宿している。共通する特徴があるから、昔から魔族は悪魔の手下なんて言われてきている。だが、魔族としてはそれが気に入らないらしく、悪魔を毛嫌いしているって話だよ」


 声を潜め忠告してくれている猫獣人に頷く。

 魔族は悪魔の力を得た人間ではないかと疑っていたのだが、どうやら違うようだ。

 悪魔の話は魔族の前では禁句。これは覚えておかないと命取りになる。

 なら……逆に悪魔側は魔族をどう思っているのだろうか。キルザールなら案外、気軽に教えてくれそうな気がするが、お互いに毛嫌いしていたら神経を逆なでしてしまう。

 ただの似た者同士と言うには、特徴が似過ぎている。いつか、町長と親しくなり、相手の性格を見極めたうえで大丈夫そうなら、訊ねてみるか。


「っと、すまない。脅かし過ぎちまったか」


 そういって口から手を外すと、頭をぽりぽりと掻いている。


「いえ、忠告感謝します。町長の前で致命的なミスを犯さずに済みそうです」


「まあ、一般的な魔族の話だからね。町長なら意外と笑いながら対応してくれるかもしれないけど」


 ここまで町の住人に親しまれて、信頼されている魔族か。呪いや情報収集を除外しても、一度会話を交わしてみたくなってきたな。


「あんたなら、結構いいところまで行きそうだしね。こう見えても結構人を見る目はあるんだよ。あ、そうだ。もし、冒険者になってわからないことがあったら、私らを頼ってきな。それなりには名も売れているからね。もうじきBランクになるチーム『焔』だ」


 そう言って後方を振り返ると、仲間の三人が黙って武器を掲げて笑みを浮かべている。


「少々、話を盛りすぎな気もしますが、いずれはBランクになれるといいですね」


 チームで最年長らしき男性が、穏やかな笑顔でしみじみと頷いている。


「まあ、嘘じゃないぜ。あと一歩だからな憧れのBランクは!」


「声が大きい……黙って」


 何処となく雰囲気が権蔵に似ている少年が腰に手を当て、自慢げに胸を張っている。その隣に立つ、魔法使いらしき少女が杖の先で少年の頬をぐりぐりと押し込み、黙らせようとしているようだ。


「うちのメンバーはみんな気のいい奴らだからね。何かあったら遠慮なんてするんじゃないよ?」


「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


 深々と頭を下げる。これは演技ではなく、彼女の優しさに触発されて自然に出た行動だった。


「いいっていいって。私らも昔は、そうやって先輩に助けられたもんさ。あ、そうそう、名前をまだ名乗って無かったね。私はベルミケ。あんたの名は」


「土屋紅です」


「おっし、覚えたよ。っと、そろそろ私らの順番か。またな、土屋!」


 大きく手を振り、門を守る衛兵のところに走り寄るベルミケに手を振り返す。

 この大陸に来てから人との出会いに関して、幸運が回ってきたようだ。

 悪魔キルザールといった想定外の出会いもあったが、それを除けばまともな人の率が高い。


「良い人でしたね。ベルミケさん」


 会話の邪魔にならないように後方で控えていたショミミが、そう口にした。


「そうだな。色々、有益な情報も手に入れられたし、今後の方針も決まったよ」


 ベルミケのチームは衛兵と顔見知りなのだろう、軽い雑談をしてあっさりと入場を許された。


「次の方、こちらに!」


 衛兵に呼ばれ、村長の娘を先頭に進んでいく。

 村長の娘の顔を衛兵が覚えていたらしく、とんとん拍子に話が進み、会話も弾んでいるようだ。

 昆虫人の二人は護衛として雇ったことになっている。俺は旅の途中で巻き込まれた旅人という設定で落ち着いた。村に現れた悪魔に操られ、昆虫人を敵に回してしまったことも、魔物によって壊滅したことも正直に話している。

 流石に、相手が不審がるかと緊張していたのだが、むしろ同情してくれているようで、何の問題もなく通過が許された。


 スムーズに事が運んだのはありがたいが……いいのか、そんな審査で。他人事ながら心配になってしまう。

 疑うことが習性化しているので、油断させたところで捕縛するのではないかと気を張っていたのだが、いとも簡単に門を素通りできた。

 それどころか、衛兵は笑顔で俺に向け、


「ようこそ、エクスペリメントの町へ」


 と歓迎してくれている。

 警戒を解く気はないが、町への期待が少し膨らんでいるのを自覚していた。

 新たな町か。ここで、どんな出会いと、どんな経験が待っているのか。

 桜を助け、女神を倒すという厄介事がプラスされたというのに、この状況を受け入れ、町での生活を少しだけ楽しみにしている自分の神経の図太さに、我ながら呆れてしまう。


「慣れって怖いな、本当に」


 その呟きは門の中から響いてくる喧騒に掻き消された。


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