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再会

「それでね、聞いてくれるかい! 私ってこんな性格だからさ、言いたいことはその場でバシッと口にしないと気が済まなくてさ! 盲目な信者みたいになっちまった村人に以前ガツンと言ってやったんだよ!」


 今日もマッシーの母は饒舌だ。

 口に油でも塗っているのかと疑ってしまうぐらいに、早口で滑舌が良すぎる。

 喋り続けながら、手は無駄のない動きで料理を皆によそい、口も手も大忙しだ。

 流石に毎日この光景に遭遇していると慣れてくるもので、適当なタイミングで相槌を打ちながら、味の染み込んだ煮物をいただいている。


 今日が、この村に来て五度目の夜。

 結局あれから俺はマッシーの住む家でお世話になることになり、寝食を共にしている。

 今も、早めの夕食を取る家族の団らんに混ざり込んでいた。


「母さん。だから、そんなに大きな声で医角様を批難するような発言をしたら、ご近所に何て言われるか。もう少し声を抑えて……」


「やめてくれよ、あんた。医角様だなんてさ。自分から賢者を名乗るような男なんて気持ち悪くて仕方がないよ」


 自らの主張だったのか、賢者は。自尊心の塊のような男だな、本当に。


「お父さん。大丈夫だよ。うちの周りにあるのはお墓だけだし!」


 そうなのだ。マッシーの言う通り、彼の住む家はお墓の脇に立つ一軒家で、周辺には墓しかない。父親の家系が代々墓守をやっているらしく、この話声を聞く者がいるとしたら墓場の幽霊ぐらいだろう。

 それでも、念の為に気配を探り、周囲に細い糸を張り巡らせている。

 何回かこの家の付近に人影が接近し、盗聴しようとしていたようだが、近くが墓場であることを利用して撃退に成功した。

 糸を使い草木を揺らし物音を立て、お手製の糸電話を潜んでいる付近へ移動させると、


「あ、ああ……苦しいよぉ……」


「置いてけぇ……その、命……おいてけぇぇ……」


「うまそうな……生肉だ……食うか……食うか……」


 と、ホラー映画をイメージした声色で囁くと、一目散に逃げていった。

 この家の立地とマッシー家族との出会いは、思っていた以上に幸運だったようだ。

 母親がこんな性格なので、村人は医角の機嫌を損ねた時の、とばっちりを恐れて誰もこの一家と関わり合いになろうとしない。

 母親も誰かと顔を合わせると余計な事を口にする自覚があるのだろう。出来るだけ、人と接しないようにしているようだ。自分の行いで家族が迷惑を被ることだけは避けたいと、ギリギリのラインで自重している。

 彼らにとっては不幸な環境だろうが、俺としてはありがたい。情報漏えいの危険が少ないからな。


 この村に滞在してから何度か医角に呼ばれ、罠設置の手伝いや、スキルを実演しろと命令され、表面上は従順に、内心渋々従ったりもしたな。

 それなりに充実した日々を今日まで過ごしていた。

 この村近辺に配置された罠や密かに用意していた逃げ道も、雑用ついでに全て把握しているので、何かあった時は利用させてもらおう。

 昼間は医角と共に過ごすことが多かったお蔭で、誰が洗脳されているか目星がつき、観察している内に俺の洗脳状態芝居もかなりグレードアップしている。医角だけではなく、洗脳されている村人すら俺に違和感がないようだ。


 短期間の間に洗脳真似に磨きがかかったのには、大きなわけがある。

 贄の島で新たに習得したスキル『偽装』の効果だ。

 このスキルは掻き集めていた転移者たちの生徒手帳にあったスキルの一つで、取得条件を『説明』で調べ、権蔵たちも交えて取得に乗り出したスキル。

 結局、得ることができたのは自分だけで、権蔵とサウワが悔しがっていたな。


 能力としては、一時的だが書類の文章に数字や文字を書き足すことができる。周囲と同化し存在を認識させにくくする。他者の目を誤魔化す為の装いや行動がとりやすくなる。というのが主な力だ。


 医角に見せた生徒手帳を誤魔化したのは偽装の力なのだが……説明にもある通り、数値や文字を書き加えることは出来ても、そもそもの文章や数値を消したり、書き換えたりすることができない。結構使い勝手の悪いスキルだったりする。

 しかし、既に得ている『隠蔽』の効果により本来ある文字や数値を隠し、『偽装』により新たに書き加えるというコンボが可能となり、かなり使い勝手のいいスキルへと昇華した。


 更に周囲に溶け込む効果により『隠蔽』で姿を隠す際にも『偽装』の力が役に立っている。

 そして、最後の効果なのだがこれは、わかりやすく言えば相手を騙しやすくする能力だ。

 ただ、やり易くなるだけなので、元の芝居が下手過ぎれば相手にも感づかれる。ゲーム的な表現なら、一定の動作時に成功率に補正がかかる、といったところだろう。


 益々、正統派主人公の道筋から離れていっている気がするが、今更だな。俺と相性が良く使い勝手のいいスキルなのだから、贅沢は敵だ。

 そんな『偽装』スキルも活用して俺の調べた限りでは、洗脳されている人物は十二名。


 嫁と娘も含んだ村長一家、三名。

 道具屋のアイムと嫁、二名。

 腕っぷしが自慢の若者、三名。

 養鶏場の夫婦、二名。

 子供に文字や計算を教えている男性と、女性陣のまとめ役でもあった、その妻の二名。


 これだけの人間が医角に洗脳されている。

 どうやら、この村の主要人物を重点的に洗脳しているようだ。村の若者は敵対すると面倒なので、雑用係として取り敢えず洗脳しておいたといった感じか。

 巧妙に洗脳状態を隠している者がいない限り、洗脳者の取りこぼしはない筈だ。

 見分け方は実にシンプルで、医角と女神の話題を振った時の反応。


 洗脳により記憶と価値観が捏造されている彼らにとって、医角は絶対的な存在であり、女神は崇拝対象である。

 会話の熱の入りようが尋常ではない。熱い語り口で称賛する言葉を吐き続け、目は夢見る乙女のように潤い、絶頂を迎える直前のような幸福感が溢れ出ている表情……正気の人間には思えない。

 流石にそこまでは真似できなかったが、洗脳された相手に怪しまれることは一度も無かった。彼らは、その話題が出ると自分の妄想世界に羽ばたいて行ってしまうので、俺のことなど全く気に留めてもないからだ。


 そんな彼らが洗脳されている確証を掴んだのは、三日目の夜の出来事。

 洗脳された者だけを集め、医角によるご自慢昔話と女神様を称える独演会が披露された。医角は全員洗脳済みだと思いこんでいるので、ベラベラと今後の目的や二日後に女神が降臨することも暴露し、洗脳者が大盛り上がりをしていたのを覚えている。

 そこで、参加者全員の飲み物に『昏睡薬』を注入して眠りこけたのを確認すると、家探しをして証拠の品を手に入れることに成功した。


 医角は几帳面な性格らしく、村人全員の名前が書かれた紙の十二ヶ所にチェックマークが付けられていた。

 それが、ここにいるメンバーと一致していたのが動かぬ証拠となる。

 更に睡眠薬を追加で飲ませておくと急いで村から離れ、コックルーとも連絡を取っておくのも忘れなかった。『韋駄天の靴』の能力を発動させたので、片道一時間程度で済み、昏睡薬が切れるまでに無事帰還することに成功。


「土屋さん、ちょっと、聞いてるのかい!」


「あ、ああ、すまない。ちょっと考え事をね」


 話を全く聞いていなかったな。

 そろそろ、良い時間か。この家から医角の住む家は真逆の位置にあるので、大丈夫だとは思うが、一応注意を促しておこう。


「すまないが、医角との約束があるので、ちょっと行ってくるよ」


「こんな夜更けにかい?」


 まだ、夜の20時ぐらいなのだが、充分な灯りを得られない村では、大人も就寝時間となっている。


「今日はかなり遅くなるから……それと、もし医角の家の方で騒ぎがあったら、近づかないように。いいね?」


 親子は小首を傾げながらも小さく頷き、同意をしてくれた。


「良くわからないが、近づかなければいいのだね」


「ちょっと、厄介事があるかもしれないから。まあ、何もないとは思うよ」


 軽い口調でそう言って立ち上がろうとした俺の袖を、誰かが引っ張っている。

 何かを察知したのだろうか、心配そうな顔で服の袖を握りしめているマッシーの頭を撫で、「心配はいらないよ」と優しい声をイメージして呟き、家を出た。

 ここは標高が高いのだろうか、初夏だというのに肌寒い。

 室内ではパーカーを着こまずにシャツ一枚だったので、慌ててアイテムボックスからパーカーを取り出した。

 それを着込みチャックを上げ、いつもの格好になると、駆け足気味に目的地へと向かう。


 待ちに待った運命の日がやってきた。

 いくつかのパターンとその対応策は考えてきたが、それにすら当てはまらないこともあるだろう。その場合は贄の島で培った――臨機応変でやるしかない!

 我ながらどうかとは思うが、想像もしなかった展開に遭遇するのは、もう慣れた。

 少しの迷いが命取りになる場面で、信じられるものは己の判断力と閃きしかない。


「桜……上手くいくように見守っていてくれ」


 そう呟き、ポケットに忍ばせていた桜の花びらをそっと握りしめた。





 俺が医角の家に入ると、まだ半数の洗脳者しか集まっていなかった。

 元々は村長が住んでいたこの家は結構な広さがあり、村人たちが集まり会議できるようにと玄関先のホールがかなり巨大な造りになっている。

 二階まで吹き抜けのホールには接客用の長椅子と長机。天井からぶら下がっているシャンデリアの輝きは魔石の光だろう。

 俺は壁際に立つと、背を壁に預け腕を組んだ状態で、黙って時が経つのを待っていた。

 参加者が一人、また一人と増え、約束の時間に達する前に洗脳者が全て揃う。

後は、医角を待つだけとなった。


「良く来た、従順なしもべたちよ」


 大仰な台詞を放ち、ホール脇の階段から降りてきたのは確認するまでもなく医角だ。

 こういう言葉遣いと態度は、現地人がやるのであれば、それなりに見栄えもするのだろうが、白衣を着た日本人が演じると、ただ滑稽なだけなのを本人は一生気づかないのだろうな。


「今宵は女神様が降臨なされる、大切な日」


 無駄な身振り手振りを交えながら、ホールの中心部まで進み出てきた医角に呆れながらも、表情はポーカーフェイスを貫いていた。

 洗脳された村人が、何の合図もなしに医角の周りに集い始める。

 俺も同様に近づいて行きながらも、周囲の警戒と医角の観察は継続している。

 医角を中心として取り囲むように、村人は円を描くように集まった。

 真上から見下ろせば、直径6メートル程の人の輪ができていることだろう。


「さあ、約束の時は満ちた! 女神様! 従順なる貴方様の僕、医角の前に、その御身を!」


 両手を大きく広げ、天を仰ぎ見る医角に応えるかのように、天井からぶら下がっているシャンデリアが大きく円を描くように揺れている。

 これ、危なくないか……シャンデリアが落ちてきたら大惨事になり兼ねない。

 医角を含め、この場にいる者は誰もそんな心配をしていないようで、床に膝を突き、揺れるシャンデリアを夢見心地な顔で、ぼーっと見つめている。

 シャンデリアが尋常ではない速度で回り出し、落下時に素早く逃げられるように軽く腰を上げていると、何の前触れもなくピタリと止まった。

 だが、光の軌跡が描いていた輝く輪は、消えることなくそこに留まり、ゆっくりと我々へと降ってくる。


「おおっ! 全員下がれ! 場を開けるのだ!」


 村人と共に後退りながら、光の輪を凝視しているが、今のところそれに妙な気は感じ取れない。

 ゆっくりと床へと舞い降りた光の輪は、着地と同時に輝きを増し、その光量により視界は白く染まる。

 あまりの眩しさに全員が目を手で覆う中、俺も同様に手で光を妨げていると見せかけて、黒の魔石を削って作っておいた簡易のサングラスもどきを掛け、光の中心から目を逸らさないでいた。


 光の中心部の床から、一気に黒い煙が吹き出し、それが凝縮しながら蠢き、何かの形を成そうと変化している。

 瞬間的に転移してくるのかと思ったのだが、意外と気持ち悪い光景だな。

 濃厚な闇のような煙が、段々と人の形へと近づいていく。まだ輪郭だけだが、それは腕となり、脚となり、頭となる。


「光が消えていく……」


 誰かがそう零した声により、光が消えたことを知った俺はサングラスもどきを、アイテムボックスに素早く収納して、村人たちと同じように目を擦る芝居をしておく。


「こ、このお方が女神様……賢者様が仰っていた通りの御姿」


「ああ、お美しい……」


「この世に、これ程まで圧倒的な美が存在するのか……」


 称賛の声と感嘆のため息がホールを満たす中、俺は心が乱れないように一度深呼吸をし、意を決して正面を見据えた。


 無造作に伸びた、艶もあまりない黒髪を後ろで束ねただけの髪型――

 控えめに膨らんだ胸部――

 食生活のバランスが悪くてできた、ぽつぽつと頬に点在する吹き出物の跡――

 農作業にはまってマメだらけの手の平――

 履き心地の良さだけを追求した地味な色の靴――

 ファッションセンスの欠片もない紺色のくたびれたジャージ姿――

 そして、俺にいつも向けられていた、心が満たされるような優しい微笑み――


 そこにいたのは、見間違えようのない、俺がもう一度会いたいと願ってやまない――桜、その人だった。



連続投稿はここで終了です。

また少し間が空くと思いますが、少しずつでも進んでいますので、ご了承ください。

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