主人公の力
2話同時投稿の2話目です。
「これはつまり、そういうことなのか?」
一瞬、この男性も『奪取』スキル使いに殺されたのかとも考えたが、たぶん、それはない。昨日、生徒手帳を探した時に胸元もまさぐったが、穴は無かった筈だ。
それに、この穴の周辺に血が多く吹き出しているわけでもない。死後、暫くしてから心臓を握り潰されたと考えるのが自然だろう。
何故、死体の心臓を握り潰したのか。
そんなの考えるまでもない。スキルの取得条件が(相手の心臓を握り潰す)つまり、生者である決まりはないのだ。その証拠に死者が所持していた生徒手帳を確認すると『時空魔法』『魔力容量』が消えていた。
「0に近い可能性を成功させる。成功するまで何度も試す……には心臓を握り潰すという条件があるので無理。二人も成功しているということは、『奪取』スキルの条件を満たしていると考えるしかない」
どうやって、ステータスとスキルを上げた?
それに、スキルを二つ以上奪ったということは『奪取』スキルが最低2以上あるということだ。どうなっている?
スキルを取る際にスキルポイントを軽減するスキルはなかったと思う。そういった、一種の裏ワザっぽいスキルは隅から隅まで探し尽くした。取得経験値が多い、スキルが上がりやすくなる、といった誰もが思いつくスキルも存在していなかった。
後はレベルの問題がある。条件が整っているということは、レベルを上げてポイントを増やしたとしか考えられない。格下の相手には『奪取』が適応されない。
「何か俺は勘違いをしているのか?」
「間違ってないよ」
背後から声が!?
「誰だっ!」
叫び振り向くより先に、背後を庇うように三本の糸を伸ばす。木と木の間に糸を張り、『気』も全力で注ぎこんだ。
「へええっ、やるもんだね、あんた」
張り巡らした糸を挟み、少年がこちらを楽しそうに眺めている。
歳は十代半ば。中学か高校に成りたてに見える。茶髪で切れ長の目。中性的な整った顔。顔面偏差値がかなり高い。学校ではかなりモテただろうな。自信ありげな表情が小憎たらしいぐらい、様になっている。
格好はブレザーの学生服。特にこれといって特徴のない格好だ。
「ふーん、糸かなこれ。これって、魔法の力なのかな、それとも糸に関するスキルなのかな。機転も利くようだし、うんうん、いいねぇ」
何が嬉しいのか、笑みを浮かべ何度も頷いている。
こいつが『奪取』所有者で間違いないのか。
「ねえ、ねえ、おじさん」
「まだ二十代半ばだ。お兄さんと呼べ」
「ごめんごめん。フード目深に被っていて顔が良く見えないから、おじさんかと思っちゃった」
そういや、昨日の雨が木々の葉っぱに残っていて落ちてくるのが鬱陶しかったので、フード被ったままだったな。それに朝日を背にしているせいか。
「じゃあ、お兄さん。僕に聞きたいことがあるんじゃないの?」
余裕の態度を崩すことなく、小馬鹿にした口調で上から目線を続けている。余程、実力に自信があるのか。
「キミは奪取を所持しているのか?」
「ご名答! お兄さんは中々の切れ者だね。死体を前に冷静だし、考えている最中も警戒を怠らない。この世界を生き抜けそうだ」
「学生服の少女とこの男性の心臓を握り潰し、スキルを奪ったのも」
「うん、僕だよ」
話の途中だというのに被せるように答えた少年は、自慢したくてしょうがなかったのだろう。自分が『奪取』スキルと言う物語の主役のようなスキルの所有者だということを。
「スキルポイントが足らない筈だが、何で奪取スキルが発動できる」
「だよね、そう思うよね! 僕もわかっていたんだけどさ、それでも憧れがあって奪取スキルを諦められなかったんだ! 説明に300ポイントも使ったから、ポイント明らかに足りないし、どうしようかと思ったよ」
ここまでは、俺の考えと一致している。問題はここからだ。この先、彼はどうやったというのだ。このまま、聞き手に徹していればべらべらと話してくれるだろう。
誰もが羨む力を手に入れ調子に乗っている状態だ。圧倒的な実力者だという自己顕示欲が手に取るようにわかる。
「一応、前提条件の『窃盗』取ったのはいいのだけど、全然届かなくて……それでも、地道に頑張っていこうと思って、異世界に来ておっかなびっくり辺りを散策していたら、叫び声が聞こえたんだよ!」
話している内にかなり興奮してきたようで、声が無駄に大きい。
「でね、向かってみたら、太ったオッサンが女の子に襲い掛かってたんだよ! 正義感の強い僕は咄嗟に飛び出したんだ! 近くにあった大きな石を持ち上げて、オッサンの頭に振り下ろした!」
目が血走り、口角が吊り上がった状態で話す姿に、狂気が見え隠れしている。
今なら隙だらけに見えるが、相手の実力が判明していない以上、迂闊な行動は控えておく。それに、この先の話が正直気になる。貴重な情報が得られる可能性が高いからだ。
「知ってた? 人ってあっさり死ぬんだよ! オッサンが死んで、下にいた女生徒が感謝すると思ったら、何て言ったと思う? 人殺し! だよ……おかしいよね、助けてあげたのに! 僕は悪くないのに、僕は悪くないのにっ……」
同じ言葉を繰り返す少年の行動を咎める気はない。殺すのはやり過ぎだが、それは結果に過ぎない。咄嗟に助けたいと思った行動は誇っていい。
襲われていた彼女も襲われているという状況からの死体だ。気が動転して思わず口走ってしまっただけ、なのではないだろうか。
「あ、ごめん。ちょっと思い出したらイラついちゃったよ」
「気にしないでくれ」
「うん、ありがとう。そうだ、僕のことは春矢って呼んで。あっと、話何処までだったかな。あ、そうそう。オッサンを殺してさ、彼女は僕を罵って逃げるし、暫く落ち込んでいたんだけど、何か胸元が光っているんだよ。でさ、何かなと思ってみたら生徒手帳があったんだ」
ようやく、そこに触れてくれるのか。前置きが長すぎるが真面目に聞いているような表情は維持しておこう。こういった輩は、少しの事でへそを曲げる可能性がある。
「でね、生徒手帳を開けてみたら……何とレベルが10も上がっていたんだ!」
「えっ?」
「あはははは、やっと驚いた顔してくれた! ねえ、驚くよね。人を一人殺しただけでレベルが一気に10も上がるんだよ。それに、何と……レベルアップで得たスキルポイントと別に、スキルポイントを1000手に入れたんだ!」
嘘だろ……。少年の話が本当だとすれば、この子は最低でもレベル11。いや、11は確実に超えている。
それにスキルポイントが1000も増えるということは、殺した相手のスキルポイントが自分へ移るということか。
「いい表情するね! 僕、お兄さんの事気に入っちゃったよ!」
「それは……ありがとうよ」
「うんうん。でね、レベルが上がってスキルポイントも手に入れた僕は『奪取』の前提条件を満たしたのさ。あ、それだけじゃ信じられないよね。はいどうぞ」
満面の笑みを浮かべた少年が投げてきた生徒手帳を掴みとった。
少年を視界から外すのは危険を伴うと判断し、生徒手帳を相手の顔の横まで持ち上げて開いた。
生徒手帳の顔写真と少年の顔は一致している。名前は、雷豪寺 春矢。らいごうじ しゅんや 変わった苗字をしている。
その下に記載してあるレベルは――29となっていた。
「レベル29だと……」
無意識の内に声が漏れていた。澄ました顔写真の隣に並ぶ春矢の顔が、心底嬉しそうに破顔した。
「ねえねえ、凄いでしょ!」
「凄いというか、凄すぎるな」
心底感心したように頷いて見せた。といっても、殆ど本音なのだが。
「わかっているね、お兄さんは!」
無邪気に喜ぶ姿は年相応……より、幼く見えるが、この少年がしてきたことを考えると、油断をする気はない。
下へと視線を移すとステータス欄がある。
今まで生徒手帳を見てきて分かったことなのだが、たぶん、ステータスの平均値は10だとおもう。それより多ければ、平均より優れているということなのだろう。
そんな彼――雷豪寺のステータスは全て15となっていて、更にレベル3まで上げられている。つまり、全ステータスが 15×3=45 となる。身体能力の全てが俺を上回っている。筋力だけは数値が近いが。
「ふふーん」
ちらっと、彼に目をやると自慢げに胸を張り、期待に満ちた目がこちらに注がれている。春矢は待っているのだろうな称賛の言葉を。
「ステータスも凄まじい。俺なんて比べるのも恥ずかしくなるレベルだな……」
驚嘆のあまり思わず呟いたように見せる。相手のご期待に添えたようで、自慢げに顔が輝いている。
この下を覗くのが怖いのだが、そこに打開策が見つかるかも知れないと自分に言い聞かせ、注視する。
スキル欄には13種類ものスキルが存在していた。
まず目に飛び込んできたのは『奪取』5という文字だ。やはりスキルレベルを上げているか。5レベルということは、奪えるスキル数は――15。
脅威と言うレベルを超えている。他にもスキルはまだ存在している。
『窃盗』3『説明』3『共通語』3『状態異常耐性』3『魔法耐性』3『環境適応』3『時空魔法』3『魔力容量』3『隠蔽』3『風属性魔法』3『魔力』3『魔力変換』3
『窃盗』と『説明』は元から所有していたスキルで間違いない。それ以外は全て『奪取』で奪ったスキルか。
『状態異常耐性』『魔法耐性』『環境適応』『風属性魔法』『魔力』『魔力変換』は初めて見るスキルだ。殺されたオッサンと女生徒、もしくは別の人が取得していたスキルだろうな。
『時空魔法』『魔力容量』は足元に転がっている彼の死体から奪ったモノで、間違いないと思う。
『隠蔽』は昨日見つけた二人目の死体も所有していたが、たぶんそこから奪ったモノではない。あの人は『消費軽減』や他にも使えそうなスキルを持っていた。
スキルの空きも充分な今、それを取得しない理由が無い。同じ人から二つ以上のスキルが奪えるのは、前の人のスキルを二つ持っていることが証明になる。
「スキルレベル3に揃えているのは何か意味が?」
「そこ、聞いてくれるんだ。いいところに目がいくね。僕って几帳面なところがあって、数字が揃ってないと気持ち悪いんだ」
なら、何故『奪取』の5レベルに合わせなかったのか。スキルポイントも四桁近く余っているというのに。
「じゃあ、何で5に合わせなかったとか思ったでしょ。僕もそうしたかったんだけど、スキルってレベル5から能力が格段に向上するけど、レベル4あたりから消費ポイントが半端ないんだよ。だから、暫くはポイント貯めて一気に全部4、そして5に上げるんだ!」
そうなのか。俺は『同調』5を所有しているが、そんなに消費ポイントが必要なかったな。あれか、能力が微妙だと判断されて、そんなにポイント要らないのか。
あと、もう一つ聞いておかなければならない事がある。
「一つ疑問がある。自分よりレベルの低い相手には奪取スキルは使えないという、記載があったと記憶しているが」
「そんなところまで覚えていたんだ。うん、そうだよ。でもね、それって説明2までの情報だよね。説明3まで上げると、注意書きが増えるんだよ。ただし、転移者が相手の場合はレベル差があっても可能となる。ってね」
最悪だな。『説明』を上げることにより情報量が増えるとは思っていたが、大事な部分はまだ隠してあったということか。
「あ、そうだ。僕の生徒手帳見たんだから、お兄さんの生徒手帳も見せてよ」
「あ……ああ、構わないよ」
俺はアイテムボックスから生徒手帳を一枚抜き取ると、中身を確認して春矢へ軽く投げ渡した。
春矢の実力なら俺と春矢を隔てている糸なんか、問答無用で切り裂くことも可能な筈。なのに、一定の距離を保ったまま会話を続けているのは、一抹の不安があるからだろう。
自分を脅かす能力を所持していないか。そして、確かめる理由はもう一つ――自分が欲しいスキルを所有していないか。
『魔法耐性』がレベル3まであれば、少々の魔法なら耐えきられるだろう。それに、ステータスの高さもある。
『状態異常耐性』も、自分に悪影響を与える精神異常や肉体異常へ耐性。ただでさえ高いレベルに加えステータス『精神力』の高さ。精神力は魔法や精神攻撃への抵抗力。毒や精神操作や混乱といったスキルも、生半可な実力では通用しない。
スキル欄にある『隠蔽』は、その名の通り隠す力。俺の『捜索』に引っかからなかったのも、背後を取られたのに気付かなかったのも、このスキルの力だろう。
「へえ、お兄さんって、岩村 正也って言うんだ。って、お兄さん。ステータス欄が破れているんだけど」
「そこは勘弁してくれ。春矢くんのステータスを見せつけられた後に、晒す勇気はないからね。咄嗟に破ってしまったよ」
「まあいっか。レベル3だもんね。そりゃ、僕と比べたら可哀想だ」
強者の驕りか。あからさまに怪しい言い分を気にしないのか。まあ、ステータスで彼を上回っている可能性はないのを理解している余裕だろうな。
それに、春矢が気にしているのはスキルだからか。
「あははは、変なスキルいっぱい持っているね。あ、僕と一緒の隠蔽があるよ! 水使いなんて取ったんだ。ぶっ、お兄さん引っ掛かったの!? 鑑定持っているなんて、あははははは」
おいおい、失礼だぞ。肉片と化していた、二番目に会った転移者の人に謝りなさい。
爆笑している春矢にはさっきよりも余裕――というか、油断が見える。自分にとって脅威となるスキルがなかったからだろう。
「あれ? アイテムのところバツついているよ。ミスリルの鎌と鍬ってあるんだけど」
「それか、アイテムボックスもそうだが、転生者の一人に脅し取られたよ。相手が完全な武闘派だったから、勝ち目が全くなくて渋々渡すしかなかった」
俺の腰には二つアイテムボックスがあるが、分厚いパーカーの下にあるからバレないと信じたい。
「ふーん、ついてなかったね。それにしても、ミスリルの鎌と鍬って……農業やりたかったんだね。うんうん。お兄さん優しそうだから、向いているかも。これだったら、見過ごしてもいいんだけど……僕『消費軽減』欲しいなぁ」
俺を守る唯一の壁というか糸を指で摘み、軽く引っ張りながら春矢が妖艶な笑みを見せる。中世的な顔立ちなので、その笑みに凄みのある色気すら感じてしまう。
やっぱり、そう来るか。
スキルを奪われるのを恐れて、フードと逆光で自分の顔が見えないのを利用し、二番目に拾った他人の生徒手帳を渡すという小細工をしたのだが、あまり意味がなかったようだ。
俺も所有している『消費軽減』を欲しがるのなら、正体がばれて相手を怒らせるかもしれないという、危ない橋を渡る必要はなかったかもしれない。
ステータスが書いてある個所を破ったのも、ステータスで自滅していることを誤魔化す為だったのだが。
「あれー、でも、何で糸操れるんだろう。あ、この糸、綿とかで出来ているのかな」
「そうだよ。『植物使い』が意外と便利で自分も驚いている」
あの時、咄嗟に何も考えず裁縫用の糸を使ったのがよかったようだ。
「ふうううん、じゃあ『植物使い』も貰っちゃおうかな」
糸を握り締め、今にも引き裂いてこちら側へ踏み出そうとしている春矢に対し、俺はこう言い放った。
「見逃さないか?」
「何を――うーん、まあいっか。お兄さんは話の分かる人だし、一人ぐらい同郷の仲間が欲しいしね。それに農業の道に進むなら、英雄への道を邪魔することもないよね」
急に気が変わったらしく、春矢は糸から手を放すと無邪気に微笑む。
「まあ、辺境の田舎村でのんびり暮らすのが夢だからな」
「ほんと、変わっているね、お兄さんは。じゃあ、僕はここから北東の方に進んでいくよ。だから……邪魔しないでね」
「わかっている。俺は南にでも下るさ」
あの笑みの裏に見え隠れしているのは、巨大な力を手にした者の歪な精神なのか。正直、彼とはもう二度と係りたくない。
「じゃあ、お兄さん、またね」
「ああ……またな」
背を向け、異様な速度で走り去る彼の背が視界から消えたのを確認すると、全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「助かったか。あの能力差で何とかなったのは、奇跡のようなものだな」
あの時、春矢の気が変わってなければ、俺はいとも簡単に殺され、胸部を弄られていたことだろう。
彼が俺を見逃したのは運や気まぐれ――ではない。
握りしめていた糸を通して『同調』を発動させたからだ。
俺の「見逃さないか」という言葉に同調させて、見逃してもいいかな、という気に無理やりさせた。
相手は『状態異常耐性』を所持していたのだが、あのスキルの説明はこうある。
(自分に悪影響を与える肉体異常や精神異常への耐性)
同調はその人に危害を与えるわけでもなく、自分の意見に同意させるだけの能力。
スキルレベルもこっちが上回っていたので、精神力の差はあるが分が悪い賭けではないと思っていたが、どうやら上手くいったようだ。
「また、気が変わって舞い戻ってくるかもしれないな。離れておくか」
春矢が落していった手渡した生徒手帳を拾い、会話もしたこともない転移者に頭を下げた。
「貴方のおかげで命拾いしました」
彼が向かった北東には近づくまいと心に決め、俺は『捜索』を起動して西へと向かった。