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小説風景12選/小説喫茶企画

勾玉幻想

『お別れです、タケルさま』
『カガヨ姫……』

 画面の中で二人は、最後の言葉を交わしている。角髪みずらを結った男と、裾の長い衣装をまとう少女は、互いをひたと見つめ合った。夜明けの光がゆっくりと地平を染め、空が白みだす。

『時が来ました。天の神、地の神、海の神、いずれの神々からも、祝福あらん事を。今後のあなたに、幾重にも幸運がありますよう。タケルさま。カガヨは』

「ううっ」

『カガヨはあなたさまを、お慕いしておりました……』

 その日最初の太陽の光が、世界を夜から切り離す。それと同時にカガヨ姫の姿が薄れて消えた。

『カガヨ姫……』

 勇者は一人、光あふれる世界に立ち尽くす。

「ううう〜〜〜っ」

『世界が平和になったとしても、あなたを失った私に、何が残ると言うのでしょう』

 穏やかな音楽。昇る朝日を見つめる勇者タケル。エンディングロールが始まった。

「ひ、ひどい……可哀相すぎる……」

 俺はコントローラーを握りながら、ぐしぐし泣きつつ、エンディングを見つめていた。

「おわ。まーた泣いてたの、お兄ちゃん」

 ゲームが終わってからもなお泣いていると、妹の美鈴がいきなり部屋に入ってきた。

「あー。結局買ったんだ、これ。『勾玉幻想』」
「二人が可哀相すぎる〜っ」
「ゲームじゃん」

 ばっさり切り捨てられた。

「だって勇者が。勇者タケルが。これだけ戦って世界を平和にして、でもカガヨ姫とは結ばれないんだぞ〜っ! お互い好き合ってるのに、告白もできないでっ! 最後の、最後の別れる時にようやく、ようやくっ、でもそれでお別れなんて〜っ!」
「だからゲームじゃん」

 呆れたように言うと、美鈴はゲーム機の電源を切った。

「うわ待て! なんて事をするんだ、おまえっ! クリアデータがまだ! まだセーブしてなかったんだぞっ!」
「えー、そう? じゃ、またがんばってね」
「がんばってね、じゃねえええええ〜っ!」

 俺は吠えた。最後のセーブは最終決戦の直前だ。ボスキャラである闇夜の王を倒すのに、ものすごーく苦労したのである。

「クリアデータがあったら次の周、アイテム持っててもっと楽に進めたのに〜っっ!」

 吠えだした俺に美鈴は顔をしかめた。そこへお袋の叫びが入る。

「うるさいわよ、かがりっ! 騒いでる暇があったら勉強しなさ〜いっ!」



 俺の名は、高宮たかみやかがり。高校二年生だ。
 かがり、なんて妙な名前だが、由来は単純。お袋が少女時代にハマッていたマンガだかアニメだかの主人公だったらしい。お袋曰く、『クールで、でもいざという時には誰よりも熱い美少年』だそうだ。男の子が生まれたら、必ずこの名前を! と決めていたそうである。そうして俺が生まれ、お袋は念願を果たしたわけだが……最近は俺を見るたび、ため息をついて言う。

「それなのに、あんたときたら……」

 悪かったな、平凡顔のゲーム少年で。
 やっていたのは『勾玉幻想』。地の高天ヶ原と呼ばれる古代の和風世界で、勇者タケルが闇夜の王と戦い、世界を平和に導くという、ありがちなストーリー。一部でちょっと話題になったが、俺の周囲でやっている人間はいない。理由はモンスターをがしがし倒して経験値稼ぐゲームと違って、主人公たちの心の動きや迷いを重視したストーリーであった事だ。はっきり言って、戦闘や経験値上げはおまけだった。どっちか言うと、女の子に評判らしいゲーム。俺も美鈴がやっているのを見るまでは、手を出す気にはなれなかった。
 友だちから借りてきた、という美鈴が途中までやって『面倒』と言って投げ出したのを、俺が続きをやって。ヒロインのカガヨ姫の健気さにハマッてしまった。一日でクリアはできず、最初の部分も気になる。と言うわけで翌日、そのゲームソフトは美鈴の友だちに返還。俺は貯金を下ろして新品の『勾玉幻想』のソフトを買ってきた。最初っから自分でやる為に。
 そうして、RPGと言うよりサウンドノベルじゃねえ、これ? という物語を読んで、分岐を必死で考えて、戦闘して。エンディングを見て、うるうるしてしまったのであるが……。
 ゲーム機に電源を入れようかと思ったが、ボスキャラとの戦いをもう一度やるのが嫌になった。気力を整えて、明日やろうと思う。
 もう一度見る同じエンディングは、色あせるだろうか。

(いや、二度目でも俺、泣くかも)

 結末は、最初からわかっていたようなものだった。勇者タケルは超常的な力を持つ青年ではあるが、人間だ。一方のカガヨ姫は、人の姿を取った天界の精霊。
 世界が平和になった後は、天界に戻ると定められた存在だった。
 最初は、ぎこちなく始まった二人の旅。お互いに信頼しあえず、ぎくしゃくした時もあった。けれど。信頼を深め、絆を築き、世界を平和にする為に戦い続け。
 別れの時を迎えた。

『最近、考える。この旅は何なのかと』

 旅の途中のイベントで、タケルがカガヨ姫にそう言う場面があった。

『世界が平和になれば、あなたは天界に帰るのか』
『わたくしは、天界の精霊。本来は、人の世に関わって良い存在ではありません。人の世は、人のものなのです、タケルさま。災いをもたらす闇夜の王を倒せば、わたくしは天界に戻ります』
『では、この旅は、あなたを失う旅でもあるのか』
『タケルさま……』
『すまない。詮なき事を言った』

 いやもう、そこはガツンと言っちゃえよ! とコントローラーを持ちつつ身悶えした。けれど真面目なタケルは己の心を打ち明ける事ができず、カガヨ姫はカガヨ姫で、やっぱり言えない。おまえら、とっととできあがっちまえ〜! と叫びたくなった。

「こういうの、作る人って……どんな人なんだ?」

 何となく気になって、パッケージを確認する。


 シナリオ 瀬田 清


「せた、きよし? 男なんだ。勇者のぐずぐずっぷりからして、話作ってたの女の人かと思ってた」

 ちょっと悩みすぎだよなあ、タケル。俺だったらとっととカガヨ姫に好きですっ! て言っちゃうぜ。
 ゲーム機とソフトを片づける。疲れたのでもう寝ることにして、歯磨きをする。パジャマに着替えて布団に潜り込む。
 俺はあっさり眠りに落ちた。



「……ま」
「て、……ませ」

 何だろう。うるさい。

「……ださいませ」
「……ま」

 衣擦れの音。やわらかい女性の声。
 お袋じゃない。美鈴とも違う。

「起きてくださいませ、姫さま」

 ……はい?

「え、……え、えわあっ!?」

 目を開けた途端、白塗りの顔がアップになり、俺は悲鳴を上げた。心臓がばくばくいっている。布団の中であわあわしていると、白塗りの女性が言った。

「お目覚めになりましたか、姫さま」
「え? はい、目覚め……ました。けど」
「よろしゅうございました」

 よろしゅうって、いやその。
 汗をかきつつその人を見ると、壁画にある飛鳥時代みたいな格好をしている。髪を上で結い上げて、裾の長い衣装を着ていた。周囲を見回す。なんだか薄暗い。日本史の資料に出てくるみたいな木の床や柱、几帳らしきものが目に入った。

「どこ、ここ」
「オオクニヌシのミコトの館にございます」
「は?」
「オオクニヌシのミコトの館にございます」

 繰り返す、謎の白塗り女性。オオクニヌシ……オオクニヌシって……。

「大国主の命!?」
「さようにございます」

 ちょっと待て。それってあれだろ、『勾玉幻想』に出てくる王さま! カガヨ姫の保護者と言うか! 地上に降りた姫が勇者タケルと出会うまで、保護してくれていた……。
 そう言えばこの人、ゲーム内でのモブキャラに似てる。カガヨ姫のお世話をしたり、宴会の時に食事や飲み物を持って運んでいたキャラクター。メインキャラクターより目立ったらいけないから、みんな似たような顔だったけど。
 そう思っていると、女性が言った。

「姫さまにはお召しかえをなさいませ」
「え? 姫ってだれ」
「姫さまは、姫さまにございます」

 俺は思わず、自分の周囲を見回した。けれど目に入ったのは、何となく高そうという感じの寝具と、長い黒髪だけ。え? 黒髪?
 だらだら流れている黒髪を手にした。引っ張ってみる。

「痛ぇ!」

 なんだこれ。なんで一晩で、俺の髪はこんなに伸びてるんですか!

「姫さま? 御髪おぐしがどうか……」
「いやいやいや、あり得ないだろう、なんでこんなに長いの!」
「高貴な女人の髪が長いのは、当たり前の事にございます」
「高貴な女人?」

 だれが。

「姫さまに決まっております」

 俺?

「あの……鏡ある?」

 まさかと思いつつそう言うと、彼女はすぐに鏡を持ってきてくれた。金属を磨いたやつで、あんまり映りは良くない。でも何とか、自分の顔を確認するぐらいはできた。
 そこに映っていたのは、長い黒髪の、美しい顔だちの女の子。
 まさか。
 まさか。まさか。
 まさかまさかまさかまさか。

「か……かがよ、ひめ……?」
「左様にございます、カガヨ姫さま」

 女性が俺の言葉を肯定する。目の前が暗くなった。

「なんで俺、カガヨ姫になってんの〜〜〜っ!?」



「何やら騒ぎが起きていたようだな」

 目の前に座る、渋い中年男性が言った。角髪みずらを結った貫祿のある男は、地の高天ヶ原、瑞穂の国の王、大国主の命だ。CG画像じゃなくて、立体になってる。むっちゃリアル。なのに違和感無い。

「いかがしたのだ、カガヨ姫」
「いかがも何も……夢だよなこれ。でもなんで俺が女役……」

 お付きの女性(采女というらしい)に寄ってたかって着せかえられ、俺はずるずるした裾の長い衣装を着せられていた。ずらずらと石をつないだ首飾りを何本も首にかけられ、動くたびにしゃらしゃら音がする、金属をつないで垂らしたかんざしをぐさぐさ頭に刺されている。重い。うっとおしい。いろんな所が引きつる。
 これって何なのだろう、と俺は思った。夢かな。夢にしてはリアルすぎるけど。『勾玉幻想』の世界らしいし、その辺は俺の願望というか、夢っぽいとは思うんだけど。
 でも俺が女の子って、それはないだろう! 

「姫には何か、夢を見られたか?」
「いえそのえっと。何と言いましょうか。あの俺、やっぱりカガヨ姫なんですか……」
「姫は姫に決まっておろう。悪しき夢に魂を引かれたか。気を清浄にする香でも焚くとしようか。天上の御方には、地上は悪しき気配に満ちておる。なかなかに居づらい事であろう」

 大国主の命は、穏やかに言った。

「タケルも、今こちらに向かっている。あの者なれば、姫の心にかなうであろう。必ず魔性の王を倒せると信じておる。心安んじて待たれよ」

 タケルもいるんだ。

「タケル……ってどんな人ですか」

 念の為尋ねてみると、大国主の命は答えた。

「我の孫にあたる。母親の身分が低い為、こちらで暮らしてはおらなんだが。心正しく、勇気に満ちた若者だ」

 さようですか。
 大国主の命の話だと、どうもまだ、カガヨ姫とタケルは出会っていないようだ。ゲームで言うと序盤かな?

「瑞穂の国一の剣士と名高い。姫には安心なされよ。必ず姫を守り、闇夜の王との戦いに勝利するであろう」
「はあ」

 この流れだと俺、タケルと旅に出る事になるのかな。魔物をばったばったとなぎ倒し、カッコイイ技満載の勇者どの。ゲームのタケルと同じなのかな。だったらちょっと、会ってみたいかも……。
 そう思っていると、従者らしき人がやって来た。

大王おおきみ。タケルどのがやって参りました」
「おお、来たか。姫。あなたの勇者が来ましたぞ」

 わくわくした。ゲーム通りの勇者だろうか。やっぱりカッコ良くて、爽やかなんだろうか。
 その期待は、ことごとく裏切られた。

「あのあのあのっ! ここはどこ私はだれ、なぜ私はタケルなんですか〜っ!」

 青ざめ、がくがくと震える勇者タケルの叫びによって。



「あのすみません、カガヨ姫……ですよね」
「そちらはタケルどの……」

 タケルのうろたえっぷりに大国主の命は目を丸くしたが、俺は彼の言葉から、俺と同じ混乱を感じ取った。それでふたりきりで話がしたいと言い、どうにか彼と二人だけにしてもらった。
 そうして今、顔を付き合わせている。

「あのあの実は私タケルではなくてですねっ。いやたぶんタケルなんですけどっ、そのカガヨ姫っ! マジにカガヨ姫なんですかーっ。うわ本物だどうしようっ」
「少し落ち着いて」
「ああああああ、はいすみません、いやもうコーフンしちゃってまさか本物に会えるなんて思いもうわやっぱりカワイイッ!」

 ごろごろ床を転がられた。かと思うといきなりがば! と起き上がって手を握ってきた。鼻息が荒くて怖い。

「あああああちっちゃい、ちっちゃいですこの手うわうわうわ本物本物ほんっ」


 がす。


 思わず俺は、空いているもう一方の手で、タケルの眉間にチョップをお見舞いしていた。思い切りヒットした。ぐは! とうめいてから、瑞穂の国一の剣士にして地の高天ヶ原の勇者タケルは、その場に倒れた。
 しばしの沈黙。
 やがてひょこっ、と顔を上げたタケルに俺は、にっこりしてみせた。

「落ち着きましたか」
「ああ、はい……むっちゃ強えです、カガヨ姫」

 顔を抑えつつ、タケルが言った。俺はふー、と息をついた。

「じゃ、落ち着いた所で話しようか。ぶっちゃけた所、あのさあ。いきなり困るんだよ俺としても。手ぇ握ってハアハアされてもさ」
「いきなり口調、砕けすぎてませんか」

 普通の口調にした俺に、タケルが目を剥いた。俺はふん、と鼻を鳴らすとあぐらをかいた。

「元々こっちが地だ。で、あんたは誰なわけ。タケルじゃないとか言ってたけど」
「は、あの、私は……ええっと」

 なぜかタケルは顔を赤くして、視線をさまよわせた。何だと思ったら、まくれあがった裾から俺の足が見えている。いや、カガヨ姫の足か。
 白くて細くて綺麗だった。
 タケルはそれを見て、鼻血が出そうな顔をしている。このスケベめと思ったが、俺自身もその足を見てちょっとときめいてしまったので、追求しない事にした。代わりに裾を直して足を隠す。

「それで。あんたは誰なんだ?」

 残念そうな顔をしたタケルは、俺の問いかけに、あっ、という顔になった。

「あの、姫さま。姫さまには私がタケルじゃないとわかるんですか」
「さっき、自分でそう言ってたじゃないか」
「え、でもすごいです! 私、そう言ったのに誰も信じてくれなくて! さすがカガヨ姫さまですねっ!」

 キラキラした目をされた。何でだ。

「私、サヤと言います。あの、こんな姿ですが女性ですっ」

 え。

「女性?」
「そうですっ! な、なんかいきなり、気がついたらここにいて、タケルだと言われてしまいました……あのここって、ここって、『勾玉幻想』の世界ですよねっ?」
「『勾玉幻想』……ゲームの」
「ああそうですっ、さすが姫さまっ……って何でそれ知ってるんですか」
「いやたぶん、俺もあんたと同じだから」
「同じ?」
「俺も目が醒めたらここにいて、カガヨ姫だと言われた。あ、俺の名は篝」
「かが……り?」
「そ。自分の部屋で、普通に寝たはずなんだがな。気がついたらここにいて、姫になってた」

 サヤと名乗ったタケルは、そうですか、と言ってうなずいた。
 それからしばらくして叫んだ。

「えええええ〜っ!?」

 反応、遅過ぎ。



 二人で状況を確認した。

「つまり、サヤは一月ぐらい前からこっちにいるのか」
「はい。姫はついさっき?」
「ああ。夢かと思ったんだが、それにしちゃ、できすぎだ。何でこんな事になってるんだ?」

 お互いの持っている情報を照らし合わせると、ここは『勾玉幻想』とそっくりな世界で、勇者タケルもカガヨ姫もいる。魔性もやっぱり存在し、闇夜の王に襲われて揺らいでいる世界、らしい。サヤは一月前にここでタケルとして目覚め、以来、タケルとして生活している。

「でもでも、すごい怖いと言うか辛いと言うかっ! 私、勇者だもんだから、いきなり化け物倒せとか言われるんですよっ! なんかそれで、戦わされたりしたんですけどっ」

 戦ったのか。

「化け物って、あれだよな。闇夜の王の」
「ああ、はい、夜魔やまです。すっごいグロくて怖かったです。もう見たくない」

 涙目になってタケルは言った。精悍な顔をしている分、似合わなすぎる。

「でもあんた勇者だし」
「なりたくてなってるわけじゃないです!」
「必殺技とか持ってるんじゃないの?」
「ひたすら逃げてましたから、持ってるかどうかわかりません!」

 威張るなよ。

「逃げるばかりで、良く命があったな……」

 夜魔は人間を襲って喰らう、恐ろしい存在だ。ゲーム序盤ならそれほど強くはないはずだが、それでも普通の村人はひとたまりもない。

「それはですね、怖くて腕を振り回していたら、たまたま当たる時がありまして。そしたら吹っ飛びました」

 吹っ飛んだのか。

「それで倒したの?」
「はあ、いなくなっていたので。でもおかげでよけい、勇者だ勇者だと言われて、また戦えって〜〜〜」

 泣きそうになる。俺はふーん、と言った。基本的な能力は高いわけだ。

「腕が当たったら倒れた、か。それってリミット技じゃないの? 花鳥風月かちょうふうげつとか、竜王斬りゅおうざんとか」
「ゲーム序盤では出せませんよ。レベル上げてからじゃないと」
「あー、そっか。初期装備の技は斬ると突くだけだっけ?」
「最初のリミット技は、旅に出る所で手に入るんでしたよね」

 ぼそぼそと、ゲームの内容を二人で話す。

「ゲームならな。でもこれ、ゲームじゃないだろ。何なんだ、夢か?」
「夢なら醒めるでしょう。でもこの世界は、寝ても寝ても醒めないんですよ」

 サヤの口調は、疲れていた。それはそうだろう。ゲームなら、楽しんでいられる。けれど。
 醒めない夢に囚われたのだとしたら。
 ぞくりとした。

「俺も……目が醒めないわけかな。何なんだろう。魂だけ別の世界に放り込まれたとか……? リアリティありすぎだし」

 俺が言うと、そうかもしれません、とサヤが言った。

「でも何か……戻る方法あるはずだよ」
「そうでしょうか」
「だって、これだけゲームの世界に似てるって、変だよ。何かあるから、ここまで似てるんじゃないか」
「何かって?」
「俺たちがこっちから向こうに戻る条件が、ゲームと同じとか」
「たとえば」
「闇夜の王を倒す、とか」

 そう言った俺に、二人とも沈黙した。何となく青ざめる。

「そうかもしれません」
「そうなのかな」
「でもむっちゃ強いですよ、闇夜の王。私、一度もクリアできませんでしたよ」
「え、一度も? 俺はクリアしたけど」
「何度も何度も何度も何度もロードしたけど、クリアできなかったですよ! 『余に逆らうとは愚か者め。ぐはははは』って、あの高笑いを何度も聞かされましたよ! すんごい腹が立ちました! カガリさん、すごいですね」
「いやそれほどでも」

 手ごわい事は手ごわかったけど。指がつりそうになった。

「まあ、でも、コントローラーで何かするわけじゃないし……戦う時は自分の体を使うんだろう、タケル?」
「サヤって呼んで下さい! タケルって呼ばれるの嫌なんですっ!」

 するといきなりサヤが吠えた。

「タケルだから魔物と戦えとか、タケルだから強いだろうとか、タケルタケルって、私はタケルじゃないんですよ! か弱い女性なんです、筋肉満点だぜおー! な勇者さまじゃないんですっ! 魔物なんてグロいし可愛くないししつこいしグロいしっ! 私は、私は、泣いて逃げましたよこの一月の間っっっ!」

 泣きながら魔物から逃げる勇者タケル。
 すごく情けない。

「まあ、サヤは女だしな。仕方ないかもしれないけど。でも、俺、戦闘能力ないぜ」

 そう言うと、サヤは、はい? という顔になった。

「だからさ。今の話の流れからすると、俺たち二人で旅に出るだろう、どうしたって。そしたら夜魔やまの襲撃がどんどんあるはずだし。その時誰が戦うんだ?」
「えっ、ええとでも、カガヨ姫……」
「姫じゃないし。俺は篝」
「あ、そ、そうか、カガリ」

 サヤの発音はカタカナに聞こえた。まあ良いけど。

「カガヨ姫の能力は、遠見と魔性感知、祝福と回復。戦闘能力はないに等しい。天界の住人だし、本来はこの世界に関わってはならない存在だから」
「ええ。天界の掟で、直接的な介入は許されない……ああ、どうしよう。そしたら私が? 戦わないといけないんですかっ?」
「どうしても嫌だっていうんなら、俺が戦っても良いけどさ。木刀とかあれば何とか」
「えっ、でも姫にそんな事は」

 サヤはものすごく困った顔になった。

「仕方ないだろう。サヤは戦うの駄目みたいだし。なんかさー。闇夜の王はたぶん、どうしたって倒さなきゃならない相手みたいだし」

 この世界が夢でも、その条件を満たさないと俺たちは目が醒めないのかもしれない。そんな気がする。

「まあ、がんばってみようや」

 そう言ってにこりとすると、サヤはなぜだか赤くなった。



 瑞穂の国の王の館を旅立って、最初の村に向かう。

「リミット技、手に入ったのか?」
「書物をもらいました。読んでみたけど、良くわかりません」
「ないと苦しいぞ、この先。ちょっと練習してみろよ。その辺で」
「えー?」

 最初のリミット技、桜花斬おうかざんを練習する。

「どどど、どうやったらっ?」
「コントローラーねえしなあ。叫んでみたら? 技の名前」
「恥ずかしいですよっ」
「旅の恥はかきすて〜。ホレ、やるやる!」

 厳しく言ってみるとなぜか、サヤはほんのり赤くなった。

「カガヨ姫のその姿で、厳しく言われるのって何だか」
「嫌か」
「いや快感というか、女王さまモード見てみたいって言うか」

 前から思ってたけど、こいつ、ヘンタイか?
 つい、白い目で見てしまう。するとなぜか悶えられた。

「冷たい目がステキ〜〜〜!」
「ぐだぐだ言っとらんで練習しろ!」

 思わず怒鳴ってしまった。



 夕方。
 たき火を焚いて野宿の準備をし、俺たちは休む事にした。

「すすすみません、全然出ませんでした、リミット技……」
「慣れてねえんだろ。気にすんな。その内できるようになるさ」
「なんか男前です、カガヨ姫」
「俺、カガヨ姫じゃねえし。カガリって呼べってば」
「あ、すみません。あのあの、でも。私、カガヨ姫って憧れだったんですよ」
「そうなの?」

 ぱちり、と火花が散った。枝が燃え崩れ、弾ける。

「私、可愛い女の子好きなんですよ〜……」

 へらり、と笑ってサヤが言った。タケルの精悍な顔がこんなに崩れると、妙な感じだった。

「あ、別にね? そういう趣味があるとかいうのじゃないんです。カガヨ姫って、小さくて可愛いでしょう」

 確かに小さい。自分の腕を見てため息をつく。細い。

「私、女にしては背が高い方で。可愛くないって昔っから言われてましたから。自分でもわかってるんです。可愛くないなあって。だからかなあ。ゲームとかで、可愛い女の子のキャラクター見ると、すごく憧れて」

 えへへ、とサヤは笑った。

「小さいなあ、可愛いなあって。こんな風に生まれたかったなあ、とか。思って。今でもね。私、タケルだし。どうせなら、姫の姿になってれば良いのになあ。こんなごつごつした太い腕で……」

 サヤは自分の手を見た。男の腕だ。剣士であるタケルの腕は、鍛えられ、筋肉がついている。

「どうしたって、可愛くない方なんですねー……私」
「男の身で可愛いと言われる、俺の立場はどうなる」

 むーっとしつつ言うと、サヤはあれ、そうですか? と言った。

「はっきり言って情けないぞ。力ないし。細いし。足開いて座れねえし。野郎に変な目で見られるし」

 じろ、とサヤを睨むと、サヤはあはは、と笑った。

「だって可愛いんだもん、カガヨ姫〜。手も足もすべすべで、白くて、柔らかくって綺麗で!」

 がし! と手を握られた。

「ああもうすべすべ……いやーん綺麗〜〜〜!」

 頬ずりされた。ぞぞぞ、と悪寒が走った。

「やめれ!」

 ばし! と頭をはたくと、なぜかそれでも幸せそうにサヤは笑った。

「あー、良く考えたらこっちもアリかも……だって鏡が銅鏡だし。良く見えないし。でも私がタケルだったら、姫を見放題! ですよね!」
「一人で落ち込んで、一人で立ち直ったな、あんた。こういう場合、俺が慰めの言葉とかかけて、それからじゃないのか」
「打たれ強さと立ち直りの早さには、定評がありますっ! 慰めてくれるつもりだったんだ」
「まあそりゃ、」
「うれしいです」

 また手を握られた。真剣な顔をサヤはしていた。
 俺はサヤを見上げた。タケルとカガヨ姫の体格差から、そうせざるを得なかった。真面目な顔をしたサヤは、元のタケルの顔だちもあって、かっこ良かった。ちょっとどきりとした。

「自分で自分の体触っても、楽しくないし!」
「は?」

 なんか指が。指が動いてますが。
 さわさわ、とサヤの指が、俺の手をさすっている。なんかこう、気持ち悪い感じで。どこかのスケベ親父が、女の子を触りまくっているような。そんな触り方で。
 真剣な顔で、サヤは俺の方に身を乗り出した。
 そして言った。

「タケルとしてカガヨ姫を触りまくるのって、アリですよね!」

 さわさわさわさわ。

「セクハラ!?」
「だって二人は恋人同士だし!」
「俺とあんたはそうじゃねえっ!」
「良いではないか、良いではないかっ!」
「悪代官かいっ!」

 振り払おうとしたがそれより早く、腕を引っ張られて、がし! と抱き込まれた。頬ずりされる。体のあちこちを撫でまわされた。

「あああ、小さい〜! 華奢だ〜! 可愛い〜! パ〜ラダ〜イス〜ッ!」
「やっぱおまえヘンタイだろ、やめろ! やめろってば……ぎゃああああああ〜!」

 俺はサヤに押し倒され、鼻息荒く触りまくられた。痴漢に泣く女の子の気持ちが良くわかった。これは犯罪です。断固として犯罪です。元の世界に戻れたら、俺は女の子の味方をして痴漢を撃退しまくります!



「タケルはストイックな方が良い。どんだけまどろっこしくても、礼儀正しくて理性的なタケルが一番だ」

 翌朝。疲れ果てた顔で俺は街道を歩いていた。隣では、顔のあちこちに青痣をつけているサヤが、うれしそうに笑いつつ歩いている。

「けっこう鋭いパンチでした〜。んんん〜、カガヨ姫のパンチ〜」

 殴られてもうれしいのかい。

「リミット技、結局駄目だったな」
「んー、どうしたら良いんでしょうかね。ゲームでは、ヒラメキみたいな光がさして覚えてましたけど」

 そうなのだ。戦闘中に突然、光がぴかっとさして覚える。

「実戦で覚えるしかないって事か?」
「えー。やですよ戦うのっ……て、あれ?」

 サヤがぴたりと足を止めた。青ざめる。

「ああああの。目の前にいるあれはひょっとして?」

 俺は街道の先にいる、黒っぽい影を見た。うなずく。

夜魔やまだな。レベルは2ぐらいか。序盤の弱っちいヤツだ。経験値積むには良い相手ってわけで、がんばれ」



 戦いは、情けないの一言だった。
 サヤはひたすら悲鳴を上げ、涙を流し、逃げ回った。腕をばたばた振り回し、剣すら抜かない。

「い〜〜〜や〜〜〜〜! た〜す〜け〜て〜〜〜〜〜っ!」

 男の悲鳴は聞いていて、非常に萎える。

「泣いとらんで立ち向かわんか〜っ!」

 俺は両手を上げて、必死に祝福をかけまくった。サヤの体に光がまといつき、防御その他の能力を上げる。上げているはずだが。

「やだ、怖い、いや〜〜〜〜〜っ!」
「こっち来んなー!」

 泣きながら走ってくるサヤを追いかけて、黒くてどろどろした魔物が牙をむき、涎を垂らしてこちらに来る。

「ひどい姫冷たい〜〜〜っ」
「武器も持ってないんだぞ俺は! ってか、剣! 剣抜け!」

 ぎゃー、とか何とか叫びながら逃げてきたサヤを怒鳴りつけ、俺はサヤの腰にある剣を抜いた。無理やりにぎらせる。

「うわうわうわ、こんなもの持ったら、逃げられないじゃないですか〜〜っ!」
「戦えるのはここで、おまえだけだろうっ!」
「ひどい姫自分も戦うって」
「だから俺には武器がないんだ〜っ!」

 叫んでいるうちに、魔物が突進してきた。

「来たっ! ほら行けっ」
「ネバネバ系苦手なんですうっ!」
「好き嫌いあると大きくなれませんっ! しっかり握れっ! 上から下に振り切れっ!」


 ざんっ!


 泣きながら、サヤが言われた通りに腕を動かすと、魔物は切られた。でもまだ死んでない。飛び下がってこっちの様子をうかがっている。

「よだれ垂らしてるうっ」
「垂らすだろう、よだれぐらい。俺とおまえがおいしいごはんに見えてるんだからっ」
「食べられたくないいいっ」
「だったら戦え、リミット技出せ!」

 泣いているサヤに、魔物が飛びかかる。あわあわして剣を振り回すのに、魔物はぱっと飛び下がった。剣の重さに振り回されて、サヤがたたらを踏む。がら空きになった背中が魔物にさらされた。

「サヤっ!」

 俺は慌ててサヤに飛びついた。体重全体をかけて彼女を押しやる。体勢を崩していたサヤは、あっさり突き飛ばされた。


 がしゅっ!


 俺の肩に痛みが走った。魔物の牙に食いちぎられたのだ。目の前が真っ赤に染まり、俺はその場に膝をついた。
 痛い。
 夢のはずなのに。無茶苦茶痛い。

「か、カガヨ姫っ!」

 悲鳴のような声で、俺を呼ぶサヤの声。痛みに意識を持っていかれそうになっていた俺は、我に返った。飛びついてくる魔物の気配を本能的に察知して、地面を転がって避ける。

「姫ぇっ!」

 サヤが駆け寄ってくる。剣を構えて。怖いのじゃないのか?


 がきいっ!


 振り回した剣が、魔物をとらえた。吹っ飛んだ魔物は、ぎいっと悲鳴を上げた。ぼろぼろになって消滅してゆく。

「姫っ!」

 サヤの声が聞こえる。
 俺はそのまま、意識を手放した。



「ごめんなさい……」

 気がつくと、どこかの村だった。小さな家の寝台に横たえられた俺の側にはサヤがいて、ぼろぼろ泣きながら謝っていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。私が。私がちゃんとしていなかったから」

 これが可愛い女の子なら、ほだされる、という事もあるだろう。
 けれどそこにいたのは、筋骨たくましい男。すっきり精悍な顔に、低い声、剥き出しの腕の筋肉すごいじゃん、というあくまで男。
 それが、でかい体を縮めてべそべそ泣いているのである。
 断言しよう。見た目は重要だ。

「うっとおしい」

 ぼそ、と言うと俺は起き上がった。痛ぇ。

「泣いて謝れば全部解決か? うっとおしいんだよ」
「ごめんなさい」

 また泣く。ああ、痛い。

「この場合、泣くのは俺の方だろう。怪我して倒れて」
「ご、ごめんなさ……」
「今も痛ぇ。気絶しそうだ」
「あ、あああ、どどどうすればっ。薬草っ薬草っ」
「落ち着け!」


 ずご。


 とりあえず、動く方の腕でサヤの眉間にチョップを入れた。あが。と言ってサヤは静かになった。

「回復……は、自分にも効くのか? 効果ありゃ良いが」

 そう言いつつ、手を傷口に当てる。回復、とつぶやいてみると、金色の光が現れた。

「あー、やっぱ、自分の傷だと効きにくい……」

 光が消えた後、腕を動かしてみる。動く事は動くが、ひきつれたような感じがする。痛みも残っている。完全回復ではないようだ。

「おまえは? 怪我していないのか」

 尋ねると、サヤはうなだれた。

「私は何もなし。この体、頑丈だから」
「あー、勇者の体だもんな」
「ご、ごめんなさい……私」
「だから、うぜえんだよ、何度も何度も。謝るな」

 そう言うと、目をうろうろさせてから黙った。

「謝ってりゃ良いって思ってるだろう、おまえ。とにかく謝ってりゃ、許してもらえるって。俺の首が吹っ飛んでも、ごめんなさいで、泣いて終わりにしてたんだろうな」
「そ、そんな……そんなこと、」
「してないってか。今、おまえ何してるよ。俺の側で、泣いて謝ってるだけじゃねえか。そういうのされてもな。俺の痛みは消えないし、傷も治んねえ。うっとおしいだけだ」

 サヤは、すうっと青ざめてうつむいた。

「けどまあ、俺も少しは覚悟ついた」

 よっ、と言って俺は寝台から降りた。腕を動かす。

「この格好だと動きにくい。何か服探して、最初は木の棒か?」
「な、なんの話」
「だから、俺の身を守る話。おまえ戦えないんだろ。だったら俺は、自分で自分の身を守らねえとな。ああ。これが良いか」

 家の中を見回して、何に使うのかわからないが、置いてあった棒を手に取る。ぶん、と振った。

「俺はゲームが好きだが、やり方は他の奴と違うらしい。できる事をできる時にできるだけ。進め方もそうだ。できる事をまずやる」

 ぶん、ぶん、と振る。

「自分で自分に祝福かけたら、少しはマシか?」
「あの、カガヨ姫……」
「俺はかがりだ」

 そう言うと俺は、自分の髪をぐい、とつかんだ。長くてうっとおしい。

「刃物ないか。切る」
「だっ、だめですっ! 女の子が髪を切るなんてっ」
「戦うのに、こんな長い髪は必要ない。むしろ邪魔だ」
「カガヨ姫が戦うなんて、ゲームにはありませんっ」
「うるせえ」

 俺は据わった目で、棒をぶん、と振ると先をサヤに突きつけた。

「肩を食いちぎられた時、痛かった」
「え、えっ?」
「意識が飛びそうになった。怖いのもあるが、痛いのでな。ここは夢かと思ってたが、そうじゃねえ。怪我をすれば痛い。ひどい時は死ぬ。それがわかった」
「は、」
「だから俺は戦う。ゲームと同じだろうが違ってようが、知った事か。自分の生き延びる道を探してそれを行く。それが俺のやり方だ。文句は受けつけん。
 戦えねえ奴は、黙って後ろに隠れてやがれ」

 思い切り、ドスのきいた声だった。そのつもりだったと思う。
 サヤは目を丸くして、赤くなって、青くなって、それからまた赤くなって、目に涙をいっぱい浮かべた。
 タケルの顔でそれをやられると、不気味だった。
 それからサヤは言った。

「……兄貴……」
「誰が兄貴かあっ!」


 どがしゃあっ!


 本能的な恐怖のようなものを感じて俺は、思わず棒を振り抜いていた。サヤはまともにそれを受け、はぶうっ! とか何とか叫びつつ吹っ飛んだ。

「良いパンチです、カガヨ姫の兄貴……」
「だから誰が兄貴だ。ってかコレ、パンチじゃねえだろ」
「感動しました……魂が……私の魂が燃えています。素晴らしい……兄貴と呼ばせてくださいっ!」
「嫌だ!」

 そのガタイの良い勇者の姿で『兄貴!』なんて言われたら、寒けがする!

「ああ、この痛み。これは兄貴の愛の証」
「んなもん、ないわあっ!」
「兄貴の愛は海より深い……私の心に刻みつけられた、美しいあなたの心!」


 ずごごご。


 サヤの体から、何かが噴き出した。ピンクのオーラ。

「今なら。今なら叫べる。私の心からの叫びっ!」


 しゃきーん。


 剣を抜くと、サヤは叫んだ。

「桜花斬〜〜〜〜〜っ!」


 ずごごごごごごうっ。


 建物が崩壊した。
 サヤは新たなリミット技、『桜花斬』を習得した。



 俺が寝かされていたのは、村長の家だったらしい。何が起きた!? と押し寄せた村人に、サヤはひたすら謝りまくっていた。俺はひきつりながら、優しげな笑顔を振りまいて、魔物の襲撃ではないから大丈夫、と村人を安心させた。
 腰の低い(と言うかもう卑屈に近い)サヤの、ごめんなさいぺこぺこ攻撃にはうさん臭い目を向けていたものの、美少女(俺だ)の申し訳ありません、の言葉には村長以下、村人全員が何となくほだされたらしい。何もないなら良かった良かった、と言ってもらえた。繰り返すが、見た目は重要だ。
 そうして新たに別の家を提供してもらい、そこで俺たちは休む事になった。もう夜が近かったのだ。

「逃げてばかりだったんです、私」

 俺に寝台を提供し、自分は床に座り込んで、サヤはぽつりと言った。

「ヘマをしては謝って、とにかく謝って、許してもらえるのを待っていました。それしか自分にはできないって」
「阿呆か。そんな奴、腹が立つだけだぞはたから見てると。努力もせずに手抜きしやがって」
「そうですね。……手抜きだったんですね。自分にはできないって、そう言ってれば楽だから」

 サヤは自分の手を眺めた。

「男の人の手って、ごつごつして可愛くない」
「仕方ねえだろ」
「でも、この手があれば、姫を守れます」

 はい?
 今何とおっしゃいましたか。そう思ってサヤの方を見ると、サヤは何か吹っ切れたような、清々しい笑みを向けてきた。

「カガヨ姫は、私の憧れなんです!」

 ……。

「そうか」
「はい」
「まあ、やる気が出たんならそれで」
「はい! 必ずお守りします。もう二度と、魔物に傷つけさせたりしませんっ! 兄貴の綺麗な体は私が守り抜いてみせますっ!」

 何かものすごく、変な事を言われた気がする。

「だから、髪は切らないで下さいっっっっ!」

 鼻息荒く男に言われた。いや、中身は女だけど。

「面倒なら私が毎朝編んであげますっ。駄目ですか。それでも駄目ですかっ」
「……そこまで言うなら」
「やったー! 兄貴の髪が触れるー!」

 そこか。そこなのか。おまえの喜ぶポイントは。

「もう寝ろ。明日は早い」
「はい、兄貴っ!」

 『兄貴』呼ばわりは決定かよ。



 旅は順調に進んだ。サヤはあの日以来、積極的に戦いに参加するようになった。ヘタレはヘタレだが、それなりに。
 俺はサヤに髪を編んでもらい、動きの邪魔にならないようにした。村を出る時に村人に頼んで、動きやすい服を譲ってもらってもいた。途中、武具を扱う店を見つけて、そこで俺でも使えそうな錫杖を購入した。

火炎鳳凰陣かえんほうおうじん!」

 サヤが叫ぶ。強くなってきた夜魔の群れが、真紅の炎に巻かれて消失した。

「天の微笑み」

 俺は術を発動させた。近くで震えている子どもたちを護り、サヤの怪我を癒す。

「群れのボスがまだ生きてる!」

 そこで俺の目にちかりと、ボスの生存を示す光が映った。サヤに向かってそう叫ぶと、サヤは剣を構え直した。


 ぐおおおおお!



 どろどろでネバネバの、巨大な夜魔が飛びかかってくる。うひえ、と妙な声を漏らしたが、サヤはすぐに剣を構えた。

「桜花斬!」


 ざしゅっ!


 光と花の残影が散る。
 魔物は倒された。



「順調ですね〜」

 楽しげに、サヤが言う。助けた村人からお礼にと、『草薙の剣』を渡されたのだ。ゲーム内ではこの村にあったので、来てみたのだが、ビンゴだった。この剣があれば、かなり攻撃力が上がる。

「なんかおまえ、迷いがなくなった感じだな」
「だってカガヨ姫を守る為ですから!」

 サヤは拳を握った。

「ダメダメな私を優しくはげましてくれた、美しいカガヨ姫……その姫を守る為に、私はこの体と力を与えられたんですっ。ああ、カガヨ姫……」

 手を握ろうとしたので、べし! と頭をはたいた。

「そんなつれない所もステキ」
「ヘンタイ道まっしぐらだな。ああ、さっき怪我してなかったか?」
「あ、はい。でもちょっとですよ。かすり傷」
「夜魔の傷は、後から腐ったりするんだ。見せろ」

 俺はサヤの腕を取ると、傷口を眺めた。

壊疽えそは入れられてないな……癒しの光」

 すう、と光が現れて、傷を消してゆく。

「痛い所、ないか?」
「ありません。あの、カガヨ姫は? さっき錫杖を取り落としてましたよね」

 俺は顔をしかめた。毎晩錫杖を振る練習をしているが、この体はとにかく持久力がない。筋力も弱いのだ。

「大したことは」
「見せてくだ……ああっ! ま、まままま、マメがあっ!」

 手のひらには毎晩の練習でマメができ、つぶれている。そんな俺の手を見てサヤは、この世の終わりというような顔をした。

「なななんでっ! こんなこんなこんなになるまで放っておいたんですか姫の手が手が手がこんな可愛い綺麗な手がちちちちちチマメつぶしてあああああああっ」
「落ち着け」


 どご。


 両手が塞がっていたので、足を使った。弁慶の泣きどころにヒットさせると、サヤは沈黙した後、ぐげえ、とか何とか言いつつ、足を押さえてぴょんぴょん飛び回った。

「痛いじゃないですか!」
「騒ぐからだ」
「だって姫の手が、手が、手がっ」
「武芸の練習したら誰でもこうなる」

 どうだか知らないけど、とりあえずそう言った。するとサヤは、うらめしげな顔になった。

「そんな男前な事言って……でも駄目です。姫の手は、美しく清らかでないとっ」
「阿呆か。俺も戦うと言ったろう」

 ふん、と鼻を鳴らすと俺は言った。

「この体は弱い。どーしよーもないぐらい弱い。けどな。俺はだからと言って、諦めるのはキライなんだ。やる事はやる。できる事はする。マメぐらい、何だ!」
「うわあ、マジ男前……」

 きゃー、と言いつつサヤが目をきらきらさせた。タケルの顔でそれやられると、気持ち悪いんだってば。

「でも、姫。私は姫を守りたいんです」
「なら、そのつもりでがんばれよ。俺は俺でやるから」

 サヤは、泣き笑いのような顔になった。

「本当に、カッコイイですねー……」
「カッコイイかどうかは知らん。他人に任せっきりで、おんぶにだっこ状態が嫌なだけだ」
「カッコイイですよ。カガヨ姫、憧れだあ……」
「俺はカガヨ姫じゃないと言ってるだろ」
「でも、私にはカガヨ姫なんですよ」

 サヤが言った。

「すべすべの肌でちっちゃくて、綺麗で。それで男前な中身の。今の私にはそれが、カガヨ姫です……ごめんなさい。そう思わせてもらえませんか」

 サヤを見上げる。精悍なタケルの顔で、サヤは困ったような笑みを浮かべていた。

「あなたには、嫌かもしれませんね。でも私には……カガヨ姫と一緒にいるんだと、そう思っているだけで。心が安定すると言うか。大丈夫だって、そう思えるんです」
「……」
「ここに来てからずっと、混乱していました。怖くて。どうしたら良いのかわからなくて。おまえはタケルなんだって言われても、私はサヤなのに。誰もそれを聞いてくれない。魔物と戦えって言われる。
 毎日がそれで。怖くて。誰かに助けてほしくて。でも誰も。誰からも。助けもらえない。私はタケルだから。戦う者だからって……。
 カガヨ姫がいるって聞いて、姫なら話を聞いてくれるかもって思いました」

 その顔に、誰かがだぶって見えた。若い女の人。少し気弱な感じの。

「そしたら、姫も私と同じで、別の世界から迷い込んだ人だった。うれしかったんです。怖いのが少し、マシになった。今も怖いです。この先どうなるのかわからない。でも、……カガヨ姫がいてくれるから。あなたがいるから私、……大丈夫なんだって思えるんです。だから」
「良いよ」

 俺は言った。

「カガヨでもカガリでも俺、は俺だ。名前が変わってもそれは変わらないし、俺は俺だって自分でわかってる。呼びたきゃそう呼べ」
「ごめんなさい」
「ありがとうだろ、ここは」
「そ、そうですか。ありがとうございます」

 俺は、錫杖をこつ、とサヤに軽くぶつけた。

「俺より長くここにいるんだものな。怖がりなのに。……良くやってるよ。おまえ」

 サヤの目がうるんだ。腕が伸びてくる。

「カガヨ姫……」
「えっ、ちょ、」


 がし。


「カガヨ姫ぇぇぇぇ〜〜〜っ」
「うわやめ、ぐええっ」

 たくましい勇者に抱きつぶされ、俺は失神した。



「すみませんすみませんすみません」
「あーもう、良いよ。今後は自分の腕力とか考えてくれるかな。レベル上がってるし強くなってるし」

 サヤがぺこぺこと土下座している。俺は宿屋の寝台で、息をついた。

「それより、薬草とか買わなくて良いの?」
「あ、はい。一応補充はしておきました。あの、それよりここ、温泉があるらしいんですが……」

 俺はちょっと、難しい顔になった。
 この世界に来てから、気づいた事がある。俺たちはなぜか、食料を必要としない。村人や他の人々は食料を必要とする。けれど俺とサヤは、食べなくとも何ともないのだ。
 食べなければ、排泄の必要もない。
 汗もどうかすると、かかない。だから風呂に入る必要もない。だが、体の汚れとは別に、風呂に入ってリラックスしたいという欲求はあった。あったのだが。

「俺の体、女の子だしなあ。勝手に服脱いで、見たり触ったりってヤバいんじゃ?」
「そうですよねえ」
「あんた、自分の裸ばっちり見たの」
「えーといや、そんなしっかりは見てません」

 見たんだな。

「けど女の私が男のタケルの体見るより、男のカガリくんが女のカガヨ姫の体見る方が、問題は大きいかと思います」
「ああそりゃ……まあ」

 ごほん、と咳払いをした。

「だったら、サヤだけ行ってきなよ」
「うん、でも姫だって、さっぱりしたいですよね」
「入れねえだろ」
「私が入れてあげますよ」

 なに?

「えーとだから、姫が目隠ししてですね。私が体を洗ってあげると言うか、何と言うか」
「はたから見てると、何のプレイだって感じになるぞ、それ」

 目隠しした女の子を裸にして、お風呂に入れて洗っているたくましい男。
 その場で逮捕される。

「だ、駄目ですかねえ」
「しかもサヤの場合、本気でヤバい人になりそう」
「ええ、そんな信用ないんですか、私っ?」
「今までの言動を思い起こしてみろよ」
「だ、大丈夫ですっ。鼻血噴いたりしませんしっ。たぶん」

 たぶんかよ。



 それで今、俺は温泉に入っている。
 服を着たままで。
 ああだこうだ言ったあと、見なければ良いのだという結論に達した。それで湯殿に、浴衣のような衣服を着て、そのまま入った。後でしぼって干しておこう。
 湯の中で、自分の手を見る。
 小さい。女の子の手だ。
 サヤは俺と会って、怖いのがマシになったと言っていた。でも俺は?
 俺はどうなんだ?
 怖いと叫んで泣くサヤの前で、俺はあくまで強気でいた。勇者の体を持っているのは俺じゃない。サヤだ。サヤにがんばってもらわなければ、俺も死んでしまう。だから。
 厳しく鍛えて叱りつけた。
 でも。

「……」

 怖い。この世界が。
 本当は、とても怖い。明日がわからない。俺は本当に帰る事ができるのか。それに。
 ばしゃ、と湯を拳でたたく。小さな手。こんなにも小さい。
 弱い手。
 どうして俺が勇者じゃない? どうしてこの手は、守られるばかりの手なんだ?
 腹が立つ。嫌だ。悔しい。
 ただ、……悔しい。

「男なのに」

 俺は小さくつぶやいた。

「情けないよな、俺」

 サヤを叱っている間は、こんな事を考えずに済んだ。怖さも忘れていられた。
 助けられているのは、俺の方なのかもしれない。



「はうあ〜……」

 湯上がりの俺を見て、サヤは目をきらきらさせた。俺は着ていた浴衣を絞って水切りして、自分の体をなるべく見ないようにしながら着替え、湯殿から出た所だった。

「あんま見るな」
「だってだって匂い立つような美しさってこれマジホントにヤバすぎ良い匂いがくんくんくんっ」
「やめいっ!」

 匂いをかごうとしだしたので、肘鉄を入れた。ぐへっと言ってサヤはうずくまった。

「おまえはもう入ったのか」
「はい〜、ぴかぴかに磨き上げました。これでいつでもOK」

 何が。

「今夜はねかせないぜハニー、私の胸にどーんとおいでっ」
「なんでそんなテンション高いんだ」
「いやなんと言うか、カガヨ姫、清楚な中にエロい気配が見え隠れします、湯上がり姿!」
「本当に女なのかおまえ……」

 どうしてこう、セクハラ発言が次々と。

「もちろんっスよ。もう任せて下さいよ。バリバリ女ですよ私」
「何をどう任せるのかわからないが、実は親父と言われた方が納得する」
「なんですかそれ! こんなに乙女なハートを持ってる私に!」
「親父のハートの間違いだろ」

 軽口を叩きつつ、部屋に戻る。
 こういう日常、良いなと思った。



 夜魔の襲撃が、激しくなってきた。

「鳳凰火炎陣!」
「癒しの光! 祝福の風!」

 俺たちは、毎日のように戦い続けた。

「桜花斬っ!」

 サヤはもう、魔物を前にして泣いたりしない。厳しい顔で剣を振る。
 夜魔はちぎれて消滅した。

「手こずりましたね〜……強くなってきたって言うか」
「ゲームで言うなら、終盤辺りだ」

 俺は小さく息をついて、持っていた錫杖を下ろした。

「怪我を見せろ。傷を癒す」
「はい、お願いします」

 へらりと笑うその顔は、出会った時から変わらない。けれど。

「無理するなよ」
「してませんよ〜」

 夜魔に食い付かれ、あちこち引き裂かれていた。痛いはずだ。なのに。
 俺に向かって、笑う。

「姫は無事ですね〜?」
「無事だ。おまえのおかげで、こっちにはほとんど来ない」

 そう言うと、本当にうれしそうに笑う。
 癒しの光を当ててやり、傷を癒す。ほう、とサヤは息をついた。

「もうじき、ラスボスですね〜……大丈夫かなあ。私、一度もクリアできなかったんですけど」
「大丈夫だろう。今のおまえなら」
「うわあ。姫に言われると、うれしいなあ」
「本当にそう思うから、言っている」

 俺は光を消すと、サヤの腕を取った。折り曲げたり伸ばしたりして様子を見る。

「痛む所は」
「ありません……ありがとうございます」

 ほんのりと顔を赤らめて、サヤが言う。うれしそうな顔で。

「なんだ、その顔は」
「うれしくて。つい」
「何がうれしい」
「姫が、私を心配してくれているから」

 ふ、と体が動いて。
 気がついたら、抱きしめられていた。

「おい、」
「すみません。ちょっとこうしててもらえませんか〜……」

 そうっとした抱き方。すぐに振り払って逃げ出せるような。
 でも俺は逃げなかった。サヤの声音が何だか、気になった。

「サヤ?」
「ちょっと弱音吐かせて下さい」
「……なんだ」
「本当に……、戻れるんでしょうか」

 俺は黙った。サヤは続けた。

「本当の、本当に。私は倒せるんでしょうか。戻れるんでしょうか。倒せなくて。ここで死んで。何もなくなって。戻れなくて。ここでタケルのまま……サヤとしての私は、どこにもいなくなってしまうんでしょうか」

 腕に力が籠もった。すがりつかれているようだと、俺は思った。

「私は怖い。怖いんです」

 抱きついているのは、たくましい体を持った勇者。
 弱音を吐いているのも。
 けれどこれは……サヤだ。ここにいるのは。

「こんなんじゃ……勇者なんて。失格ですよね……」
「おまえに勇者は期待していない」

 俺は言った。

「最初から期待していない。言ったろう。いざとなったら俺も戦うと」
「駄目です、姫は。怪我をする」
「馬鹿にするな。怪我ぐらい、なんだ」

 俺は言った。不敵に見えるように微笑みながら。

「迷うのがおまえの悪い所だ。サヤ。迷うな。俺たちは勝つ。そうして帰る」
「……はい」
「いざとなれば、俺も出る。良いか。おまえの後ろには俺がいるんだ。心強く思っとけ」
「はい」
「弱音ぐらいは聞いてやる。勇者になろうなんて思うな。おまえはサヤだろう。サヤとして戦え」
「サヤとして?」
「今までも、ずっとそうしてきたじゃないか。ここまで戦ってきたのは誰だ? タケルじゃない。おまえだよ、サヤ」

 サヤは目をぱちくりとした。
 それから泣きそうな顔で笑った。

「私、ですか」
「そうさ。ついでに言うとだな。タケルも弱音ぐらいは吐いたと思うぞ。勇者勇者言われても、あいつだって人間だ」
「そうですか」
「勇者が勇者だから、戦うんじゃない。普通の人間がやるべき事をやって、その結果、勇者って呼ばれるんだ。俺はそう思うぞ」

 サヤは俺を抱きしめた。そうして小さな声で、はい、とささやいた。



 目の前で、闇夜の王が攻撃魔法をかけてくる。

「光の陣っ!」

 俺は叫んで、サヤと自分の周囲に魔法防御の陣を張った。それでも、すり抜けた余波がこっちに来る。

『愚かな人間め。愚かな人間め。愚かな人間め!』

 壊れたように同じセリフを繰り返す、夜魔の王。攻撃力は、半端じゃなくとんでもない。サヤはぼろぼろになって戦っている。俺も必死で、補助の呪文を唱える。

「うっ、……」

 吹っ飛ばされたサヤが、視線を揺らがせる。俺は叫んだ。

「迷うな、サヤ! 大いなる光っ!」

 彼女の体力を回復させる。

「祝福の盾っ! 水の音色っ! 地の祝福っ!」

 防御を上げ、魔法抵抗値を上げ、攻撃力を上げる。

「風の……」

 速度を上げようとして、俺も攻撃を受けた。光の陣がまだ有効だったが、それでもそれなりの衝撃を受けてひっくり返る。

「姫っ!」
「かまうな、行けえっ!」

 怒鳴ると、サヤは剣を構えてリミット技を放った。

「鳳凰火炎陣……っ!」

 ごう、と炎が燃え上がる。けれど。

「駄目だ……、効いてない……っ!」
「阿呆っ! 竜王斬か聖光飛翔斬じゃないと、こいつには効果ないんだ〜〜〜っ!」

 怒鳴ると、ええっ、そうだったのっ!? と叫ぶ声がした。こいつゲームで惨敗続けたの、この技使わなかったからだな。

「えええ、でもでも、竜王斬、習得してないよっ?」
「こないだ習得できそうだとか言ってなかったかっ?」
「言った! 言ったけど、習得できなかったのよ〜〜〜〜っ!」

 このスカタン。

「聖光飛翔斬はっ!」
「あれは条件満たせなくて、必要な技が揃わなかったの〜っ!」
「んじゃ、何もなしかいっ! 何もなしでアンタ、最終決戦やるつもりだったんかいっ!」

 確認しなかった俺も悪いんだが。この期に及んで何て事だ。

「どどどうしよう、退却するっ!?」
「ラスボス戦は退却不可能なんだよっ! どうやって逃げるんだ、ここからっ」

 俺たちは、異次元空間にいる。ラスボス戦が始まってすぐに、ここに放り込まれたのだ。この空間を作っているのは、闇夜の王。つまり、ボスを倒さない限り、元の空間には戻れない。

「ひ〜〜え〜〜〜っ、絶対絶命〜〜〜っ」

 ぎゃー、と叫びつつサヤが攻撃を跳ね返す。俺は補助の呪文を唱える。

「風の翼っ! えええいっ、光の刃まとえ、杖よ……でえええええいっ!」

 錫杖に攻撃強化と光属性を付加し、俺はそれを闇夜の王に向かって投げた。槍投げの要領で。


 すこーんっ!


 まともに当たった。

『ぎゃあああ!』
「うそ。今まで無傷だったのに」

 サヤが愕然として言う。俺もちょっとびっくりした。

「けどもう駄目だぞ、錫杖ねえし」
「えっと、そしたらどうすれば……」
「今習得しろ。竜王斬」
「うえええっ? 今っ? ここでっ?」
「無理だとか抜かすなよ。言ったら最後、俺が貴様をタコ殴りにする。闇夜の王よりも先に!」

 ひえ〜とか何とか言いつつ、サヤは剣を構えた。

「すっげえ男前です、カガヨ姫。カッコイイです、しびれますっ!」
「貴様、マゾか」
「あはははっ! いきます、竜王斬っ!」


 スカ。


 思い切り空振りだった。

「あー、……」
「迷うな!」

 俺は叫んだ。

「続けろ、サヤ! 必ずできるっ! 迷うなっ!」
「はいっ、師匠っ! もいっちょ、竜王斬っ!」


 スカ。


「えーい、竜王斬っ! 竜王斬っ! 竜王斬んんんんっ!」


 スカ。ぽす。ぷす。


「なんか力抜けてくるな……」
「なんで習得できないんですか〜〜っ!」
「あっ、こら気を抜くなっ! ちっ、光の刃っ!」

 攻撃されたので慌てて、まだ闇夜の王にぶっさりと刺さっている錫杖に、呪文をぶつけてみる。

『ぐあああああああ〜〜っ!』
「効いてますよ、姫」
「そうみたいだな」
「私が技を習得するより、姫の呪文で全部終えた方が早いのでは」
「なんかそんな気がしてきた」

 俺は続けて光の刃を錫杖にぶつけた。そのたびに闇夜の王は苦しんで力を失う。
 けれどそこまでだった。錫杖が溶けて、折れたのだ。

「ここまでだ。あれは、特別な効果もないものだったからな」
「えっ、それじゃ後は」
「おまえの技習得にかかってる。頼んだぞ」
「ひええっ?」

 慌てるサヤに、俺は息をついた。

「迷うな! 必ず習得できる!」
「そそそうは言っても。私はヘボいしトロいし、ダメダメな人間なんですようっ!」
「そんな事は知ってるっ!」

 俺は叫んだ。

「それでもここまで戦ってきたのは、おまえの実力だろう、サヤ! 迷うなっ!」
「姫……うれしいんですけど前半部分、否定してほしかったっス」
「ヘボでトロくてダメダメなのは、否定しようがないだろうっ!」


 びっしゃーんっ!


 魔力の雷が、俺たちの間に落ちた。防御をしていても突き抜けてくる攻撃が、俺やサヤの体に打ちつけられ、火傷と細かな傷を負わせる。

『愚かな人間め。愚かな人間め。貴様らの意志など藁屑と同じ! 絶望せよ、絶望せよ、絶望せよ!』


 ががががが! びしびし!


「ぐっ……」
「姫っ!」

 俺はこらえきれず、吹き飛ばされて倒れた。痛い。
 本当に、痛い。

「かまうなと、言った……癒しの光っ!」

 呪文が尽きてきている。大きな呪文が使えない。サヤの体にできるだけ、回復をかける。

「姫っ? 自分の体にも早く回復をっ!」
「呪文尽きかけてんだよ、ぐだぐだ言うなあっ!」

 俺は叫んだ。

「とっとと習得しろ、竜王斬! できるのは、おまえだけなんだからな! 俺がやりたくても、この体じゃできねえんだっ!」
「ひ、ひめ……」
「習得できたら好きなだけ、髪を編ませてやるし一緒に風呂にも入ってやるから、とっととやれ〜〜っ!」

 ふと。
 サヤが真顔になった。

「……も?」
「なに?」
「キスもして良いですか」

 ……。
 …………。
 ………………。

「させてやるから、習得しろ」
「いやっほ〜いっ! ぐははははっ! 貴様はもうここで終わりだ闇夜の王っ! 愛の力の前に倒れろ〜〜〜〜っ!」

 いきなり、物凄く元気になった。サヤは狂喜(いやもう狂気)の笑い声を上げつつ、ものすごーく激しく、そこはかとなくイヤらしい感じのピンクのオーラを、怒濤のごとく噴出させた。

「きたきたきた〜っ! 習得っ! 竜、王、斬〜〜〜〜っ!」


 ずがががががあっ!


 あっさり習得した。
 今までの苦労は何だったのだと俺は思った。



 愛の力とやらでパワーアップしたサヤの前では、闇夜の王は抗える術を持たなかった。竜王斬を三回。それで片がついた。

「愛の〜勝利〜〜っ!」

 サヤは剣を掲げて、雄叫びを上げている。めらめらと燃え上がるピンクのオーラ。イヤだ、こんな勇者。

「姫えええええっ! 今こそ愛の口づけを〜〜〜!」


 どご。


 駆け寄ってきたサヤに俺は、容赦なくラリアットをかました。ぐえっと叫んでもんどりうって倒れる。

「ひひひ、ひめ……」
「ヘタレ勇者。この俺にキスしようとは、百年早い」

 倒れたサヤに片足を乗せて言うと、サヤはうるうる目になった。

「女王さまモード……ステキ……」
「……おまえはカガヨ姫でありさえすれば、何やっても素敵に見えるのか……」
「そんな事ないですよう。姫は私の憧れなんです。綺麗で可愛くて男前!」

 笑ってサヤは、立ち上がった。

「ダメダメな私と全然違う。すごいです」
「阿呆かおまえ。今魔、王倒したの誰だ。おまえだろ」
「姫」
「おまえはダメダメじゃない。やり遂げた」

 微笑むと、ぼっ! と赤くなった。

「そう……でしょうか」
「迷うなと言ったろう。動機は不純だったが、もうそれは否定しようがないが、おまえは確かにやり遂げたんだ。胸を張れよ、サヤ」
「カガヨ姫……」
「したいんなら、キスしろよ。俺の中身は男子高校生だけど。それでも良いなら」
「は、……ええええっ? あなた高校生なの、まだっ?」

 呆気に取られた顔で、サヤが言った。

「なんだそりゃ」
「だってだって、もっと年上かと……すんげえ悟ってませんか、高校生にしてはっ」
「おまえみたいなスカタンと一緒にいたら、誰でも悟る」
「ぐさっ……今のは効いた……」

 サヤは、俺の肩に手を置いた。ちょっとうつむいて、それから少しはにかむように笑って。頬にちゅ、とキスをした。

「ありがとう、姫」
「こっちこそ。ありがとう、サヤ」
「なんでお礼?」
「本当は俺、怖かった。一人だったら、泣いてたかもしれない。そんな打たれ強い方じゃないんだ。でも、サヤがいたから」

 少し素直になって、俺は言った。

「だからがんばれた。あんたがいてくれたおかげだ。ありがとう」

 サヤの目が丸くなる。

「ねえ。本当に私、……あなたの役に立ってた?」
「支えてもらった。すごく」

 光が。
 いつの間にか、俺たちは草原にいて。ああ、エンディングのあの場面だと思った。明るくなってゆく世界。空と大地が分かたれて、光が世界を新しく生まれ変わらせる。
 俺たちの体を、金色の輝きが包んだ。

「お別れみたいだ。サヤ」
「えっ、そう? これってそうなの?」
「条件が満たされたんじゃないか? 帰れるぞ、これで」
「そうなんだ……あ、あ、カガヨ姫……カガリ!」

 サヤは笑った。タケルの顔の後ろに、女の人の笑顔が見えた。

「……ありがとう!」



 気がつくと、自分のベッドの中だった。

「変な夢見た……」

 妙にリアルだった。
 雀の声に急かされるようにして、顔を洗う。鏡を見る。
 普通の男子高校生の顔だ。あの綺麗なカガヨ姫じゃない。
 これが日常だ。
 俺は、夢を忘れる事にした。そうして普通の生活に戻った。



 数ヶ月して、『勾玉幻想2』の発売が決まった。音楽に有名なアーティストを使うとかで、その関係で、プロデューサーとシナリオライターがインタビューを受けていた。朝、たまたまテレビをつけるとそれをやっていて、俺は、おお、続編が出るのか〜と思いつつ見ていた。

『前回は、天界の精霊カガヨ姫と勇者タケルの悲恋もありましたが……今回はどのようなストーリーなのでしょう』

 女性のアナウンサーに尋ねられ、プロデューサーが答えている。

『今回は、前回とはがらりと変わった雰囲気になります。天界の精霊が出てくるのは同じですが、カガヨ姫とは違って活発な性格の……』

「かがり〜! 早くしないと遅刻するわよ!」
「今行く〜!」

 俺は朝食を食べようと、立ち上がった。そこでなぜか、『カガリ』という音がテレビから聞こえた。振り返る。

『今回の精霊は、カガリという名前です。前回のカガヨ姫とは違い、戦闘に参加する事もできます。ヴァルキューレみたいな感じですね』
『カガリ……可愛い名前ですね』
『ええ、可愛くて男前。が、コンセプトだそうですよ。瀬田さんが言うには』

 画面には、女性アナウンサーとプロデューサーらしき男性、そしてもう一人、若い女性が映っている。

「瀬田……って、瀬田、きよし……?」

『シナリオライターの瀬田さやさん。「清」と書いて「さや」、と読むんですね。私、男の人だと思っていました』

「さやぁ!?」

 俺はのけぞった。何だこの符合。

『はい。良く間違われます。今回は、……私のスランプから、物語が生まれました』
『スランプですか?』
『ええ。『勾玉幻想』が終わってから、何かやり残したようなもやもやがあって……でもそれが何だかわからないんです。その内に、自分は駄目だ、どうしようもない人間だ、みたいに思ってしまって。どんどん自信がなくなってしまって。そうしたら……ある日、夢を見ました』

 画面の中のサヤが微笑む。

『夢の中で、わたしはタケルになっていました。抜け出せない何かの中で、もがいていた。別の世界に閉じ込められていたんです。
 そこでカガリという精霊と出会って。旅をしました。すごく、……教えられました。
 カガリに言われたんです。本当に大切なのかは何か。今、何をしなければならないのかを考えろと。リアルな夢でした。信じられないぐらい。カガリは、まっすぐ私を見て言ってくれたんです。迷うな。おまえは駄目じゃないって』

 微笑みが、夢の中のタケルと重なる。

『だから……次の物語は。そういうメッセージを込めたものにしたいと思いました。前を見て、迷うな。あなたは一人ではないのだと。この物語は勇気ある精霊カガリ、彼女からの贈り物です』

「美化しすぎだよ」

 ぼそりと言う。画面の中のサヤは、大人の女の人だった。親父でセクハラな言動をしまくっていた、あのサヤとは随分違って見える。
 でも、そこにいたのはサヤだった。

『カガリの絵は、カガヨ姫に良く似ていますが……』
『はい。姉妹という設定にしました』
『可愛いですね〜』

「かがりっ! 何してんのっ!」

 お袋の怒鳴り声。俺は慌ててテレビを消した。



 制服を着込み、鞄を持って家から飛び出す。
 いつも通りの日常。
 でもどこかで。みんな誰かとつながっている。そんな気がした。

「もう、迷うなよ」

 空に向かってそっとささやいて。俺は自分の日常に向かって走り出した。
異世界トリップ書きたいな。絵を見て思いました。
すんげえ長くなりました。……どうしてこう完治しないんだ、『長くなる病』……!

ゲームの事はあまり良く知らないのですが、光太朗さんのブログ読んでいて、こんな感じかなあ、と。イメージがもやもやと。そういうわけで元ネタは光太朗さんです。ありがとうございました〜!

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