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不治の病
作:しいま1986


 鏡映しに、夜の電車のその窓に映る私という名の他人がこちらを見返している。

 何もない会社からの帰り道。いつもと同じ。

 特筆すべきものもない風景を横目に、私は待つ者のない1Kの自宅に向かい電車に揺られる。

 途中駅、乗り込む人々。知り合いの顔はない。当然である。上京したての新社会人である私を見知った人間などいない。勤め始めて一月あまりの会社にすら、私の顔と名前を一致させられる人間はおそらくいないだろう。

 閉まるドア、ぶつかり合う人々。謝罪の言葉はない。肉体を精神を蝕む通勤地獄、この街によく見られる光景だった。

 冷めた街、冷めた人々。

 道行く人も隣に座るOLも向かいの学生も、皆、何を思い何を求めこの場所へ行き着いたのだろう。私とて似たことをしているがまるでわからない。この街に、何があるというのか。 日本でもっとも人間味を欠くこの場所に、人間が溢れている。この状況を滑稽と思わずなんとする。

 雑然としたオフィス街、排気ガスの臭い、電車の音……行き過ぎた便宜が、不便を導いている。

 世の中は便利になった。しかし人々つまり私たちの心に、不自由が生じているようであった。

 現代における便利とはつまり偉大なる先人たちの功績であるが、それらの進化が人々の心に不自由を被っているのだと考えるならば、これほど不憫なすれ違いはないだろう。

 世のため人のためを思い作られたものたちが不便を招き不自由を生み出す、不憫。

 あらゆるものを自分たちの自由にしたい、操りたい、役に立てたい。その結果として導かれた答えがこの世界、この国、この街だ。

 時代も世界も人々も、皆全て逃れようもなく、自由という名の病に侵されているのだ。

 今この場にいる人は誰も彼も例外なく病人で、そしてその中に私も入ってしまっている。車内には病原菌が溢れていて、乗ったそばから侵されるのだ。

 自由にとりつかれた人々。逃げ場なく、あらがうことも出来ない。なんと恐ろしい病だ。

 線路に蔓延る病魔たち。進め走れと車輪を回す。止まらない電車は、環状に都心を侵していく。乗る人も降りる人も、もう助からない。自由を求め自由から遠ざかる。世界がやがて、終わるまで。

 追われるように電車を降り、私は帰路を徒歩で行く。とっぷりと暮れた夕日を背負いながら、重い足を引きずり歩く。

 今日という一日もまた終わってゆく。変わり映えのない日々は、この心、体が病に侵された時から続き、きっとこの命尽きたとしても終わらないのだろう。

 辛い人生だろうか、そうじゃない。息苦しい生き方なのだ。

 現代を生きる、あまりにも多くの人がこういった、息も絶え絶えに水面でもがく羽虫のような生き方を強いられているのだ。悲しいことにも。それを避けられぬことがさらに悲しくて虚しい。

 五階建てマンションの最上階角部屋。贅沢かと思う人もいるかもしれないがそんなことはない。上へ端へと追いやられただけなのだ。世の中どんなことでもどんな場所でも、上へ上へと行けば行くほど、人は逃げ場をなくしていく。

 そんな場所にある心休まらぬ我が家の扉を開けるべく、鍵穴に差し込んだディンプルキーを回す。檻の閉まるような開くような硬い音がした。

 明かりが付いたままになっていた。出掛けに消し忘れたのだろう。そういえば、久方振りの寝坊に焦ったために今朝の時間は忙しなく過ぎていったような気もするが記憶が曖昧だ。あまり覚えていない。

 とりあえず、狭いキッチンを横切り上着を脱ぎ捨てて部屋に落ち着く。

 ベッドの端に腰掛けて思う。相変わらず生活感がなく白々しい部屋だと。この部屋は誰のためにあるのかと疑ってしまうほどに、ここは私の居場所ではなかった。一呼吸一呼吸、吸い込む空気が刺々しく苦いと感じられるのは被害妄想かもしれないが、事実そうなのだ。喉も肺も擦り切れそうである。

 低い天井を仰ぎわざとらしい溜息を吐いてみると、私という存在ほど馬鹿馬鹿しいものはないのだと思えてきた。今日はどうも頭が疲れているようだ。
 目を閉じると瞼ごしに蛍光灯の丸い光が見えた。あまりにもくっきりと見えるので残像だろうかと薄目を開けてみたら、しかし視界に映るのは円形の輪郭を露わにした二本の蛍光灯だけだった。

 目を閉じていても目の錯覚は起こるだとか、日中パソコンの画面を睨みすぎただとか、説明がつくならば理由はなんだっていい、どうでもいいことだ。

 くだらないことを考えている余裕があるなら眠りたい。海よりも深い眠りに就きたいと心から思う。そしてそのまま、リアリティがあるようなないような、ロマンがあるようなないような、浅く見るつまらない夢にでも溶けてしまいたい。私は私に呑み込まれていく。内も外もなく上も下も右も左もない深部に閉じこもりたい。

 そこは何もなく、どこでもない、全てから解き放たれた場所。意識に振り回されることも、無意識に勝手をされることもない、解放の世界。

 この世の全てを手放す感覚は、辛いのだろうか。苦しいのだろうか。甘くて切ないだろうことを予測するのは私自身既に病にかかっているからなのかもしれない。

 この胸に去来する、留めようもない解放への憧れ。増殖する孤独を内心では切望する自身。痛みなき痛みを好む時代の、私もその時を生きる一人に過ぎない。

 欠けた月の浮かぶ空、薄く伸びた雲。窓の外の景色は、モノクロの写真のようだった。

 そして、夢に溶けてゆく。

 落ちかけた意識の奥で、あてがわれた孤独こそが自由という病の種なのだと気付いた。

 一人になった瞬間訪れる、目に見えぬ隔絶の壁。孤独を煽る沈黙と沸き立つ不安が病原菌を助長させ、強調する。光のない場所で見る月のように周囲に溶け混ざってゆく心はまさに病の象徴だ。
 心は、身体の奥底にある。溶け出して染み出して、身体を支配する。

 私は気付いた。

 心ある人である限り人は自由にはなれないという、矛盾。

 しかし、自由とは心が望むものではないか。ここにまたしてもある、矛盾。

 病に伴う痛みは矛盾に姿を変え……蝕む。進行する病。止まらない日々に押されて末期へと向かう。心が消え時が止まらない限り誰も助からない。

 自由という病は治らない病気なのだ。



<了>














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