掲示板競作企画『パイルバンカー』その他もろもろ
これくらいが限界……('A`)
気が付けば、僕は死んでいた。
死の瞬間の記憶はあいまいだ。ただひたすら、僕がこんなところで死ぬなんて、という驚きを強く感じていたことだけは覚えている。
そして、それを感じていたのは、どうも僕だけではなかったようだ。
「実は手違いでな」
は?
「お主は、まだ死ぬべき運命ではなかったのだ。すまん。こちらの手違いだ。」
ばつの悪そうな表情を浮かべたその人は、神様だと名乗った。
神様いわく、誰もが予定された寿命を持って生まれて来て、その死は神様によって厳重に管理されているのだそうだ。しかし誰にでもミスはあるもの。ごく稀に、手続上のミスで、予定よりもずっと早く「死亡」の決裁がされてしまう者が出るのだと言う。
「大変心苦しいのだが、一度通った死亡の決済を取り消すことはできぬ」
神様はお役所並に融通が利かないようだ。
「だがこのままでは、神としての沽券に関わる。そこで提案なのだが……お主、『転生』という言葉を知っておるかな?」
申し訳なさそうにしていたその目が、いたずらっぽく光った。
転生に当たっての神様のサービス。
「何でもいい。3つ、お主が望む能力を授けよう」
そして、僕が貧困な想像力を駆使して考え出した能力。
「他の追随を許さない超速度」
「最強の武器」
「戦わずして相手を退けるオーラ」
無欲じゃのう、と呆れつつ、神様は僕に向かって手をかざした。
「それでは、汝に新たな命を与える。充実した生を送らんことを」
光に包まれ、神様の姿が霞んでいく。しばらくここには戻るでないぞーっと言う神様の声に、あんたのせいだろーがというツッコミを入れつつ、僕は転生を果たした。
◇ ◆ ◇
気が付けば、僕は生きていた。
正直、死ぬ前と何も変わった気はしない。姿形とて死ぬ前と同じだ。拍子抜けしつつ、とりあえず食事にしようと思い、僕は出かけることにした。
この生が前の生とどう違うかは知らないが、食事をする場所はどこでも変わらないものだ。がやがやと明るくも騒がしい中で美味い汁をすすっていると、突然、しん、と場が静まった。皆が見る方に目を向けると、そこには細身の体を黒い甲冑に身を包んだ、いかにも戦士といった風情の男の姿があった。
ずかずかとその場に入り込んできた男は、先客を数人突き飛ばすと、我が物顔で、一番いい場所にどっしりと腰を構える。
強い者がいい目を見る。弱い者は、虫けらのごとく生きる。それが世界のあり方。
――僕の頭の中で、何かが弾けた。
食事を中断し、男のもとに歩み寄る。男は剣呑な様子で僕を睨みつけてきた。
「何だ?お前」
近くで見れば、男の細身ながらもがっしりした体格が分かる。それに比べたら、僕など吹けば飛ぶようなものに見えるだろう。周りの者が息を飲む様子が伝わってくる。僕は男に対して静かに告げた。
「失礼でしょう?みんなに謝ってください」
その一言で、男がキレた。
「何だとォ?このガキャあ!」
男は、予告もなく僕に襲いかかってきた。その武器は、甲冑の一部から突き出た巨大な2本の刃。男の振るうそれがハサミのように、僕の体を捉えようとする、遠巻きに見守る中から、悲鳴が聞こえた。
神様がくれた第1の能力――他の追随を許さない超速度!
僕には男の動きが止まっているように見えたが、男には、僕の姿さえ見えていたであろうか。僕の当身を受けてその場に転がった男は、何が起こったのかも分からない様子で、目を白黒させていた。
その気になれば、このまま止めを刺すこともできる。しかし……
「もう、乱暴はやめてくださいよ」
周りのほっとした空気が伝わってくる。ハサミ男は実力の差を思い知ったのか、すごすごと端の方に移動して行った。僕は、恥ずかしくも耳に心地よい称賛の声を聞きながら、ゆっくりと食事に戻った。
しかし、楽しい食事は、そう長くは続かなかった。
再び、静まり返る場。ぴんと張り詰めた空気に漂う緊張感は、先ほどの非ではない。顔を上げた僕の目に映ったその男は――
威風堂々。一見ハサミ男の物に似ているようで、しかし、明らかに数段上質な黒光りする甲冑。その兜から雄々しく突き出した前後1対の角。誰もが一目見て理解していた。その男が纏うのは、紛う方無き王者の風格。
しかし、男が取った行動は、ハサミ男と変わらないものだった。傍若無人に先客を突き飛ばす。他者を人とも思わぬその態度は、王者は王者でも、愚王、暴君のそれ。
僕は挫けそうになる心を叱咤しなけらばならなかった。この男はハサミ男とは格が違う。自分の声が震えているのが分かる。しかし、ここで何もしなければ、転生した意味が無い。
「失礼でしょう?みんなに謝ってください」
男に近づき、ハサミ男に告げたのと一句違わぬ言葉を告げる。
「……」
言葉もなく立ち上がった男の巨体に、改めて圧倒される。でかい。腰が引ける。そこを狙われた。
ドガッ!!
腹に重い一撃を食らい、背後で見守っていた男女の間にまで弾き飛ばされた。間近でいくつもの悲鳴が上がる。
疾い。
勿論、神様から超速度の能力を贈られている僕ほどではない。それどころか、一般的に見ても、目にも留まらぬ早業とまでは到底言えなかったはずだ。
しかし、その身から溢れ出る圧倒的な威圧感が僕をひるませ、その一見鈍重な姿が、僕に能力を見誤らせた。
腹を抑えて立ち上がろうとするが、あまりの痛みに膝が崩れる。そんな僕を見下ろす男の目は、まるで感情のこもらないものであった。
このまま引き下がれば、きっと何事もなかったように見逃されるだろう。温情ではない。相手にするのもつまらない、ただの虫けらとして――
気迫を振り絞って、今度こそ立ち上がる。男の表情が僅かに動く。その兜の内側から、男がその場に現れて初めて発する、重々しい声が響く。
「女、退け。武器も持たぬお前が適う俺ではない」
お前にはそう見えるだろう。周りで見守っている、一部は既に泣き声を上げている者たちにも、そう見えるだろう。しかし――
僕は慎重に男との間合いを取る。男の武器は、その兜からそそり立つ衝角。先ほど腹に受けた衝撃で、まだ膝が震えている。内蔵もやられているかもしれない。攻撃の機会は1回。一撃で決めなければ、今度こそ本当に、やられる。
体勢をぎりぎりまで低くして、駆ける。弱点を探したりはしない。狙うは1点、男が誇るその衝角。その王者の証に、真っ向正面から突撃する。
意志の力が凝縮し、実体を伴った杭となる。身の丈ほどもある、無骨で金属質な1本の杭。つい一瞬前までは存在しなかった武器の突然の出現に、男の目に驚愕が走る。
神様がくれた第2の能力――最強の武器!
「いっけえええ!!!」
「ぬうっ!させるかあっ!!!」
僕と男の、それぞれの全てを込めた武器が、まさに激突しようとした瞬間――――――地面が激しく鳴動する。視野が暗転し、僕は意識を失った。
◇ ◆ ◇
気が付けば、僕は監獄にいた。
「気が付いたか?」
男の低い声に身を起こす。見回せば、四方を格子で囲まれた檻の中。声をかけてきたのは、僕が直前まで戦っていた衝角の男だった。その後ろには、居心地悪そうにした、ハサミ男まで見える。この房にいるのは、僕ら3人だけのようだった。僕は頭痛を払おうと頭を振りながらたずねた。
「一体何が……」
「ハンターだ」
その一言で事態を把握する。ハンター。その言葉を知らぬものはこの世界にはいない。僕は腹の底から沸き上がる恐怖と共に悟った。僕らは昆虫採集されたのだ。
◇ ◆ ◇
「おかーさん、一杯とれたよーっ」
「がーんって蹴ったら、ぽろぽろ落ちてきたー」
「あたしが拾ったのー」
「あらあら良かったわねえ。じゃあもう朝ごはんになさい。あなたたちの好きな魚肉ソーセージもあるわよー」
僕らには理解出来ない言葉。天を衝く巨人共――ハンター――が、僕らの耳には吠え声にしか聞こえない声で、会話をしているのが聞こえる。会話?そもそもこいつらに会話をするだけの知性などあるのだろうか。その数は4体。でかいのが1、小さいのが3。但し、その最も小さいのですら、僕らの何百倍もの巨体を誇る。
ハンターは、僕らとはまったく異質の存在だ。とにかく巨大で、その全身を視野に収めるのは、僕らの複眼を持ってすらままならない。
連中は、僕らを狩る。僕らを食うために狩るのだと主張する者もいるが、一般的には、ただの気紛れ、遊び半分に狩るのだと言われている。内容の分からない先程の会話も、どこか楽しげな響きがあり、その通説が真実だということを確信させる。
野蛮と凶暴の象徴、ハンター。こいつらは、僕らを殺して死体を磔にしたり、引き裂いて「でんち」というものを探して遊ぶのだと言う。僕らの体の中には、そんな物は無いのに。
「おかーさん、ほら!カブトムシ!」
「あーら、ずいぶん大きなの捕まえたのねえ。立派なツノ!」
「ぼくは、ぼくはねー、クワガタ!」
「まあノコギリクワガタ!久しぶりに見たわ。スゴいじゃない」
檻の天井が開き、ハンターの巨大な手でつまみ上げられていく二人。衝角の男とハサミ男からは、あの食事の場――豊かな樹液に恵まれたクヌギの木――での堂々たる様子はすっかり影を潜め、その足は虚しく宙を掻いている。
仕方が無いことだ。彼らが、僕らの中では王者とも言える力を持っていても関係ない。ハンターの力は、あまりにも、あまりにも圧倒的なのだ。神様でもなければ、太刀打ちできないだろう。そう、神様でもなければ――
ハンターの中でも一番小さな奴の手が、僕に向かって伸びる。脇腹を無遠慮に挟まれ、あっさりと持ちあげられてしまう。だが、僕は絶望したりなんかはしなかった。こんなところで死ねるか。こんな奴らに負けられるか。
「ママ!私は女の子だから、メスをつかまえたの!メスのカブト!」
「あら本当?まあなんて大きいメスカブ……うっぎゃーーーっ!!」
神様がくれた第3の能力――戦わずして相手を退けるオーラ!
「ゴキブリーーーッ!!」
意味不明の吠え声を上げて右往左往するハンター達。隙を突いて、僕はハンターの手から抜け出す。僕が密かに自慢している、濡羽のような光沢を湛えた翼を精一杯広げ、宙に飛び立つ。
「飛んだあーーーッ!!」
「イヤアアァーーーッ!!!」
逃げ惑うハンターの間を縦横無尽に飛びながら、全力で恐怖のオーラを放射する。その場はさながら、阿鼻叫喚の地獄と化していた。腰が抜けたようにその場に崩れ落ちたり、走りまわってどこかに頭を打ち付けひっくり返ったりしている無様なハンター共。カブトムシとクワガタの二人も、いつの間にかハンターの拘束を逃れて、僕の活躍を呆然と見ている。
「何ぼやっとしてんのっ!逃げるよ!」
「お、おう!」
「し、承知ッ!」
甲冑を開き、羽を広げる二人。彼らは決して飛ぶのは得意ではないが、問題ない。
ハンターは、飛べないのだ。
「ああっ!カブトムシが!クワガタが!逃げちゃう!」
泣き叫ぶハンター共の声を背に、僕らは大空へ飛び立った。
◇ ◆ ◇
僕は前回の死を思い出していた。「ゴキブリホイホイ」とかいうプレハブの中で立ち往生し、こんなところで飢え死にするなんてと、朦朧とした意識の中で、自らの失態に驚き呆れていたあの瞬間を。
ああして死んでいった同胞が少なからずいることを知っている。だからあれが僕の正当な寿命であっても何もおかしくない。
でも、神様は僕に、また生きていいと言った。だから今は、この生を精一杯生きよう。
僕ら3人は並んで飛んだ。あの雑木林へ。仲間達の待つ、自由の世界へ向かって。
(了)
全体としてお見苦しい中、一部に特におぞましい描写があったことをお詫びします。