アムンテル
「どうして……?」
「……」
「……どうしてそんなこと言うの?」
フィオナの物悲しげな表情が、ヴァラルの目に映る。
熱が冷めていくように暖炉の火も弱まり、部屋の中はひんやりと静まり返っていた。
「折角、何もかもがこれからだっていうのに……私、何か悪いことした?嫌なことをした?……もしそうだったら、謝る」
「フィオナは悪くない、何も」
「……だったらどうして?」
「……俺個人の事情だ」
ヴァラルは躊躇いがちに言って、近くの椅子に座りこむ。
彼女はとても優しい反面、とても強情だ。
下手に言い訳しても彼女は追及の手を緩めないに違いない。
かといってどこまで彼女と正面きって向き合えば良いのか。
本当のことを言ってしまうことのは簡単だ。
けれど、それでは彼女を傷つけることになる。
ヴァラルは、目の前の彼女にどうやって納得してもらえるか悩んでいた。
「事情って……冒険者を続けるってこと?」
「ああ、そうだ」
「そんな……」
ヴァラルのきっぱりとした迷いの無い口調に、フィオナはショックを隠せない。
彼は魔法を扱うことが出来て、今はレスレックの学生だ。
魔法士であればこの国で暮らすには不自由はない。
しかも、彼の能力はとても高い。
ポーション調合もさることながら魔法薬や薬草についても深い知識を持ち、フィオナにとって唯一無二のパートナーともいえる。
それなのに、彼の考えはこの国に来た当初から全く変わっていない。
冒険者。
何故彼はそこまで拘るのか。
“――っ”
そのとき、彼女の中で何かがよぎった。
「……もしかして、セレシアさん?」
冒険者であり、命の恩人でもある彼女。
凛々しく気高い、フィオナの憧れであり、どうやっても勝ち目の無い人。
「……何?」
目を吊り上げるヴァラル。
それが、彼女の更なる思い込みに火をつけた。
「や、やっぱりそうだったんだ……」
「おいフィオナ。急に何を言ってるんだ」
「……ヴァラルの好きな人ってセレシアさんなの?」
ライレンへ訪れる前、ヴァラルはセレシア達と一時期行動していたこと。
オーガの集団性を明らかにしたのは、ヴァラルとセレシア達一行。
その時にきっと、二人は結ばれていたのだ。
疑問形で彼に訊ねたはいいが、既にフィオナの中で答えを得たのか、一人で納得してしまっていた。
「それを聞いてどうする?」
「……どうもしない。ただ、納得するだけ」
「納得って……彼女の名誉のために言っておくが、俺とあいつはそんな関係じゃない」
彼女とも紆余曲折はあったが、トレマルクでの彼女の別れは互いの健闘を祈り、信頼し合った高潔なものだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ヴァラルは彼女の邪推を否定する。
「嘘。ヴァラルが冒険者を続けるのって、セレシアさんと旅をしたいからでしょう?」
「違う。俺が旅をするのはそんな理由じゃない」
「じゃ、じゃあ……リヴィアさんなの?……そっか、ヴァラルって皇女様の事が」
「フィオナ」
ヴァラルは話を遮るようにしてフィオナを黙らせる。
「彼女とも何でもない。この国にいる間、色々と世話になっているだけだ……いい加減、何でもかんでもそういう話に結び付けるのは止めてくれ」
ヴァラルが諌めるようにして声を上げる。
自身の行動がフィオナに誤解を与えてしまったのはすまなかったと思っている。
だが、今のフィオナの考えは支離滅裂だ。
とても冷静ではない。
「前にも話したと思うが、俺が旅をするのは――」
「世界を見て回りたいから。そうでしょう?」
「……」
違っていた。
フィオナは冷静だった。
あれほど手ひどく拒絶した後でも、彼女はどこまでも自身を納得させることのできる理由を欲していた。
こうなった彼女には、生半可な言い訳は通用しない。
どうしたものかと、今度は逆にヴァラルが黙り込んでしまった。
「おかしいよ、だったらどうしてこの国に留まってくれないの?」
冒険者の最後に行きつく先はほぼ決まっている。
安住の地を見つけること。
流浪の民である彼らは自らの住み良い場所を求めて、今日もまた各地を彷徨い、そして死んでいく。
人間は一人では生きられない。
冒険者に限らず、必ず人は大樹の木陰のような安らげる場所が必要だ。
それなのに拠点も作ろうとしないヴァラルの考えは、ことごとく自身の考えと相反するものだった。
時計の針は進む。
がたがたと窓が風に揺れる。
けれど、二人は互いに見つめあったままそれっきり何も言わず、時間だけが無為に過ぎ去っていく。
どちらかが、決定的なことを言いだすのを待ち望むように。
すると、
「……分かった。ヴァラルがそこまで言うのなら――」
――思い出だけでも駄目、かな?
フィオナが先に口火を切った。
愛はいらない。
しかし、この日の思い出として自身を受け入れてはくれないのかと。
舞踏会の日は過ぎてしまったが、まだ――
「っ……いい加減にしろ」
ヴァラルは声を荒げる。
彼女の誘惑が、ヴァラルを苛む。
身を委ねてしまいそうな、どこまでも優しいフィオナ。
彼女の蕩けるような甘い言葉が、ヴァラルに重くのしかかる。
“それだけは、駄目だ……”
ヴァラルは気持ちを奮い立たせる。
彼女の気持ちを蔑ろにして、ずたずたにしてしまうのを承知の上で。
「なあ、フィオナ」
ヴァラルは立ち上がる。
「な、何?」
一歩一歩、ベッドにいるフィオナに近づいていく。
「今、俺の想いを受け入れると言ったよな?」
「う、うん……」
その足取りは彼女の意志を見定めるかのよう。
「それは本当だな?何があっても動揺しないと誓えるか?」
「……うん」
「……分かったよ」
こくりと頷き返すフィオナ。
それを確認したヴァラルは、フィオナ正面に片膝を立てて座り込む。
そして、彼女の目を見据え、
「フィオナ、俺はな」
――人間じゃないんだよ
告白した。
「おかえり」
「主様……」
「……ああ、今戻った」
アーガルタ二階にあるこじんまりとしたヴァラルの部屋に、三人はいた。
外は朝日に包まれようとしていたが、ここはいつも薄暗い。
それが、ヴァラルの気持ちに安堵をもたらしていた。
「どうだった?舞踏会は」
「……」
「そう、彼女を振ったのね」
「……フィオナの気持ち、知っていたのか」
そのまま置き去りにするのも何だったのか、動揺するフィオナを何とか家まで送り届けたヴァラル。
告白の後、まるで未知のものを見るような、戸惑いと畏怖の表情を浮かべるフィオナを鮮明に覚えている。
本当はベッドの上で横になりたかったが、アイリスとイリスが既にいたため、ヴァラルは無気力な調子で傍にある椅子に座り込む。
彼女たちを追い払うのも、今は億劫だった。
「一目見ればわかります。彼女が主様を慕っていたことくらい」
どうやら、吸血鬼とエルフの彼女達には分かり切っていたことらしい。
「この国に来て、何となく思ってはいたんだ……」
ヴァラルがため息をつき、天井を見上げる。
トレマルク王国を回り、ライレンを案内してもらい、アイリスたちの旅の話を聞いていて薄々と予感めいたものがあった。
ここは紛れもない人間たちの国なのだと。
気の毒そうな顔をするアイリスと、この結果が予め分かっていたような表情乏しいイリス。
――亜人
外見は人間と似通ってはいるが、寿命や身体能力全般が彼らとは大きく異なる者達。
目撃情報は極端に少ないながらも、確実にその存在は明らかになっている、人間でも魔物でもない第三の存在。
ギルドでは魔物と同様、彼らの調査・捜索依頼が度々張り出されているのだという。
アルカディアとは全く異なる人間社会。
そんな場所に、ヴァラルが溶け込もうとすればどうなるか想像に難くない。
あんな暖かな家族がいるのに。
折角これからだというのに。
それを壊すことなど、ヴァラルには出来ない。
寿命の異なるヴァラルが永住することは元々無理な話で、時代は変わったんだなと改めて時の流れを実感していた。
こうなることなら最初から手を貸さなければ――
“……馬鹿も休み休み言え。自分のミスを棚上げにして何を言っているんだ”
ふと、ヴァラルはそんなことを考えてしまった。
「……そういえば」
「どうかしました?主様」
「なあ、どうしてフィオナにはばれたんだ?」
論文を届け、彼女が詰め寄った冬の早朝の出来事。
その光景を振り返る途中、フィオナに対しては何故暗示が上手く効かなかったのかをヴァラルは訊ねる。
「考えられないと思うけど、ヴァラルに対する気持ちが強すぎたから破られた。彼女、実は初恋だったんじゃないの?」
「……そうだったのか」
異性に対して初めて抱いた恋心。
それを踏みにじってしまったのかと、ヴァラルは苦々しく口にする。
「……辛い?」
「……」
「主様、それなら……」
何も言わないぼうっとしたヴァラルを、二人はベッドから降りて覗き込む。
エルフの彼女は慈愛に満ちた美しい表情で。
吸血鬼の彼女はヴァラルを魅了するような妖艶な顔つきで。
「ねえ、ヴァラル。私たちはいつでも良いんだよ?覚悟はできてるよ?」
「私たちを想うが故に、誰も愛することができない主様。例え偽りの気持ちでも、それで少しでも満たされるのなら、私はすべてを失っても構いません」
さらさらとした二人の髪がヴァラルの頬をくすぐる。
自分たちの面倒を見てくれるヴァラル。
眠りから覚めた後も、すぐ傍にいることを彼は拒絶しない。
けれども、自ら心を開くことは決してない。
もしヴァラルが誰かを愛してしまえば、
――彼女たちが築いてきた絆全てを、壊してしまう
だからこそ、ヴァラルは誰の想いも受け入れるわけにはいかなかった。
「その話は何度目だ……俺のことは気にするなと言っただろう」
先ほどのフィオナと同じようなことを言いだす二人に、ヴァラルが反論する。
「ヘスター達はどうなる?それにユグドラシルは?あいつらを見捨てられるのか?」
「それを含めて、お父様はああ言ってくれた」
「もしものことがあった時、きちんと手は打ってあります。だから、主様が気にすることはありません」
「……本当、どうかしてる」
イリスやその両親、そして、アイリスも。
彼女たちはおかしい。
自ら進んで彼らと隔絶しようとしているのだから、とても理解できない。
だが、その台詞は自分に対して言ったものなのかもしれない。
ヴァラルはやりきれない気持ちで立ち上がり、この話を打ち切ったのだった。
◆◆◆
月明かりの輪舞が行われた数日後のレスレック魔法学院。
試験休みに突入し、卒業シーズンも段々と迫る気の抜けた時期。
生憎の休日の今日も外は大雪。
外出を控えたレスレックの生徒達は、各々時間をつぶしていくのだった。
「あ~……最悪だ」
レスレック中層のイシュテリア寮の広間でクライヴのうめき声が聞こえてくる。
「何が最悪なんだ?試験の事か?舞踏会?それとも、今の現状?」
ロベルタが盤上の駒を見渡し、クライヴに訊ねる。
二人はレスレック城を舞台にした陣取りゲームをしている最中であり、クライヴが劣勢に追い込まれていた。
「全部だよ……くそっ、最後の最後で踏んだり蹴ったりだ」
舞踏会では昔の男が出てきて振られ、レスレックの学年末試験では当初の予想を大きく裏切られた。
魔法薬学や薬草学といった例年非常に難しいとされる科目は拍子抜けするほど簡単だった反面、実践魔法学の実技がかなりの難しさだった。
魔力弾を何十発か正確に的に当てた後、二重詠唱で更に複数の魔法を同時に行えという、リヴィアの決闘を彷彿とさせる内容であったのだ。
「フィックス教授め、こんな時にやる気出さなくても……」
「おいおい、あれはまだましな方だろう……魔法史。魔法史が今回まずい。古代魔法について詳細に記述せよとか……そりゃあんたが調べることだろ」
クライヴの嘆きに、ロベルタも続けて落胆する。
彼の言うように、魔法史もまた難問だった。
問題を作成したのはティラ・ニレディアという、そろそろ引退した方が良いと思われる高齢の教授。
よぼよぼと聞き取りにくい声で授業を行う老人教授は、毎時間生徒達の安眠を提供してくれる。
さらに、毎年の試験では文面を少し変えただけの去年と同じような問題を出題するため、絶好の得点稼ぎの科目のはずだった。
けれど今回はあろうことか彼の研究分野である古代魔法の分野を出題したため、例年通りの対策をした学生程、痛い目を見ることになった。
「古代魔法なんて、そんな資料にもない曖昧なものについて書けとか無茶にもほどがある。いきなり大真面目に問題を作るなよ……」
「ロベルタ、そこはもっと柔軟に考えろ。憶測で考えればいいんだよ。資料だけに頼ると、痛い目見るぜ」
「普段から勉強してない奴に、こうも言われるとは……」
「それに、あんな学会で爪弾きにされている教授の言ってることを間に受けるな」
レスレック魔法学院はマチルダやアンリといった優秀な教授陣を揃えている一方で、ティラという風変りな老人まで雇い入れるオーランド。
彼は何を考えているんだと思いながら、クライヴは駒を一つ動かした。
「誤魔化しどこまで通用するかなっと……上手く逃がそうとしても、そこはもう無理だ」
「げ」
城の周りは綺麗に囲まれてしまった。
王様を逃がそうとしたが、失敗に終わるクライヴ。
彼の取れる手段は城にこもり、籠城するしかなさそうである。
ボードゲームの舞台は城の内部へと移り替わり、人間同士の戦いとなった。
「それにしても、フィオナとヴァラルはどうなったんだ?」
「分からん。本当に分からん」
舞踏会によって急速に仲を深めたカップルたちが次々と出ていくイシュテリア寮。
外は寒々しいのによくもまあ。
ロベルタの質問に答える形で、ゲームの盤面とにらめっこをする。
フィオナのヴァラルに対する態度はよく分からなかった。
嫌っていると言うわけではなさそうだったが、彼との距離を掴み損ねている様子なのか、妙によそよそしくなった印象がある。
エリックとニーナも、二人と同様に微妙な関係となっており、クライヴの周りでは変な空気が漂うこととなっていた。
「振ったのか?……いやでも、ヴァラルの態度はいつもと変わらないんだよなあ」
ロベルタは一手一手詰めていく。
「何かあったのは間違いないんだが、おいそれと聞けるような話題じゃないし」
クライヴは負けじと反撃するが、城内の一角を落とされてしまった。
「……リヴィアに任せるしかないな。今日もヴァラルを案内してるんだろ?」
「大変だよな、彼女も」
相変わらず仕事熱心なリヴィアに感服するロベルタ。
その反面、彼は心配でもあった。
英才教育を施され各国の重鎮とも渡り合っているが、彼女はまだ年頃の少女。精神的にもまだまだ成長段階なのだ。
このような彼女に対し、仕事やプライベートで日に日にたまる鬱屈した気持ち。
いつ爆発するかわからないストレスによる反動を、ロベルタは心配していた。
「……負けた」
結局、ロベルタに押し切られる形で、負けを認めるクライヴ。
盤面を見てみると城は陥落し、敵のものになってしまったのだった。
◆◆◆
「……ここじゃ」
きらきらと辺り一面水晶で散りばめられた幻想的な空間。
フォーサリア宮殿の地下深く、水晶宮と呼ばれる所以となった場所に到着したリヴィアとヴァラル。
ライレンの見学もいよいよ大詰め。
ヴァラルは、宮殿の地下に保管されているライレンの秘宝を見せてもらえることになった。
「これは……」
「綺麗じゃろう」
そうして彼の目に映ったのは、両腕で抱えられるほどの大きさの水晶の柱。
台座に安置され、ぼんやりと淡い光を放っている。
「これはとても不思議なものでの、今まで光を失ったことはないのじゃ」
『ウィデル結晶』
この国で最も重要なライレンの秘宝とされるものだ。
何故ここまで重要かというと、ライレンという国が成り立ったのもこの水晶の力が大きく関わっていると言い伝えられているためだ。
「ずっとこの場所に置かれていたのか?」
「みたいじゃのう。わらわは知る分には、ここから持ち出されたことは一度もない。といっても、持ち出したところで意味の無いものだと思うがのう」
実際リヴィアの言う通りで、具体的な効力は良く分かっていなかった。
力の正体を知ろうとリヴィアが幼少の頃触れたこともあったが、何の反応も示さず、父親からカンカンに叱られたことがあったため、リヴィアにとってみればただ光を放つだけの変な物体にしか思えなかったのであった。
「ふうん……」
「何じゃ、やはり気になるのかの」
「……まあな」
ヴァラルはそのまま黙りこみ、感慨深そうにウィデル結晶を眺める。
不意に、沈黙が訪れる。
ここには、ヴァラルとリヴィアの二人だけだ。
舞踏会が終わってから、久しぶりの機会。
“そ、そうじゃ……”
リヴィアは訊ねることがあったのだ。
フィオナとの関係、そしてこれからの予定。
「の、のうヴァラル。お主、フィオナとは一体どうなっておるのじゃ。あの日から彼女と全然会っていないではないか。こ、恋人同士ならもっと優しく接するものじゃぞ?」
「……」
ヴァラルはむっと表情を硬くする。
「あ奴はとても素直で優しい者じゃ。そんな顔をしていると、そのうち振られて――」
「フィオナとは何でもない」
「……な」
「何を勘違いしているのかは知らんが、初めから彼女とは何もない」
「お、お主何を……何を言っておるのじゃ」
「誤解を訂正しただけだ」
「っ……」
何かを言おうとして、思わずリヴィアは口ごもる。
淀みの無いヴァラルの口調に、リヴィアは混乱した。
あんなに優しい彼女を振る?
レスレック魔法学院で一番気立ての良い、誰からも慕われているフィオナを。
とても信じられない。
だが――
――彼女とは何でもない
皇女として、一人の異性として。
フィオナとはあの日、何もなかったことを喜んでしまう自分がいた。
「ヴァラル……」
彼女の代わりになれる。
「も、もし良ければ、わらわがお主のお、想い人になっても――」
気恥ずかしさに身悶え、今まで言えなかった台詞をすらすらと言えるくらい、ヴァラルの言葉はリヴィアの心を揺らしていた。
「……今日を含めて世話になったな」
だが、そんな恥じらう彼女の気持ちを意に介さず、ヴァラルは話を続ける。
「リヴィアが最初言ったように、ライレンは良い国だな。魔法技術を適切に管理しているし、きちんと治安も悪化しないよう工夫してる。デパンやマリウスの二人に、大口を叩くだけのことはあるな」
絶対に聞き逃すはずなど無いのに。
「けどな――」
――それとこれとは話が別だ。慕ってくれる気持ちは嬉しいが、受け取るわけにはいかない
ヴァラルはリヴィアの想いさえも、撥ね付けるのだった。
かのフィオナと同じように。
◆◆◆
「ぅぅぅぅ……ああああ!!」
窓の外は暗闇と雪に覆われ、リヴィアの慟哭が宮殿内の自室に満ちる。
振られてしまうことで彼女は今までの気持ちが爆発し、部屋は荒れに荒れていた。
「あ奴は一体何なんなのじゃ!!わらわ達を弄んでおるのか!!からかっておるのかっ!!」
どうしてヴァラルはあそこまで拒絶するのだ。
目的は一貫しているし、過度なスキンシップをとっても鬱陶しげにしつつも彼は何も言わない。
けれど、それ以上の関係を望もうとすると、彼は身を引いてしまう。
ヴァラルは求め、受け止めようとしない。
「フィオナのこともっ!!わらわのこともっ!!」
フィオナの好意も、自身の気持ちも。
ヴァラルの考えていることが分からない。
「お、お姉ちゃん……ブレントが呼んでるよ?」
怯えた様子で、妹のアンナが寄ってくる。
部屋がノックされても、リヴィアは気づくことさえ出来なかった。
「後にするのじゃ……」
「で、でも急ぎの用だって言ってた。研究所が――」
「後にしてくれと言っておるのじゃっ!」
目を真っ赤に腫らして、リヴィアは怒鳴る。
直後、彼女の怒りに反応して戸棚のガラスにひびが入った。
「っっ!ご、ごめん、お姉ちゃん……」
「あっ……そ、その……すまぬ」
アンナに当り散らしてしまった。
何の関係もないのに。
「だ、大丈夫。お姉ちゃん、疲れてるからね。わたしよりもたくさんたくさん、頑張ってるもんね……はい、これ」
「……っ!?ど、どこにあったのじゃ」
「わかんない……お姉ちゃんの部屋の前に置いてあったから」
アンナは手に持っていたそれをごそごそ取り出し、リヴィアに手渡した。
手のひらサイズの小瓶に入っている、とろとろした無色透明の液体。
誘いこまれてしまいそうな、うっとりとした香り。
アンナにはこれが何であるのかよく分からない様子だったが、リヴィアは知っていた。
一般的には希釈された香水でその名を知られており、異性に対し最も心地の良い香りを振り撒くことの出来る魔法薬。
また、この魔法薬は医療の現場でも利用されている。
再起不能の重篤な傷を負って生きる希望を見失なった者や、余命幾ばくの者に対して特別に使用の許可が下りる。
『アムンテル』
別名、愛の妙薬。
口に入れた直後、最初に見た相手の虜になる効果を持つため、扱いには細心の注意が払われる禁じられた魔法薬であった。