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黄金の時代  作者: 木村 洋平
魔法皇国ライレン編
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冬の到来


レスレック城の図書室は、人の出入りがそんなに多いわけでもなく、普段であれば誰でもゆっくりと落ち着いて読書することのできる場所だ。


そんな憩いの場所も、年度末の試験の時期に近づくことにより、大勢の生徒達が詰めかけるようになる。


大人数で座ることのできるテーブルには、借り受けた本を早速広げ読みふける者や何かに追われるようにして問題に取り組む者が通い詰め、日増しに近づく試験に頭を悩ませている。


如何にして効率よく試験を潜り抜け、かつそれなりの成績を修めることが出来るのか。


具体的に言えばどの辺が出題されるのかという至極単純な問題に、彼らは各々の方法で答えを導き出そうとしていた。


紙をカサカサとめくる音。目当ての本を探すため静かに、小走りに歩き回る音。


粉雪が舞い散る季節――レスレック魔法学院この時期限定の風物詩だ。


尤も、この落ち着きの無さは学年末試験だけに限定するものではない。


「そういえばさ~」


本棚から魔法史の資料探しに奔走する女生徒三人。


そのうちの一人、ミドルクラス二年のイシュテリアの女生徒トリカが、同級生の友人に向かってひそひそと声をかける。


「二人は今年どうするの?試験が終わった後は」


「まだ決まってない」


「私も~」


タイトルを吟味したうえで一冊を抜出し目当ての物か確認するレイステル生と、そんな彼女とは対照的に、目についたタイトルを片っ端から取り上げたエルトースの女生徒が曖昧に答えた。


「え~?そろそろ本格的に考えないとまずいんじゃないの?」


「私たちが第一に考えるべきは試験でしょう?浮ついていられないわ」


生真面目そうなレイステル生が嫌な話だと不機嫌そうにページをめくる。


彼女達が話題にしているのはフォーサリア宮殿で開かれる舞踏会、『月明かりの輪舞ロンド』に参加するか否か。


『月明かりの輪舞ロンド』はライレンで主催される大イベント。


時期は毎年、レスレックの試験が終了した頃に開催される。


この舞踏会、元を正せば今年一年の間に優れた研究や発見を行った者を表彰するための簡素な行事だった。


けれど、参加者は年配ばかりで、華やかさに欠けていた。


これではあまりにも味気ないと言うことで、当時の魔法教育委員会と手を組み、学生達に広く開放しようという試みがなされた。


そうして時代と共に幾度も変更が行われ、いつの間にか舞踏会がメインの社交場となり、学生達は異性のパートナーを連れて、そこで紳士淑女のたしなみを学んでいくのだった。


「そんなこと言っていいのかな?私は知ってますよ、ラクチェがロバートさんに断られたこと」


「ちょっと待って……なんでそんなこと知ってるのよ。私、一言もあなたに言った覚えは無いわ」


ラクチェと呼ばれるレイステル生が思わずエルトースの彼女の方に向き直る。


優等生的な発言をしたさっきとは一転して、なんでばれたのかという驚愕の表情を浮かべていた。


「ラクチェは甘いぞ。ロバートさんはダニエル様に次いで人気があるんだから、それくらい筒抜け」


「タリン、恐ろしい子っ」


トレマルクにいるマリウス王子やデパン伯爵のように気品があり、思慮深く、洞察力に富むハイクラスのダニエル。


粗野で乱暴者ながらも、大勢の決闘研究会のメンバーから多大な信頼を集めているミドルクラスのロバート。


当然、女生徒からの人気は高い。


「……いいじゃない。最初から返事は期待していなかったんだから」


「まあまあ、そう落ち込まないで」


「落ち込んでないわよっ!」


むきになって反応するラクチェを、トリカは生暖かい目で見守る。


堅物なラクチェも、舞踏会の誘いもひっきりなしに訪れているであろうロバートの前では、一人の乙女であることを再確認したのだった。


「でも、あの二人は誰と行くんだろう?断り続けているみたいだけど」


「そりゃあ決まっているじゃない。フィオナさんか、リヴィア様辺りでしょう」


同じ寮にいたカミラ・ハルネスはいない。


ダニエルやロバートに相応しい女生徒といえば、順当に考えてあの二人だ。


ラクチェは新たな本を取り出し、気を紛らわすようにして目を通し始めた。


「う~ん、それはちょっと違うかも。特にフィオナさん。あの人は結構怪しいかも」


「……なんでそんなこと言えるのよ、タリン。ちょっと詳しすぎじゃない?」


「にししっ。普段はラクチェに教えてもらってばかりだけど、こういうネタは私の方が得意だから」


タリンというエルトースの女生徒は噂好きもあって、レスレックに流れるゴシップネタは大抵耳に入れており、情報収集にも余念がない。


しかもダニエルとロバートというエルトースどころか、レスレックきっての美男子とのならば、そこら辺の話に聞き耳を立て、歩き回るだけでも十分である。


「ここだけの話なんだけど……聞いたことある?ここ最近フィオナさんがヴァラルさんを連れて出かけたって」


二人を近くに寄せ、こそこそと周りに聞こえないよう話し始めるタリン。


「あっ、そうそう。私たちの間でも話題になったよ。何でも研究会の活動とかで外に出たって」


「買い出しって言ってたわね。そのことでしょう?」


魔法薬研究会に所属した冒険者ヴァラル。


フィオナ・スノウとカミラ・ハルネスを手籠めにした男として以前も話題になったような気がするが、目立った噂も結局デマとして認定され、その後は続かないで立ち消えになったはず。


今回もどうせ、その手の類の今更な話題だろう。


こんなことを考えていてもうんうんと頷くようにして興味を示すトリカと、彼女ほどではないがほんの少し気になっている様子のラクチェが、タリンの話に集中しだした。


「ふっふっふ。それがどうも違うのですよ、お二人さん。聞いて驚くことのないように!」


すると、二人の反応を予め分かっていたタリンが不敵な笑みを浮かべる。


彼女の情報網によれば、アーティルでフィオナとヴァラルが服飾店に入る姿を目撃する生徒がいたらしい。


しかも、そこはパーティドレスやウェディングドレスも扱うライレンの有名店。レスレックの女生徒ならばファッション雑誌などでもたびたび目にすることもあり、何でもない異性を引き連れて訪れる場所ではない。


「それってもう確実じゃない!」


「フィオナさんに男……信じられないわ」


やはり色恋の話は盛り上がるのか、図書館内でありながらも落ち着きのない様子でしゃべり始める女生徒達。


しかし、学生たちがうるさいと視線を向けたため一旦中断し、場所を大広間へ変えることにした。





「でも、あの人とはね……」


「あれ、ラクチェは気になるの?」


夕方にかけて廊下はすっかり冷え込み、かじかみながら移動した大広間は魔法をかけたかのように暖かい。


ほっと一息ついて、飲み物と軽食を大広間に持ち寄りながら、試験勉強そっちのけで話に浸る三人組。


勿論、先ほどの続きだ。


「当然よ。フィオナさんって、男をえり好みできる立場じゃない?ダニエル様やロバートさんも含めてね。なのに、よりにもよって彼よ?ちょっと意外だわ」


私の言い方、随分と酷いけどねと自嘲した上で、レイステルのラクチェは彼女の選んだ相手がヴァラルであることに不服なようだ。


「そうかな?顔はなかなかいいじゃない」


「顔だけはね……でもさあ、もうちょっと愛想良くしても良いんじゃない?彼が笑ってるところ、見たことないわ」


トリカが彼の見た目について素直に思ったことを述べると、ラクチェの突っ込みが入る。


見た目は良くとも、性格のせいでミドルの生徒から敬遠されているというのを知らないのだろうか。


「それはそれでイメージがだいぶ変わるような気が……それでも、誰に対しても同じような態度取るよね、年齢に関係なくあの人は。でもそれが良いって人もいるらしいよ。ハイクラスの人たちからすれば」


「嘘!?」


「本当本当。彼って無愛想に見えるけど、実はかなり面倒見が良いらしいよ?頼みごととかすると、必ず小言とか文句が飛んでくるけど、結局親身になってくれるみたい。困ってる人を放っておけないのかな?隠れたファンクラブもあるとかないとか」


「……私の感覚って他の人達と違うのかしら?」


「ラクチェの言いたいことも分かるよ。彼って全然、アピールしないからね。知る人ぞ知る素顔ってやつ?多分、フィオナさんも彼に世話になったからだと思うなあ」


彼はお人よしという程でもないが、本当に困っている人に対しては何らかの手助けや助言、アドバイスをしてくれる。


しかもそれを喧伝することもないため、内輪の情報でしか知り得ることはない。


実はエルトースのタリンも、提出期限ぎりぎりの薬草学の課題を彼に手伝ってもらったこともあるため、こうしたヴァラルの内面を知る貴重な人物でもあった。


「まあ、それなら……ありなのかな?」


真偽を含め、噂の出所には確かな定評があるタリンの言うことだ、少なくとも誇張しているわけでもなさそうではある。


渇いた喉元を潤すため、飲み物を口に含みながら、ラクチェはヴァラルに対する好感度をほんの少し向上させた。


「でもでも、そうなれば凄いことになるかもね!」


「これ以上何が凄くなるのよ?フィオナさんにヴァラルっていう男がいるだけでも驚いたのに」


「だってさあ、困っている彼女を懸命にサポートして、彼女の心を射止めたんだよ?健気でロマンチックじゃない!もしかしたら、このままゴールインかも!?」


そう言って、イシュテリアのトリカは乙女心を爆発させる。


「……それはまだ早すぎない?」


「やっぱり彼、冒険者を止めてこのままライレンへ住むのかな?」


「……待ってトリカ。どうしてそうなるのよ?」


「だって、冒険者なんてわざわざ危険な仕事をしなくても済むじゃない。あんな美人な彼女と一緒に過ごすのなら、ここに留まって生活するのが一番のはずだよ?」


「私も同じ意見。わざわざここを離れる理由なんてあるの?」


後を追うようにしてタリンもトリカに賛同し、二人がそれぞれフィオナとヴァラルの将来まで考え始めている。


「……」


だが、二人のやり取りを聞いているうちに、ラクチェは疑問が深まっていく。


これが一番正しい。この選択肢が最も理想とする一方で、喉に小骨が刺さったような言いようのない違和感。


きゃあきゃあと騒ぐ二人を余所に、レイステルのラクチェは一人考え込むのだった。



◆◆◆



試験前だと言うのに、舞踏会に誰を誘うかということでの浮ついた雰囲気はここイシュテリア寮でも顕著に伺える。


ここの共用広間では、話があると言ってお目当ての異性を外に連れ出す姿が散見される。


一世一代とは言わずとも、彼らがそれなりの覚悟を持って打ち明ける話でもあるのだろう。


このような甘酸っぱい空気の中、五人の学生達は気もそぞろになりつつも、何とか試験勉強に打ち込んでいた。


「あ、そこ違うぞエリック。ここはだな、コメリアスの配分法を使え」


「なあ相棒。ここはどうするんだ?」


「……おいクライヴ、ラグメントの魔法変換公式はこの間やったばかりだろうが」


「すまん、忘れた」


「しっかりしろよ……」


ロベルタが落第の危機にあるエリックとクライヴの勉強を見て回り、男性陣は迫りくる試験に備える一方、


「……大変そうね、エリック」


「うむ……そうじゃのう」


ニーナとリヴィアは、手を動かしながらも三人の姿をぼんやりと眺めていた。


「……ニーナよ、お主は決めたのかの?」


「生憎まだよ……リヴィアは?あの返事どうするの?」


「うむむ……」


リヴィアとニーナは自習を終わらせたものの、複雑な心境だった。


晴れ晴れとした冬空が望む今朝、大広間で朝食を取ろうとしたリヴィアとニーナはミドルの男子生徒に声をかけられた。


内容は勿論試験のことなどではなく、舞踏会のパートナーになってくれないかというもの。


ニーナは決闘研究会の副部長シェルムに誘われ、リヴィアはかつて決闘の相手をしたあのロバートに。


シェルムは以前からリヴィアの付添いで訪れるニーナのことを気にしており、ロバートはエアハルトやセブラン以上に負かされたリヴィアのことを強く想っていたようだった。


ちょっとどこか抜けている、馬鹿で鈍感な幼馴染のエリックを気に掛けるニーナと、やっとの思いでヴァラルを誘おうと決断したばかりのリヴィア。


レスレック入学からの環境の変化も手伝い、純粋な好意による異性からのアプローチに、二人の少女は大いに悩んでいた。


と、そんな悩みを知ってか知らずか、丁度良いタイミングでロベルタ達は作業を一時中断させ、一息入れていた。


クライヴとエリックはどこかやり遂げたような、ロベルタはやや疲れた様子で。


「……これだけやっておけばひとまず急場はしのげるはずだ」


「よしッ!これで何とかいけるッ!」


「安心するのはまだ早いぞエリック~レスレックには毎年必ず試験の魔物が出るんだ。油断してると、足元すくわれるぞ?」


「うっ!変なこと言わないでよ」


ロベルタの忠告にぎくりとして、エリックは机に散乱している資料などを片づけ始める。


そんな、童顔の後輩の姿に俺も昔はこうだったなあとクライヴは懐かしそうにして、椅子の背もたれに寄りかかり、周りを見渡していた。


「しっかしまあ、よくこんな時期に舞踏会を開くよな。嫌がらせか?」


「この時期にしか宮殿を公開してないからな。あちらの都合があるんだろうし、一儲けするには絶好のチャンスだ。それに知ってるか?国が市場に流したアムンテルの香水、一瓶金貨五十枚だとさ」


「五十!?……凄いな」


「そんなに!?」


小指ほどの大きさのそれは、使用回数でいえばほんの二、三回が限度のはずなのに。


そこまで金をかけるのかと、クライヴとエリックは互いに目を合わせた。


「一年に一度の大イベントだ。それくらい気合が入ってる奴がいても不思議じゃないってことだ……ところでエリック。聞いたぞ?あれに誘われたんだってな」


ロベルタがこの色男と、にやりと笑う。


するとニーナがびくりと反応し、彼に詰め寄った。


「ちょっと!それって本当なの!」


「……う~ん、まあね」


ニーナの問いかけに、微妙そうな顔つきで答えるエリック。


彼もまた、イシュテリアの同級生から声をかけられていたのであった。


「何だよ、その割には嬉しそうじゃないな」


「誘ってくれたのはうれしいんだけど……ロベルタの話を聞いた後だと、どうも気が引けるんだよ……」

『月明かりの輪舞ロンド』は異性のパートナーと参加する人が多いとは聞いていたが、それはホームパーティのような、もっと気軽に楽しむものだと考えていた。


けれど話を聞く限り、想像以上に本格的のようだ。


そんなところに自分が出ても平気なのか、相手に気を使わせたりしないだろうか。


エリックは舞踏会の誘いに対して、自分は軽はずみに返事をしてしまったのではないかと不安がっていたのだった。


「あんなのは慣れさ。身構えるほどじゃない」


「そうそう。気軽に楽しめばそれで良いのさ。こいつなんて最初、緊張しすぎてドジふんだんだぜ?」


「……いつの話をしてるんだよ」


「ミドルの一年の時だろ?俺は覚えてるぜ?」


「何でそんなどうでも良いことを覚えているんだか……その記憶力をもっと別の所に生かせよな」


ダンス中にパートナーの相手の足を踏んでしまい、盛大にこけてしまったことをロベルタは苦々しく振り返る。


「そ、そうよね。堅苦しく考える必要ないわよね」


「う、うむ。全くじゃ。他の者たちとの付き合いも大切じゃからな。それはそれ、これはこれじゃ」


――誰と行こうと関係ない。


例え、エリックが他の誰かと参加しても悲観することはない。


――舞踏会は、学友として親睦を深めるための行事なのだ。


だから、自分がヴァラルを誘っても何の問題もない。


言ってることは大体同じだったが、心の中では全く別の考えのニーナとリヴィアがいた。


そんなとき――


入り口の扉が開かれ、ふらりとヴァラルが現れる。


その横には、ここが定位置かのようにちょこんとフィオナが顔を出していた。


“……何かもう二人が一緒にいることに何も思わなくなってきたぞ”


“これはもう……怪しすぎるだろ”


クライヴとロベルタが疑惑の目を向けるが、ヴァラルはそれを気にすることなく熱心だなと四人に簡単なやりとりして、机の上に散乱した教科書や資料に目を配る。


フィオナは彼らに挨拶した後、ヴァラルに念を押すかのように、じゃあよろしくねと言って女子寮へと戻って行った。


「……さっきまでお主は何をやってたのじゃ」


照れくさそうに、そそくさとこの場を去って行ったフィオナ。


それが、一度奮起したリヴィアの心に影を落とす。


けれど、些細な事柄でも今は話をすることが重要だ。


「打ち合わせだ。マチルダとネイルにフィオナと――いつものやつだ」


「研究会?随分と長く続くのね」


「普及させるには段取りやら何やらで、手間がかかるんだ」


ショートヘアの快活な少女、ニーナの問いかけにヴァラルはいつもの泰然とした調子で答える。


研究発表の準備はマチルダやネイルが行っていたが、何と二人の間で次の計画が前倒しで行われていたことに、ヴァラルとフィオナは驚いていた。


それは、論文に書かれていた魔法薬を安定して市場に流通させる協力体制を築きあげること。


本来、これはもっと後に行われるべき段階であったらしいのだが、アルフレッド・スノウやアイーダ・ハルネスらが率先して協力を申し出てきており、それならばということで、マチルダが送り出してきた魔法薬研究会の卒業生たちにも協力を仰ごうと動いていたのである。


ヴァラルが思っていた以上に、事が順調に進んでいたのだ。


「近いうち、ライレンの方に事業計画をまとめた書類が届くと思う。その時はよろしく頼む」


「う、うむ。分かったのじゃ……」


「……フィオナさんって、凄い人だったんだ」


「気付くのが遅いぞ、エリック。ここの監督生だぞ」


「超が付くほど厳しいマチルダ教授に気に入られるってことは、そう言うことだ」


今まではただ見ているだけでも良かったが、ここを卒業すれば本当に高嶺の花になってしまう。


魔法薬研究会、特に開発者と噂されるフィオナ・スノウに、エリックやクライヴ・ロベルタの三人が何とも言えない気持ちになる。


「それでついさっき、ここの卒業生との日程調整が終わったわけだ」


「意外に大変なのね……それってもしかして、舞踏会の日も?」


「舞踏会?……ああ、あれか。流石にそこまではやらないぞ」


“よ、よし……”


ニーナとヴァラルの会話に、リヴィアは再び気合を込める。


ベリッタの教えによれば、彼は自ら誰かを誘うと言う真似はしないらしい。


舞踏会というイベント自体、積極的に参加することはないだろうとのこと。


「の、のう――」


だから、自分の付添いだとかそれっぽい理由をつければ、文句を言いつつも付き合ってくれるはずだ。


けれども、


「俺も出ることになったからな」


「な……何だって?」


素っ気なくも、とんでもない彼の一言により、リヴィアの思惑はあっさりとはずれ、誰が発した声なのかわからないまま、机の周りにいる五人が固まった。


「だ……誰と?」


寒空の下、仲睦まじく歩く光景。


一瞬だけ見えたそれは、まるで長年連れ添った夫婦のよう。


ロベルタがあの時見た光景を振り返るように、恐る恐る訊ねる。


「誰って――フィオナだ」


「……もしかして誘われたのか?」


「まあな」


「マジ……かよ」


クライヴがロベルタに続き、言葉を失う。


さっきはエリックに対して気軽に楽しめと言ったが、フィオナと参加する場合は意味合いが大きく変わってくる。


七年。


恐らく、彼女の中で舞踏会に参加する意義自体が異なっているのだろう。


レスレック魔法学院に入学してから実に七年もの間、フィオナは断り続けていた。


まるで、生涯を共にするパートナーを待ち望むかのように。


つまり彼女から誘いを受けたと言うことは、いわば――


椅子に深々と腰を下ろしていた体を一気に起こし、がたがたと揺らした。


「ど、どうして彼女と?」


「そ、そうよ」


「ここの卒業生が会場で直接フィオナと話したいみたいで、その付添いだ」


挙動不審なエリックとニーナに、ヴァラルは顔を上げる。


それは、マチルダが久しぶりに教え子たちと連絡を取り合ったとき。


昔話に花を咲かせ、フィオナの活躍を聞きつけた卒業生らが、彼女のことを祝おうと時間を取ってわざわざ駆けつけてくるということが事の始まりだった。


直後、降って湧いた偶然を逃すことなく、フィオナは行動を起こす。


研究会の同期だから、一緒に手伝ってくれたから、一人で行くのは不安だから。


何度も考え、口に出して練習したような完璧な理論武装。


さらにその場にいたマチルダから、男ならエスコートの務め位きっちり果たせという、言い返したら何か負けてしまいそうな言葉まで頂いてしまった。


そのため、最近のフィオナの急な振る舞いの変化にどこか疑念を覚えながらも、参加を決めるヴァラルだった。


「な、なはは……」


リヴィアはヴァラルの話をうまく聞けなかった。


だからフィオナは去り際に、よろしくねと言っていたのか。


舞踏会のパートナーとして。


さっきまで浮かれていた自分の馬鹿さ加減に、乾いた笑いしか出てこない。


「あっ、リヴィア!」


エリックが静止する間もないまま、彼女はイシュテリア寮を脱兎のごとく出ていってしまった。


“……本当、兄弟は罪な男だ”


“皇女様まで夢中なのかよ……世の中は理不尽極まりないな”


彼女の突然の行動に騒然とするイシュテリア寮。


クライヴとロベルタは、相変わらず何を考えているかわからないヴァラルを恨めしそうに眺めるのだった。



◆◆◆



「……うっ……ぐす」


フィオナに先を越された。


彼女のような優しい性格も、魅力ある体も持ち合わせていない。


彼は誰も誘わない?だから行動すれば問題ない?


何を言っているのだ。


派手な魔法を使わずとも、彼を慕う者がいたではないか。


最初から物怖じせず、ベリッタから言われた次の日から素直に言えばよかった。


暖かなイシュテリア寮を出て、レスレック城の誰もいない廊下にてリヴィアはすすり泣いていた。


「どうしたんだい?リヴィア」


「……え?」


落ち着きのある爽やかな声。


顔を拭って彼女が振り向くと、エルトースの監督生、ダニエル・クラッセンが心配そうに声をかけてくるのだった。




「――彼のことが気になるんだ、リヴィアは」


「……ま、まあの」


「ふうん……」


日は暮れ、松明がゆらゆらと影を落とす中、壁に寄りかかるダニエルとリヴィア。


彼女はダニエルに、ヴァラルへの愚痴を聞いてもらっていた。


誰でも良かったのかもしれない。


ただ、彼女に声をかけたのがダニエルだっただけで、そこには何の意図もなかった。


けれど、そんなとばっちりのような泣き言にも彼は黙って聞いており、それがリヴィアに落ち着きを取り戻させたことは事実だった。


静寂が辺りを包み込む。


まるで、彼の放つ一言を待ち望むかのように。


「それなら、僕と一緒に行くかい?」


「な、何じゃと?」


うん、これは良いとダニエルが口にすると、リヴィアは思わず彼をまじまじと眺めた。


「僕もあそこへ行こうか悩んでいたんだ。だけどパートナーがいなかったからね、丁度良い」


彼の説明によると、ヴァラルのことを二人で観察していようというものだった。


ヴァラルのことが気になるのならばここで逃げず、しっかりと結末を見届けることが大切だと。


ダニエルが、リヴィアを元気づけるように励ます。


「僕が気になるのなら外にいるよ。彼らを見失わないようにね」


「それではお主が……」


「君のことを助けたい。それだけじゃいけないかい?」


「……」


ダニエルのひたむきな言葉に、何も言えなくなるリヴィアだった。


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