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黄金の時代  作者: 木村 洋平
魔法皇国ライレン編
67/79

想いを秘める少女たち


リヴィア・ド・ライレンの日常は、往々にして忙しい。


――例えば朝


彼女がエリックやニーナ達ミドルの生徒と朝食をとって大広間を抜けた後、狙い澄ましたかのように部下の魔法士がそれとなく近くに寄ってくる。


定時報告の後大量の書類を渡され、それを自室に置くことが彼女の一日の始まりでもある。


――例えば昼


彼女がエアハルトやセブランたち大勢の男子生徒に囲まれている最中、またもやブレントの部下と思われる宮廷魔法士がいつの間に現れ、いくつかの言伝をする。


その時の彼女は皇女としての威厳を保ちつつ、その場でサラサラと文書にサインし、(当然、誰にも文書を見られないように工夫した上でのことだが)その姿に感動した男子生徒がわあわあと沸き立つ。


しかし、褒め称える彼らの中には目的の人物がいないことにむすっとするリヴィア。


――例えば夜


公務が一区切り付き、自室にて疲れたように伸びをすると、丁度良いと言わんばかりに入り口の扉からノックされる。


扉を開いてみると、女性の魔法士が事務的に終わった分の書類を受け取りにやってきており、リヴィアはさっきまで手を付けていたものを渡す。


そして、ようやく終わったと思ったら時刻は消灯時間を大幅に過ぎているのに気づき、いそいそとベッドの中に潜り込む。


レスレック魔法学院の彼女の生活は、大体がこのような日々であった。


しかし、そんな学生と皇女の立場を何とかこなすリヴィアにも、週末にはヴァラルと巡るライレンの魔法研究機関の視察という、息抜きがある。


これを休暇と考えるリヴィアもどうかと思うが、学院での二人の距離は段々と離れていくことをその身でわかっていた。


彼の魔法適正についての問題、専門外である魔法薬の話題、さらにはリヴィアを慕う生徒達とヴァラルとの軋轢。


様々な要因が混ざり合うことで、ハイクラスにその身を置きつつある彼との会話は、入学当初に比べ互いの近況をぽつぽつと語るだけの非常に味気ないものとなっていた。


それでも、この週末はリヴィアの独壇場。


今日も彼女はこの国の魅力を彼に紹介しようと気合を入れていた。


“なのに何故、わらわはここにおるのじゃ……”


……ついさっきまでは。


日が高く上りつめる午後のこと。


彼女の現在いる場所はフォーサリア宮殿の執政室。


年齢に似合わない、硬質な大きめの机に向かう彼女の隣には、『緊急』と赤字で記された書類の山が高くつらなっている。


その中から一枚取り出し、ざっと要点に目を通した後、判を押す。


「あれほど母様ではなくわらわを通せと言ったのに……ブレントの奴、余計なことをしおって」


仕事熱心なのは大変結構なのだが、綿密に組まれているライレンの関係各所のスケジュールに自身の要求を押しつけ、かき乱すことがあるのだ。


部下への愚痴をこぼしながら、彼女は再び手のひらに乗るような大きな判子をひたすら押し続ける。


今日も彼女は公務に追われていた。




「おろ?」


「あら」


仕事が終わり、リヴィアが紅茶や軽食を楽しむお休憩室に部屋に立ち寄ると、そこには妹のベリッタが紅茶を飲みながら、外の風景を眺めていた。


「お姉さま!今日はどうされたのですか?」


「……急な仕事じゃ。ブレントが色々とひっかきまわしてくれたせいでな、困ったものよ。それよりもベリッタ。母様とアンナは何をしておるのじゃ?」


「母様は定期検診、アンナはお昼寝ですわ」


そうかと軽く返答し、おしゃれな調度品がこまごまと置いてある部屋の中で、リヴィアはベリッタと向かい合う形で専用の椅子に座りこむ。


その後、侍女を呼び出して彼女と同じものを用意するよう命じ、今が旬だとする紅茶と数種類のお菓子が目の前に差し出されると、リヴィアの顔がほころんだ。


「ふふっ。お姉さまも、やっぱり甘いものに目が無いのですね」


「う、うるさいわ」


不意に、口へ運ぶ手が止まる。


ほんのりと温かく、ふんわりと甘い出来立ての焼き菓子を前に、表情が出ていたらしい。


姉の意外な姿を見れたとアンナはクスリと笑い、なんだか変なところを見られたと、気恥ずかしさにリヴィアは悶えた。


「まあまあ、そう照れなくても良いじゃないですか。お姉さまのかわいいお姿を間近に見ることが出来るのは、私たち家族の特権なんですから」


「特権という前に、まずしっかり勉強するのじゃ。最近、成績が落ちているみたいではないか」


「……お姉さま、そういう無粋な所は男の方に嫌われますよ」


ライレンの初等学校に通うアンナは来年、入学試験を受ける。


成績次第によって、レスレックやタスブレムといった魔法学院の入学許可が下りるため、試験のあるこの時期は気が抜けない。


勉強嫌いの彼女が何故ここにいるのかは、お察しの通り。


なので、この話題は無しにしようと、アンナは話を強引に変えようとする。


「そ、そうなのか……?」


「え?」


いつもだったらここで、姉からの小言が一つや二つ飛んでくるものだと思っていたが、今日は何だかいつもと様子が違っていた。


もじもじとするリヴィアを前に、アンナは首を傾げて様子を伺う。


……どうも元気が無さそうに見える。


とりあえず、先ほど自分が言ったことを振り返ってみた。


“もしかして……”


「ねえ、お姉さま。最近元気が無いように見えるのは私の気のせいでしょうか?学院で何か問題でも?」


「……そんなことはないのじゃ、わらわの周りにはたくさんの学友がおるからな」


あまり反応なし。


「たくさんのお友達がいらっしゃるのは大変素晴らしいですわ。でもそうなると、お姉さまの近くには男の方も大勢いるはずですよね?だれか気になる方でも?」


「だ、誰もヴァラルのことなど気にしてなどおらん。わらわは皇女であるぞ」


反応あり。


勝手に墓穴を掘ってくれた。


「私、ヴァラルさんのことだと一言も言った覚えが無いですけど」


「ぐっ!?あ、いや、その……」


形勢逆転、単純な誘導に引っかかってしまったリヴィアだった。


「ふふっ。お姉さまも、もうそんな年頃なのですね」


「……何故にお主に言われなくてはならぬ。わらわよりも年が下であろう」


「恋愛に年齢は関係ありません。むしろ遅いほうですよ、お姉さまは」


「ぬな!?」


ライレンの第二皇女、ベリッタ・ファ・ライレンは恋のアドバイザー役として有名だ。


同級生からの様々な恋の悩みの相談を受け持ち、どうやったら相手を振り向かせることが出来るのかを指導し、何十組のカップルを成立させることで、同級生たちから大変な人気ぶりだった。


「でもお姉さまにしては珍しいです。お姉さまって、年上の男の人でも遠慮なく接してきましたよね。それなのに何故あの方には?」


「……」


「言ってください。わからないですし、家族じゃないですか、私達」


ティーカップを置き、しょぼんと肩を落とすリヴィア。


そんな長女の姿に顔立ちの似ているベリッタは相談するよう持ちかける。


興味津々とばかりに、瞳をキラキラ輝かせて。




「はぁ~……レスレックでそんなことがあったのですか。もっと早く言って下さらないと」


「うぬぬ……」


思わずため息が漏れる。


行儀よく紅茶のお代わりを飲みながら、ベリッタは粗方事情をリヴィアの口から聞きだしていた。


説明ではヴァラルのことを自分のものにする、なのに向こうは全然言うことを聞いてくれないと不平不満を漏らしてばかりだったが、ふたを開けてみれば単純明快。


睨んだ通り、恋の悩みだった。


自分に言わせれば、姉の語り口調は気になる男に文句をつける少女のそれだ。


しかも自覚していない辺り、少々性質が悪い。


「お姉さま。話を聞く限りですと、これはうかうかしていられませんよ」


テーブルの向かい側から、ベリッタは顔を寄せる。


冒険者である彼を正式に皇室に招き入れるという、最も難関な事はさておいて、レスレックでは随分とこじれたものだ。


彼を振り向かせ――もとい自分のものにしたいのならば、今の状況は少々まずい。


フィオナ・スノウ。


ヴァラルの近くには彼女がいる。


異性や同性問わず、高い人気を持つフィオナ。


見目麗しい容姿もさることながら、性格も非の打ち所がないという。


姉も見た目は可愛らしく、体型も少々残念ながら今後の成長によって大いに化ける――と思う。


性格に関しては、男を立てると言うよりも自分の尻に敷こうとする所があるため、ヴァラルとはいささか相性が悪い。故に、これもいずれは改善すると――期待したい。


――結論


現段階において姉はフィオナ・スノウに対し、圧倒的に不利。


そもそも、彼女に正面から勝負できる女の人はいるのかさえ疑わしい。


姉の気を引くだけに飽き足らず、フィオナ・スノウの興味を抱かせるなんて、かの青年はなんて罪な人なのだとベリッタは思った。


「ベリッタ、そんなことを言われても、わらわには入る余地が……」


リヴィアは急に乗り出してきた妹を前に、オドオドとまごついている。


“お姉さまがここまで尻込みしてしまうなんて、ちょっとびっくりです……”


しかも、ここまで引け目を感させてしまうだなんて、余程フィオナは良い人のようだ。


「ここでひいては駄目ですよ、お姉さま。大丈夫、まだ一発逆転のチャンスがあります!」


だが、姉は運がいい。


全く手が無いわけではない。


この時期だからこそ出来る方法がある。


「チャンス……じゃと?」


“んもう、分からないのですか?あれですよ、あ・れ”


自身をアピールするのだと、こそこそと姉の耳元で何かを囁くベリッタ。


“……ッっ!?”


「そ、そんな真似できるか!」


「でも、このままでは取られてしまいますよ?頑張ってください!おねえさま!」


「むぅぅ……」


リヴィアの顔はみるみる赤くなり、ベリッタは応援するのだった。



◆◆◆



晴れ間が広がりながらも、ますます冬の到来を感じさせる休日のレスレックの玄関ホール。


外の乾燥した空気が流れ込む。


今日は一段と風が強い。


そんな沢山の生徒達が寒そうに行き交うこの場所で、ヴァラルは誰かと待ち合わせをするかのように、入り口近くの頑強な門の前で一人佇んでいた。


「お、兄弟がいる」


「う~寒い。今日は一段と冷える……はずなのに、なんであんなに薄着なんだよ」


そこに、色黒でややひねくれ者のロベルタと、軽薄そうな顔立ちのクライヴが手をこすり合わせ、ヴァラルの下に近寄ってきた。


「風邪ひくぞ、兄弟」


「クライヴ、それにロベルタか」


ヴァラルは振り向き、二人の足元を見ると、『基礎魔法全集』や『絶対役立つ魔法薬学』といった様々な本を抱えていた。


察するに、さっきまで彼らはレスレックの図書館を利用していたようだ。


「こんなにたくさん抱えてどうした?ミドルの本じゃないか、それ」


「試験対策だ、エリックやニーナたちに頼まれてな。俺達が教えることになった」


「本当は俺達の方も危ないんだけど、まあいつも通り何とかするさ」


手のかかる連中だと言いながらも、クライヴとロベルタは楽しげに語っている。


「二人とも面倒見が良いんだな。頑張れよ、俺も応援してるからな」


「有難いことだって言いたいが……くっ!上から目線でその余裕っ!」


「聞いたぞ?魔法薬研究会は試験免除だって。良いよな、全く」


昨夜、掲示板に張り出された事項に改めて文句をつける二人。


自分たちはこうして試験勉強に追われている最中だと言うのに、この余裕っぷり。


しかもハイクラスならば、ミドルよりも内容がさらに高度になるため、外まで足を運び、自分なりの参考図書を選び出す必要がある。


この季節、ハイクラスの生徒の大多数が、本探しにライレン中を奔走している事であろう。


「その台詞はマチルダに言ったほうが得策だぞ。俺は何も手出ししてない。それに準備がどうとかで、

こっちにもいろいろあるんだ」


魔法薬研究会の活躍は既にレスレック中に知れ渡っている。


とはいえ、実務的な部分はマチルダやネイルが担当してくれているため、ヴァラルのやることは殆どない。


多大な貢献をしたのがフィオナであることは間違いないが、彼女の手伝いをして今まで頑張ったヴァラルにもこれぐらいのご利益があっても良いだろう。


こんな経緯で、言わば形だけの準備期間という名の試験免除を頂いたのだった。


試験が実施されても、サボる気満々のヴァラルだったが。


「おいおい。一番ヤバいの、魔法薬学なんだよ」


「クライヴ、言ってみたらどうだ?」


「勘弁しろ」


大げさに冗談を言い合う二人。


「で、そんな冒険者サマはこんな朝に一体何をするんだ?」


そして、本題とばかりに話を切り替えた。


「付添い、外に用事だ」


「まさか、その恰好で外に出るのかい?リヴィアが見たら何て言うか……」


ヴァラルの格好は、白いYシャツに紺色のズボンというレスレックの標準的な男子制服。冬用のため厚手はあるが、せめてローブ、あるいはコートを羽織って貰いたいものだ。


「リヴィア?あいつなら今日の予定は中止だってさっき出て行ったぞ」


「じゃあヴァラルは誰を待ち合わせしてるんだよ」


ヴァラルの言葉にクライヴは妙だと首を傾げる。


休日のヴァラルはいつもリヴィアと行動していたはずだ。


しかも、彼女が急用でいないときはイシュテリア寮で本を読んでいたり、ふらりとレスレック周辺を散策し、一人でいる姿を見かけている。


そんな彼が誰かと待ち合わせだと言うのだから、かなり驚く二人だった。


と、そんな時、


「お待たせっ!待った?」


「少しな。でもそこまでじゃない」


大人びた、けれども子供のような無邪気な声が玄関ホールに響く。


「フィオナ嬢……?」


「おはよう、二人ともっ」


「あ、ああ。おはよう……」


首回りには毛皮がついた暖かなコートに、しっかりと足元を覆うブーツ。


革手袋とマフラーも身につけた外出用の姿で、フィオナは三人の前に現れた。


「よし、準備は済んだみたいだな。行くぞ」


「そんな恰好で?寒くないの?」


「大丈夫だ、これくらいの寒さは慣れてる」


「もうそんなこと言って……はい、ちょっと動かないでね」


「む、俺は問題ないぞ?」


「見てるこっちが寒いの……って本当に大きいね」


ヴァラルの平然とした姿に呆れつつも、フィオナは自分の身につけているマフラーを彼に巻きつける。


クライヴとロベルタはそんな馬鹿なと、驚きを隠せずにいた。


あれではまるで――


「ちょちょちょっと待ってくれ……兄弟、あんたはフィオナ嬢とお出かけかい?」


「そうだ」


「何でだ!?」


クライヴに合わせる形ですかさず突っ込むロベルタ。


数々の男たちを撃沈させてきたフィオナ嬢が――


信じられない。


「魔法薬研究会の活動。材料の買い出しだとさ」


リヴィアが出て行ったのを見送り、さてどうしようかと思案しながら、自室に戻ろうとしたヴァラルだったが、その道中でフィオナと出会った。


そこでこの後の予定を訊ねられ、用事がつぶれたところだと言ったところ、それならばと急に思いついたように予定が組み上がっていった。


「ちょっと実験で使いすぎちゃったからね。その補充とか、まあ色々ね」


「な、何だ……」


「そういうことなら仕方ないな……」


悪戯っぽく微笑むフィオナにあっさりと陥落した二人と、この場にいるその他大勢の学生達。


ヴァラルとしては、彼女の「まあ色々」の部分が少し気になっていたが。


「うん、それじゃあまたね」


そして彼と共にフィオナは歩き出し、段々と遠ざかり、姿が見えなくなっていった。


こうして、玄関ホールでは再び喧騒が戻ってきた。


「フィオナ嬢、かなりご機嫌だったな」


「当たり前だろう?夢がかなったんだから」


「いや、それもあるんだけど……なっ!?」


「どうした、相棒」


玄関ホールの入り口をくるっと見返すようにして振り向き、目を大きく見開いたロベルタに、クライヴは声をかける。


こんな寒い場所にいつまでもいられない、早く寮へ戻ろうぜと。


「……見間違いだろう?」


一方、ロベルタは予想だにしない光景を見てしまう。


彼の視界にほんの一瞬映り込んだのは、


フィオナが恋人のようにヴァラルの腕に身を寄せている姿であった。


――先日の男子寮の一件から、フィオナのヴァラルに対する態度は劇的に変わった、というわけではなかった。


周りに気づかれない範囲で、彼の隣に座る時のすき間が以前よりも縮まったり、テーブルの下で彼の手にほんのちょっとだけ触れ合ったりと、正しいヴァラルとの距離を計るようにして、少しずつ変わってきているといえる。


――二人きりの場合は全く別だったが



◆◆◆


レスレック城を出発した二人は、まずアーティルへ向かった。


アーティルは活気あふれる魔法市場街で、沢山の魔法道具を取り扱う商店や露店が軒を連ねている。

ここでなら、買い出しもすぐに終わるだろう。


ところが、ここで材料を調達するわけではないらしい。


フィオナが言うには、とても馴染みのあるところで手に入れるため、とりあえず後回しで良いと言って、彼女の付き添う形で、アーティルのきらびやかな街並みをヴァラルは散策することになった。


傍目からすれば、研究会の活動ではないことは明らかだった。



「ほらほらっ!早く!」


「……凄い元気だね」


「全くだ。どこにそんな元気があるのやら」


その後、二人はアーティル近郊にあるカミラの家に訪問する。


予め連絡してあったのか、黒いスカートに、水色のセーターを着た私服姿のカミラがすぐに出迎えた。


そこで小一時間ほど、フィオナはカミラの体調が思った以上に快方に向かっている事、カミラはフィオナが無事に成功させた近況を語り合い、充実した時を過ごす。


すると丁度いい具合にアイーダが顔を覗かせ、たまには気分転換に外に出なさいとカミラを家から追い出すのだった。


「フィオナって元々あんな感じだったよ。レスレックだと、大人びて見えるらしいけど」


「ふ~ん……それにしても、ここまでアーティルから離れても大丈夫か?」


「大丈夫。この道で問題ないよ」


フィオナが先導するように進み、カミラとヴァラルが彼女の後を追い続ける。


彼らはアーティル郊外にある林道を歩き、この先の目的地に向かっていた。


「ほら、だんだん見えてきた」


「あれが……」


林を抜けた先には、一昔前に建てられた屋敷がヴァラル達を出迎えた。


ひび割れた赤レンガの煙突からはもくもくと煙が上っており、周りの草木は程よく刈り取られていて、ここに誰かが住んでいる気配がある。


「あの屋敷がフィオナの家だ。まだ来たことなかったよね、ヴァラルは」


「ああ、初めてだ」


古びていながらも訪れる者たちを誰でも歓迎する、そんな暖かさのあるフィオナの屋敷が近づいていた。




「ただいま~」


我が家に帰ってきた安心感からの、彼女の間延びした声。


「お帰りなさい。あら、カミラさんも元気にしてる?それに――」


それが自宅の玄関に響くと、奥の扉から彼女に似た女性がゆっくりとやってきた。


「ご無沙汰です」


「ヴァラルだ」


おおらかで、気立ての良さそうな――


カミラとヴァラルは目の前の女性にそれぞれ挨拶する。


彼女がフィオナの母、セルティア・スノウだ。


「こんにちは、我が家へようこそ――と言いたいけど……」


「ねえねえ、お父さんは?」


「お仕事よ、もうすぐ来ると思うわ。それよりフィオナ。お客さんが来るのなら前もって言ってもらわないと困るわよ。おもてなしの準備もしてないのに……ごめんなさいねえ」


「気にしないよ、二人なら。さ、上がって上がって」


「もう、勝手なんだから………少し散らかってるけど、気にしないでくれると有難いわ」


外ではどうだか知らないが、こんなに図々しくて大丈夫なのか。


手早くコートを脱いで、カミラとヴァラルをリビングへ案内しようとするフィオナに、セルティアは困った顔をするのだった。


「帰ってきたか!フィオナ!」


ヴァラルとカミラがお言葉に甘えてと移動しようとしたその時、二階からバタバタと階段を駆け下りる音がした。


「お父さん、ただいま」


「ああ、お帰りフィオナ……と言いたいところだが、あの論文は一体なんだ!?月光草?何だそれは!」


穏やかな笑みを浮かべたと思いきや、突然フィオナに詰めかかる一人の男がやってくる。


「ちょっとアルフ、その話は後にしようって決めたはずでしょう?早速破ってどうするの」


「セルティ。僕はね、思ったんだよ。娘に先を越されて黙っていられるわけが無かったんだ……我慢するのは止め!さあさあ、たっぷり話してもらうぞ!」


生憎年若いとは言えないが、魔法薬に関する意地の強さは見たことがあった。


顔のつくり、目じりの辺りがどことなくフィオナに似ている彼こそアルフレッド・スノウである。


「後でね。その代わり、いくつか材料分けてくれないかな?マチルダ教授の分を使いすぎちゃったんだ」


「分かった、良いだろう。それよりもまず月光草の――」


馴染みのあるカミラはさておいて、初対面であるヴァラルがいる前なのにお構いなく喋りだすアルフレッド。


「俺達がいるのに……凄いな」


「今時、人前でこんなことする人はそうそうないと思うよ?」


アルフレッドの人柄、さらにはフィオナの家族が普通とはちょっと違うことに、ヴァラルは毒気を抜かれるのだった。



◆◆◆



先ほどのフィオナ達のほのぼのとしたやり取りの後、カミラとヴァラルは少し早めの夕食をごちそうになった。


アルフレッドはその最中にフィオナとヴァラルの両人へ質問攻め。


「……ふぅむ、ふぅむ」


向かい側のテーブルで考えを整理しているのか、今は静かに唸っている。


「旨かった。いや本当に」


ヴァラルが褒めちぎるように、セルティアの家庭料理は店で売られていてもおかしくない。


味付けは薄いものが多かったが、健康に気を使っていることもわかるし、何度食べても飽きない味わい。


セルティアは料理教室を定期的に開いているらしく、かなりの腕前だった。


「大したものじゃないですよ、ヴァラルさん」


「私も手伝ったんだ~」


台所からセルティアとフィオナの声が聞こえてくる。


フィオナとセルティアは食器をてきぱきと片づけ、台所へと移動した。


時折、セルティアがヴァラルの顔をちらちらと確認して、フィオナに何かを訊ねる。すると、フィオナはほんのりと顔を赤らめる。


夕日が沈みゆくのどかな空気の中、食後の紅茶を飲むヴァラルとカミラ。


どこにでもありそうな家族の形。


けれど、中々目にすることの無い希少なひと時。


「レスレックにいるときずっと不思議だったんだよ。どうしてこんな普通な子が持てはやされるのかって」


この穏やかな雰囲気に何か感じ入ることがあったのか、フィオナ一家から少し離れたソファに座っているカミラが三人に聞かれないよう、ポツリと呟いた。


「見た目が良いからだろ」


「身も蓋もない、確かにそうだけど……でも、ヴァラルもそう思うんだ?」


「世間一般の評価をかき集めただけだ」


とはいえ、彼女のレスレックの人気の裏には性格面が大きいだろう。


周りには精一杯背伸びして大人っぽさを印象付けているが、根は温厚な子供のように純粋で、思いやりを決して忘れない。


彼らからすれば、憧れを抱くのに十分すぎる。


台所で母親と共に片づけをするフィオナを、ヴァラルは眩しそうに眺めた。


“……そんな世間一般の評価が物凄く高いフィオナと一緒にいて、何も思わないというのもどうかと思うけどね”


上品な感じのする真っ白なセーターにチェック柄のスカート、足元を覆う紺色のソックス。


さらに、派手すぎないよう薄く化粧までしている。


いつも以上におしゃれに気を使っている今日の彼女の姿を見て、カミラは自然と納得がいった。


一方で、ヴァラルはフィオナの気持ちを分かっているのだろうかと疑問に思う。


子供と大人の表情がころころと入れ替わり、愛らしさと色っぽさが同居する容姿。


艶やかでしなやかな手足。


両親からの愛情を一身に受けて、その思いに応えるかのように成長したその体。


同性も魅了させる彼女と一緒にいて、これほど長い期間一緒にいながらも、冷静でいられるなんて信じられない。


まあそんな常人では考えられないような行動をとったからこそ、フィオナの信頼を勝ち取り、想いを寄せられるまでになったのだろうが、ヴァラルの達観したその姿勢に、カミラはある種の歪みを感じ取っていた。


「……ところで何を買ったんだい?私の家に来る前にさ」


だが、心配は無用だ。


フィオナは、レスレック男子生徒の憧れの的。


彼女の優しさは、自身の心配事も綺麗に無くしてしまうだろう。


「簡単な小物類とか、アクセサリー。服もいくつか選んでいたな」


カミラの家に訪れる前、ヴァラルとフィオナは沢山のアクセサリーや小物店等を見て回っていた。


特に時間を要したのが、パーティー用のドレスを取り扱う服飾店。


フィオナは様々なデザインのドレスを見て回り、この中だったらどれがいいかとヴァラルの好みを聞いたり、意見をもらったりする等、かなりの念の入れようだった。


難しそうな顔をしたカミラを不審に思いながらも、数時間前の出来事をヴァラルは振り返った。


“そっか、フィオナはあれに出るんだ……”


すると、その言葉を聞いたカミラは彼女の想いが本気だと悟る。


『月明かりの輪舞ロンド


フォーサリア宮殿で毎年行われているあの舞踏会に、彼女は参加するつもりなのだ。


恐らくは、


――目の前いるヴァラルと共に


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