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黄金の時代  作者: 木村 洋平
魔法皇国ライレン編
62/79

セランのやり方


「どうぞ」


「あ、ありがとう……」


天井に吊るされたシャンデリアが、仄かに薄暗いアーガルタ内を照らし出す。


そこで高級感ある黒いソファにそれぞれ座り、二人は向かい合う。


何も言わずにいるセランと、カチコチと緊張したカミラ。


セランがティーカップに注いだ淹れ立ての紅茶を差し出すと、戸惑いがちに彼女は受け取った。


本当は怪しげなものが入っていないかどうか確かめるべきだったかもしれない。けれど、そんな常識的な判断力を失わせるほどに、カミラは置かれた状況に当惑していた。


「っ!おいしい……」


口に含んだ瞬間に広がる芳醇な香りと深い味わい。


こんな美味しい紅茶、今まで飲んだことが無い。


当惑した思いから一転、カミラから素直な感想が漏れた。


「そうですか、それは良かった。ま、当然ですけど」


イリスが母と共に丹精込めて育てた茶葉だ。淹れたのはセランだが、それでもこの極上の風味は元が良いからだ。


砂糖もミルクも入れなかったカミラに、セランはかちゃかちゃとティースプーンを掻き回す。


「っ!それよりもここはいったいどこ?さっきの人は?そもそもあなたは誰?」


「少し落ち着いたと思ったらこれですか」


「っ、いきなり訳の分からないところに連れてこられたら誰だって!」


「黙りなさい」


「っっ……」


「質問するのは私です。貴方ではありません」


ティーカップを口に含み、落ち着き払った声でカミラを咎めるセラン。


いちいち騒がなくてもちゃんと聞こえている。それに、折角の紅茶が台無しだ。


「本来、あなたのような者が来られるような場所ではないのです。ここにいるだけでも光栄に思いなさい」


「……私のことを知っているの?」


「こうして顔を合わせるのは初めてのことですけどね。けれど、色々と聞き及んでいますよ」


魔法薬研究会に所属していること。なかなかに成績優秀であること。


そして、レスレックを去ること。


「……誰からそんなこと聞いたの?」


「答える必要はありませんね。こんなこと、学院にいれば誰でも知っている事でしょう」


くっくっくと喉を鳴らし、からかうようにして声を上げるセラン。


そんな、人を小馬鹿にした態度にカミラはむっとした。


「貴方、性格が歪んでるって言われない?」


「これが私の地です。いくら言われようと全く気にしていません。むしろほめ言葉です」


「……本当になんなの?あなたは」


さっきは身も凍るような恐ろしさを感じていたが、今では子供のようにからかっているだけ。


次々と態度を変えるセランに、翻弄されるカミラ。


「ま、本当の所を言えばあなたに興味を持ったのですよ、私は」


「……口説かれるようなことはしていないと思うけど」


彼の口からいきなり飛び出し、カミラは冷静に受け流せなかった。


というか、内心かなり焦っていた。


何故、どうしてだと。


色々な意味で。


「ただの知的好奇心というやつです、安心なさい」


すると、セランはテーブルの上に前もって置かれていた山積みの本から一冊を抜き出し、手元に置いた。


「……そうよね。貴方がそんな色ぼけた真似、するわけないよね」


「おやおや、一体どうしたのです。私は至極真面目に答えたつもりですよ?」


「……なんなの、もう」


どこか落胆、熱が冷めたカミラに対し、にやにやとした表情で追及するセラン。


彼の底意地の悪さは、最早彼女では対応しきれなかった。


「さてと。お喋りもこの辺にしておきましょうか……カミラ、私は貴方にいくつか尋ねます。嘘偽りなく答えていくように」


「嫌だと言ったら?それに、あなたの名前もまだ――」


「拒否権などありません。そんなこと、とっくに理解できているはずですよね」


「……分かった」


素直に従ったほうが良いと諭しながらも、己の言うことは絶対だとするセラン。


彼に気圧されたカミラはこの場から逃げ出すのは不可能だと悟り、おとなしく従った。


そして、どんな質問にも答えられるよう表情を硬くして身構えた。


「心理テストのようなものです。思ったまま答えてくれれば結構」


そうして彼は手元にあった本を開いた。




「――子供の頃の夢?そうね、あの時はフィオナと遊んでばっかりだったから、特にこれといって無かったかな」


「彼女とは昔からの付き合いだったと。成る程、では治癒魔法士になろうと決めたのは?」


「意識として漠然とあったけど、真面目に考え始めたのは、フィオナが親の後を継ごうと言い出した時かな。確かミドルの三年。ハイに進むかどうか悩んでいた時期だったと思う」


急に言い出した時はびっくりしたと、カミラはセランに付け加える。


セランの質問はありふれたものだった。


家族構成や趣味、好きな食べ物や苦手とすること。


どれも深く考えなくてもすぐに答えられるようなものばかりであり、カミラはその内容に拍子抜けしていた。


こんなことで一体何が知りたいのだろう。


彼女は疑問を感じ始めていた。


「安心なさい。中々に興味深いですよ」


「っ!?」


本を読みながらふむふむと唸るセラン。


けれど人の心を読むかのようなその口ぶりに、カミラは面喰った。


「で、そんな治癒魔法士を目指そうと思った矢先に病にかかった。ハイクラス一年のとき、そうですね?」


「……その通りだよ」


「結果、貴方は将来の道を閉ざされたと。さて、ここでまた質問を」


――そのとき、あなたは何を思いました?学年首席という才能溢れるあなたが、挫折を味わったときの心境を


「……分かった。要はこれを聞きたかったわけだ」


最初のうちに気を抜かせて、後からこうして人の不幸をあざ笑う。


触れられたくない心の傷に、塩を塗るその所業にカミラは嫌悪した。


「……あまり気にしなかったよ。治癒魔法士だけじゃなくて、他の道もあったから」


今までは饒舌に語っていたカミラだったが、この問いに関しては素っ気なく言葉を返した。


「調合士というわけですか。ふぅむ、なるほどねえ」


一方、カミラとは対照的に今まで唸っていたセランが急にニタニタと笑みを浮かべる。


「まだ何か?いい加減終わりにしたいんだけど」


「分かりました……それなら」


――調合士という道を歩み始めたはいいものの、病は悪化し、現在は魔法そのものが使えなくなりましたが……今どんな気持ちですか?


「いい加減にして!」


カミラが拳をぎりぎりと握りしめ、立ち上がった。


「何とも思わない!どうとも感じない!決まっているでしょう!?」


あの時と同じだ。期待などしない。


もう何もかもどうでもいい、それなのにこの男は何故蒸し返すのか。


今までにない位、カミラは声を張り上げる。


その一方、セランは澄ました顔で静かに本を眺めたままであった。


「ならば何故、貴方は泣いているのですか?」


「ッ!?」


カミラが言葉に詰まる。


嘘だ、そんなことありえない。


だが、彼女の頬には一筋の滴が流れ落ちていた。


「何とも思わない、どうとも感じない……」


――嘘ですね、その言葉。


セランが彼女の虚構、強がりを真っ向から否定する。


推測などではなく、確信を持ったかのように。


「ち、ちがう……違うんだ、これは……」


ぽたりぽたりと水滴が床に落ちる。


「何がどう違うと言うのです。言っておきますが、家族や親友を誤魔化すことはできても、私には通用しませんよ」


涙をふき、小波のように揺れ動くカミラの表情を心から楽しむセラン。


そして、彼は手元にある魔導書、『ヘサド・ノトリア』を発動させた。




「さて、カミラ。私は先ほど貴方に訊ねました。初めて挫折を味わったとき、どう思ったか――そして貴方はこう答えた、あまり気にしなかったと」


「……そうよ」


改めてセランは問いかけ、平静を取り戻そうと、言葉少なく返事するカミラ。



――違う



「えっ!?」


魔導書から文字が浮かび上がり、あろうことか、カミラ自身の声で再生される。


突然の事態に彼女は慌て、それを見たセランはこの上ない笑みを浮かべた。



――辛い、本当に辛かった。なんで私だけがこんな目に遭うのって、何度も思った



「な、なにこれ……」


「何って、貴方の心の声ですよ」


ヘサド・ノトリアは対象となる人の心を見透かす。


それこそ、単なる表層意識だけでなく、無意識下の深層心理まで。


ヘサド・ノトリアを開いたその時から、セランは彼女の心を覗いていたのだ。


「こ……んなこと」


「信じられませんか?でも残念。本当です」


心という、人の不可侵領域を侵されたカミラは立ちすくむ。


でたらめだと否定し、何故こんな禍々しい本が実在しているのだと問い詰めたい。


けれど、喉を絞り出すように声を出そうとしても言葉が出ない。


宙に浮かんでいるあの忌々しい本をびりびりに破こうと思っても体が動かない。


心の奥底に鍵をかけてしまい込んだ、紛れもない真実だったのだから。


あの本を否定することは、自分も否定することになるのだから。


「次に、私は貴方に訊ねました。魔法そのものが使えなくなった今、どう思っているのかと。そして貴方はこう答えた、何とも思っていないと……怒っている時点で、矛盾していますけど」



――やめて、やめてやめてやめてッッ!私をそんな目で見ないでッ!



すると、再び魔導書に文字が浮かび上がり、カミラの声で再生される。


「あ、あ……」


「いくら言葉で偽っても、心までは無理だったようですね。それにしても冷静ぶっている割には、意外に感情的なんですね」


「うぅ、ぅぅぅ……もうやめて……やめてよ……」


アーガルタ内でカミラの心の声が無情に再生され続ける。


嘆きや苦しみ、今までため込んでいた全てを吐き出すように。


そして泣き崩れるカミラを前にしても、思ったことを平然と口にするセランがそこにいた。


◆◆◆


「それで?レスレックを出て行った後は何をするのですか?」


「……どうもしないよ。母さんの病院の世話になるだけだ……」


その後、休憩するためにいったん時間を置いたセランにより、カミラの心の声がアーガルタに流れることはなくなった。


けれど、魔導書の効果は顕在。


セランの手元には彼女の心の声が、文字として現れ続けている。


そんな事態に、カミラは平静を取り戻すのに暫くの時間を要し、つい先ほど口を動かすことが出来るようになったのであった。


心が満身創痍の状態であるけれど。


「そうですか。もう治癒魔法士への道は諦めたのですね」


「当たり前さ……私にはもう、魔法が使えないんだ」


「ふむ……ですが本当のところは――」



――嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!



「全く諦めていないようですが」


セランは矛盾を指摘するようにして、再び魔導書を発動させる。


カミラの心はいまだに諦めきれていないようだ。


「っ……無理だよ」


「何故無理なのです。私としてはかなり疑問に感じる所なのですが」


レスレック首席の地位というのはそう簡単に取れるものではない。


オーランドによるとカミラ・ハルネスは相当優秀な学生であるらしい。


レスレック魔法学院の定期考査は学年末に一回、理論と実技両方において総合的に評価される。


実技面ではエルトース、特に監督生のダニエル・クラッセンに一歩譲る形となるが、理論面ではカミラが大きくリードしており、彼女は毎年首席の地位を維持し続けていた。


それこそミドルの三年間に限らず、病にかかったハイクラスからもずっとだ。


「貴方は四年の時点で、既にレスレックの卒業単位を全て取得していると聞いていますけど」


「……首席や卒業どうこうの話じゃないんだ」


首席なんて毎年誰かが必ずなるものだし、卒業自体、彼女は気にしていなかった。


「……これほど自信の無い人、見たことありませんよ。一体その頭脳は何のためにあるのやら」


主が面倒くさがるわけだと、セランは呆れたように一息つく。


「え……」


「私が貴方だったら、たとえここを去ったとしても勉学は続けますよ」


――そして、己の体を自分で治します


そして、彼女に突拍子も無い一言を放った。


「……は?」


カミラは訳が分からなくなった。


自分で治す?一体何を言っているのだと。


「貴方は治癒魔法士を目指しているのでしょう?他人の体を治すのが仕事なのでしょう?だったら自分の体くらい、自分で治しましょうよ」


もしかして、ずっとそのままでいるつもりだったのか。だとすればとんでもないことだとセランはじっと目で訴えた。


「い、いや、ちょっと待ってくれ」


「はて、もしや想像もつかなかったとか」


「待ってくれ!分かってて言っているのか!」


セランのとんでもない発言に、カミラの思考が追い付かない。


彼の言いだしたことは、彼女の理解の範疇を超えていた。


「母さんでさえ無理だったんだ……私なんかが」


カミラはアイーダの姿を見続けて育っていたのだ。


母親でもあり、師匠でもある彼女が治せなかった病に、どう立ち向かえと言うのか。


「おさらいです。貴方はどこの研究会に所属していましたか?」


「……魔法薬研究会」


「そこであなたは何を目指し、頑張ってきたのですか?」


「新しい魔法薬の開発……」


「似たようなものではないですか。魔法薬の開発も、治療法を見つけるのも」


「……」


だが、自分のやってきたことはあくまでも手伝いの範疇である。


フィオナとは別の視点でアドバイスすることはあっても、彼女が主体的に取り組んできたことだ。


「私はね、フィオナに感心しているのですよ、あの年にしてよくもまあやるなと。まだ学生だというのに、己の父を超えようとしているのですから」


「あの子は誰かを超えようだとか微塵も考えてない!ただ純粋に――」


「どう思うにせよ、彼女の行いは目を見張るものがあります……あの子は伸びますよ?」


何せ我が主がその行く末を見たいがために、わざわざ期間を延ばしてまでライレンに留まったのだ。


フィオナは目をかけられているのだ、あの至高のお方に。


「それなのに貴方ときたら、病気の一つくらいでこの世の終わりのような顔をして……そんなことで、彼女にこの先顔向けできるのですか?」


魔力欠乏症は死に至る病ではないため、幸か不幸かカミラには未来がある。


ゆえに、成長するフィオナを何もせず眺めるだけに終わるのかとセランは厳しく問いただす。


「今まではカミラ、貴方がフィオナを支えてきたようですが、これから先は彼女が貴方を支えていくでしょう。病人だからといつまでも優しく、優しくね……しかし」


――そんな親友からの同情、本当にあなたは受け入れることが出来ますか?


「っ!それは……」


カミラの顔が歪む。


セランの一言一言が傷を抉り出し、身を刻まれるかのように痛い。


カミラは幼少の頃からずっとフィオナの面倒をみてきた。


学院の課題は勿論の事、ちょっとしたいじめや恋愛関係等々、常にカミラはフィオナの手助けをしていた。


しかし、最初から良い感情を抱いていたかといえばそうでもない。


両親から紹介された時は馴れ馴れしいと子供ながら思っており、自分の事もろくにできないくせに、やることなすこと失敗ばかり。分からないことがあればすぐに訊ねてきて、かなり鬱陶しい所があった。


しかし、心の底から憎いと思ったことは一度もなかった。


フィオナは不思議と人を引き付ける。


彼女の笑顔をみるだけでしょうがないなという気持ちにさせられ、彼女に頼られることが、どこか嬉しくもあった。


そんなフィオナからの慰め。それを考えただけでカミラは――


「……嫌だ」



――それだけは……



「嫌だっ!」



これから歩むことになるであろう未来を拒絶する。


言葉が、確かに聞こえた。


カミラの口と、ヘサド・ノトリアの両方から同時に。


セランに心の中を見透かされ、散々弄ばれながらも、自分の意志で彼女は再び立ち上がる。


いつまでも対等でいたい、彼女に頼られたいという一心で。


誰かを救いたい。歴史に名を残したい。


そんな立派なものではない。


親友に対する見栄。


そんな些細な動機が、カミラを再び突き動かした。


「……やっと本音が出ましたか」


セランは短く呟いたかと思うと、手にしていたヘサド・ノトリアと異なる魔導書を、新たに取り出す。


「ならばカミラ」



――私と契約、してみますか?



「……え?」


その声と共に魔導書は眩く光り輝き、アーガルタに満ち溢れたのだった。


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