ポーション調合、その極意
「あははっ!そんなことがあったのかい?」
「笑い事じゃない、とんださらしものだ。何なんだよ、あの騒ぎっぷりは……カミラ、お前さんは以前俺に言ったことを覚えているだろうな?」
「君に言ったことは大体覚えているけど、それがどれのことを指しているのかまでは分からないな」
放課後、魔法薬の材料を保存している倉庫にて、カミラとヴァラルは幾種類もの材料を棚にしまいながら、先ほどあった出来事について話し込んでいた。
昼休み、午後の授業両方でヴァラルは大多数の生徒たちから魂の慟哭が轟き、恨みがましい嫉妬の視線が突き刺さっていた。(しかもそんな声の大多数が男子生徒だったが、一部女生徒も混じっているという意外な事実が後に判明する)
魔法薬研究会という言わばレスレックの秘密の花園に遠慮せず踏み込んだヴァラルは、周りから思わぬ反感を買ってしまったのだった。
「最初に会った晩、お前はこう言った。この研究会は『地味』だと」
「勿論。今もその考えは変わっていないよ」
「俺が今話したことを聞いて尚、そう思えるのは流石だ。けどな――」
クライヴとロベルタにはどうやってマチルダ教授や彼女達に気に入られたのかを真剣に、そして執拗に追求される。エリックやニーナには魔法薬研究会という所が、フィオナとカミラの人気ぶりも合わせて、いかにとんでもない研究会であることを気まずげにフォローされた。
肝心のリヴィアはというと「も、もう知らぬっッ!」と言われ、そのまま彼女は大広間を飛び出していってしまったのだった。
「ヴァラル、君はまだこの研究会について誤解している節があるね。あの時フィオナも言っていただろう、この研究会には何の成果も出ていないって。要は皆、先代たちが残した功績に目がくらんでいるだけだ」
カミラは口を動かしながら作業に没頭する。
実際、ここの研究会の活動は魔法薬の調合・実験、その結果のレポート作成の繰り返しである。急に足りなくなった材料の買出しや採取があるが、やっていることは教室に引きこもっての作業が殆どだ。
クライヴとロベルタが主催する『魔法道具製作研究会』のように課外活動を主としている研究会も数多くある中、ここのやっていることは至って普通、カミラに言わせると『地味』なのであった。
自分たちの人気ぶりについてはあえて無視したようだが。
「それが身内となれば尚更ってやつか」
「おや、知っていたのかい?――まあそんなもんさ。私の母親なんて、家のことはからっきし駄目なところがあるけれど、こういうことに関しては本当に余計なことをしてくれたものだと常々思っているんだ」
アイーダ・ハルネスは治癒魔法士として名を馳せているが、家事の類は夫や自分に任せきり。
カミラは自身の母のように、世間一般の評価と実際のギャップも、この研究会と似たようなものだとヴァラルに言った。
「それに、ここだけが安らぎの場だからね。あ、因みにフィオナはやる気満々だから、そこのところは間違えないでくれ。彼女がここの責任者だからね。言ってみると、私たちはそのお手伝いというわけさ」
「なんとも変な研究会だ。こんなところに俺は入ったのか」
学年主席自らがお手伝いを自称する研究会。
一風変わった場所であることには間違いなかった。
「ふふっ。それを知っているからこそ、君もここへ入ったんだろう?似たもの同士という奴さ……はぁ~、それにしてもヴァラルがここに入るなんて、随分と不思議なものだね」
リヴィアは『決闘』以来、ミドルクラスの間でかなりの人気者になっていた。
明るくて前向き、体格は幼いけれど皇女としての威厳もしっかりと持ちあわせている。そのため、彼女の人気ぶりは留まることを知らなかった。
けれど、リヴィアとは対照的な人物がいた。
ヴァラルである。
昨今の新聞での出来事やハイクラスへの編入のこともあり、ミドルの生徒たちにとって、さらにとっつきにくい人物と認定されていたのだ。
新入生とはいえ冒険者上がりということも手伝って、親しげに話しかけるミドルの生徒といえば最早、リヴィアやエリックやニーナくらいしかいなかった。
「面白いって……俺を何だと思っているんだ」
「私はさ、てっきりリヴィアと同じ研究会か、クライヴとロベルタの研究会に入ると考えていたものでね」
ヴァラルが夜中に訪れた際、フィオナ目当てなのかと最初は思っており、不本意ながらも彼女の虫よけとして機能していたカミラは、彼が何をするのか逐一観察するのであった。
けれど、一週間経っても自分たちの淡々とした作業を眺めているだけである。
この頃になれば大抵の男連中はいいところを見せようと躍起になるものなのだが、ヴァラルは特に何もしてこなかった。
何かしらの行動を期待していたのに、あまりにも味気ない。
そこで、いつまでも見てないで手伝えとカミラは数種類の魔法薬の調合を命じた。
ヴァラルの腕前を試そうと思ったのだ。
もし上手くいかなかったら即刻退場。それくらいの気持ちでいた。
しかしカミラの予想に反して、ヴァラルは「わかった」とだけ答え、てきぱきと指定された魔法薬を調合してしまったというオチがつく。
こんなこともあり、ヴァラルはいつの間にやら二人の信頼を自然と勝ち得ており、この場にいることに何の違和感も無くなっていたのだった。
「あいつらはあいつらだ」
「あらら、結構薄情なところもあるんだ。かわいそうだねえ……」
「かわいそう?誰がだ」
「しかも気づいてももらえない……これは長丁場かもね」
「二人とも、こっちはもう終わったよ~」
カミラが何か言いかけると同時、フィオナが倉庫の扉を開け、声をかけてくきた。
彼女は今日の活動の準備をしており、ようやく終わったみたいだ。
「ああ、すぐ行く」
「今日は後輩君のためにポーションの調合をするんだからね?」
「すまん、実はもう知ってる」
「聞いてるよ。でも、今覚えててもそのうち忘れるかもしれないでしょ?それに、後輩君にも本格的に手伝ってもらうんだから、おさらいの意味を込めてやりますっ!」
「しかも余計こじれそう……まあ良いか」
新しいメンバーが入ったのか、フィオナがいつも以上に明るい。
二人のやり取りを見て、カミラは肩をすくめた。
◆◆◆
「さて後輩君、ポーションの調合に必要な材料を挙げてください!」
「オクザニ草、リベリ石、テューリス液、レストブルにカイマルの粉末、そしてビルドルム。こんなものだったろう?」
「どこで調べたんだと聞きたいけど、とりあえず正解。オクザニ草はそのままでも疲労回復に役立つし、リべリ石は回復機能を促進してくれる。テューリス液は大抵の毒物に対しての解毒作用がある。ビルドルムは調合が面倒だけど、ポーション調合の仕上げに必要不可欠なものだ」
「私たちの場合、それにいくつか加えることもあるけど、後輩君の答えてくれた材料で今日は調合を行おうと思います!」
フィオナはあらかじめ用意しておいたそれらを、保存ケースやガラス容器といった実験器具と共に手際よく作業台の上に置き、調合は始まった。
ポーションの調合は以下の手順によって行われる。
一、オクザニ草を細かく刻み、リべリ石を砕いて粉末にする。
ニ、レストブルを専用のガラス容器に注ぎ、刻んだオクザニ草をその中に入れる。
三、火にかけることでオクザニ草の灰汁が出てくるので、それを取り除く。
四、その後、粉末状のリベリ石を段階的に投入する。
五、色が薄黄色に変わってきたらさらに火の勢いを強め、大きく掻き混ぜる。
六、甘い菓子のような香りが漂ってきたら鍋から引き揚げ、オクザニ草をきっちり取り除く。
七、オクザニ草を取り除いたその混合溶液に、テューリス液を入れる。
八、激しく発光するため、素早く規定回数を掻き混ぜたあと、カイマルの粉末を投入する。
九、すると混合溶液は固形化し始めるため、その中から純粋な結晶を選り分けて加工し、抽出する。
十、抽出した結晶体にビルドルムを徐々に足していき、透き通った青色となれば無事完成となる。
本当はテューリス液やレストブル、カイマルの粉末にビルドルムの調合も一から行うべきなのだが、今回はこれらを用意したうえでの作業となるため、ミドルクラスの生徒でもある程度の作業は可能だろう。
けれども後半になるにつれ難度は上がっていき、特に結晶体への加工はハイクラスの生徒のカミラとフィオナしか行うことができないのが現状である。
前述した加工作業がポーション調合における最も繊細な工程であり、純度の高まった結晶の欠片を集めて加工しなければ、回復度合いに大きな隔たりが生じるのだ。
「やってみる?」
「いいのか?俺がやっても」
今まで調合作業をしていたフィオナの人懐っこい声が、ヴァラルのすぐ傍から聞こえてくる。
――見せて。私に、本当にポーションの調合ができるんだってところを
「……わかった」
ヴァラルはフィオナからガラス瓶に入った混合溶液を受け取る。
ガラス瓶の溶液はパキパキと凍るかのように固まり始める。これが完全に固まってしまうと、綺麗な結晶体に加工することが出来なくなる。
ヴァラルは容器を持ち、ガラス瓶に片手をかざす。
けれども、
溶液はそのまま固まってしまった。
「ありゃ……フィオナ~?ヴァラルに渡すの、わざと遅くしたでしょう?」
「……」
カミラの問いかけに答えず、フィオナはじっとガラス瓶を観察している。
何かが起こるのを知っているかのように。
「あのね、フィオナ。彼はフィオナの悪戯に付き合う趣味はないの。ああ、本当にすまないねヴァラル。彼女も悪気があってやったわけじゃないんだ」
「待って、カミラ」
「何だい?彼に謝るなら今のうちかもよ?」
「瓶、見て」
フィオナが短く言葉を発すると、ガラス瓶に変化が起こる。
「……これが出来るのか、君は」
ヴァラルの魔力がガラス瓶全体に流れ込むことによって、完全に固形化したはずの混合溶液が溶け出していく。
混合溶液は固体から液体に戻り、結晶化は再び開始する。
しかし、今度は純度の高まった薄く小さな結晶の欠片が次々と宙へ浮き上がる。
その後、きらきらと光を反射し、その一つ一つが寄り集まって球体を形成した後、ヴァラルは保存ケースに入れた。
「ほらよ」
「……お見事」
ヴァラルが披露したのは、『再結晶化』と呼ばれるもの。
これはカイマルの粉末よりもさらに純度の高い物質を精製する魔力操作であり、厳密に言えば魔法ではない。
カイマルの粉末による結晶の純度は八割、上手くいけば八割五分程。
これでも十分にポーションとしての機能を果たすのだが、『再結晶化』を行うことでその純度は九割以上となる。
以前、フィオナやマチルダも実践してくれたこともあるのだが、コツをつかめずにいたカミラはそう言わざるを得なかった。
「やっぱり凄いね、後輩君。私と同じくらいか、それ以上?」
きらきらと光る結晶体の光加減からフィオナは純度を見極める。
『再結晶化』の技術は、熟練した魔法薬の調合士が使いこなす職人技であるため、なかなかお目にかかれる代物ではない。
フィオナの父親のアルフレッドは九割五分、マチルダは九割七分と、それ以上の純度の結晶を抽出できるのだ。
「何。本職連中に比べたら、俺なんかまだまだだ」
尚、『再結晶化』と似たような魔力操作技術もアルカディアには存在する。
こちらも『合成魔法』で作り出される魔法薬よりも、さらに質の良いものが出来上がるが、扱う者も限られてくる。
因みに、ヴァラルの言った本職連中とはアイリスを筆頭とするユグドラシルのハイエルフ達。それにセランやイリス、エリクシルを調合したビフレストの住人達のことを指しており、微妙にずれていた。
「それって、私に対する嫌味かい?……わかった。ならこの先は私がやるよ。見ててごらん」
わずか数週間でポーションの調合方法を突き止め、果ては再結晶化を行った後輩に対し、先輩の威厳を示さなければならない。
名誉挽回だと意気込んだカミラはヴァラルからケースに入った結晶体を取り出し、容器を変えて慣れた手つきでビルドルムを注ぎ込む。
すると、結晶体はビルドルムによって溶け出し、
「……よし、こんなものか」
ある程度の量が溜まることで透き通った青色となった。
かかった時間は、およそニ時間。
ポーションは完成した。
「お疲れさん~」
いったん休憩して一息つき、後片付けが終わった魔法薬研究会の本日の活動は終了である。
カミラは手をひらひらさせながらレイステルの寮へと戻っていった。
「お疲れ様~また明日ね~……さてと、後輩君も今日はお疲れ様でした」
「あまり疲れてないけどな」
「調合の時は本当に驚いたよ。マチルダ教授が推薦してきたことだけはあるね」
「俺を試そうとしてよく言う……カミラの言った通りなんだろう?」
「ごめんね?気に障った?」
「障ったな。俺を試すなと思った」
「あ、あはは~……やっぱり?」
フィオナはへこむ。
ここまで言われたのは父親に叱られた時や、小さい頃に男子から、からかわれた時以来だったからだ。
「だが、当然だろうな。すんなり受け入れるほうがどうかしてるんだ」
″……そういう正直で素直なところ、やっぱり面白いなぁ″
「何か言ったか?」
「何でもないですっ!さっ、私たちも帰ろう?」
フィオナがヴァラルに促すように手を差し伸べる。
そして、彼がその手をつかむと、
「これからもよろしくね、後輩君っ!」
「よろしく」
フィオナなりの親愛の証なのか、ヴァラルの手を包み込むようにして握手するのだった。
◆◆◆
「こんばんは主。遅いお帰りで」
「……部屋、間違えたか」
直後、ヴァラルはその扉を閉じた。
自室へ入ろうとして扉を開けると、目と鼻の先でセランがにこにことした顔で待機していたのだ。
「ああ、ちょっと!閉めないでください!」
がちゃがちゃと開けようとするセランを必死で抑え込むヴァラル。
「来るのが早いわっ!まだ一日しか経ってないぞ!?ってなんで俺の部屋を知ってる!いや、なんでもう中に入ってるんだよ!」
「主様、落ち着いてください!」
「近所迷惑だぞ、ヴァル」
「誰かに見つかると大変だよ?」
すると、部屋の中からセラン以外の三人の声も聞こえてくる。
全員集合だった。
「……はぁ」
ヴァラルは盛大にため息をつき、覚悟を決めて自室へと入りこんだのだった。