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黄金の時代  作者: 木村 洋平
魔法皇国ライレン編
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動揺するヴァラル


レスレック魔法学院の授業が始まって二週間余りが過ぎた。


今日は教師たちによる定例の職員会議の日であり、職員室には学院長であるオーランドやマチルダなど教師たちが集まっていた。


「先生方、遅くなって申し訳ないのう」


多忙であるオーランドであるが、この会議には必ず出席する。欠席したことは一度も無い。今回も多少遅刻はしたものの、無事出席することができた。


「ふぅ……おおマチルダ、ありがとう」


「いえ。それよりも始めてもよろしいですか?」


席に着いたとき、今日行われる様々な議題についての資料を手渡されたオーランドはマチルダに礼を言った。


「構わぬ。議事の進行、いつものようによろしく頼む」


「分かりました。それでは本日最初の議題ですが――」


会議は始まった。




「レイステルは授業の進行に取り立てて問題は無い。だが……」


「エアハルトとセブランの馬鹿が決闘をやらかしたようだが、エルトースのほうも大きな問題は無い。とはいえ……」


会議は進行し、各寮の現在の状況についての報告に入っていく。レイステル、エルトース、イシュテリアの定時報告は生徒たちの学生生活に支障をきたさないよう綿密に行われているのだが、今日はどうも歯切れが悪い。


レイステルの寮監、アンリ・バルトとエルトースの寮監、フィックス・ベックマンがイシュテリアの寮監であるマチルダに対し、何か言いたげに言葉を濁した。


「何です、改まって」


「マチルダ女史、貴方はこの件について何も気にならないのか?」


アンリは発行された日刊魔法新聞、『リーディングタイムズ』を提示した。


「学生たち、特にミドルの生徒はかなり戸惑っている」


「学院長、貴方は以前トレマルクへ出かけたと耳にしたが、まさか彼のことで?」


「そうじゃ」


フィックスが事実確認をすると、オーランドはこくりと頷く。また、ヴァラルとトレマルクでのやり取りを伝えられる範囲で説明した。


ヴァラルが『ゼクティウム』であることは当然秘密にしたが。


「……理解した」


リヴィアの影に埋もれている感があるものの、自身も生徒たちと同じように戸惑っては仕方ないので、言葉少なく返事をするフィックスだった。


「しかし、そういうことであるならば、彼への授業は少しやりにくくなるな」


ミドルのカリキュラムは三年。オーランドの口ぶりから察するに、ヴァラルはここで本格的に学ぼうとする気は無いらしい。几帳面なアンリはヴァラルに魔法の知識をきちんとつけて欲しかったが、どうやらそれは難しそうだと首をひねった。


「何、その点は平気じゃ。本人から気にしなくても良いといっていたからのう」


「……分かった。そういうことなら」


「校長先生、私からも良いですか?」


アンリとフィックスの用件が済んだらしいのでマチルダは思っていたことを口に出した。


「何じゃ、マチルダよ」


「ヴァラルへの授業の形式についてですが、この際彼を――」




「マチルダ、貴方は物の道理が判る方だと思っていた」


レスレックに勤める一人の教師はため息をつき、何を言っているんだとその目で訴えた。


「そうですか?至って私は本気ですが」


「大体、どうしてその考えに至ったかをまだ聞いていない。是非説明してもらおうか」


端を発したのは、ヴァラルをハイクラスの授業にも参加させてみてはどうかというものだった。


レスレック魔法学院のハイクラスの編入条件の一つとして、ミドル時における成績上位者に名を連ねることを要求される。規律に厳しいマチルダからは到底信じられない言葉であったことは誰にでも理解できた。


「俺は反対だ。第一、そんな事例は一度たりともない」


理論分野において、彼の魔法の才能は目を見張るものがあった。ただ身体強化の魔法を使えるとは聞いたものの、実技では初歩ともいえる明かりの魔法(ライト)にてこずったりする場面があったりなど、フィックスとしてもなかなか底がつかめなかったのだった。


「それもそうでしょうね。判りました、起こったことをありのままに話します」


事の経緯はほんの些細なことだった。


魔法薬学の授業時、あっという間に魔法薬を完成させ彼がリヴィアと暇そうにしているとき、マチルダは二人にそれぞれ課題を出した。


互いの課題の内容は秘密にさせて。


リヴィアのほうはミドルクラスの二年次に行う魔法薬の調合。


調合するのは魔法薬の純度を上げるために欠かせない触媒『カイマルの粉末』である。


一方ヴァラルはというと、リヴィアの課題とは似ても似つかないとんでもないものだった。


かなり稀少な魔法薬の一つとして知られ、強力な効果を持つ『アムンテル』。


その製法を調べろと言うものだった。


「マチルダ、よくそんなことを……貴方らしくも無い」


『アムンテル』の製法は、確かにレスレックの図書室にある本に記載されている。


だが、それはどれもこれも断片的なものであり、ハイクラスでも扱わないような高度な専門書を何冊も読み込まないと決して理解できず、作製することすら適わないものであることをマチルダは知っていたはず。


司書であるナイム・メッセンは呆れた調子で言いつつも、だからあれほどまでにしつこく禁書棚にある専門書を出せとヴァラルが要求してきたのを思い出し、納得がいったのだった。


「私も意固地になっていたところも認めましょう。話を聞いているかと思いきや、私の言った内容をどこにも書き記してはいませんでしたし、何よりも目上の者に対しての尊敬のかけらもありませんでしたから。ですが……」


そうして彼女は用意してきたと思われる書類を教職員たちに配布していった。


「あろう事か、彼はその製法を調べるだけには飽き足らず、実物を提出してきたのです!しかも、『ちょっと時間がかかった』とだけ言って。オーランド校長、良く彼を連れてきましたっ!」


「だが、もしかして何処かで購入してきたのかもしれない。彼は有名人だ。ギルドの伝手を使えばそれくらい……」


けれどわずか二週間という、あまりにも現実離れの所業に当然疑う教師も出てきた。


「どうだかねえ。一般的に『アムンテル』の名称で知られているのは、その原液を希釈したものだ。そのため効果は限定的。当然差が出ているはずさね。けど、この結果を見る限りだと……本物っぽいねえ」


薬草学の教師であるネイル・ベジムは所見を述べる。冒険者生活をしていた時に自然調査、とりわけ薬草採取の仕事を取り扱ったことがあると聞いたときには互いに話が弾んだ。彼の立場からすると、そんな地味な仕事も請け負うヴァラルがイカサマをするとはどうにも思えなかったのだった。


薬草に詳しい者は決して悪人ではないという、彼なりの持論を持っていることも大きく働いてはいたが。


「……それほどまでとは。彼はどうやら魔法薬調合の才能があるようだ」


アンリもまた渡された紙を見て唸りを上げる。


書類は国立の魔法薬研究所から送られてきた調査結果であり、書かれていたのは間違いなく原液の『アムンテル』であるとの報告だった。


「才能があるとかどうとかの問題ではありません。彼はまさしく逸材ですっ!」


マチルダは今までに無いくらい熱く語り尽くす。どうにもここ最近、魔法薬学の重要性に気づいていない、というかマイナーな学問と蔑まれ続けていたことに意気消沈することもあったマチルダだったが、ここに来てフィオナ・スノウやカミラ・ハルネスに匹敵する若者が現れたと思い、久しぶりに心が躍っていた。


「し、しかし……それでも成績は……」


「推薦状なら私が書きましょう!それこそ何枚でも!後見人にでもなっても良いくらいです。彼は魔法薬研究会できっちり面倒を見ます。それで良いですか!」


ハイクラスに編入するためにはもう一つ方法がある。それはレスレック教師陣による推薦である。


だが、これは名だたる業績を残してきた彼らの眼鏡に叶うことが前提であるため、毎年一人出るか出ないかの厳しい制度だ。


しかも女傑、マチルダ・アディンセルはここに赴任してから一度たりとも生徒に対し推薦状を書いたことが無い。


そんな彼女がここまで入れ込む事など、ドレク・レーヴィスを彼女と共に教えたオーランドでさえも見たことが無く、誰もが無言の肯定をせざるを得なかった。


「マチルダよ、おぬしの意気込みはよく分かった。折を見てわしから聞いておこう。それで良いかのう?」


「よろしくお願いします、校長。それよりもお聞きしたいのですが、彼は一体いつまでここに残るのでしょうか?やはり、半年をめどに考えればよろしいので?」


「おお、そうじゃ。ついうっかりしておった。実はな――」


オーランドの発言をきっかけに、職員会議は今までに無いくらい延長したのだった。


◆◆◆


(……何だ、一体)


レスレック魔法学院の休日の夕方、ヴァラルはアーティルの喫茶店の屋外にある席にて違和感を覚えていた。


(あいつらなのか?……いや、ありえない。それは絶対にありえない……はずだ)


ここ最近、非常に見知った気配が徐々にこちらに近づいてくるのを感じ取っていたヴァラル。ただそれが、自身の気のせいではないかと思うくらい巧妙に隠されているものであったため、判断がつかなかったため、彼は日々戦々恐々としていたのだった。


一方、ヴァラルとの契約により、ライレンの魔法施設の一部を案内していたリヴィアは非常にご機嫌であった。


「何じゃ何じゃ!そんな辛気臭い顔をして!せっかく今日は妾の一押しである魔物研究所に行ったのだ、もう少し喜ぶのじゃ!」


大きな理由、といってもそれがほとんどであることは明白なのだが、この間の新聞記者のインタビュー前にヴァラルが契約更新を申し出てきてくれた。


しかも三ヶ月ではなく半年も。


要するに、ヴァラルは一年間ここライレンへいてくれるとの事だ。


レスレックに通い始めても、フォーサリアから定期的に届く政務に関する書類の山の数々。その数々に彼女は翻弄されていた。


怪我を負っている母親、まだ幼い二人の妹のためにリヴィアは毎夜レスレックから出される課題と政務を両方こなし続けていたのだが、見通しは甘くとても大変だった。時には睡眠時間が三時間を切ることもあり、授業中ついうっかり居眠りをすることもあった。


そんな自分に配慮してくれたのかは分からないが、こうしてある程度の時間的余裕ができたこともまた事実であり、今日は心も体もリラックスできる休日になっていたのだった。


「一押し?リヴィア、お前はあそこを何だと思っているんだよ」


ヴァラルは懸念を払拭するかのように声を出す。


今日見学した魔物研究所はアーティルの南にある人里離れた場所にある施設だったのだが、あまりにも魔物達がやかましく解説役である魔物学の講師、アルナス・ヤックフォードの声が聞き取れないことがよくあった。


けれど、そんな中でもリヴィアは魔法で強化されたガラス越しに写る白い大きな毛玉のような魔物、『ポットクル』を見てはしゃぎまわったりしたため(アルナスに言わせると、彼女はこれがお気に入りだとのこと)、ヴァラルは想像以上に気を使っていたのだった。


尚、アルナスからの質問攻めもヴァラルの気を大きく削いだ要因であることは言うまでも無かった。


「久しぶりに訪れたのだ、あれくらい許すのじゃ」


「案内役なのに、結局俺が案内してどうするんだよ」


「次からはきちんとする。それよりも、そろそろここを出るぞ?あんまり遅くなってはいかんからの」


「……わかった」


結局、今日はあの気配が不思議と無かったこともあり、リヴィアには感づかれないで済んだ。こういう場合はとっとと戻るに限る。そう思ったため、ヴァラルは素直に同意した。


――しかし


"この辺りにいるはずなんですが……"


"この際だから呼んでみる?お~い、ヴァラル~って"


"呼んでどうするんですか、第一、それじゃあ今までやってきたことが水の泡ですよ"


"もう少し探してみようぜ。俺はあっちのほう探してみる"


そうはいかなかった。



「な……何であいつらが……」



ふっと視線を移すとそこには見知った姿、というか通りがかった人すべてが振り向いてしまう、嫌でも目に付く四人の姿があった。


そう、アイリス、ガルム、セラン、そしてイリスがついにここアーティル、しかもヴァラルが目視できる距離まで迫っていたのだ。


「どうしたのじゃヴァラル。いきなりこっちを向いて」


「……リヴィア、俺には急用ができた。今日は悪いがレスレックへ一人で戻ってくれないか……」


幸いまだ向こうは気がついていない。ヴァラルは姿を見られないよう腰をかがめ、リヴィアにぼそぼそと告げる。


「む、何故じゃ。用事なら妾も付き合うぞ?」


「い、いや、別に大したことは……いや、大したことあるのか……」


「何ぶつぶつ言っているのじゃ。お主は」


急に汗をだらだらと流し始め、普段冷静ぶっている彼からは考えられないくらい動揺している様子を見たリヴィアは、ジトっとヴァラルを見た。


「と、とにかくだ、俺はここを出る!」


自分の分の代金を置き、その場をササッと離れようとするヴァラル。


「なっ!ヴァラル!どこへ行くのじゃ!」


だがリヴィアのその言葉に、


"いたぞ!"


ガルムは気がつき、


「ッ!やばいッ!」


ヴァラルは逃げ出した。



◆◆◆



(何であいつらがいるんだよ……)


あまりの突然の出来事にヴァラルは混乱の渦中にあった。


事前に連絡があればこんなことにはならなかっただろう。だが、連絡するときは緊急事態の時との取り決めだったはずだ。


アルカディアで何か重大なことがあったのだろうか。彼らは多忙の毎日だったはず、それがどうしてこんな場所にいるのか。


直接会って聞けば済むものの、それ以外に様々な考えがヴァラルの中にぐるぐると渦巻き、人気の無い路地裏にて思考を張りめぐらせていた。


そもそも、逃げ出したのは自身の心を落ち着かせるための咄嗟の判断だったのだが――


「主様っ!」


そんな落ち着いて考える時間は一分も持たなかった。


アイリスは街角からヴァラルがいると核心を得たかのように現れたのだ。


「あ……アイリスか?」


「見つけた、ヴァル」


「っッ!!」


一方イリスはヴァラルの影から飛び出すようにして現れる。


そして、不意を完全に突いた形で首元に絡みつき、彼の首筋をペロッと舐めると、



――のわぁぁぁぁぁ!!!!!



ヴァラルの絶叫がアーティルの路地裏に響き渡ったのであった。




「よく見つけましたね、二人とも」


「簡単です!何年主様と付き添っていると思っているんですか!」


「姿さえ見つかればこっちのもの。もう逃がさない」


「こんなところにいたのか、手間かけさせやがってよ。逃げるこたぁ無いだろうが」


「……何でいるんだよ……」


その後、ガルムとセランは雑多な路地裏にへたり込んで座っているヴァラルを見つける。


首にはイリスが、胸にはアイリスが取り付き、逃げ出さないようその身を捕まえられたヴァラルがそこにはいた。


そして、改めて四人がここライレンにいることを認識した彼はぼそりと呟き、


五人は無事(?)集まった。


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