理想と現実
「そんでどうだった?レスレック最初の授業の感想は」
「面白かったか?それともつまらなかった?」
「クライヴ、それにロベルタ……アンリ先生からは課題を出されるわ、ポーション作成への道のりは遠いわで、踏んだり蹴ったりだったよ……」
基礎魔法学の授業が終わり、大広間で昼食をとっている四人にクライヴとロベルタが話しかけてきた。
昨晩ヴァラルがオーランドと話をしている間、イシュテリア寮では新入生歓迎会を新たに開催しており、そのおかげかは分からないがリヴィアやエリック、ニーナはすっかり上級生とも打ち解けていたようだった。
「それはあなたが悪いからでしょうが……でもそうね、やっぱり面白いと思ったわ。マチルダ先生も、アンリ先生もいい人そうだったし」
「ほうほう、成る程成る程。意外にも好評」
「今年は素直な後輩達が多く入ってきたみたいだ。幸先がいいな、これは」
「何でそこで俺の方を向くんだよ」
「いやいやいや、それは当然だろう。ほかの連中から聞いたぞ?二つの授業共に教師達の度肝を抜いたって」
「全く、初っ端から見せてくれるねぇ、兄弟」
口の端を吊り上げ、二人はヴァラルをこづいた。
「おい、それはこいつじゃないのか?」
「うむ?」
目の前でとろとろに溶けたチーズと新鮮な野菜の数々、それにカリカリのベーコンを挟んだサンドイッチを小動物のように頬張る彼女を見ながらヴァラルは二人に言った。
「彼女も勿論凄い。けれど、事情が違う」
「魔法の才能に誰よりも恵まれ、オーランド校長の愛弟子とも噂されるライレンの皇女様。この国に住んでいるものなら誰でも知っているさ」
「言っておくがの、妾はじい――いや違った……オーランドの弟子ではないぞ?ただ遊びに行っておるだけだからの。二人が想像するような修行めいたことはしてはおらん」
クライヴとロベルタはやれやれと両手を挙げる。リヴィアもまた、周りからどう思われているかを理解していないことに少し呆れるような態度だった。
「んっんん――リヴィア、いきなり話の腰は折らないように……けれども兄弟。あんたの場合、突然レスレックへ流星のごとく現れた。冒険者から一転して」
「しかも?彼女と同様、誰もが吃驚するような立派な城を作るわ、あのマチルダ女史に初日からお褒めの言葉を貰えるわ……俺たちなんざ叱られてばっかりだ」
「どうせ馬鹿なことをしているからじゃないのか?それに、お前達はハイクラスなんだからポーションだって作れるはずじゃないのか?」
マチルダに言わせると、ハイに進むことでポーション調合が可能となるため、ヴァラルは二人に問いかけた。
「ポーション?ああ……俺達に儚い夢を見させたあれを四人も聞いたのか」
「何、クライヴ。マチルダ女史はまだ希望を残しておいてくれている。ハイクラスに行けばと……これも彼女の戦略だ、恐れ入ったよ」
「え、それってどういうことなんだロベルタっ!」
「情報料」
ロベルタは手を差し出しした瞬間、エリックは余程気になるのか銅貨を何枚か彼によこした。そして、ヴァラルは中々に強かな奴だと思う反面、他の誰かを捕まえれば済む話なのではないかとエリックに告げようと思ったが、もう支払った後だったので止めた。
「しょうがない。君達にはレスレックにおけるポーション事情を説明しますか」
レスレック魔法学院の学生数は約千二百名。そのうち千人はミドルクラスで、残りの二百人はハイクラスという構成となっている。二人は確認するように説明した。
「イシュテリア・レイステル・エルトース。それらを合計して一学年四百人と仮定すると、ハイクラスへ進むためには、上位五十番以内に入り込まなければならないことが分かる」
「まあ外からの入学者や推薦とかもあるから一概には言えないが、大体ボーダーラインはそのあたりだな」
「へえ……二人とも、改めて言われると本当に頭が良いのね」
「当たり前だニーナ。俺達は、いやハイクラスにいる者のほとんどがポーション作りのためだけに進学したといっても過言ではない」
「この調合方法を知らずして一体どうしてレスレックに入学し、ハイクラスという難関に突き進むのか……とにかく俺達は栄光をつかむため、それはもう死ぬ物狂いで頑張った……」
「そして、ハイクラスの一年目。ついにそのときはやってきた」
「魔法薬学の教室には二百人の全生徒。そこへ彼らは詰め掛けた」
「あそこはそんなに人が入ったかの?」
「しっ!そこのかわいい少女!今いいところなんだから!」
仰々しく語り、いい感じの雰囲気になってきたところへリヴィアが水をさす。けれど、クライヴがすかさず黙らせた。
「……俺達はマチルダ女史からポーションの調合方法を教わり、作業に取り掛かった。そして……ようやく出来た」
「ここまで聞くと至って普通だな」
「ちっちっち。兄弟、この話にはまだ続きがあるのさ」
「俺達は喜びのあまり我を忘れ、すぐさま教室を飛び出し、互いに『決闘』を申し込んだ」
「決闘?」
ヴァラルは何やら物々しい単語を聞き、二人に訊ねた。そんなことをここではやっているのかと思わずにいられなかった彼であった。
「レスレックの『遊び』みたいなものさ。そんなにやばいもんじゃない」
「で、俺達はその後ポーションを試した……けど、駄目だった」
どうやら彼らの期待するような効果は現れなかったらしく、二人は「はあぁ……」と大きくため息をついた。
「当たり前ね。私達もレストブルを上手く作れなかったもの。ポーションでも同じことが言えるんじゃないかしら?」
「俺達もそう思った。マチルダ女史から叱られた後でね」
「けれど、その認識は間違っている部分がある。ニーナ、エリック。今日習ったレストブルだけに限定するが、二人は後何回調合をやればリヴィアやヴァラルくらいの腕になれると思う?」
「そうね……私なら二、三回くらいかしら」
「五回だな、僕は」
「そうだな。レストブルならそれくらいが妥当だろう」
「十回や二十回、同じことを繰り返せば誰だって上手くなれる」
「で、お主ら結局何が言いたいのじゃ」
「もうすぐ昼休みが終わるぞ」
「はあ、優等生二人は言うことが違う……」
「そうだな。それじゃあ、とっととまとめに入りますか。いいかい?これだけはいっておく」
――ポーションをただの魔法薬と思わないことだ
「「……え?」」
「とにかく複雑なんだ、ポーションの調合は」
「っそんなの、」
「当たり前だと思っているだろうが、そういうことじゃない」
ポーションの難しさはほんの少しのミスでも回復度合いに大きな偏りがでることだ。二人が言うにはその偏りが他の魔法薬に比べるとかわいく見えるくらいシビアでかつ酷いものだと説明した。
「俺達は今までの間に百回以上試した。高い材料を自費で買ってきて、相当時間かけてな」
「けど、成功したといえるのは三本だけ……あれはもう手を出したら負けだね。やるだけ無駄、労力と対価が全然見合ってない。今のポーション調合者には心から尊敬の念を送るよ」
「じゃ、じゃあ、どうしてマチルダ先生はあんなことを言ったんだ?」
「エリック、あの人は嘘は言ってない。実際、市販の回復薬に毛が生えた程度だが、ちゃんと効いたしな」
「だけど、本当の効力を発するためにはもっとセンスを磨け、研鑽しろだと。やる気を出すための言葉だろうけどさ」
「「はぁ……」」
二人はまたもや大きなため息をついた。
「ん?でも待てよ。二百人も集まったんだ。誰か一人くらいはまともに作れる奴はいるんじゃないのか?」
「そうじゃ。その言い方だと、まるで誰も作れないということになってしまう。訂正するのじゃ」
「……じゃあ、これだけいっておく。今現在、このレスレック魔法学院において学生の身でポーションを本当の意味で作れるのは二人」
――レイステルにいる学年首席、カミラ・ハルネスと
――彼女の親友でもあり、我らイシュテリアの監督生にして全生徒の憧れの的、フィオナ・スノウだけだ
彼らは交互に話した後視線を動かし、カミラと共に大広間を後にするフィオナを遠巻きに眺めた。
午後の授業は『実践魔法学』と『魔物学』を絡めた、エルトースとの合同授業だった。
『実践魔法学』はその名の通り実際に魔法を行使し一人前の魔法士を育て上げるための授業で、他の科目の中で断トツの人気振りである。その一方、『魔物学』は魔物の生態について学ぶという結構重要な科目であるはずなのだが、如何せんこれは魔法学院でなくとも学べるとの事で退屈極まりない授業として生徒から認知されていた。
「ええ~!?」
「静かにするんだ。先ほども言ったように、今日は実技は無しだ。アルナス先生から大事な話があるとの事でな」
フィックス・ベックマンは隣にいる五十代ほどの男に目を配る。
彼の名はアルナス・ヤックフォード。『魔物学』の特別講師であり、ライレンにある魔物研究所に勤める男だ。
「すまない。今日はオーガという魔物の生態ついて新たな情報が入ったので、それを君達に知ってほしいと思ったのだ。退屈なのは分かる、だが、これは君達が思っている以上に重要なものだ。心して聞いてくれ」
知性が低く、獰猛な性格を持つ彼らがオークやゴブリン以上の群れを成して行動するという前例のない事態に、アルナスは興奮した様子でゴブリンやオークの魔物の特徴を交え、オーガの新たなる習性について解説していった。
「しかもだ、発見されたときに既に彼らは死んでいた。つまりこれはだね――」
"言っておくが、まだおぬしの名は出しておらんぞ?じゃがもうすぐ発表されるであろうよ、お主が魔法士であることを含めてな……くふふっ、皆の驚く顔が容易に想像できるわ……"
"お前が一番驚いていたような気がするけどな。というか、言わなくてもいいだろ、別に"
リヴィアが小声でアルナスの補足をし、ヴァラルは突っ込んだ。
"何を言うておる。ギルドの面目を立たせるためにも、こうした措置は必要不可欠なのじゃ。それに、あんなことを聞かされて驚かぬ奴などこっちから見てみたいわ……ところで、ヴァラルはもう簡単な魔法は使えるのかの?"
あれだけ本に噛り付いていたヴァラルのことだ。リヴィアは早速何かの魔法を習得したのかどうか聞いてきた。
"……ああ、それは"
「――というわけで、このことを報告してくれた冒険者達に私達は感謝しなければならない。危険を顧みず、自らの命をかけて戦ってくれたのだから」
と、そのとき授業終了の鐘の音が教室全体に響き渡り、
レスレック初日の授業が終わりを告げたのだった。
◆◆◆
「何を後ろでこそこそと話していたのよ、二人とも」
「いや別に?大したこと――うおっ!?」
ヴァラルがレスレック城の通路を歩いている途中、いきなり彼の足がぬかるみにはまり、素っ頓狂な声を上げた。
「ああ~気をつけたほうがいいよ。クライヴたちに言わせると、この辺りは時々変なことが起こるみたいなんだ」
「なんだよそれ……」
こんな誰かをからかうような仕掛けを施した覚えはなく、足を引き抜き、泥まみれになった片足を見てヴァラルは悪態をつく。
「ふっ、噂の冒険者もこんなのに引っかかるだなんて……大したことないんだな」
「ああニーナ、助かる……で、いきなりの言いようだな」
すると、ヴァラルたちの前に大勢のとりまきを引き連れた、いかにもプライドが高そうな学生二人が現れた。
「ふん、それに世間知らずときた……まあ良いだろう、この際だからはっきりと覚えておくんだ」
男達の名はエアハルト・ジーベルとセブラン・ジョクス。
この二人もリヴィアと同様に、ライレンの未来を背負って立つ有望な学生として期待され、彼らの実家は優秀な魔法士を数多く輩出してきた名家なのだと彼らは自慢げに語っていた。
「ふ~ん……」
が、ヴァラルの場合、そんな口上など心底どうでもよさ気に聞いており、こういう輩は適当に話を切り上げてとっとと退散するに限ると思っていたのだった。
「で、おぬしら。我らを引き止めて一体何の用だと言うのじゃ」
「リヴィア、君を招待しにここへやって来たんだ」
「招待?」
「僕達の研究会に入らないか?」
レスレックでは放課後、有志によって魔法に関する研究会なるものが行われており、エアハルトとセブランは彼女を自分達のところへスカウトしにやってきたようだ。
ただ、こうしてミドルの新入生が自ら研究会を発足させることは珍しく、彼らが一年の中で大きく幅を利かせたいのだとリヴィアとヴァラルの二人は察した。
「まあ、どうしてもというのなら?ヴァラル、君も彼女の腰巾着のようだから入れてやっても良いぞ?」
そのため――
「「パス(じゃ)」」
「……何だって?」
「他をあたれ。興味ない」
話を聞く限り、自分が使い走りにされることが目に見えているし、その内容も研究というよりどこかお遊びじみたものであったため、気乗りがしない。彼は断りを入れた。
「それにお主ら、もう少しこやつに対して言葉を選べ。そんな態度では誰も相手にされぬぞ?」
(二人とも……)
リヴィアとヴァラルにも言えるのではないかと思ったが、そんなやりとりを眺めていたエリックとニーナのそんな考えはすぐに消え去った。彼らの誘いをこんなにもあっさりと彼らを拒絶するとは考えの埒外にあったし、リヴィアはまあ分かるとしてヴァラルもまた生粋の冒険者だと改めて実感していた。
――所詮は身の程を知らない冒険者か……これじゃあ、オーガと戦ったって言う冒険者達もたかが知れるな
エアハルトとセブランはさっさと立ち去る彼らの姿に腹を立てたのか思わず言い放ち、
ヴァラルとリヴィアの足がピタリと止まった。