オーランドの使命
(ゼクティウム……まさか本当におったとは……)
第四の存在の名を受け継ぐ者が現れるとは予想だにしなかったオーランド。彼はその生涯、ゼクティウムという存在に対し並々ならぬ思いを抱いていたため、このことは自身にとって喜ばしい出来事に間違いなかった。
が、このタイミングで明らかになることは彼にとって非常に不味い。
その名を明かすことにより、レスレックへ入学してきた新入生の祝いの場を台無しにし、教師達にはいったいこれは何事かと無用な騒動を巻き起こしてしまう。さらにここが肝心なところで、現実問題、彼に対応する組が全くない。
数瞬ではあったが、オーランドの心中はそのような思いに駆られ、どう発表すればよいか考えあぐねていたのであった。
"イシュテリア"
"!?"
"そこにするんだ"
まるで、考えを先読みしたかのようにヴァラルはオーランド以外には聞こえないようなぎりぎりの声でぽつりと言った。
こんな第四の組なんて全く聞いていない。そういったことを愚痴りたくもなったが、気にしていてもしょうがないし、こうなった以上悠長なことはしてられない。また、目の前のオーランドもまた何らかの事情があって発表できないでいるようで、彼もまたこの場をやり過ごしたいと思っているみたいだ。
ヴァラルは彼が自身をちらりと見やった瞬間、そう彼に告げ、彼もまたオーランドと同じようにこの事態を彼なりに対処しようとしていたのだった。
そして、互いにその思いが伝わったのか目配せをし合って、
"イシュテリア!!"
オーランドはそう読み上げたのだった。
◆◆◆
"おおっ、ヴァラルっ!お主もここだったかっ!"
"ああ"
"それにしてもさっきのあれ、凄かったわね。何かの演出かしら?"
"それは分からない。が、あれは少々やりすぎだな"
"本当だよっ!"
イシュテリアの席に着いたとき、リヴィア、ニーナ、エリックと簡単にやり取りをかわしたヴァラル。
あの発表の後、レスレックの生徒達は呆気に取られたように静かになった。けれど、それもほんの僅かな間のことで、最初に二人の拍手がイシュテリアでまばらに起きた。ハイクラスの生徒とリヴィアからだった。そして、それを皮切りに三組全体から大きな拍手と歓声が沸き起こり、現在ヴァラルはリヴィアたちと再会の言葉を交わしつつ、選別会が一段落したオーランドの話に耳を傾けていたのだった。
「――ほっほっほ。今年はいつにも増してにぎやかなものだったのう。これにあんな仕組みがあったとは思いもよらなかったのでな、わしも驚きのあまり腰を抜かすところじゃった」
オーランドはにこやかに笑い、ゴブレットを軽く撫でた。
「在校生の皆、今年もまた会えて嬉しいぞ。そして新入生の諸君、入学改めておめでとう。わし等に限らず、エルトース、レイステル、イシュテリアの全員、諸君を心から歓迎する」
その言葉とともに、再び三組全体で大きな拍手が起こった。
「うむ、よろしい……それでは早速次に進もうかのう。まずはそれぞれの組の担当となる先生を紹介しよう。といっても、例年通りなので上級生は暇だからといって騒ぐでないぞ?」
オーランドは順に教師達を紹介していく。
エルトースは『実践魔法学』のフィックス・ベックマン。レイステルは『基礎・応用魔法学』を担当するアンリ・バルト。イシュテリアは『魔法薬学』のマチルダ・アディンセル。
それ以外にも『薬草学』、『魔物学』、『魔法史』等など、オーランドは次々と名前を読み上げ、彼らを紹介していった。
(意外と元気なんだな)
これまでずっと喋りっぱなしであったにもかかわらず、何故かは分からないがオーランドの飄々とした口調の中に高揚したものをヴァラルは感じとったのだった。
「――以上じゃ。毎年言っておるが、授業などで何か分からないことがあればすぐに質問するが良いぞ?快く答えてくれるはずじゃ。もちろん、先輩を掴まえてもかまわん。積極的に取り組むよう、わしは望んでおる」
長々と話し終えたオーランドは一息つく。だが、三組の在校生達は彼の次の言葉を今か今かと待ち望んでいた。
「とまあ、そろそろこんな老いぼれの話にも飽きてきたことじゃろう……ロベルタ、そう急くでない。そんなに見つめられたら照れるわい」
大広間でドッと笑いがこぼれた。
「気を取り直して……ほれっ!」
そして杖を軽く振り、
ヴァラルたちの目の前には大量のご馳走が現れた。
"いいぞっ!校長っ!"
誰かがはやし立てた。しかもイシュテリアから。
「ほほっ。それでは仲良く語り合うが良い」
そうして、彼らは一斉に飛びついたのだった。
◆◆◆
「こんばんは、冒険者さん。あ、ちがった。後輩君だったね」
「ん?こんな所まで来てどうしたんだ?」
ヴァラルが一人ローストビーフを黙々と食べている最中、上級生の一人が隣の席に座り、声をかけてきた。
濃い赤紫色の髪と麦の穂のような美しい黄の目を持つその生徒は、リヴィアとともに真っ先に彼をイシュテリアに歓迎したあの女生徒だった。
「何言ってるの、あなた以外の新入生は全員誰かと話をしているのに、一人だけぽつんとして。それじゃあ友達できないよ?」
「……問題はない」
彼女の指摘は事実だった。リヴィアはミドルクラスの二・三年生の席に移動して彼らの華となっていたし、ニーナとエリックはミドルの新入生らと談笑に興じていたのだ。
ただ、決してヴァラルが彼らから無視されていたというわけではない。遠目から彼の動向を見届けていたことからも、少なからず彼に声をかけようとした者が少なからずいた。だが、彼はハイクラスの四年生といわれてもおかしくはないほどの図体とその落ち着き振りから、ミドルの生徒達からはまるで先輩に話しかけるかのような緊張感を無意識のうちに与えていた。かといってハイは席が遠い。なので必然的に彼は一人で黙々と食事を取っていたのだった。
けれど、ハイクラスの彼女はそんなヴァラルを心配してくれたのかわざわざここまで席を移動してくれたようだった。
「あ、まだ名前を言ってなかった。私フィオナ。よろしくね」
「よろしく」
フィオナ・スノウ。そう名乗った女生徒にヴァラルもまた返事をする。
すると、それを機に、
「おやおやおや?フィオナ嬢が噂の新入生に早速アプローチをかけているぞ?」
「我らの誇るイシュテリアの監督生殿は年下好きだったのか!?いやしかし彼は……年上?」
「もうっ!何言ってるのっ!そういうのじゃないってばっ!」
「誰だ?お前ら」
「ああ、二人はね――」
「やあやあやあ、後輩。ようこそイシュテリアへ。俺はクライヴ。彼女と同じハイクラスの四年だ。で、さっき校長に愛の告白をしたこいつが」
「ロベルタだ。ってそんな言い方はないだろう、兄弟。もう少しまともなをフォローをしろよ」
「いや、事実だろうに」
「……ああ、成る程」
リヴィアを獲得した際や、校長をはやし立てたりと、度々騒いでいたのはこの二人だったのか。
ヴァラルは変なところで納得した。
「おいおいおい、妙な勘違いをしてもらっちゃあ困る。俺達はこの組でいたってまともな方なんだぜ?」
「そうだ、後輩。これにはちゃんとした理由があるんだ」
クライヴとロベルタはヴァラルにずずいと近寄り、絡んだ。
「理由?あなたたちにそんなのがあったの?それに、よく自分達は普通だなんて言えたわね」
「フィオナ嬢……君はまだ気づいていないのかい?まあ良い、この際だ。ここで三つの組の実情についてちゃんと知っておいたほうがいい……おい、ロベルタ」
「任せろ」
そう言って仰々しく咳払いした彼はヴァラルとフィオナに解説する。
「このレスレックでは、エルトース、レイステル、イシュテリアという大層な名前がつけられているのは承知の通りだ。けど、中身はまったく別物となっているんだよ。エルトースは堅物で高慢、レイステルは頭は良いが、超がつくほど真面目でしかも本当につまんない奴が多いんだ。さてここで後輩に問題だ。残るイシュテリアはどんな奴が集まるか分かるか?」
「必然的にそれ以外の連中が集まる。二人のような」
「ご名答、なかなか物分りがいいじゃないか」
ロベルタは肩をぽんぽんと叩き、
「そんな後輩には彼女との一日デート券を進呈しよう」
そうしてクライヴは傍にあった紙ナプキンを取って、
ナメクジののたくったような字のデート券をヴァラルに手渡したのだった。
「もうっ!なにいきなり変な事言ってるの!それじゃあうちの所だけ変な人の集まりみたいに思われるじゃないっ!」
その紙を彼から取り上げ、フィオナは怒った。
「何、冗談だ、冗談。そうかっかしなさんな。あまりにも新入生のノリが悪いものだから、ちょっとした余興という奴だ」
「だが、これで分かったろう。ここじゃクライヴの奴みたいにはっちゃけても何の問題もないんだ。むしろここでしか許容されないな。それがこのイシュテリアの魅力だ……ま、それくらいしかないけどな」
ロベルタがくっくっくと苦笑する。
(この二人……どこかで見たことが)
ヴァラルは二人のノリに見覚えがあったのか、考え出す。
(……ああ、あいつらか)
そして、話に聞いたデパンとマリウスの学生時代の頃とそっくりだと思ったのだった。
「なあ、二人とも」
「ん?何だ、後輩?」
「さっきも言ってたが……もしかして二人は兄弟なのか?」
顔は似ているし雰囲気も似ている。もしかすると……
「「いや、違うよ」」
だが、二人は同時に返事をして、
そして否定した。
クライヴ・ラングフォード、ロベルタ・シールド。二人はそう名乗った。
「……紛らわしいわっ!」
「「ええっ、何で!?」」
ヴァラルはさっきの言葉はなんだったのかと思わず突っ込みを入れ、フィオナは結果的に明るくなった彼を見て、くすくすと笑っていたのだった。
◆◆◆
「さて、そろそろ皆の腹も膨れてきたことじゃろう。けれど、ここからの話は聞き逃すでないぞ?」
豪華な夕食も一段落したところでオーランドは学生達に告げる。
レスレックの立ち入り禁止区域のこと、休日に遊びに出かける際は外出届を前もって提出しておくこと等など、どれもこれも重要なことではあったが、すっかり気が抜けていた彼らには次々と素通りしていった。
「それと、言われなくても分かっておると思うじゃろうが、男子寮から女子寮への移動も禁止。これは毎年注意しておる事柄じゃが、いつまで経っても違反者が出る始末でな……やるのなら見つからないようもう少し工夫することじゃ」
「校長先生っ!」
「ほっほっほっ!話は以上っ!。皆、明日から頑張るのじゃ!」
"うっわ~校長先生、すっごいなっ!やっぱり!"
"何感心してるのよっ!エリックっ!"
"ヴァラル。お主はそんな不埒な真似をするでないぞ?"
"当たり前だ"
けれど、最後の最後で教育者としてそれはどうなのかという問題発言をしたことにより、再び大広間は盛り上がり、今日の選別会は幕を閉じたのだった。
「新入生は私達についてきて!これから寮の場所に案内するから!」
ぞろぞろと解散する中、監督生であるフィオナはヴァラルたちに向かって先導する。
「フィオナ、俺は抜けさせてもらうから先に行ってくれ」
「え、どうして?」
「ちょっと呼び出しを受けてな。授業のことでいろいろと」
「おいおいおい。いきなりか?」
「入学早々大変だなあ、兄弟」
いつの間にかクライヴとロベルタに兄弟認定されてしまったが、ヴァラルはとりあえず話を進める。
「まあ、それでも大した話にはならないはずだ。だからそこまで気にすることはない」
「そう、分かった。なら……」
そうして、彼女はイシュテリアの寮の場所を簡単に教え、
「どうも」
ヴァラルは礼を言い、大広間を後にした。
◆◆◆
――後で校長室に来るのじゃ
食事中、各組を回っていたオーランドはヴァラルの横を通り過ぎる際、ぼそりと呟いていた。
やはりあの件に関しては避け様のない事実で、そのことに関して改めて話が聞きたいのだろう。ヴァラルは現在オーランドとともに迷路のような通路を抜けた先にある校長室の中に入っていったのだった。
「あ~オーランド。さっきのことだけどな――」
「よく来てくれた、ゼクティウムの名を冠する者よ」
扉を硬く閉じ、誰にも聞こえないよう魔法をかけ、開口一番彼は言う。
そして真剣な面持ちでヴァラルと握手を交わした。この手にいったいどれほどの力がこめられているのか、老人とはとても思えないほどそれは力強いものだ。
「……俺のことを知っているのか?」
「気がついたのはほんのさっきのことじゃ。すまなかったのう……わしの目も随分と曇った……」
彼と出会ったことを心から喜びを表すとともに、今までの自身の不甲斐なさを後悔するように答えた。
オーランドはヴァラルを近くの椅子へ案内し、腰掛けて待っていてくれと告げる。
そして、校長室に飾られてある自身の肖像画の裏に隠されていた金庫の中から一冊の手記を取り出し、ヴァラルに手渡す。
「これは?」
「やっと悲願が叶った……」
「……」
ヴァラルはその手記を開き、目を通し始める。
そしてかちかちと時計の針が進み、一時間ほどが経過した後、ヴァラルが一通り読み終わるのを確認して、
「わしらはな――」
オーランドは語りだした。
「……そうか」
オーランドの一族はこのレスレックの管理人として今までの間この城を影ながらずっと守ってきたらしい。この地を去った自身の言葉を胸に秘めて。
ヴァラルは感慨深く呟いた。
「わしらの先祖はずっと悔やんでおった。自分達がいかに愚かなことをしたのだと嘆きながら」
「過ちは誰にでもある。それにこうして律儀に守っていたんだ、もう気にしていない」
あの一言を今も尚守り続けていたとはなんともまあ恐れ入る。彼は慰めると、
「有難いのう……」
そんな言葉をもらえたおかげで、肩の荷が下りたかのようにオーランドはほっと一安心した。
◆◆◆
「ところでオーランド。一つ聞きたいことがあった」
積もる話はいくらでもあったが、そろそろ頃合だ。今日のところはここまでにして、ここから退出しようとした際、思わず口にしたヴァラル。
「何かな?一体」
「どうしてこれを公表しなかったんだ?」
この手記があればライレンの歴史を塗り替える重要な資料であることには間違いない。それを今までしなかったことに対し、彼は不思議に思っていたのだ。
「ほっほっほ。いや何、これはわし等の性みたいなものでな……」
――おいそれと人には言えない秘密を持ちえてこそ、一人前の魔法士というものなんじゃ
口元で内緒だと指を立て、微笑むオーランドに対し、
「……食えない爺さんだこと……」
ヴァラルは苦笑し、ギギィと扉を開け、校長室を後にしたのだった。