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黄金の時代  作者: 木村 洋平
魔法皇国ライレン編
48/79

選別会


レスレック魔法学院。


全校生徒数千二百人。周りを広大な自然に囲まれ、人里離れた土地にぽつんと存在しているこの学院は次世代を担う魔法士を育てる教育機関である。


入学時に三年、上を目指す者はさらに四年過ごすこととなるこの城は、風雨にさらされながらも堅牢に佇み、ライレンの牙城である。


その一方、謎も多く残されている。


この城に関する文献は極端に少なく、古文書の一冊でようやく三人の男女がいたということが確認できただけ。当時の人々に関する記述は、不自然なまでに一切残されていなかった。


また奥に進もうとすると、何故か元来た場所に逆戻りしてしまう不思議な通路の数々。城の構造上、下層深くに存在するとされる謎の空間。


レスレック魔法学院はいまだに数多くの学者達を唸らせ、神秘のベールに包まれている場所なのであった。  


◆◆◆


「新入生はここへ集まりなさい!これから馬車に乗って城に向かいます!さ、早くするように!」


「ついにここまできたぞっ!ヴァラルっ!」


ヴァラルとリヴィアがレスレックの最寄り駅のホームにやや遅れ気味に降り立つ。と同時に、教師と思われる一人の女の魔法士が彼らを誘導し始め、リヴィアは明るい声で彼に言った。


「ああそうだな……といいたいところだが、少し落ち着け。周りの連中が見てる」


「む?何を言っているのだ、ヴァラル。それはお主の図体が大きいせいじゃ、妾のせいではない」


「いやいやリヴィアの身長が余りにも小さいからだろう、これは。断じて俺のせいじゃない」


「ぬぐっ!人が地味に気にしていることをよくもまあずけずけと……」


だが、その両方が原因であることをリヴィアとヴァラルは知らない。


列車内から出てきた際、レスレックへ新たに入学する学生達の視線をいっせいに集めることとなった二人。


リヴィアの場合、他の人たちよりも身長がより小さい分目立ってしまった。ヴァラルは、新入生よりも頭一つ分大きいせいで、リヴィアと並んだ際、身長差がよりいっそう強調されることとなり、幼い少女と最上級生と思わしき凸凹な二人として彼らからじろじろと見られていたのであった。


「気にしていてもしょうがないだろう。それよりもほら、早く行くぞ。連中、もう動き出したみたいだからな」


「あっ!こら待たぬかっ!」


大きめのトランクをひょいと持ち上げ、すたすたと歩き出すヴァラルを見て、リヴィアは彼の後を追ったのだった。




「あなたがリヴィア?」


「む?その通りじゃ」


「きゃ~!!!やっぱりかわいいわっ!!!」


「な、何をするのだっ!!」


馬車を待っているヴァラルとリヴィアの間に突然それは起こった。一人の女生徒がリヴィアに近づいたかと思うと急にがばっと抱き寄せ、頬ずりをしてきたのだ。


「お、おいっ!ニーナ、それはまずいっ!相手は皇女様なんだぞっ!」


「大丈夫よ、案内に書いてあったじゃない。今年から皇女様が入学するけど、気にせず普段通りに接しなさいって」


「でもさぁ……いきなりはないだろう……」


ニーナと呼ばれる生徒が、知り合いと思われる男子生徒とリヴィアに答え、再び彼女を抱き寄せた。


「そんな通達が出ていたのか?」


「ああそうだよ……って!せ、先輩っ!?」


「先輩違う。こう見えてもあんたと同じ新入生だ」


「そ、そうなのか。僕の名前はエリック。エリック・パークス。それで、あそこにいる彼女はニーナ・マクマリンだ。よろしく」


エリックはややぎこちなさが残りながらもヴァラルに挨拶した。


「俺はヴァラル。で、あいつはリヴィア。もう知ってるみたいだったけどな」


"これっ!いい加減に離さぬかっ!"


"もうちょっとだけ~"


二人の微笑ましい(?)スキンシップを眺めつつヴァラルは答えた。


「……ヴァラル?もしかして、ここ最近よく話題に出てくるあの?」


「こっちの事情はそこまで知らんが、一応冒険者をやってはいるな」


「うっわ~!すっごい冒険者が現れたとは聞いていたけど、まさかレスレックに来てるとは思ってもみなかったよっ!」


エリックは感心したように彼のことを眺める。どうやらライレンでもヴァラルの名は大きく伝わっているようだった。


「……驚くのはいいが、そろそろ彼女のことを止めないか?馬車の順番が近づいて来た」


「あ、そうだった……おいニーナっ!もうやめたらどうだ?彼女も嫌がっているじゃないか」


こうしてエリックは二人に歩み寄り、何とか彼女の暴走をくい止めたのだった。


◆◆◆


「こほんっ……さっきはごめんね、リヴィア」


「ふんっ!」


四人乗りの馬車の中でニーナはリヴィアに謝った。彼女はかわいいものに目がないらしく、先ほどの奇行はリヴィアの愛くるしさに、つい我を忘れてしまっての行動だったのだそうだ。


「ニーナは気をつけたほうがいいよ……あんな知らせがなかったら、今頃捕まってたかもしれないんだからさ」


「ええ、気をつけるわ」


「そうであればいいがのっ!」


リヴィアはまだぷんぷんと怒っていた。


「あはは……まあ、そろそろ許してもらえるとありがたいよ……そうだ、ヴァラルはここへリヴィアの護衛として来たのかい?実はさっきから気になっていたんだ」


「契約上では一応そうなっているけどな。だが、一人の学生として行動して良いらしい」


馬車に乗っている間に日は沈み、だんだんと近づいてきたレスレック城の明かりを眺めながら、ヴァラルは答えた。


「そう、賢明ね。他の学院ならまだしも、レスレックで学生をしながら護衛なんてあんまり意味がないもの」


「どういうことだ?それ」


「あら?リヴィアから聞いていなかったのかしら?」


「ヴァラル、それはね……」


レスレックでは他の学院と一風変わった行事がこの後行われるようだ。


『選別会』


彼らの間ではそう呼ばれている。


これはレスレック城に住んでいたとされる三人の偉大な男女に敬意を払い、伝承に残された彼らの性格になぞらえてエルトース(勇気あるもの)レイステル(知恵あるもの)イシュテリア(心優しきもの)という三つの組に振り分けを行うのだそうだ。


(……思いっきりあいつらじゃん)


ヴァラルはエリックの話を聞いて、最近平和すぎて怠け癖のついたドラゴン、目覚めてからはさらに腹黒い性格となった悪魔、そして全てが言い伝え通りであるハイエルフの彼女の姿を思い浮かべていたのだった。



「――じゃから心配する皆に言ったのだ。結局選別会で分かれるかもしれないのだから、ヴァラルに過度な護衛を求めても意味がないとな。けれど、そこのところをどうも理解しておらんでな……」


「でもリヴィア、他にやり様はあったんじゃないのかい?例えば、宮廷魔法士の誰かに頼むとかさ」


エリックはふと疑問に思ったのかリヴィアに口を挟んだ。


「……馬鹿者。それではおぬし達がやりにくかろう。考えてもみよ、ここにあのブレントがいたらどうするのだ?」


「それは――確かに嫌だ……うん、やっぱりヴァラルがいいな、これは」


「変な納得するなよ、おい」


非常に有能ながらも堅物で知られるブレントの名は、一般の学生である彼らにも留まることを知らなかった。


(それに……ヴァラルをライレンに招き入れ、レスレックに入学させるというのが大きな目的。それを妨げるような真似をなぜ妾がせねばならぬのじゃ……)


そしてリヴィアは自身の思いを再確認した。


◆◆◆


「それでは皆さん。校長先生から名前を読み上げるので、呼ばれたら前へ進み出るのですよ」


馬車から降りて、レスレック城の迷路のように入り組んだ通路や、法則性などまるで見当もつかない動く階段を歩きつつ、ヴァラルたち四人はシャンデリアが色とりどりに輝く大広間の前に集まっていた。尚、ここにたどり着くまでの間に、城のあちこちに飾られている絵画や甲冑が動いたと騒ぐ者たちが続出したが、レスレックは今までそんな怪現象が起こったという報告はなく、きっと緊張のあまり幻覚を見たのだとマチルダという女の教師は片付けたのだった。


そして、大広間に設置された長テーブルと椅子には既に上級生が大勢座っており、大きな扉の前から現れた新入生たちを大いに歓迎する傍ら、リヴィアとヴァラルの存在に興味ありといわんばかりにひそひそと囁きあっていたのだった。


「ヴァラル、ニーナ、エリック。おぬしら、どこか行きたい組はあるのかの?」


「そうね……私はエルトースかしら?」


オーランドが新入生の名前を読み上げ始める。彼のその目の前には一つの純金の大きなゴブレットが縁の部分からメラメラと燃えていた。


見たところによると、あの中に自身の名前を書き記した紙を投入し、吐き出された際に三つのうちのどこかの組に振り分けられるという仕組みらしい。


「ええ~ニーナがエルトース?ちょっと自分のこと勘違いしてない?あんなに怖がりなのに」


「……そういう貴方はどこだって言いたいのよ」


「僕はレイステルかな?」


「ぷっ!貴方がレイステル?それこそありえないわ。だってここにはぎりぎりで受かったんじゃないのかしら?」


「何をっ!」


「何よっ!」


「そこっ!静かになさい!」


「「……」」


二人は先ほど新入生を先導したマチルダに叱られ、口を閉ざした。


「俺は……正直わからないな。リヴィアはどうなんだ?」


これはヴァラルでも本当に予想がつかなかった。あんなゴブレット、以前ここにあったかと問われれば、さてどうだったかと彼は首を傾げたが、正直言ってどこでも良いというのが本音だった。


「妾か?うむっ!それはもちろん決まっておる!」


「ニーナ・マクマリン!」


「む……」


だが、リヴィアがそう答えた瞬間、ニーナの名を呼ぶ声が聞こえた。そして、これ以上声を出すのは不味いと思ったのかリヴィアはそのまま黙り込んだのだった。


"いってくるわっ!"


彼女は目で三人に合図し、歩き出していった。


ニーナの進む先には大きなゴブレットが待ち構え、その眼前で足を止める。そして、皆がじっと見つめる中、彼女は事前に書いた紙を投げ入れた。


炎がごわっと燃え盛る。と思いきや、すぐにその紙は吐き出される。ニーナの目の前にそれはひらひらと舞い落ち、彼女はパシッと掴み取る。


――イシュテリア!!


オーランドが彼女から手渡された紙に追加された文字を読み、高らかに告げる。


その後ニーナは、イシュテリア生の集うテーブルへと移動し、上級生らに歓迎されていったのだった。



選別会は次々と進む。エルトース、イシュテリア、レイステルとオーランドが次々と読み上げ、その度にそれぞれの組から歓声が上がり、新入生達でテーブルは次々と埋まっていく。


因みに、エリックはニーナと同様にイシュテリアで、テーブルに着くなり互いに笑い合っていたのだった。


「リヴィア・ド・ライレン!」


ついに、彼女の番が回ってきた。


"ではのっ!ヴァラルっ!"


彼女はぱたぱたと歩くような早さで駆け出していった。


そして、


――イシュテリア!!


オーランドがにこやかに彼女に告げ、


"彼女は俺達が獲ったぞッ!"


イシュテリアの生徒達から一際大きな歓声が上がったのだった。


◆◆◆


(全員イシュテリアか)


ヴァラルは一人呟く。


いや本当に最後の一人だったため、新入生は彼以外誰もいなかった。そのためエルトース、レイステル、リヴィアたちのいるイシュテリアの全生徒、さらにオーランドを含めた教職員までもがヴァラルに注目していた。


レスレックの上級生達は、彼が新入生だとは思いもよらなかった。頭一つ抜けて大人びた風貌から、先ほどの緊張に満ちていながらも、どこか初々しい新入生達と一線を画していたからだ。


教職員からもそれは同感だという考えが辺りの雰囲気を包んでいた。教鞭を振るっている彼らからすると、ドレクのような、しかし決してそうではないヴァラルの佇まいから只者ではないと悟っていており、オーランドを除き、顔が強張っていた。


「冒険者、ヴァラル!」


そして、彼はすたすたと歩き出していく。


至って普通に、いつも通りに。


だが、それがかえって彼らの視線を集め、この広々とした大広間では先ほどの明るいものとは違い、静寂に包まれていたのだった。


「紙はもっておるかな?」


「ああ」


「よろしい。それでは、ここへ投げ入れるのじゃ」


ヴァラルはオーランドの指示に従い、自身の名を記した紙をゴブレットに入れる。


突然、異変は起こった。


めらめらとゴブレットにともされた炎がよりいっそう激しく燃え盛ったのだ。その勢いはますます強くなり、大広間の天井にまで届きそうなほどである。そして、この前代未聞の事態に誰もが戸惑っていた。


「校長先生っ!これはいったいどういうことですか!」


「……」


「オーランド先生?」


「……まさか……」


オーランドは中断してはならないとマチルダを手で差し止め、そのままゴブレットの行く末を見守った。


そして、輝くようにして炎が強烈な光を放ったかと思うと、


そのまま消えていったのだった。


「……」


ヴァラルは何も言わずにゴブレットの底に残った紙を拾い上げ、訝しげな表情をした後、やれやれと諦めが混じった調子でオーランドに手渡す。


(……なんと)


だが、それを見た途端オーランドは信じられないと目を吊り上げ、ヴァラルを見た。


ヴァラルが書いた紙には、


――ゼクティウム


という文字が焼きついていたのだった。



――エルトース


勇気あるものを求め、ここに分けられたものたちは皆何かしらの強い信条や理念を持ち合わせており、宮廷魔法士の多くがこのエルトースから輩出される。


――レイステル


叡智を求め、思慮深さを重んじているこの組は、ライレンの魔法の発展に大きく寄与した者達が多く集うことで知られている。


――イシュテリア


慈愛に満ち、どの組よりも結束力があるここはレスレックきっての秀才、ドレク・レーヴィスが在籍したことで一躍有名となった。


そして、


――ゼクティウム


口に出すことさえ憚られ、伝承でも詳しい手がかりはほとんど残されておらず、実在したのかどうかさえ疑わしい第四の存在。



長きに渡る時を越え、ヴァラルがこの城を再び訪れたことにより、


ライレンのはずれにあるここレスレック魔法学院で、彼らの慌ただしい日々が今ここに始まったのだった。


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