駆け引き
「つまり俺を冒険者として雇いたい。そういうことなのか?」
「うむっ!……まあ、護衛といってもそう大層なものではない。基本的に自由行動で構わん。自分の身は自分で守れるからの」
リヴィアがヴァラルの問いに答える。
ライレンではアザンテによるクーデター騒ぎのため、リヴィアの魔法学院の入学に時をあわせて護衛をつけろと側近の者達からずっと言われ続けていたのだという。
彼女としては何で折角の学院にまで窮屈な思いをしなければならないのかと気にかかっていたのだが、万が一の事態に備えてどうかっ、と宮廷魔法士の団長であるブレントがしつこく食い下がってきたのだ。
そしてそんないきさつもあり、彼らの心配する気持ちも多少理解できたリヴィアはヴァラルを形式上で良いので雇い入れたい、双子の話から実力のほどは申し分ないからなと彼に説明した。
「リヴィア様……残念ですが彼は今までの間、その手の依頼に関しては誰からの誘いを受け付けてきませんでしたよ。皇女殿下直々の頼みであってもそれはさすがに……」
「そうだリヴィア。ヴァラルは何よりも縛りを嫌う。だから諦めたほうが良い」
何よりも彼を引き入れたいのはこちらも同じ、デパンとマリウスが彼女の言葉に反応する。
ガナードとの戦いの後、あの晩餐会でトレマルク貴族の全員がヴァラルがフリーの冒険者であることを知ると、是非うちに来ないかと一斉にアプローチをかけていった。
目的を知っているデパンとマリウスもそれは同じで、あの手この手で彼の関心を引こうとした。
あれを間近で見てしまった以上動かないほうがおかしい、コーレリクスも魅了した彼の実力の高さに皆が勧誘に動くのだった。
けれど、ヴァラルから色よい返事が返ってくることはなかった。どんなに金を積み、貴族の位をあてがうと約束しても彼は一切なびくことはなく、まるで別のことに興味があるかのように断り続けていったのだった。(皮肉にもそれはタルセンと同様の行為であることを誰も知らない)
そのため、彼をトレマルク側に引き入れるのは無理であると悟ったのだった。
「ふんっ、それはお主らがヴァラルの関心を引き出せなかったこと、妾に押し付けるでない。それにこの話はそちらにとっても悪くない話なのだ」
「……何だって?」
「聞くところによると、ヴァラルは頑なに己の素性を知られたくないようじゃのう?まあ、冒険者をやっているのだ。何か事情があるのだろう、それくらいはわかる」
「……」
ヴァラルがちらりと彼女の顔を一瞥した。
「また、ギルドのほうではこの者の為したことについてまだ発表できないそうだのう……あまりに事が大きすぎて」
「……それは」
「じゃが、彼が魔法が使えることを明かせば全てが解決する。ライレンではこの者を魔法士として受け入れる準備が整っておる」
リヴィアは双子に説明をする。
先ほど耳にしたことだが、タルセンという公爵の男のこととベザレイ一味についてこの国は混乱に陥っているらしい。
そしてヴァラルという突然現れた謎の冒険者、人々の話題の中心はまさにこの三つだ。
当然、彼らはヴァラルの素性を知りたいと思っていた。けれど、ギルドは何もかもはぐらかしてきた。
人は誰でも知りたいという欲求がある。それがヴァラルのような何もかも前代未聞の存在であれば尚のことその欲求は強くなる。
今はまだ表面上でおとなしくなっているものの、徐々に彼のことについてギルドの問い合わせが増えていき、不信感も募っていった。
ギルドへの不満は国そのものへの不満。これを一刻も早く何とかしたいというのが王国の悩みの種であったのだ。
だが、リヴィアはそれらを解消する術があると伝える。
それはライレンという国が彼の身元引受人となることだ。
元々ライレンでは国策として魔法の素質のある者を自国へ招き、そこで教育を施す政策を打ち出している。これはあのドレクも利用したもので、彼がライレン入りしたというのもこの制度のおかげだった。
そして、ヴァラルのような魔法を扱える存在でしかも正体不明である以上、改革が進んでも尚身分制度がいまだに根強く、治安の悪化で余所者に煩くなったトレマルク王国では余りあるもの。
そこで、彼女はライレンが公式に彼のことを認めることで人々の疑問に答え、不満を逸らすことができる。
このように提案したのだった。
「……リヴィア、詭弁はよせ。そんなことを言っているが要はヴァラルのことをライレンに引き込みたいだけじゃないか。彼には目的があるんだ。君の誘いには乗らないと思うよ」
「おぬしらだって自身の国に引き込もうとしたくせに何を言うかと思えば……ふむ、それにしてもヴァラル。おぬしの目的とやらは一体何なのだ?良ければ妾にも聞かせてはくれないか?」
「俺は世界を知りたい。そのために旅をしている」
「なるほどのう、ずいぶんとまあ壮大なものじゃ……けれど、マリウス。そうなるとおぬしの言い分は通じぬぞ?」
「何?それはどういうことだ?」
「別にヴァラルはトレマルクの全てを見たいというわけでもあるまい。ヴァラルの言い分通り各地をめぐっているというのなら、トレマルクだけでなくライレンに訪れても文句はなかろう?順番など決まっておるわけではあるまいに。そうだろう?ヴァラル」
「まあな。次の場所はまだ決まっていない」
インペルンでの大体の様子はわかった。また双子からの追求もあり、トレマルク国内での居心地が少々悪くなっていたのも事実だったのでこのようにヴァラルは答えるのだった。
「それに、この国はセクリアとインペルンぐらいしか見所がないではないか……また、この国はギルドで成り立っているというもの。それ以外にこの国には一体何があるのだ?」
「ぐっ……中々きついことを言うねえ……」
実際彼女の指摘は正しかった。まだまだトレマルクは発展の余地があるとはいえ、この世界のありとあらゆる分野に応用されている魔法研究の最先端であるライレンと比べてしまえば片田舎も同然。彼女は自国のほうが遥かに魅力的なところであることを理解している。
伊達にライレンの皇女を名乗っているわけではなかったのだ、リヴィアは。
「皇女殿下……ですが彼にはまだ聞きたいことがあります。タルセンのことを含めこの国では今大変なことになっていて、そこに彼が絡んでいることは間違いないのです」
ここで引き下がれば彼女の思う壺、デパンもまた負けじと反論した。
「くどいっ!そんな下らぬことにこやつの手を煩わせるでないっ!類稀なる才能をこんなところで埋もれさせてどうするのだっ!魔法を正しく管理し、優れた魔法士を育成するのがライレンの勤め。それを邪魔するでないっ!!」
「姫様、少々お二人に対し無礼な物言いになっておりますぞ?もう少し気をつけなされ」
公爵という立場の人間が捕まったのだ。それをくだらないと一蹴するのはどうかと思ったオーランド。それにこの国にも豊かな自然がある、それを下に見るような発言は一国の皇女として問題がある。
彼はだんだんと熱くなってきたリヴィアを諭し、
「む、それはそうじゃな……少し感情的になってしもうた……先ほどの件を含めて謝罪する。すまなかった」
ぺこりと彼女は謝った。
「いや大丈夫。気にしていないよ、リヴィア」
◆◆◆
それから一旦中断し、オーランドが話を切り替えるためにヴァラルに穏やかに話をふる。
「ヴァラル。姫様はここに来るまでの間、おぬしのことをずっと気にかけておった。その気持ちも汲んでやってはくれぬかのう?」
「……」
「何もずっとライレンにいてほしいというわけではない。ただこうして知り合ったのも何かの縁、そうじゃろう?」
「うむっ!ここへはまたいつでも訪れることができよう。一度妾の国に訪れてみてはどうじゃ?」
「……」
ヴァラルは今までの会話を含め思考する。
どうも彼女はまだ幼いこともあって上手く感情を制御することができないでいるようだ。そのため、タルセンのように自身を何かの陰謀に巻き込もうとすることはないのだろう。
それに、自身を魔法士ということにしておけばリヴィアが説明したようにトレマルク側の連中にも一定の理解が得られる。
正直冒険者であっても、これほど有名になってしまうことでその素性を探ろうとするものが少なからずいたため、訝しげな視線はこれ以上勘弁願いたいというのが本音だ。
そして、ほとぼりが冷めるまでライレンにいるのも良いかもしれない、そう思っていた。
だが、その一方で自身を護衛にしたいという彼女の気持ちも本当のようで、それがなかなかヴァラルの気持ちを悩ませていた。
そこで、ヴァラルは彼女にとあることを要求した。
「なあ、リヴィア。さっき言ったよな?ライレンは魔法を正しく管理していると。あれは本当のことなのか?」
「む?その通りじゃ。アザンテ……あやつのような不届き者を出したことは真に遺憾じゃが、その方針はいつまで経っても変わらぬつもりじゃ」
「それなら――」
◆◆◆
「……ヴァラル、いくらなんでもそれは……」
デパンは思わず素に戻ってしまった。それほどまでに彼の提示した条件が理不尽なものだったからだ。
「そうか?俺としては当然だと思ったんだが」
「それでもだ。全く、君がなびかない訳がようやくわかったよ……」
ヴァラルがリヴィアにつきつけた内容はいたって単純。
だが、それゆえに難しい判断を迫られるものだった。
――ライレンにある魔法関連施設を俺に見せろ
魔法皇国ライレンはその優れた魔法技術と知識によって成り立っている国だ。その一つ一つが非常に貴重な財産であり、厳重に管理されているもので、それを素性不明の冒険者に見せろという無理難題をヴァラルは吹っかけたのだ。
しかも先ほど皇女の立場として言質を取った以上、その言葉をおいそれと撤回できるものではない。
これはもうマリウスが指摘するように、金や地位でどうにかなる問題ではなかった。
それほどまでに一介の冒険者が立ち入る領域ではないのだ、ライレンの魔法の秘密というのは。
尚、この要求には彼の思惑が絡んでいた。
ここで素直にいいですよと彼女が返答したその瞬間、ヴァラルは断るつもりでいたのだ。
アザンテのようなことがあった以上、ただ自身の欲のために国家機密を暴露するようでは話にならないし、かといって自身も譲るつもりはなかった。ここまでリヴィアは我を通してきたのだ、ならば自身も一歩も引く必要がなかったためだ。
……勿論、ヴァラルの率いる 王の騎士団を率いればあっという間にことを為すことが出来るだろう。
だが、それは最後の手段。まだそれを切るべきときではない。
あくまでも他国に自分のためにわざわざ足を運んだ彼女と対等に接するため、彼はこんな提案をしたのだった。
「じい……お主はどう判断する?」
「ほほっ、それは姫様ご自身がお考えになられること。どんな結論を下そうとそれは姫様の責任。ですが、わしはその考えを尊重しますぞ?」
オーランドはにこりと彼女に微笑みかける。
実はこの要求の答えを彼は知っていたが、それでもあえて黙っていた。
これはリヴィアとヴァラルの勝負。そこに口を挟むのはよろしくないし、彼女の成長を促す上で必要なことだと判断したからだ。
彼個人では、第二のドレクともいうべきヴァラルの才に驚きを隠せなかった。だが、ここで彼の同意なしには何の意味もない。
オーランドの狙いは別のところにあった。
そう、ヴァラルには彼女がどこまで本気なのかを知って欲しかったのだ。
「ふむ……わかった……その言葉だけでも十分じゃ」
「決まったのか?」
「ああ、妾は――」
◆◆◆
「なんともまあ……」
「行ったね……彼」
デパンとマリウスがウォストン城をあっという間に旅立っていった馬車を見送りながらポツリとつぶやく。
ヴァラルはリヴィアやオーランドと共にこの国を出て行った、それも風のように。
どうやら彼のライレン入りに際し、いろいろと調整しなければならないことが山のようにあるとのことだ。
「しかし……あの時は本当にびっくりした……」
「確かに……もう金輪際あんな交渉ごとはやりたくないよ……」
二人はほんの数十分前にあった出来事を回想した。
――ああ、妾はその条件を飲もう
――なら、
――ただし、その時は妾も一緒じゃ。それと、一切の持ち出しや記録も禁止。それらの施設に踏み入る際は厳重なチェックをするぞ?
そう、ヴァラルの提案にはごく単純な穴があった。(いや、意図的に落としたとでも言っても良いだろうか)
彼は『見せろ』と言っただけで、誰もその技術や知識を『寄越せ』とは一言も言わなかったのであった。
この提案にはライレン側がどこまで有利に引き込めるかが勝負となっていた。先ほどのカッとしたリヴィアの感情の赴くままで、ヴァラルの言葉にそのまま『はい』か『いいえ』の二者択一で答えれば決して彼を連れ込むことはできなかった。
だが、リヴィアはそのぎりぎりのところをついてきた。皇女として、そして個人としての感情を上手く制御し、バランスをとった。
この成果はある意味オーランドの活躍によるところが大きいだろう。彼がもし彼女を諌め、あのような言葉を投げかけなければこの問いかけの回答に気がつくことはなかっただろう。
そして、リヴィアが初対面であるヴァラルのことをどこまで信頼しているのかというのも大きな要因であることには間違いなかった。
そのため、
――良し
彼は話に乗ったのだった。
その後は細やかな調整に入る。契約期間そして報酬もろもろについてだ。
彼は報酬については必要経費を除き、最低限で良いと彼女に告げる。それはAクラス冒険者が一日(金貨一枚)に必要な金額のおよそ十分の一、銀貨一枚という破格のものだった。ただ、その分アザンテの被害にあったトレマルクの村々の復興資金に上乗せするよう要求し、彼女はこれを通した。
また言葉通り、基本的に非常事態が発生しない限り、学院では好き勝手にしても良いという好条件を引き出だすことに成功。これには彼女のほうも難なく同意し、護衛という堅苦しい関係ではなく学友として付き合っていきたいとのことだ。
けれど、その一方で契約期間については揉めに揉めた。最初は卒業までという彼女の無理難題を引っ込め、徐々に互いの妥協点を探りに探り結果として最初は半年、後は三ヵ月後ごとの契約更新をすることとなった。(学院に通うこととなる彼女のスケジュールを考慮し、これが精一杯であるとオーランドは説明した)
因みに、最後の最後で、
――ふむっ!こんなところかのう?何か問題はあるか?
――異論はない
――うむっ!ああそうじゃ、ヴァラル……
――何だ?
――くれぐれも妾の信頼を裏切るでないぞ?でないと……
そのとき、リヴィアの両手からバチバチと強烈な電撃が放たれ、
目の前にあったテーブルが瞬時に燃え盛った。
――こうなるぞ?
――……ふっ、良いだろう
その際双子はがくがくと震え、オーランドがすぐさま鎮火し、彼らに謝罪する光景がそこにはあった。
◆◆◆
「ふんふん~~」
その頃馬車の中でリヴィアは足をじたばたさせ、鼻歌を歌っていた。ヴァラルをライレンに招きいれることができたのが余程嬉しかったのか、先ほど見せた冷酷な一面とは違って年相応のものであった。
「ああそうだ、大事なことを聞き忘れていた。リヴィアはいったいどこの学院に通うことになるんだ?」
「む?いわなかったかのう?妾はレスレックへ通うぞ。つまりヴァラルもだっ!」
「わかった」
なるほど、オーランドの勤める場所ならば更なる不測の事態にも対応できるということか。
彼は納得した。
「ヴァラル、姫様。二人は既に入学する者たちよりも一歩先を行っておる。じゃが、授業にはなるべく出るようにのう」
「ま、考えておく」
「うむっ!了解じゃっ!でもその前に……」
――レスレックへ通う準備をしないとなっ!
彼女は花のように笑うのだった。