リヴィア、来襲
「ねえ、ヴァラル。君、本当に何も知らないのかい?ベザレイ一味が姿を消したこと」
「デパンの言う通りだ。僕もその件について非常に気になっている。それにタルセンのこともだ、ヴァラル」
「知らんな。あいつとは夕食のときに顔を合わせただけでそれっきりだ。その場にいただろう、二人とも」
ウォストン城の広い通路において、デパンとマリウスは数日前に起こった事件の真相について何か知っていることはないかとヴァラルに問いただしていた。
あの後、ヴァラルはインペルン近郊の村や町に足を運んでいたが、どこもかしこもタルセン・エールバスの突然の逮捕、一夜にしてベザレイ一味が壊滅したことに話題騒然となっていて、彼が酒場に立ち寄った際に、さまざまな憶測が流れ出していた。
曰く、双子の逆鱗に触れ、泥沼の政治闘争を繰り広げた挙句に絶望の淵に追いやられ、精神崩壊を起こした。
また、双子が秘密の精鋭部隊を率いてベザレイの組織に突入を仕掛け、そこからの情報を元にタルセンの電撃逮捕につながった等など、微妙にずれているけれども意外に当たっているその内容に中々侮れないなと耳を傾けていたのだった。
そして時は進み、現在。日頃の行い(どっちの意味でも可)により格好の噂の標的となってしまった双子は、こうして僅かな休みの間にヴァラルへの事情聴取を行っていたのであった。
「――って聞いているのかい?まだ話は終わってないんだけど」
「ああ、それは勿論。だが何度言われても俺は身に覚えがない。いい加減しつこい。そういう奴は嫌われるぞ?」
(いくら調べても無駄だろうけどな)
勿論、ガナードやコーレリクスにもそれとなく尋ねられた。しかし、二人はこの問題が最早打つ手なしだと判断したのかすぐに踵を返し、事後処理に走っていった。
一方、デパンとマリウスは未だに諦めきれないのかヴァラルへの追求は日に日に激しさを増していき、そんな二人を前にして彼はてきとうにあしらい、話を聞き流していたのだった。
と、そこへ、
「マリウス様、こちらにおられましたかっ!」
何か重大な出来事が起こったのか、慌てた様子で一人のお付きの従者がやってきた。
「……何だって?それは本当なのか?」
耳元でその用件を伝えられたマリウスは思わず尋ね返す。
「……間違いありません。ここにヴァラルという冒険者がいるのはわかっている。言い分に従ったのだからさっさと彼に会わせろと……」
「参ったなあ……こっちはそれどころじゃないってのに……」
「どうしたんだマリウス。なにやら穏やかじゃなさそうだけど」
「デパン……君はあの姫さんに何か挑発するようなことでも言ったのかい?」
「ははっ、何を馬鹿な。何で私がそんなことをする必要があるのかい?マリウス」
「となると……」
マリウスの何かを疑っているような視線がヴァラルを射抜く。
「ヴァラル。君は以前ライレンからの使者を追い返したと聞いたけど、それは本当のことだよね?」
「ああ、そうだ」
「……その言葉にちょっと不安があるけど、まあこの際おいておく。そのとき、君はどうやって追い返したんだい?……もしかして」
「俺に会いたければ、自分でここへ来い。そう言ったな」
「「「……」」」
その瞬間、デパンとマリウス(ついでにその場にいた騎士も)は銅像のようにビキリと固まった。
「……まさかあれを本気にしたのか?仮にも皇女の立場じゃないのか、リヴィアは。そんなたった一人のためにわざわざ他国まで足を運ぶか?普通」
「ヴァラル、僕はもう少し彼女のことについて教えておくべきだったと心から後悔しているよ……」
「それに相変わらずの能天気さ。私もその辺をもっと考慮に入れるべきだった……」
二人は深くうな垂れ、戸惑うようにしてその様子を伺う従者がそこにいたのだった。
◆◆◆
その後、デパン、マリウス、ヴァラルがウォストン城の入り口に移動する。そこで彼らの目に飛び込んできたのは一体のドラゴンに牽引されたどでかい馬車――というよりも竜車と呼ぶべき代物が佇んでいた。
そして、その竜車を何とかしようと四苦八苦するトレマルクの騎士達が三人の目に映し出されていたのであった。
「まさか、あれを持ち出してくるなんて……」
「つくづく君はとんでもないものを呼び寄せるよね」
「俺のせいなのか……まあ、今回はすまない」
何でもあのドラゴンは『アイラルクト・ノイリッチ』という種のようで、本来は式典などでしか見ることのできない貴重なドラゴンなのだそうだ。
そのため、ライレンの皇女が訪れたというのは現実のことなのだとヴァラルたちは改めて実感したのだった。
「おおっ!やっときたかっ!待ちくたびれたぞっ!マリウスっ!」
「王子、お久しぶりですな」
すると馬車の近くで騎士達と話しこんでいた一人の少女と老人が三人の前に現れる。
「リヴィア……それにオーランド卿!?」
"つくづく人気者だよね、ヴァラル"
"デパン。お前が言うな、お前が。それに誰だ、そのオーランドって奴は"
"レスレック魔法学院の学院長だよ。彼、あの学校の入学準備で忙しいはずなのに……"
今日だけで何回驚いたことだろう、マリウスが予想外の人物の登場に驚き、ヴァラルが小声で解説を求め、デパンが説明をする。
「それにマリウスと相変わらずそっくりだなっ!デパンっ!」
「おお、伯爵。こちらでもセクリアの街の改革はかねがね聞いておりますぞ?いやはや、真にすばらしい手腕をお持ちのようで」
「光栄です、リヴィア皇女殿下。それにオーランド卿」
マリウスと同様、順に握手を交わし合うデパン。それは以前、多少習った程度だといった言葉が嘘に感じられるくらい自然なものだった。
そして――
「むっふっふ……お主がヴァラルだな……約束通り、来てやったぞ?」
リヴィアは不敵にヴァラルを見上げ、
(……小さいな)
彼はそんなことを思っていたのだった。
◆◆◆
「――それでリヴィア。今日は一体何の用件があってここまで来たんだい?まさか、本当に彼に会うためだけにわざわざあんなものを連れて来たわけじゃないよね?」
外でじっとおとなしくしているドラゴンの『アイラルクト・ノイリッチ』種を思い出し、マリウスはウォストン城の一室で彼女に尋ねる。
ただでさえタルセンのことで手一杯だったのだ、さらに非公式でどかどかと訪れてきたリヴィアとオーランドに彼は頭を悩ませていたのだった。
「うむっ!妾はヴァラルに少々確かめたいことがあってだな……じいっ!あれをっ!」
そうオーランドに指示すると、彼は持参したトランクの中からひとつの水晶玉をゴトリとテーブルの上に置いた。
「それはなんです?オーランド卿」
「デパン伯爵、これはですな……」
「簡単にいえば、これに手を当てた者の魔力がどれくらいあるのかを調べるためのものじゃ」
リヴィアはずっと気になっていた。
報告によるとアザンテは剣によって討ち取られたと書かれていたのだが、とてもではないが信じることができなかった。先ほどアザンテを討ち取ったことをヴァラルに感謝した後、ついでに彼の持っている剣を見せてもらったのだが、至ってどこにでもあるような普通の剣だった。
それではなぜ彼を倒すことができたのだろう。
冒険者にとって自身の武器は非常に重要なものだと聞いている。リヴィアは最初彼の武具が特別なものかと思っていたが、結局そうではなかった。
すると一体全体どうやって?疑問は尽きなかった。
そこでSクラスという前代未聞の昇格を含め、彼女はひとつの仮説を打ち立てた。
――ヴァラルは魔法士の才能があるのではないか?
本来、魔法士と正面から対峙する者は滅多にいない。そもそも法によって無益な争いを禁止されているというのに一体どこの誰が喧嘩を売るのだというのもあるが、ごく単純な魔法でも大男を吹き飛ばす場面を見れば誰だって争う気を無くすというのが本当のところだ。
だが、ヴァラルはそれを為しえた。しかも宮廷魔法士という彼らの中でもさらに特別な者を。
そして、彼女は無意識のうちに何かしらの魔法を彼は行使したのではないかと推察したのだった。
「そういうわけで……さあっ!手を出すのだっ!!ヴァラルっ!!」
「その前にマリウスやデパンを先に計っておいてくれ。俺はその後にする」
「む?どうしてじゃ?」
「別に?ただ二人がどれくらいのものがあるかを知りたいだけだ。深い理由はない」
実際のところ、タルセンのこともあり、本当に彼女の言っていることが正しいものなのかどうか少し疑り深くなっており、何よりも本当に彼らの魔力量を知りたかったヴァラル。その口調に淀みはなかった。
「……まあ良い。ほら、まずはマリウス、ここに手を載せるのだ」
「……おっ、色が変わった」
「測定不能。悪い意味でじゃ」
「……」
マリウスはとても微妙な顔をした。
「次は私か……って同じ色……」
ガラスのように透明な色だったのが灰色に変わり、デパンもまた落胆する。
「さあっ!次はおぬしの番じゃ!」
「そうそう、リヴィアも頼む」
ふと思い出したようにヴァラルは彼女にも勧める。
彼は徹底的に用心深かった。
「……何じゃ、一体……いちいち注文をつけおって」
「減るものじゃないから良いだろう」
「むう……ほら、これでどうじゃ!」
リヴィアが触れると水晶玉はその瞬間、輝かしい銀色に変わった。
「ほほっ、相変わらずきれいな色ですな」
「うむっ!ヴァラルよ、これでどうだっ!」
「わかった」
そして、やたらと焦らしたヴァラルが触れると、
色鮮やかな青に変わったのだった。
「……おおっ!これは凄いぞっ!」
「リヴィア、この色ってどんな意味があるんだい?青やら銀やら、僕にはさっぱりなんだけど」
「王子、それはですな……」
この水晶球にもまたギルドカードのように色分けがされているらしく、上から順に金、銀、赤、青、緑、黄となっている。
魔法士の大多数が緑や黄色だということを鑑みると、ヴァラルは中々の素質の持ち主というらしい。
けれど、これはあくまでも目安であることを念押しされた。
実際、ライレンではこれを色の濁り度合いから健康診断に利用する場合や、入学試験の参考記録として使われるのが一般的となっている。
そして、そんな風潮になったのはつい最近のことだという。
以前は魔力至上主義に走っていたライレンであったが、ドレクの登場により必ずしもそれだけが全てではないということを国民は理解したのか、あまり気にしなくなっていったのだそうだ。
そのため、ドレク・レーヴィスの名はライレンの間でも広く知れ渡っているのだった。
「ヴァラル。アザンテを倒した際、君は不思議な力を感じたことはないかのう?こう体から何かが湧き上がってくるような」
魔法の発現のごく初期のパターンとして無自覚に魔法を使用することがある。そのため、オーランドは彼の身の回りで何か起こらなかったかと尋ねた。
「いや、これといって特に」
あの時は魔法を行使した覚えはない。不思議な力といえばそれは剣と鎧の方である。ヴァラルはオーランドの問いに思ったことを述べる。
「……いや、謙遜するのは止すんだヴァラル。君は身体強化の魔法を使えるじゃないか。それで君はアザンテを倒したんだろう?」
と、マリウスが何当たり前のことを言っているんだとヴァラルに突っ込みを入れる。
しかし、そのことを知っているのはトレマルク側。
つまり――
「な、な、な、何じゃとっっっ!!!」
「ほうっ!!」
リヴィアがガタンと椅子から立ち上がり、オーランドはまじまじとヴァラルのことを眺めるようになった。
二人が驚いたのも無理はない、デパンの送った報告書には彼が魔法を使えると全く書かれていなかったのだから。
ゆえに、トレマルクとライレンの間でヴァラルに関する情報の齟齬が発生していたのだった。
◆◆◆
「いや、すまぬ……ついビックリしてしまった……」
口ではそう言うものの、リヴィアは心の中ですっかり冷静になっていた。
(くふふっ……マリウスとデパンの奴、この様子では全く気づいていないようだのう……ああ、それにしても……)
トレマルクではやり手の二人らしいが、魔法に関することはこちらに分がある。改めてそう思った。
双子はただヴァラルのことをドレクと同じくらいの強さだと思っているがとんでもない。
彼女は双子がそのことを知った経緯を問いただした後いったん退出し、ライレンに点在するありとあらゆる魔法学院に即座に問い合わせ、ヴァラルという名前や身体強化を使える魔法士を直ぐに、そして徹底的に洗わせた。
けれど成果なし。どの魔法学院にもそれらしい者が在籍していたという形跡がまるで見当たらなかった。
そう、ドレクは学んで、そして魔法という超常の力を得た。
だがヴァラルは天性の才能なのか、学ばずとも魔法を行使できる。
それもアザンテやオーガ、ガナードとの戦いからもそれは明らか。
この時点で最早勝敗は決していたといってもいい。
――ヴァラルはドレク以上の魔法士になる。
恐らくオーランドも同じ考えにいたっていることだろう、彼女はそう結論付けたのだった。
そのため――
「のうヴァラル……ここでひとつ相談事があるのじゃが……」
リヴィアがどこか甘えた口調で彼に尋ねる。
それは庇護欲を駆り立てつつ、どこか過ちを犯してしまいそうな怪しい雰囲気を放っていた。
「ん?何だ?」
「もしお主さえ良ければ……」
――妾の護衛として、魔法学院に通ってみる気はないか?
そう提案した。
……魔法皇国ライレンの第一皇女、リヴィア・ド・ライレンには裏の顔がある。
いつもは天真爛漫、好奇心旺盛、そして破天荒な性格であるのだが、
――欲しいものは何が何でも手に入れ、自分色に染め上げる
彼女はそんな一面を持っているのだった。