表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
42/79

誤算

「よく来たな。ここに訪れたということは、あの話に乗るということで良いんだな?」


「何言ってるんだ。乗るも何も、あんなのじゃ全然分からないぞ」


王都インペルンの街外れにある廃屋でヴァラルと仮面の男は話が微妙に食い違ったやりとりをする。


ヴァラルに送られた手紙にはただ廃屋への道筋と時間の指定がされていただけだった。最初は悪戯の類かと思っていたが、渡した男がやたら神妙な目つきだったことや、なにやらきな臭い感じを受けたこともあってこの怪しげな場所へ踏み込んだのだった。


「それはこの計画があくまでも秘密裏に行われるものだからだ……ここから先は他言無用だ、いいな?」


「……」


ヴァラルは仮面の男の問に沈黙しながらもこくりと頷く。どうせ良からぬ事であろうと推測はしていたが、こんな手紙一つでは証拠にもならないし、何よりヴァラル自身そんなことをする気にもならなかったからだ。そのため、とりあえず事情を把握する意味でも彼の話を耳に入れることにしたのだった。


「……良し、なら話を続ける。そもそもだ、この国はかなりおかしくなっている」


仮面の男はヴァラルに対しトレマルクの裏の実状を語りだす。


マリウスとデパンがこの国を取り仕切るようになってからというもの、冒険者を著しく優遇する動きがトレマルクで起きており、貴族の価値が相対的に低下しているのだという。


そもそも、彼らの大多数が身元不詳の浮浪者だ。それを体のいいように名乗りを変えたのが冒険者であり、そんなごろつきともいえる彼らを簡単に登録できるようにしたのはあの二人で、その結果質の低い冒険者の流入が後を絶たず、この国の治安を悪化させていると彼は糾弾した。


「おい、俺はセクリアへ行ったことがあるが、あそこはそんなに治安は悪くなかったぞ?むしろ良かったほうだ」


「……当たり前だ。あそこはデパンの直轄地だからな、そんなの当然だろう。それにヴァラル、お前はマリウスやデパンと仲良くしているみたいだが、それでこの国の貴族全てを把握しているつもりだと思ったら大間違いだ」


トレマルクの貴族の半数は各地で大幅に増えた冒険者崩れのならず者たちの犯罪や暴動により、苦労を強いられていた。領地経営といっても誰もが皆、デパンやマリウスのように上手くいくとは限らず、急激に増えだした彼らに対処する術が圧倒的に足りていなかったのだ。


「現状、この国はあいつら二人の思うがままさ。デパンなんてどうしてこんなに早く男爵から伯爵に成り上がったか分かるか?あいつ、自分のお抱え騎士団を他の貴族の領地に配置させて、村人や町民に施しを与えるんだ。そうなるとどうなると思う?彼らはあいつを急に称えだして自分の所の領主は無能だと蔑むんだ。今までこっちは必死にやってきたことを知らないでいいご身分だよ……」


デパンはその点、本当に狡猾だったと彼は語る。他の貴族の要請に従ってその地域における犯罪者のアジトのとりつぶしを行った後、しばらくの間残党狩りの名目で領地に滞在し、貧困にあえぐ彼らに支援の手を差し伸べていた。そして、滞在期間が過ぎると徐々に支援を打ち切り、自身の領地に引き返していったのだった。


するとどうなるか。デパンの施しに飢えた彼らは領主である貴族の下に殺到し、抗議を行ったのだ。なぜ彼らを帰した、何故引き止めなかったのかと。皮肉にも、ならず者の冒険者を倒したというのに今度は彼らが貴族達に牙を向いたのであった。


そして、そんな状況に嫌気が差した領主達の大多数がデパンやマリウスに泣きついた。財政的に疲弊した彼らに村人達や市民を押さえられる力は既に無く、挙句の果てには騎士の中からも彼らに加担する連中も出てくる始末。だが、デパンはその状況をも利用し、彼らの領地を保護という名目で併合し、異例の早さで二人は領地を増やしていったのであった。


「昔はこんなことが無かったと父上から聞いている。冒険者養成学校できっちりと教育していたから、あんな奴らは滅多に出なかった。だから、昔の冒険者というのは今のように金さえ払えば簡単になれるというものではなかったんだ、こういうことを恐れてな。けれど、結果はご覧の通りだ……」


さらに仮面の男は話を続ける。魔物を狩る彼らの一部が徒党を組み、現在では大規模な犯罪組織がトレマルク王国のあちこちに出来ているという。


その数大小あわせて二十以上、どれもこれも性質が悪く、のらりくらりと騎士団の監視の目をくぐりぬけ、王国の闇に隠れ潜んでいるという。しかも一人ひとりが冒険者を経験している者がほとんどのため、騎士団の者たちでも中々苦戦を強いられる相手のようだ。


「だが、お前もそれらと関わっていると聞いた。そこはどうなんだ、タルセン」


話がどうも複雑の様相を呈してきたヴァラルはこの際知らぬフリをやめ、真実を知るために直接問いただした。


「っっ!!……分かっていたのか……ああ、確かに一時期関わっていたことがある。だが、それは奴らの危険性を調べるためだ、僕自身は法を犯すような真似はしていない」


パカリと仮面を取り外すと、晩餐会で醜態を皆に晒したあのタルセンが現れた。


どうやら夜間に屋敷や王城をたびたび抜け出し、彼らと接触を繰り返すうちに噂が広がっていき、タルセンが直接悪事に加担していると誤解されるようになったようだと彼は説明した。


(こいつ、本当にさっきまで騒いでいた奴か?)


そして、デパンの説明とまるで違う別人のような彼の真剣な態度にヴァラルは驚きを隠せなかった。


「……確かに全体から見れば二人の行いは正しいのかもしれない。とても癪な話だが実際、この国が豊かになっているのは間違いないからな……だが、古き良きトレマルクの伝統を乱してまでやることか?」


今はまだその脅威に誰も気づいていない。だが、時が満ちればいずれ彼らはこの王国に刃向かうだろう。そのため、今のうちにならず者どもの冒険者達を廃し、以前と同じでなくとも良いので貴族の復権を彼は願っているのだという。


「……すまない、すこし熱くなりすぎた……」


「で、結局俺にどうしろと?肝心なところをまだ聞いていないんだが」


大体この国の裏の事情とやらも大体ではあるが理解できた。恐らく自分にならず者の冒険者達の排除に協力して欲しいのだろう、そうヴァラルは思った。


「……そうだった。つまり僕がヴァラルに頼みたいことはね……」


――だが、



「デパンとマリウスを殺って欲しいのさ」



彼の考えとは裏腹に、タルセンはにやりと笑い、残忍な本性を現わにしたのだった。



◆◆◆



(……こいつは……)


ヴァラルは冷や水をかけられたかのように一瞬にして心が冷えた。


タルセンはその後、ヴァラルがこちらに組したのを確信したのか、マリウスとデパンに対しての恨みつらみを延々と語り、二人の人格を徹底的に否定した。先程は二人の政策を批判したものだったのに、それが嘘だったと思わせるぐらい、それはもう酷いものだった。


「……デパンとマリウスの奴、あいつら中々隙を見せなくてさ、いつもガナード直属の護衛を連れているんだ……しかも、ガナードもかなり僕のことを警戒しているらしくて中々手が出せなかったんだ……そこで君の出番というわけだ。君はあの二人と親しいみたいだし、そして何よりガナードを倒したんだ。何、この計画が成功すればちゃんと報酬を用意するよ。あの二人につくよりもよっぽどいいものをね。金や女、どれでも好きなだけくれてやるよ……それにデパンと同じ伯爵の地位に推薦してもいい。君は冒険者だ、もともとそのつもりで彼らに近づいたんだろう?それにしても本当に運が良い、僕に目をつけられたんだから……くくっ」


彼はもう、タルセンの言葉が上手く聞き取れなかった。


(結局、さっき語ったことは全部建前で、これが本当に言いたかったことなのか……)


ヴァラルは自身が甘い認識を持っていたことを痛感する。今回の旅で出会った人たちがあまりにも良識的な人々だったため、彼はつい楽観的な考えをした自分を貶したいくらい情けなく思った。



――主の持つその強大な力を利用しようする者が必ず現れるでしょう、くれぐれも気をつけてください。



旅立つ際、セランの忠告をはたと思い出すヴァラル。


タルセンは人を掌握する術が長けていた。一見内容は乱暴に見えるが、その語る口調やしぐさ一つ一つが人を引き付けるものだった。


そして、落ちぶれたとはいえ多額の財産がタルセンの元に残っており、彼に目をつけられた者はその甘い誘惑にのってしまうことは間違いなかった。


恐らく、皆の前で愚か者を演じたのもある意味で正しく、そして間違いなのだろう、それほどまでにタルセンは表と裏の顔を使い分けていた。


そのため、目の前で語る男は皆をケタケタとあざ笑う道化のようにヴァラルは感じ取れたのだった。


「……分かった」


「おお、分かってくれたか!なら早速……」


「お前が自分のことしか考えていないことが良くわかった……」


「……何だって?」


「……俺はもう帰らせてもらう……お前の顔を見ているだけで虫唾が走る……」


「何故だっ!!計画が思うように進めば、お前には貴族の地位を据えるんだぞ!!しかもあのデパンと同じ伯爵だ!!こんなことは二度とないんだぞ!!」


タルセンはいきなり態度を豹変させたヴァラルに戸惑いを覚えつつも、自身の計画に加担するよう説得をする。


実は、冒険者から貴族に成り上がるということは相当異例の事態であり、ソイルが貴族入りした件についても一時期王国の話題を掻っ攫ったものだ。けれど、彼はあくまで男爵の地位に留まっている。ゆえに、金や女を与えられ、伯爵という今までに考えられない地位の進呈、大抵の冒険者であれば直ぐに飛びつくことは間違いなかった。


「……ああ、それでもお断りだ。大体、そんなことは自分でやれ、俺の手を借りようとするな。それと、もう二度と俺には関わるなよ……」


だが、彼はタルセンの甘言に乗ることは無かった。そして彼の正体が知れた以上、此処には用がないといわんばかりにこの場を後にしたのだった。


「……おい、キャリト」


「はい、何でしょう」


廃屋の暗闇から一人の男がゆらりとタルセンの前に現れる。


「あいつをやれ、計画が知られた以上、生かしてはおけない。それに冒険者の分際で僕に無礼を働いた罰だ。手段は問わない、金は弾む」


「……分かりました」


「……見ていろヴァラル。ちょっと他よりも目立ったからって、この僕に刃向かうとどうなるか、あの世で後悔するんだな……」


そうして男は再び雲のように姿を消し、タルセンは誰もが不気味に思うような下卑た笑みを浮かべていたのだった。



――だが、タルセンにはひとつの誤算があった。


それはデパンの送った報告書を彼は見る機会が一度も無かったことであり、これが彼の命取りとなる。


そう、彼はヴァラルという冒険者がどのような考えで行動するかをまるで理解していなかったのであった……


◆◆◆


――そうだねえ、私もそれらの問題には苦慮しているんだ


――父上から聞いたのかい?それ


二日後の早朝、ヴァラルは一人馬を駆り、インペルン郊外のうっそうと生い茂った森の中で森林浴を行っていた。


とはいえそれは形だけのもので、以前タルセンに言われたことについてヴァラルは二人から直接意見を聞いた後、こうして深く考察していたのだった。


――確かに、私が今まで行ってきたことは否定しないよ。実際彼らは飢えていたし、このまま見過ごすわけにも行かなかったからね。結果として彼らは暴動を起こしてしまったようだけど、それは最初の頃だけだ。今はそんなこと一切起きていないさ


――しかも、デパンのやったことは双方きっちり合意した上でのことだ。決して彼らを脅迫したりはしていない。それは僕が保証するよ


昨日、デパンとマリウスは彼の疑問に一つ一つ答えていった。ヴァラルがいきなりこんな話題を出してきたことには少々驚いたが、彼なりにこの国を心配してくれているのだろう。そう思い、二人は本当に起こった事実を淡々と自身に告げ、そのことをヴァラルは改めて回想する。


彼ら曰く、冒険者の規制を緩めるかどうか決める際、貴族の間で大いにもめたそうだ。それも会議が三日三晩続くくらいに。因みにデパンは賛成派、マリウスは反対派であり、今まで仲の良かったのが嘘だったかのようにそれはもう大激論が繰り広げられたという。


しかし、魔物の脅威に怯えるトレマルクの現状を踏まえ、結果としては賛成派の意見が通った。そして多くの質の低い冒険者を生み出してしまったが、それも事前に想定された事柄の一つであり、それらを排除するためにもソイルやグレインのように有能な冒険者も次々と取り入れているようだ。そして、いずれは大規模な討伐隊を組織して、王国中に点在する彼らの活動拠点をしらみつぶしに摘発する予定だと二人は語った。


――ごろつきとはいえ、相手は元冒険者だ。しかもどこにいるか中々足を掴ませないし、数も多い。今までも何度か潰したつもりだったんだけど一行に減る気配が無い。骨が折れるよ、全く


デパンは賛成派の代表としての責務を果たすため、彼らの討伐に積極的に参加しているようだった。けれど、中々思うような成果が上がらないのか多少の苛立ちを見せており、それが馬を走らせている彼の脳裏によぎったのだった。


(二人はちゃんと自身の行いに責任を持っているのか……)


けれどそんな中、林の草むらの中からじっとヴァラル様子をうかがう者がいた。


そう、タルセンからヴァラルを殺害するよう命じられたキャリトである。


彼はトレマルクの闇に潜む凄腕の暗殺者だ。彼に命じられて殺した者は二十人を優に超え、その中には魔法士も含まれており、魔法士殺しの異名を持っている。


そして、それを可能としたのが幼い頃より身につけた数々の暗殺術と、彼にしか製造不可だとされる猛毒の吹き矢だ。ゆえに彼に対して一切の足がつかず、依頼は必ず達成されるということで、タルセンの懐刀としての地位を誇る。そして今まさに、彼がヴァラルに向けて今まさに必殺の吹き矢を放とうとしていた。


(ッ!)


音もなく彼は吹く。ヴァラルとの距離は約三十メートル。


極限にまで気配と殺意を絶ったからこその芸当であり、極細の針が彼の首元を狙う。



だが、彼は信じられない行動をとった。


いきなり腰に構えた剣を抜いたと思ったら、真後ろから迫り来る小さな小さな猛毒の針を弾き飛ばすという芸当を見せる。


まるで予知していたかのような正確な斬撃。


暗殺者として名を馳せる彼であってもこのような事態を想定していなかったのか、キャリトの相貌が驚愕の色に染まった。


(失敗だ……)


彼は悟り、その場を消えるかのように立ち去っていく。こればかりは誰にも気取られず行うことが出来る、自分の特技はこれだけではないとヴァラルに対抗するかのように。


(……やってくれるじゃないか、タルセン……)


しかし、ヴァラルはキャリトの立ち去った茂みの中を冷徹な眼差しでずっと眺めていたのだった。




「失敗しただと!?馬鹿な!!ありえない!!」


彼の報告を聞いたタルセンは我が耳を疑った。ガナードを正面から打ち倒したことは知っている、それはこの目で確認したからだ。だが、キャリトがミスをしたなどとても考えられなかった。


「……それで?ばれる心配は無いだろうな?」


だが、気を取り直してタルセンは暗殺者の彼に確認を取る。自身の関与が疑われないために、最低限のことをしたのかと。


「……それは勿論」


針と毒薬はトレマルクの裏のルートをいくつも経由して手に入れたものだ。探りを入れられたとしても一朝一夕で見つけられるものではない、弁解するかのようにキャリトは依頼主に説明した。


「ならば良い……くそっ、あの二人に余計な警戒を与えるだけになったか……キャリト、お前はしばらく隠れていろ。指示は追って知らせる」


「分かりました……」


キャリトは何も反論はせず、そのまま彼の屋敷を出て行った。


「仕方が無い、計画はしばらく中止にするしかない……だが、覚悟しろ、最後に勝つのはこの僕だ!!」


ちらちらと蝋燭の火が灯る薄暗い部屋の中、彼は高らかにそう告げたのであった。



◆◆◆



一方、その日の夜、ヴァラルは昨日一人で訪れた森に、忘れ去られたようにぽつりと存在する湖のほとりにいた。


月の光がきらきらと水面を反射し、人気の無いそこではヴァラルの影だけが浮かび上がり、森の動物達のさえずるような鳴き声と共に、辺りの風景と相まって幻想的な雰囲気を作り出していた。


(タルセン、お前が俺を排除しようとするなら……)


そして、彼の手の中には黒い宝石のような召喚石が握られ、




――顕現せよ




天に掲げ、静かに、そして堂々とした声で彼らを呼び出す。


するとその召喚石は黒く眩く輝き、幾多の魔方陣がその場に続々と展開し、



――偉大なる王よ、如何なされた



漆黒の鎧を身に纏った彼らがヴァラルの目の前に現れたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ