激闘、その後に
ヴァラルの両腕に身につけた鉄の手甲とガナードの重厚感溢れる長槍。
その二つが互いにぶつかり合い、火花を散らし、金属の打ち付けあう甲高い音が辺りに響き渡る。
ガナードとヴァラルの攻防は時間が経過するごとに激しさを増し、デパンやマリウス、グレインとその他大勢の騎士や貴族達が二人の戦いに釘付けとなっていた。
「おい、デパン……おいっ!聞いてるのか!」
「何だマリウス……いちいち話しかけてくるな……今試合中だぞ?」
こんなときに一体何のようだ、デパンは隣にいるマリウスに苛立たしげに答える。デパンもまた、二人の戦いに見とれていた一人だった。
「凄いじゃないか……あれでガナードと相手するときはどうなることかと心配したけど、まともに打ち合っているじゃないか……」
「確かに……それに関しては本当にびっくりだよ……」
驚異的な力を持つヴァラルとはいえ、武器も持たずにガナードと立ち向かうのは正直どうかと思った。彼の一撃はとにかく重い。そのため、ヴァラルが身につけているあんな小さな手甲で受けきれるのか、マリウスと同様疑問に感じていたのだ。
「……でもここまでのようだ。ほらデパン、ヴァラルはガナードに一歩も近づけないでいるよ……このままだとジリ貧だ」
マリウスが指摘するように、試合はガナードの優勢の運びとなっている。息つく間も無く繰り出される変幻自在の槍捌きの前にヴァラルは両腕で防御し、ひたすら打ち払ってはいるが、防戦の一途をたどっている一方だ。マリウスはそんな光景を目にしてデパンに状況を語っていたのだった。
「……仕方の無いことだ。武器のリーチが全然違うからね。ああいや、ヴァラルのあれはちがうか。まあ、ここまでよく頑張ったよ、彼は」
デパンもまた彼に答えるように分析する。
騎士学校時代では剣術を含めた実技の成績が芳しくなかった二人でも、長物が他の武器に比べて有利なのは知っている。しかも、ガナードという達人が扱うことで、無類の力を誇るというのをその身に嫌というほど理解させられていたのだ。
何せ、彼の相手を務めたのはグレインを含めた王国の騎士達だけでなく、デパンとマリウスの二人も入っていたのだから。
――彼に負けたとしても、本当に凄いことには変わりは無いよ、ヴァラル
宮廷魔法士やオーガを屠ったヴァラル本来の力を見てみたかった気もするが、仕方が無い。誰にだって慢心や油断といったミスはある、今回はそのうちのひとつだと思って彼の健闘を称えよう、双子はそう思った。
……けれど、ここにいる彼らの考えとは裏腹に、ガナードはまったく別の思いに囚われていたのだった。
◆◆◆
(ぬぅ……)
ガナードはとてつもない重量を誇る長槍をまるで自分の手足のように扱いながらヴァラルの底力に驚倒する。
槍という武器は相手を突くという動作の関係上、剣に比べてより一層早さに重きを置いている得物だ。けれど一点を攻撃するという特性のため、自身の体重を乗せたり、力の限り振りぬくといった、威力の上乗せが難しい。
けれどガナードの場合、一流の剣士にも勝るとも劣らないありとあらゆる方向からの斬撃、より一層磨き上げられた鋭い刺突の両方をいともたやすく行う。
そして、それらが彼の怪力と相まって王国史上稀に見る強さを発揮していたのだった。(事実、彼は王国戦士長に就任してからというもの、常勝無敗の戦績を誇っていたことからもそれは明らかである)
だが、そんなガナードの攻撃を愚直に受け止め続けるヴァラルに対してはそんな自信も揺らぐ。
(まるで手ごたえが無い……)
彼ほどの力量の持ち主となれば、対峙する際に息の乱れや汗の量から自ずと相手の状態が手に取るように分かる。さらに今までの間、ガナードは数え切れないほどヴァラルに鋭い刺突と斬激を放ってきた、それも一片の容赦なく。
それなのに彼には疲弊の色が全く見えない。傍から見れば押されているのはヴァラルであることは疑いようも無い事実だが、間近でしか確認できない彼の不気味さに気圧されないために、ひたすら攻撃を仕掛けるガナードがそこにはいた。
(……まずい……冷静にならなければ……)
格上の彼に対し、一気に勝負をかけたつもりであったのだが、汗一つかかない彼に対し次第に焦燥感が湧き上がってくる。
ゆえにガナードは心を落ち着かせるため、一旦彼から距離をとった。
「……ヴァラル殿、一つお聞きしたい。一体その力、どこで身につけられた?」
「どうでも良いだろう、そんなこと」
(はぐらかされたか……)
見るからにしてまだ若いヴァラルは師匠などがいるのだろうか?精神を落ち着かせつつそんな疑問がふと浮かんだが、構えをとかずにいる彼にとってはガナードと戦うほうが重要のようだった。
「いや、全くその通りだ……気を紛らわせたようだな……」
試合中に立ち話とは一体何を考えているのだ。こんなことをポロリと語ってしまうほど自分は動揺しているのか、そう思った次の瞬間、
「……手仕舞いか?その心意気に免じて先手を譲ったつもりだったが、これで終わりならそろそろ出るぞ?」
ヴァラルがぼそぼそと周りに聞こえない程度の声で彼に言い放った。
(ッッ!!)
一切の反撃が無いかと思ったらそういうことだったのか。どうやら、ヴァラルは彼に全力を出すよう今まで待っていてくれたようだ、少しでもこの試合を有意義なものにするために。
(しかし……)
この後はどう攻略するべきか、ガナードは思案する。まるで自分が騎士達に行ってきたことをそっくりそのままやり返されたガナードは最早、勝利という以前にどうやってヴァラルに一矢報いようかという至極単純な気持ちになっていた。
(……いくら実直に技を繰り出しても意味が無い――それならばッッ!!)
しかし、彼は新たな考えがひらめいたのか、再びヴァラルに向かって疾走を開始する。
槍の先端は彼を真正面から捉え、後ほんの少しで接触する直前、
「フッ!!」
ヴァラルはそのあまりに単調な突きを難なく受け止める。
オーガの繰り出す一撃を防いだ彼だ、これくらいどうということはない。
――だが、
(とったッッ!!)
その瞬間彼の長槍が、ガキンという音と共に
二つに分かたれた。
◆◆◆
ガナードの槍は通常の二倍近くあり、その槍もまた訓練用とはいえグレインと同様に特注製である。
そして、この機構は本来、彼の緊急事態に際して備え付けられたものだ。
武器も使い続ければ磨耗する。定期的に修理に出してはいるが、過酷な任務も背負うトレマルク軍では何が起こるかわからない。そのため、この措置は彼なりの工夫といえるだろう。
それがこんな形で使われようとはガナード自身全く想像だにしなかったが致し方ない。流石に腕をふさがれているヴァラルにこれは防ぎきれまい、
そう思ったとき――
彼は横殴りに吹き飛ばされていた。
「……面白いな、これ」
ヴァラルは分かたれたもう一方の槍を掴みながら素直な感想を述べる。
最初見たときは異様に長いと思っていたが、まさかこんな仕掛けが施してあるとは予想だにしていなかったようで、心底彼は感心していたのだった。
「……ぐっ……何をした……」
すると、ガナードが槍を突き立ててよろよろと起き上がる。それなりに力を入れたはずなのだが、もう立ち上がってくるとは。ヴァラルはまたもや感心するのだった。
「ん?特に何もしていないぞ?ただ両腕が塞がっていたから、蹴りいれただけだ」
「な、何と……」
ガナードは彼の言っていることが信じられなかった。彼の虚を完全に突いたつもりであったが、それをあっさりと避けられ、すかさず体を反転させて回し蹴りを入れられたという衝撃的な事実に頭が追いつかなかったのだ。
「俺は何も、両腕だけで相手するとは一言も言わなかった気がするが……」
確かに、彼の足にも古びた防具がつけられている。
だが、鎧を身につけた上で、生身の体と同様に格闘術を行うなどガナードは全く予想だにしなかったのであった。
「……まあ、さっきのことを含めると中々の腕前だ。グレインの見立通り、確かに強い。この国では一番なのかもしれないな」
「……」
ガナードは彼の評価をただ黙って聞いていた。いや、
聞かざるを得なかった。
「……けれど俺の相手をするには」
――まだまだだな
そう言ってヴァラルはガナードの視界から消え失せた。
◆◆◆
「……なんだよ、ありゃ……」
グレイン、デパン、マリウスを含めた一同は困惑の真っ只中にいた。
ガナードの槍の秘密にも驚いたが、いつの間にかヴァラルが優勢になっているのだ。
それも圧倒的に。
瞬間移動をしたかのように彼の目と鼻の先に現れたかと思いきや、次々と拳や蹴りを繰り出すヴァラル。
それはまるで嵐のような凄まじい連続技であり、ガナードはそれでも槍を駆使して何とか反撃の糸口を探ろうと必死にこらえていた。
だが、ここまでヴァラルの接近を許してしまうと、彼の自慢の槍は武器としての役目を果たさない。徹底的な接近戦に持ち込んでいる彼はそんなことを見越していたのだろうか、今までの分をお返しといわんばかりに、ガナードに容赦の無い打撃の雨をお見舞いしていたのであった。
(……これじゃあ、俺達には敵わない訳だ……)
恐らく誰もが気づいたであろう、
ヴァラルが身体強化の魔法を使えるということに。
その恐るべき強さを直に見て、グレインは思わず身震いをするのだった。
◆◆◆
「ぐぅぅぅぅ!!!!!」
ガナードは思わずうめく。
終わらない打撃の数々。一発一発が本当に早くそして重い。今までの自分の鍛錬は一体なんだったのかと思わせるほど、強力無比な一撃が槍越しにガナードの体力をごりごりと削り取っていく。
何という膂力、そして洗練された動き。これは一朝一夕で身につけられるものではない。一体目の前にいるこの男は何なんだ。
様々な思いが一瞬にして湧き上がり、衝撃と共に霧散していく。
「……もう休んだほうが良いんじゃないのか?流石にそろそろ限界なんだろう?」
「ッッッッ!!!!」
そんな言葉に付き合う余裕がガナードには一切無かった。逆に、こんな最中でも声を掛けられるヴァラルの余裕に恐怖する。
彼の指摘のようにガナードは追い詰められていた。足腰に力が入らず、両腕も痙攣を起こすかのようにぶるぶると震えてきており、このままではあと十秒も持たないだろう。
(こうなればッッッ!!!)
しかし、追い詰められたガナードはついに決断する。
彼は自分の長年使っていた槍を手放し、彼へ一矢報いようと拳を交えて彼に直接打って出ることにしたのだ。
しかも、その予想外の行動にヴァラルは本当に一瞬だが、持ち主のいなくなった槍の前で隙を見せるのをガナードはしっかりと確認した。
(おォォおおおぉぉ!!!!!!!)
彼はヴァラルの顎を狙い打つ。
これで決まらなければ敗北が確定する。
それは王国戦士長、いや、一人の男として、恥も外聞も何もかも捨て去った一撃だった。
しかし、
その思いもむなしく、彼のひたむきな攻撃は、パシッという拳を受け止められたような音と共にヴァラルに防がれてしまったのだった。
(ここまでか……)
彼を守るものはもう何も無い。鎧を着けてはいるものの、ヴァラルの拳の威力はとてつもない破壊力を持つ。直に喰らえば骨折どころではすまないだろう。けれどもガナードは初めて全力を出せた相手にめぐり合えたのか、どこか充実した表情を浮かべていた。
「見事だ」
ヴァラルは最後に見せたガナードの一撃に健闘を称え、そして目の前に何かが迫り来るのを認識したとき、
ガナードの意識はそのままブツリと途切れたのであった。
◆◆◆
「……ここは……」
「「「た、た、た、隊長っっっ!!!!」」」
周りにはガナードの部下が大勢いて、彼が目覚めると同時に彼に詰め寄ってきた。どうやらあの試合の後、ウォストン城の医務室に担ぎ込まれていたようだ。
(……負けてしまったか……)
病室だというのにがやがやと喚きたてる騎士達を叱る医者を前にして先程の出来事を回想するガナード。
けれど、後悔はない。ヴァラルの拳はどこまでも素直で、一切の迷いが感じられなかった。マリウスの言うように本当にこの国に対して何かするつもりはないようだ。
また、それ以上に今まで気づいていなかった己の弱点が判明したことで、彼はとても満足していた。そして、これからの鍛錬に向けて大きな希望を持つのだった。
(だが、それもこの怪我が治ってからだな……)
ガナードは自身の容態を確認しようと起き上がろうとする。
このとき彼は多少の苦痛を覚悟していたが、
(……痛みが、無いだと?)
普段と全く同じように起き上がることが出来たのであった。
◆◆◆
「やれやれ……」
打ち捨ててあった鉄の手甲を持ち主の騎士に返し(戦々恐々とした面持ちであったが)ヴァラルはギャラリーの追及を逃れるため城の中を彷徨う。こう日に何度も追求されるというのは如何ともしがたい、彼は気まぐれにうろついていたのだった。
「冒険者のヴァラルというのはそなたか?」
するとやたら威厳に満ちた服装をした初老の男が彼に話しかけてきた。
「ああ、そうだが?」
こういう輩から逃げ出そうとした彼の目論見は早くも消え去ってしまったが、無視するわけにもいかないので無難に返事を返すヴァラル。
「先程の戦い、見事であった。久しぶりに心が躍ってな、つい興奮してしまったわ」
「それを言うならガナードにも言ってやれ。尤も、今は忙しそうだけどな」
ギリギリまで彼はヴァラルの猛攻に耐えたのだ。彼は最初の数秒で片をつけるつもりだったが、それが三十秒近くガナードは持たせた。それだけでも驚嘆に値する精神力だったと彼は評していた。
「勿論だとも、彼の働きも存分に素晴らしいものだった。これからも彼の活躍に期待するとしよう」
「ま、そう思うんだったらいいけどな」
ガナードに対し、上から目線で喋っているこの男は一体誰だ?ヴァラルはそう思い声を掛けようとする。
「そういえば自己紹介がまだであったな。余の名はコーレリクス、この国では王をやっておる」
どこか双子に似た物言いでそう告げたのはトレマルクの現国王、コーレリクス・トレマルク。彼もまたあの試合を遠くから眺めていたようであった。
「……やっぱり親子だな」
「おお!息子たちを知っておるのか。それなら丁度いい、今から話をせぬか?仕事が終わり、少々退屈しておったのだ。いまなら美味しい茶菓子も用意するぞ?」
なるほど、コーレリクスは話し相手を探してうろうろと城内を彷徨っていたようだ。意外と気さくな王だと感じたヴァラルは、話に乗ることでこのまま追っ手を振り切れると確信し、
「分かった」
その誘いに乗ったのだった。
――だが、その二人のやりとりを物陰からじっと眺める一人の男がいた。
(あれがガナードに勝った男か……名は確かヴァラルといったか?……くくっ、あいつがいればあの計画も……)
そして男は下卑た笑みを浮かべ、その場を立ち去っていくのを談笑に興じていたコーレリクスとヴァラルの二人は知る由も無かったのであった……