ガナードとの対決
「……ガナード、君は自分の立場を分かって言っているのかい?仮にも王国戦士長なんだよ?」
「ヴァラルも何あっさりと引き受けているのさ。こんな安い挑発に乗ってどうするんだ?」
マリウスとデパンが口々にガナードとヴァラルに意見する。先程まで二人はやかましく口論をしていたのにこの変わりよう、やはり息の合う双子である。
王子の場合、敵対する意志のないヴァラルに勝負を挑むとは思っていなかったのだろう、彼にしては珍しく慌てていた。
伯爵もまたヴァラルがこんな安請け合いをするとは考えていなかったようだ。しかもガナードはトレマルクの重鎮の一人。魔物ならまだしも、そんな彼を易々と潰されてはかなわない。
二人は共にガナードの身を案じるのだった。
「王子、これは二人の問題。どうかわがままをお許し願いたい」
マリウスに対し謝罪するガナード、けれど撤回する気はない。武人の血が騒いでいるのか、その口ぶりに迷いは無かった。
王国戦士長である彼の場合、最初に会ったときからヴァラルの異質さに気がついていた。
――あの内容だけで彼を判断するのは間違っている。
しかもガナードは自分の目で確かめないと気がすまない性格であったため、ヴァラルとの対戦を望んでいたのだった。
「デパン。俺はな、こんな風に真っ向から勝負を挑んでくる奴は嫌いじゃない、むしろ立派だと思う位だ。だから絶対に邪魔をするなよ?」
そしてヴァラルの場合、そんな彼の覚悟を感じ取り、挑戦を受け入れたのだ。
「……マリウス、これは何を言っても無駄っぽいよ。お二方、かなりやる気満々なんだけど……」
「……しょうがないな……二人とも、今回は特別に認める。ただし、互いに相手を再起不能、または殺すことは許さないよ」
「「……」」
何故かその言葉に二人は反応しなかった。
「何で黙り込むんだ……いいかい二人とも、今回は僕達も立ち会うんだ。余計な流血沙汰なんて真っ平ごめんだよ。そこのところ、きっちり理解してもらいたいんだけど?」
「……了解いたした」
「分かった、分かったから。デパン、そう睨み付けるな……冗談に決まっているだろう」
「君の態度にはときどきひやりとさせられるものがあるんだよ……もう少し気を使ってくれるとありがたいんだけど……」
デパンはヴァラルを眺めて、深いため息をついていたのだった。
◆◆◆
そして四人はウォストン城の外にある鍛錬場へと移動する。
そこでは大勢のトレマルクの騎士達が訓練に明け暮れており、見ているこっちが暑苦しくなるほど熱心に取り組んでいたのだった。
「ガナード隊長!マリウス王子にデパン伯爵まで!本日はお三方、用事があるのでは?」
「やあやあ、邪魔するよ。ちょっと新たに野暮用が出来てね、少しこの場を借りたいんだけどいいかな?」
こちらへ駆けつけてきた騎士の男にマリウスが陽気に挨拶し、ここに来た用件を伝えようとする。
「と言いますと?それに……そちらの方は一体?」
「今からこの者と一試合やる。騎士達の訓練を止めさせ、一旦下がらせろ」
そして、ガナードは部下である彼に命令する。
「……は?隊長自らでありますか?」
「他に誰がいるのだ?いいから早く準備をしろ。あまり待たせるなよ?」
「はっ!はいっ!」
迫力のある彼の言葉に圧され、男は急いで訓練を中断するよう指示を下していった。
「いいのか?わざわざ下がらせて。俺としては隅っこでやってもいいんだぞ?」
「別に構わないだろう。あの者達にとってもいい経験になる。このような機会、早々あるものではないからな」
ざわざわと突然の指示に驚く騎士達だが、徐々に下がっていく彼らを眺め、ガナードはこう答える。
「そんな大げさな……たかが一勝負するだけだろう?」
「さて、それはどうかな?」
そのガナードの真意は分からなかった。
◆◆◆
「おい、ヴァラル。隊長とやるってのは本当か?」
控え室で刃の無い訓練用の武器を漁っているヴァラルに声を掛ける人物がいた。
「……ん?ああ、グレインか。久しぶりだな、元気にしていたか?」
トレマルク王国の鎧を着込んでいる彼は冒険者のときとはまた違う印象を抱かせたが、それでも性格の方は変わっていないように感じ取れるのであった。
「それどころじゃねえ!一体どうしてこんなことになったんだよ!」
「成り行きだ」
がさごそと様々な武器を漁り、それらを軽く振り回しつつ彼の問に答えるヴァラル。今回は殺し合いではなくあくまで試合だ。なので、万が一のことを考えヴァラルはいつも使っている真龍の剣を使わず、こうして自身に合う武器を探していたのだった。
けれど、どうもしても手にしっくり来るものがないようで、地味に彼を悩ませていた。
「成り行きって……はぁ。いきなり伯爵やら王子やらが現れたと思ったら、今度はお前さんが隊長とやりあうとは……本当に世の中何が起こるか分からないな……」
目にもとまらぬ速さで武器を振り回すヴァラルの手並みに驚愕しながらも、今更だと思ったグレインは彼との奇妙な縁を感慨深く思っていたのだった。
「それはこっちの台詞だ。俺だって王子がいきなり現れてこんなことになるとは予想できなかった。それよりもだ、グレイン。ガナードって奴はどれくらいの実力の持ち主だ?一応聞いておきたい」
「……技の鋭さはセレシアの姉さんと同等かそれ以上。力はソイル並。だから相当強いのは間違いないぞ」
グレインは自分なりの考察をヴァラルに語った。
実は彼、一度ガナードと手合わせをしたことがあるのだ。
そのとき、グレインは彼のことを侮っていた。何せセレシアと長年冒険を共にしてきたのだ。彼女から教わった知識や技の数々もそれなりにある。なので、あわよくば彼を打ち負かそうと意気込んでいたのだった。
けれど彼は勝てなかった。
まるで弄ばれるようにして。
グレインが攻勢にでると、途端にガナードは彼の力を図るように徹底的に守勢に転じる。その姿はセレシアと瓜二つであったため、まるで彼女と戦っているように思え、いいように扱われるだけだった。
そして、彼が疲れる兆候を見せた瞬間、己の内に溜めた力を爆発させるかのように長大な槍を突き出し、怒涛の攻勢にでる。その一回一回の一撃は彼女の早さとソイルの力を併せ持った強力無比なもので、グレインは結局為す術も無く敗北したのだった。
「成る程ね……」
けれど、深刻そうに告げるグレインを置いてヴァラルはせっせと武器探しに勤しんでいた。
「……ってそれだけかよ!もっと他に聞くことはないのか?ほら~もっとこう、得意技とか癖とか色々とあるだろう?」
「無い。要はセレシアとソイルが二人同時に襲い掛かってくると考えればいいんだろう?それだけで十分だ」
「微妙に違う気がするけどな……」
「似たようなものだから気にしないことだ……あ~もう!それにしても中々いいものが無いな、ここは。もっと他のものは無いのか?」
ヴァラルはグレインと語っている間、ブロードソードやバスタードソード、グレートソードやエストック等、ありとあらゆる武器を試していたのだが、結局良いのが見つからなかった。なまじ真龍の剣というヴァラル専用ともいえる最高の武器を使い続けたため、違和感が残っていたのであった。
「そう言われてもな……ここにあるのでほぼ全部だな。あとはどれも似たり寄ったりのものしかないぞ。というかヴァラル。お前、どれだけ好き嫌いが激しいんだ……」
あんなに多種多様な武器を熟練者のように扱っているのにこの言いぐさ。一体何が気に食わないんだとグレインは言いたかった。
「仕方ないだろ、合わないものは合わないんだから」
(……ここにも無ければ、やっぱりあの中から選ぶしかないのか?)
しかしいまだに良い武器を探しあぐねていた彼は武器が飾られている最後のスペースへ移動しようとしていた。
「……グレイン、これはこの場所にあるものの一つなのか?」
すると、雑多な部屋の隅に置かれ、埃かぶっていたとあるものを拾い上げ、ヴァラルは彼に尋ねた。
「ん?ああ、それか?多分誰かの落し物だろう。貸しな。後で俺が持ち主を見つけておくから」
「……おっ意外に良いな。なかなか使いやすいぞ」
簡単に体を動かして動作を確認する。思ったよりも体に馴染む、これなら大丈夫そうだと思った彼であった。
「……ヴァラル、一応言っておくがそれは武器じゃない。防具だ防具」
「勿論分かっているつもりだ」
「分かってたのかよ……まさかそんなもので隊長とやろうと言うんじゃないだろうな?言っただろう?隊長は槍を使うって」
「俺は相手の武器に合わせるようなちまちまとしたやり方は好きじゃない。こういうのは自分に合わせるものだ」
ヴァラルは持論を展開する。
別に先ほど扱った武器の数々を使えないというわけではない。グレインが驚いていたように、彼はありとあらゆる武器を使いこなせるだろう。
だが、今回の試合ではあちらも本気の様相を見せているため、ほんの些細な違和感をもヴァラルは許容できなかった。
他人に舐められようが知ったことではない。彼は彼なりに本気で武器探しをしていたのだった。
「……つくづくでたらめだな」
「今更だ。それよりもグレイン」
「?」
「セレシアのことについては安心していい。彼女はちゃんと家に帰った」
「……分かった。わざわざありがとうな。それと頑張れよ、試合」
「適当にやるさ。適当にな」
そうしてヴァラルは控え室の外へと向かっていったのだった。
◆◆◆
彼が外へ出ると、周囲にはたくさんの人だかりが出来ていた。先程の騎士達のほか、どこから噂を聞きつけてきたのか大勢の貴族達もその場におり、ガナードとヴァラルの試合を観戦しにきたようであった。
「ずいぶんとまあ増えたもんだ。見世物じゃないんだけどな……」
「すまない。気が触ったのなら下がらせるが?」
「別にいい」
ガナードを見ると二メートル以上もある巨大な長槍を携えていた。恐らく彼の本気なのだろう、その切っ先はまるで本物のようにぎらりと鈍く光っており、その巨体と相まってとてつもないものだった。
「了解した……しかしヴァラル殿、本当にそれで良いのか?」
「ああ、問題ない。むしろこれがいい」
一方ヴァラルの場合、手には何も持っていなかった。いや、正確に言えば彼の両腕には、誰かの忘れ物とされる鉄の手甲がはめられていた。
だが、そのやりとりを聞いていたのかギャラリーから次々とヴァラルを馬鹿にした野次が飛んできた。
――隊長に対してなんだあの者は……
――少々馬鹿にするのにも程があるのでは?
「……黙らぬかッッッ!!!!!!貴様ら、それでも誇り高きトレマルクの民か!!!この手合いに文句があるのなら今すぐ前に出るがいい!!」
彼の素性を知らずにいて、こちらから頼んでいるのにもかかわらず、あまりに無礼な彼らの物言いに腹を立てたガナードが震えるような大声で一喝する。
すると、彼らは一斉に黙り込んだのだった。
「……本当にすまない。あとで彼らにはきつく言い聞かせておく」
「どうせ口先だけの連中だ。気にしていない」
「……心遣い感謝する、ヴァラル殿」
ガナードは彼に礼を言うと、長槍をゆらりと構え沈黙する。全身から闘気をたぎらせて凄まじいプレッシャーを放っており、ヴァラルという強大な存在を認識しても尚余りあるものだ。
(……中々良いな)
一方ヴァラルもそんな彼に敬意を表し、
片方の腕を前へ、
もう一方を体の手前へ置き、構えの体勢をとる。
それは彼がアルカディアを出てから初めてのことだった。
「「……」」
そして両者は一瞬睨み合い、
「「ッッッ!!!」」
激突した。