デパンとマリウス
デパン・ラーノイルとマリウス・トレマルクは双子の兄弟である。
けれどそのことが原因で二人が誕生した際、トレマルク現国王であるコーレリクス・トレマルクは大変な苦労に見舞われたという。
その当時、この国では双子は忌み嫌われる存在として人々に認知されており、王家に生まれてくる双子は国難の前触れとして伝承に残っていたためである。
そんな言い伝えなど迷信に過ぎないと彼自身は思っていたのだが、現実問題として王位継承権で将来二人の間で争いが起こるのではないかと危惧していた。
また、たとえ二人の仲が良好だったとしても他の貴族連中にそそのかされて争いになる危険性もある。そんなことからコーレリクスは大いに悩んだ。
すると、代々国王に仕えてきたラーノイル家の当主、エルトアからこのような申し出があった。
――私どもにお子を引き取らせていただけませんか?
ラーノイル侯爵家には当時子供がいなかった。そのため、コーレリクスに対しこう具申したのだ。
――だが、本当に良いのか?それはつまり……
エルトアは信頼できる家臣の一人だ、裏切ることは無いだろう。だが、その一方で他の貴族からのやっかみや陰謀に巻き込まれるかもしれない、コーレリクスは彼の身を案じた。
――心配には及びません、考えがあります。
そう言って彼はその後、コーレリクスの子を引き取ると同時に侯爵の地位を返上し、貴族の中で下の位である男爵の地位へ自ら下ったのだ。
この突然の出来事に王国は当然騒ぎになった。ラーノイル侯爵家はコーレリクスの腹心ともいえる貴族の一人だ、そんな彼が政治の世界から一歩身を引いた、貴族達は耳を疑った。
だが、当の本人のエルトアはあまり気にしていなかった。というのも、彼は王国のために力を尽くしてきたと思っており、これからは若い者達に任せようと常日頃から感じていたのだ。
そのため、貴族の位を下げることは彼にとってあらゆる意味で都合が良かったのである。
◆◆◆
「……というわけで、私とマリウスは別々に育てられたわけだ。それにしてもあのときはびっくりしたよ。物心ついたときに、いきなり父上と母上から話があるといって呼び出されたときはもうね……」
「久しぶりに会ったというのにデパンは変わらないな。逆に僕はあまり驚くことは無かったよ、薄々感づいていたし……それよりも神妙な表情をした父上の顔の方が僕は印象に残ったな」
インペルンの街を歩き、自らの身の上話をヴァラルに話すデパンとマリウス。口調は微妙に違っているが、それでも同じ顔で喋る二人は本当に兄弟のようだった。
あの後、マリウスとガナードはヴァラルに簡単な挨拶をして、ウォストン城へ行くついでとのことで王子自らこのインペルンを案内してもらうことになったのだ。周りの人々がそれはもう騒ぎ立てたが、ガナードのひと睨みにより渋々退散していくのだった。
「……二人はそれぞれの生まれについて気にしなかったのか?特にデパン、お前は王族の一員になれたかもしれないんだぞ?」
「私は特に気にしていないさ。むしろ父上と母上には感謝したいほどだ、色々と私のわがままを聞いてくれたからね」
「本当にうらやましいよデパンは。ヴァラル、王族の生活って皆が思うよりも優雅なものじゃないんだ。確かに衣食住は満たされるけど、それ以外の部分では本当に色々なしがらみに囚われているものなんだよ……ま、贅沢な悩みといえばそうなんだろうけどね」
マリウスは愚痴を呟くかのように語りだす。
トレマルクの王家に生まれた以上、王族としての立ち振る舞いを覚えなければ周りの連中にいいように扱われてしまうため、彼は生まれて間もない頃から様々な教育をコーレリクスから施されたようだ。けれどその言葉に棘は無く、父のことを王として尊敬していることが言葉の端々から分かった。
「だから私はかなり恵まれたほうなんだろうね。貴族としての礼法は多少学んだつもりだけど、マリウスのように私生活まで縛られたものじゃなかったから」
その一方、デパンはエルトア夫妻にのびのびと育てられたようだ。
領地は以前の十分の一以下になってしまったが、それでも比較的裕福な生活を送ることが出来たようで、彼からもまた両親への感謝の気持ちを感じ取れたのだった。
「……そうか」
成る程、本人達の性格も関係あるようだが、何よりも親達の理解があってこそのようだった。
――だが、それからの二人の話はとんでもないものだった
騎士学校時代に再会した二人はその日以降つるむようになり、様々な悪戯を働いていたのだという。
二人の容姿を利用した入れ替わり、日常茶飯事の校則違反、持ち込み禁止といわれているライレンの魔法道具の使用や販売等を行ったりするなど、二人の悪名は留まることを知らなかった。
「お二人とも、そのようなことをなさっておられたのですか……」
今まで黙っていたガナードも流石に口を出さざるを得なかった。職務に忠実な彼は今までこのような話を聞いたことも無かったのか、大変驚いていた。
「あれ、ガナードは知らなかったっけ?てっきり父上辺りから色々と聞かされているものだと思っていたけど」
「そのようなこと、一度たりとも耳にしてはおりませぬ!……まさか、一時期王が体調を崩されたのは……」
「ああ、それ?多分僕が説教を受けたとき、ついでに学校の方に呼びだされたんだろうね。いや~あれはまいった。久しぶりに父上から拳骨くらったよ」
「……」
ガナードはわなわなと震えていた。
「まあまあ、落ち着きなってガナード。あくまでも昔の話だ。それに今は真面目にやっている。そう目くじら立てることでもないだろう?」
「デパン、お前も人のことは言えないはずだ。どうせ一枚かんでいたんだろう?」
「一枚どころかほとんどだけどね、ヴァラル。まあ、私はその辺うまくやっていたからね。マリウスのようなドジは踏まなかった」
「何を言うかと思いきや。サラマンダーの幼体を教師共に見つかりそうになったのは一体どこの誰だったかな?全く、僕がいなければどうなっていたことか……」
サラマンダーは成長すると一メートルほどの巨大な蜥蜴に成長する魔物である。
一般的に魔物と呼ばれるものは、人に害なすものもいれば手なずけられるものもいる。このサラマンダーもそのうちの一体ではあるがクラスはC、学生の彼らにはとても手に負えない危険生物だ。
「……たまには私もミスをするものさ」
「お二人とも……流石にそれはまずいのでは?」
魔物の管理はライレンで厳しくとり行われている。そのため、下手をすれば国際問題にもなりかねないこんな裏話を暴露されたガナードの気はますます重くなっていた。
「大丈夫。信頼できる友人に預けたから、無事にライレンへ保護されたと思うよ」
「その通り。ばれなければ何の問題も無い」
(本当にこいつらは……)
今はやり手の二人のようだが、ヴァラルからすればとんでもない悪餓鬼だ。恐らく二人の性格は学生時代に培われたのだろう、彼もまたガナードと同様呆れ返っていたのであった。
◆◆◆
「いやあ、悪い悪い。つい調子に乗ってしまった。すまないヴァラル、君が客人だということをすっかり忘れていたよ。それと、さっきのことはなるべく内緒にしてくれよ?僕にもイメージというものがあるからね」
「だったら最初から話すなよ」
マリウスにビシッと突っ込みを入れるヴァラル。
あれからインペルンの街を回り、現在はウォストン城の一室で話し合う四人。やはりトレマルクの王族が住まうだけあってこの場所は広く、そして立派だった。
「それほど君があまりにも自然体だったからだよ。だから感心しているのさ」
「お前に褒められても嬉しくも何とも無いぞ……」
気味悪がるようにして言葉を返すヴァラル。
デパンといいマリウスといい、どうして自分の周りにはこう変な奴らが集まってくるのか、彼自身よく分かっていなかったのであった。
「そうそう、それそれ。デパンの言ったとおりだ、こんなに面白い男は初めてだよ。本当に初対面だよね?何処かであったことは無いよね?」
「当たり前だ……それよりとっとと本題に入れ」
「……そうだね。それじゃあそろそろ本題に入ろうか。皆からも言われてると思うけど、改めてSクラスの昇格おめでとう。それとアザンテ討伐もご苦労様」
「はいはい、世辞はいい。それで?わざわざデパンを遣わせて俺に用事とは何だ?」
本当に感謝しているマリウスの言葉を軽く流して先を促すヴァラル。そのしぐさにデパンは苦笑し、ガナードはムッとした表情を浮かべていた。
「……僕はね、君がどんなことを思い、これからどう行動するのか興味があるんだ。だから直接君と話をしてその真意を確かめたいと思っているんだ」
「要はこの国に対して何か企んでいないか知りたいんだろう?正直に言え」
あっさり彼の目論見を見破ったヴァラル。というのも、国の重鎮たるマリウスがこのように切り出すのも予め想定内であったのだった。
強者に対する人々の反応は大体決まっている。畏れや嫉妬、憧れの感情を抱く者。懐柔、あるいは取り込んだ後に都合よく排除しようとする者。これらに大抵別れる。
そして、マリウスは自分のことを微かに畏れているとヴァラルは踏んだのだ。
「本当に容赦が無いねえ……そんな態度だと周りに敵を作るかもよ?」
「そのときはそのときだ……ただ、俺は今の話をしている。で、そこのところはどうなんだ?」
「……有り体に言えばそうだよ。けれど、立場抜きで語るなら僕は君の事を既に友人として歓迎しているつもりだ。そこを勘違いして欲しくはない」
(嘘はついてないみたいだな……)
「だが、、お隣さんはそう思っていないみたいだけどな……まあ、俺は別にこの国に対して不満も何も無い。国が欲しくて冒険者やっているわけじゃないからな」
ヴァラルはガナードの方をちらりと向いてマリウスへ言葉を返す。
「というと、他に目的があるのかい?良ければ教えてくれないか?」
「大した理由じゃない、気の向くままに旅をしているだけだ、俺は」
「冒険者になったのは各地を回るため……か。ずいぶんとまあ欲の無いものだね。成りあがろうだとか、良い生活をしたいとか、そういったものは無いのかい?」
マリウスは疑問に思った。デパンからの報告で彼の性格について一応は把握しているつもりだ。だが、こうして言葉に出されることで改めて彼は不思議に思ったのだ。
「特に無い、俺は今のままで十分だ」
「……ふうん。つくづく君は変だ。大抵の冒険者は地位や名誉、金や女に惹かれるものだと思っていたんだけどね……」
僅かな沈黙の後、彼はヴァラルの認識をようやく改めた。デパンの言っていることは真実だと。
「マリウス、だから言ったろう?ヴァラルはそんじょそこらの冒険者じゃないって」
「その前に訂正しろ。俺はお前達みたいに変じゃない。至って普通の思考の持ち主だ」
「…………はははははははははっ!!!」
そのヴァラルの場違いな発言を聞いた瞬間マリウスは腹を抱えたように笑い出し、
「……ガナード、これは本物だ。自分のことをまるで普通だと言いつつ、真面目に僕達を変人呼ばわりする男がいるかい?国の転覆を図るだなんて僕にはとても考えられないよ」
至って真剣な口調で自分の考えを口に出した。
恐らくデパンに対しても同じ態度だったのだろう、彼はふてぶてしいものながらもこの国のことに関してはまるでどうでもいいように興味を示さない。
しかもあの実力の通りなら、襲う機会は幾らでもあったはず、なのに彼は何もしない。しかも自らを売り込もうとせず、ひたすら傍観者に徹しようとするその姿勢。
最早考えるのもばかばかしかった。
「ぬぅ……」
だが、ガナードはどうしてもやりきれない思いだった。
そこで、彼は一つヴァラルに問いかけた。
「ヴァラルとやら、一つ良いか?」
「何だよもう」
質問ばっかりで飽き飽きしていたヴァラルは投げやりに返事をする。
「アザンテを打ち倒し、オーガの集団を相手に立ち向かったという噂、あれは本当のことなのか?」
「おいデパン、そのあたりのことを説明しなかったのか?」
「勿論したさ。なあマリウス」
「ああ、確かに報告書とデパンの口から直接聞いた」
彼の問に相槌を打つかのように二人はそのまま述べる。
「……ですがお二人とも、実際にその目で彼の実力をご覧になったことは?」
しかし、ガナードは二人に疑問を呈した。いつもだったらこのような無礼を働くことは無いのだが、事は非常に重大な問題。彼は最後まで愚直であった。
「……いや、無いね。そもそも彼と会ったのは今日が初めてだから無理だったけど。デパンはどうだ?」
「そういわれてみれば……私が実際に見たのはアザンテの死体だけで、オーガの死体は報告だけだ」
「おい、珍しいじゃないか。そんなしくじりを犯すだなんて」
「マリウス、それは君が実際に見ていないからそんなことを言えるんだ。誰だってあんなことを聞けば気が動転するものなんだよ」
「……自分の失敗を棚に上げておいてそれは無いんじゃないのか?」
「何だい?口論なら一切負けるつもりは無いよ」
(本当は仲悪いんじゃ無いのか?)
二人はその途端言い争いに発展し、そのやり取りをヴァラルは取り残されたかのように眺めていた。
「……ヴァラル殿、先ほどの話の真偽を含め、折り入って頼みたいことがある」
「いきなり畏まってどうした」
「……もし宜しければお相手願えるかな?」
一方、双子の喧騒をものともせずに、ガナードは衝撃的な発言をくりだしていたのであった。
――強者を前にして人々の取る行動はヴァラルが思っている以上に存在する。
セレシアのように憧れの感情だけで終わらせるのではなく、彼に並び立とうと以前にも増して努力する者。
さらに、
敗北すると分かっていても尚戦いを挑む者。
ガナード・モーゲンはそんな珍しい一人だった。
「良いだろう」
そして、ヴァラルは彼の申し出に応じるのだった。