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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
36/79

ある日のアルカディアにて


「はぁ……」


ここはアルカディアのユグドラシル区画にあるアイリスの自宅兼仕事場。ヴァラルのローレン城やガルムの聖地、セランの屋敷と比べるとかなり見劣りするが、それでも彼女は小さいながらも温かみのあるこの家が気に入っていた。


けれど、そのような木造の小屋の中でアイリスは大きくため息をつく。


ヴァラルがこの国を旅立ってから一ヶ月以上が経過した。その間アルカディアは大きなトラブルに見舞われること無く常に平和であったが、彼女の心は徐々に沈んでいった。


彼が眠った千年間は待つことが出来た。仕方の無い事情だったし、ヴァラルに褒めてもらうことを原動力に今まで頑張ってきたため、何とか持ちこたえることができた。


(けど、あんまりじゃないですか……)


それなのに目覚めた後、彼はあっという間に旅立ってしまった。せめて一年、いや、百年程ここに留まってから出て行ってもよかったのではないかとアイリスは常々思っているのだった。


割と真剣に。


しかも、当の本人であるヴァラルからの連絡は一切ないことも彼女が落ち込む原因でもあった。ここを出て行く際、ヴァラルは緊急の事態がない限り互いに連絡を取るのはよそうと取り決めていた。というか、それを許可してしまったら仕事を放り出してまで長々と喋り続けるアイリスやイリスが目に浮かんだ彼は事前に予防線を張っていたのであった。


そんなことが積もりに積もって、アイリスはストレスを抱え込むようになっていき、悶々とする日々が続いていたのだった。


(でも、主様の国を守るのが私の務め。今日も頑張らないとっ!)


そうして気持ちを改め、彼女は仕事机に向かおうとすると、


「アイリス、いるか?」


フィリスの声が聞こえてきたのだった。




「今日もありがとう、フィリス」


「何、こうして人の姿をとるのも中々に楽しくてな。体を慣らすためにも、こうして出向いたまでだ」


アイリスがそれぞれの籠いっぱいに詰まった新鮮な魚介類や野菜、果物を運んできてくれた老剣士姿のフィリスに感謝する。


ここ最近ヴァラルがいなくなると同時に、フィリスは毎日のようにアイリスの元に足を運んでいた。あまり他人とのかかわりを持たず、静かに暮らすことを望んでいた彼にとっては驚くべきことだった。


表面上アイリスは何でも無さそうにしていたのだが、深い付き合いであるフィリスには気落ちしている彼女の変化はお見通しであり、気を紛らわすため話し相手になったり、仕事を手伝ったりと、様々なところで手助けをしていたのである。


「そういうことにしておきます。それよりもお腹すいているでしょう?何か作りますね」


「おお、それは有難い。今日は一体何が出てくるのか楽しみだ」


彼の気遣いにアイリスは感謝しつつてきぱきと支度をはじめ、フィリスは朗らかに笑ってリビングの椅子に座るのだった。





「アイリス」


その後、彼女の手料理を堪能したフィリスはお茶をすすりながら話を切り出した。


「どうしたんですか?そんなに改まって」


「いや、ヴァラルのことだが、やはり気になっているではないか?我からすると段々と落ち込んでいるように見えるのだが……」


今日ここへ来たのは彼女の心の容態を確かめるためであったため、心苦しくもあったが尋ねずにいられなかった彼だった。


「……確かに心配ではあります。正直、今からでも追いかけたいくらいです。でも留守を任された以上、ここを離れるわけにはいきませんからね。心配には及びませんっ!」


「そうか……すまないな、余計なことを聞いてしまって」


「気にしないでください。私はユグドラシルを預かる身ですからね。これくらいは当然です!」


むんっ、と細い腕でと力こぶをつくるようにして元気いっぱいに振舞うアイリス。


だが、彼にはそれが空元気のように見えて仕方がなかった。


(そろそろ、まずいかもしれぬ……)


フィリスは彼女の姿を見て静かにそう思った。



◆◆◆



「……ということで、フィリスからこのような相談が持ちかけられました。なので彼女のことを含め、これからのアルカディアの進むべき道について検討する会議をここに開きたいと思います」


ビフレストにあるセランの屋敷にて彼はそう皆に告げる。


ここにはガルムとマルサス、イリスとセラン、そして当事者のフィリスが集い、アイリスのことを含め、これからのアルカディアの運営について話し合われるのだった。


「質問。具体的にどんなことを話し合うんだ?」


ガルムが真っ先に手を上げる。こういう率直な態度の彼は、このメンバーの中では貴重な人材だ。


「そうですね……とりあえずは今の体制を見直すことからでしょうか」


アルカディアの主な問題点はアイリス、ガルム、セランにそれぞれ権力が集中しすぎていることだ。彼らは仕事に忙殺される日々が続き、中々休みが取れない。だがここが聖地と同じような環境なため、疲れるという概念がほとんどなかった。それが彼らの優秀さと相まってとんでもないことになっていたのだった。


「そうだね、私から見てもこれは異常だと思う。一つの国であるはずなのに、それがたったの三人で維持されているだなんて考えられない」


イリスもセランに相槌を打った。彼女の場合、ヴァラルが旅立った事を契機にして、身近な者に対し猫をかぶるのはやめ、言いたいことをずけずけと発言するようになったのだ。


「確かに……私達は今の状況に甘んじていたのかもしれない。セラン殿、ガルム殿申し訳ない……」


マルサスが気の毒そうに謝る。彼のこういうところは相変わらずだった。


「別に大したことはしてねえって。なあ、セラン」


「その通りです。ですがガルム、あなたは私達に仕事を回しすぎです。なのであなたの場合、本当に大したことはしていないのです。まずそれを自覚してください」


「うへぇ、悪かったよ」


とは言うものの、彼がアルカディアのパトロールを行うことで、三つの区画の住人から分け隔てなく慕われていると言うのも事実だった。そのため、セランは冗談半分のつもりで彼に発破をかけているつもりだったのだが、思わぬところで功を奏したようであった。


「……だが、具体的な方法は何かあるのか?」


「それなら安心して。私に考えがある」


イリスが聖獣リヴァイアサンのフィリスに向かって言い放つ。やけに自信満々だ。


すると、彼女は事前に準備していたのか、分厚い資料を各自に渡し、皆の前でプランを発表した。


「要は三人の負担を減らせばいいんでしょ?なら簡単。ユグドラシル、ウトガルド、ビフレストに住まう皆にもっと協力を仰げば良いじゃない。私達は大変です、だから皆、手伝ってくださいってね。で、最終的に判断するのは三人。それで解決」


「……それはそうだが、事はそう簡単にうまくいかないぞ?何せいきなりのことだ、戸惑う住人も多いと思うぞ?」


あまりに単純明快、そして判り易すぎる彼女の案に、マルサスが思わず突っ込みを入れる。


現在のところアイリス、ガルム、セランの三人をサポートしているのはそれぞれの種族の王や長、それに近しい者たちだが、それでもアルカディア全体からするとごく僅かな人数だ。


そうなると、仕事をさらに細分化して協力すれば負担は減るだろうし、最終的な判断を三人が下すのならば特に異論はないはず。だが、いきなりわけのわからない仕事を押し付けられる多くの者たちはたまったものではないだろう、多くの混乱が起こることは必至だった。


「何言っているの?マルサス、私としては今までが考えられない。時間がいくらでもあるからって皆怠けすぎ。そろそろいい加減目を覚ますべきだと思う」


古龍の王である彼をまったく気にせずに、吸血鬼の真祖であるイリスは真っ向から立ち向かう。


アルカディア三区画のそれぞれの住人は基本的に何かしらの仕事を持っていたのだが、あくまでもそれらは趣味の延長線上にあるもの。彼らの大半がその日暮らしの生活をしており、両親のへスターやエイミア、ドワーフのエドたちのように向上心をもって何かに取り組む者というのはあまり見受けられなかった。


そのため、イリスはそんな怠け者の彼らに腹が立っていたのだ。


大災厄は終わった、いつまでも過去を引きずっている場合ではない。何もしないで生活できるからといってそこで歩みを止めたら終わりだ。自身の愛するヴァラルの目指すところはそんなところではない。もっと遥かな高みを私達は目指すべきだと告げるように彼女は言った。


「そ、そうか……」


イリスの剣幕に押されたのか、騎士の格好をしていたマルサスは結局黙り込んでしまった。


「分かったのなら良い」


それが契機となったのか、その後の彼女は水を得た魚のように熱弁を振るった。起こりうるとされる様々な問題点を挙げ、それらの対処法を一つ一つ丁寧に解説し、このプランは実現可能だということをここにいる皆に思いこませたのだった。


その姿は、まさに才女と呼ぶにふさわしいものであった。


「ということで、何か意見や質問はある?無いならこのままアイリスにも伝えに行くつもりだけど、大丈夫?」


「「「………」」」


異論は誰からも上がらなかった。



◆◆◆



「凄かったな……」


「ああ、全くだ」


イリスがこの場から出て行った後、マルサスとフィリスが互いに先程の出来事を振り返る。黒龍と聖獣である二人も、彼女の並々ならぬ迫力に押されてただ頷くしかなかった。


しかし、貰った資料を見てみると、事細かに誰でもわかりやすく書かれており、いかに彼女が熱心に取り組んでいることが伺えたのであった。


「……おい、セラン。実はこれ、お前が考えたものじゃないのか?、底意地の悪さがにじみ出ているような箇所があるぞ?」


「どれどれ……ああ、違いますよガルム。言っておきますけど、この資料に関しては彼女一人で書いたものです。私はほんの僅かだけ彼女にアドバイスをしただけです」


書類を眺めながらセランはガルムの指摘した所に答える。


実のところ、ヴァラルから指摘されたことは長年彼の頭を悩ませてきた事柄だ。本当は対策をとりたいのは山々だったのだが、普段の仕事に忙殺されていたため、考える時間がなかなか取れなかったのだ。けれどイリスはそんな彼に代わって自分なりのアイディアを盛り込み、セランにちょくちょく見てもらえるよう頼んできたのだった。


「へえ、そりゃ中々やるな……」


ガルムは資料をめくりながら呟いた。


大富豪へスターの娘であり、そしてメルディナ魔法学院きっての才媛、そしてセランご自慢の秘蔵っ子であるということは承知だったが、それにしてもこれには驚いた。内容はただ負担を押し付けるものではなく、三区画の交流をより一層深めるための様々な提案が含まれており、のどかでありつつも、どこか停滞していたアルカディアの雰囲気に一石を投じるものなのだから。


そして、彼はそんな彼女の刺激的な提案に心が躍っていたのだった。


「でしょう?私もなかなか楽しませてもらいましたよ。仕事が減るのも幸いですが、これでさらにこの国は発展しますよ」


「でもよ、暇が出来たからってどうするつもりなんだ?」


「……やれやれ、何を言っているのやら。本当にあなたは肝心なところが抜けていますね……」


「?」


仕事をときたま押し付けたりするものの、やることはそつなくこなしているガルムだったが、肝心なところに気づかないのが彼の欠点でもあった。



――主のところに顔を出すに決まっているでしょう?私達をほっぽりだして一人だけ旅するだなんてずるいじゃないですか……



セランが悪魔のように笑い、


「……やっぱりお前、性格かなり悪くなったよな」


ガルムはそんな彼にほとほと呆れていたのだった。



◆◆◆



「ふう、何とかうまくいった……」


あれほど大物メンバーが集まる中で、あそこまで啖呵をきって語ったのはイリスにとって初めての経験だった。


その一方でイリスは先程の説明で十分な手ごたえを感じていたのかほっと一安心し、ユグドラシルにある彼女の小屋に向かいながらそう思っていたのだった。


実は彼女もまた三人と同じように多忙な毎日を送っていた。だが、ヴァラルがここからいなくなったことでハイエルフのアイリスと同じような思いが沸きあがっており、アルカディアの改革と共に自らの時間を確保するために動き出していたのである。


(それに、私はアイリスみたいにヴァルと旅をしてきたわけじゃない。あのときの私は何一つ出来ない弱虫だった……)


アイリスとイリス、名前の似通った二人だが、本音を言えばイリスはアイリスに対して劣等感を抱いていた。


彼女の笑顔は誰もがひきつけられ、そして誰に対しても優しい純粋な心の持ち主だ。対して自分は親しいものにしか本当の素顔を見せることが出来ない臆病者だと卑下していたのだ。


過去にヴァラルに救われたもの同士とはいえ、アイリスがその当時から彼についていった事もイリスに影響を与え、彼女に対して小さな嫉妬の念を覚えさせていたのであった。



――だがそんなイリスのネガティブな考えとは裏腹に、アルカディアでの彼女の人気はかなりのものだ



母親であるエイミアの美しさを引き継いだ彼女は、一つの個として確立しているはずのアルカディアの住人たちから羨望の的だった。


お見合いや婚約の話は両親の元に数多く寄せられ、イリス自身にもそんな話が大量に舞い込んできた。けれど二人ともヴァラルにしか興味がないようで、最初は穏便に、それでもしつこく付きまとってくるようなら容赦なく制裁を加え、次々と断り続けていったのである。


そんなことをしているうちに、この国では太陽のアイリス、月のイリスという名誉なのか不名誉なのか良くわからないあだ名がつけられ、高嶺の花として彼らを魅了していた。


ゆえに、そのようなアルカディアの誇る二大美女を前にヴァラルは旅立っていたのだから、なかなか豪胆な性格と言えるだろう。


(だから、私は私なりのやり方で彼に認められてみせる。だから待ってて、必ず会いに行くから)


そうして、プラチナブロンドの髪を夜の闇に輝かせ、真紅の瞳と、それにあわせるかのような鮮やかな赤いゴシックドレスを着て、


「アイリス、いる?」


彼女の住んでいる小屋の扉を叩く。



そして同じ男を愛しつつ、親友であるアイリスを心配するイリスはどこまでもたくましい女であり、


ヴァラルが旅立ったことで、アルカディア内でも徐々に変化が現れていったのであった。


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