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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
35/79

決意と別れ


「な……いまなんて……」


「そんなことをして俺の気を引こうとしても無駄だと言ったんだ。それにお前、震えているぞ」


セレシアを見ると、確かに小刻みに体が震えていた。ああいったことに慣れていないのか、それとも切羽詰ったからなのか、とにかくヴァラルにはお見通しであった。


「それとだな……」


ヴァラルはっきりと口にする。


「今のお前じゃあ連れて行くわけにはいかないな」


「そんなっっ!!どうしてだっっ!!」


彼女はわけがわからないと取り乱した。決して無茶な提案はしていない、むしろヴァラルにとってはいい事尽くめのはずだったのだから。それに、あのまま雰囲気に流されていたならどうなっていたかは分からないが、彼と一緒にいられるのならそれでも良かった。


「セレシア、お前に一つ言っておくことがある」


「な、なんだ……」



――俺を、誰かの代わりにするのはやめろ



ヴァラルの容赦の無い氷のような眼差しがセレシアを射抜く。


「っ!!」


すると彼の言うことが真実だったと証明するかように彼女の顔は青ざめ、ひどく動揺していた。


「お前の態度、かなりおかしかったぞ。正直別人じゃないかと思ったくらいだ。何がお前をそこまで駆り立てた?」


「ふふっ……そうか……そこまで私は変だったのか……」


セレシアはベッドのほうに力なく座り込み、観念したかのように語りだした。自分がドレク・レーヴィスという偉大な父を持っていること。幼い頃のドレクはとても優しい父親だったこと。けれど、母親が魔物に殺されてからは人が変わったかのように彼女を鍛えだしたこと。


「最初は、我慢できた。私も父上のつらさがよく分かっていたからな……」


ドレクが彼女に課したそれは、想像を遥かに超える凄惨なものだったらしい。


帝国の訓練場での出来事が生易しいと感じるくらい、それはもうひどいものだったようだ。そのため、辛さに耐えかねて父親の言いつけを守らなかったこともあった。けれどそれをドレクは決して許さず、次の日にはさらに過酷な試練を課すなど、彼女に逃げ場は無かった。


しかもそれを訴えられる身近な友達や大人も、レーヴィスという名を明かすことで怖気づいてしまい、怪物を見るかのようにだれも彼女に近づいてこなかったようだ。


だが、それも仕方なかったのかもしれない。ドレクの指導を受けているうちにセレシアは僅か十歳でバルヘリオン帝国の騎士を相手取り、打ち勝ってしまうほどの実力を身につけてしまったのだから。


そんなこともあり、彼女の幼少時代は非常に寂しいものだったという。


「けれどな……そんな中でも父上に感謝するときもあった。力を持ったおかげで他の連中から馬鹿にされることも無かったし、本当に偶にだが褒めてくれるときもあった。それに私は父上の強さに憧れていた所があったからな……まあ、それもすっかり昔の話で、今の今まで忘れていたんだがな……」


そして、セレシアは父を毛嫌いしながらもその強さを追い求め、そのまま彼の言いなりになってしまい、二律背反の歪んだ精神構造を形成してしまった。


そしてある日のこと、彼女はドレクからから言い渡された。


――冒険者になれ


その言葉に嫌悪しながらも、彼の力に惹かれていた彼女は言うがままに従った。そして、その頃にはもう同期の冒険者の中では敵無しであり、異例の早さでBクラスに上り詰めたのであった。


「そんなところにヴァル、お前が現れた……」


EクラスながらもBクラスという格上のセレシアに対し、あるときは優しく、またあるときは気さくに接し、そしてオーガの集団を圧倒し、魔法を使えるという衝撃的な発言。


彼女の全てが、崩れ落ちたときだった。


「あのときのヴァルは、幼い頃の優しかった父上が戻ってきたかのようだった……」


そして、彼女は最近ドレクが旅立つ際につきつけた条件を思い出した。


――Aクラスに昇格したとき、私との縁を切る覚悟があるのなら好きにしても良い


今まではレーヴィスという名の鎖に囚われていた彼女は気にもしていなかったことだが、ヴァラルと出会うことでそれに亀裂が生じ、彼が旅立つということを聞いてしまったせいでその鎖は壊れ、一緒に連れて行ってもらえるよう懇願したのだ。


「もう嫌なんだ!あんなつらいことはもうッ!」


子供が泣きじゃくるようにセレシアは喚いた。夜中だということも忘れてそれはもう喚きに喚いた。


そして、父親への罵詈雑言が一通り済んで落ち着いた頃に、


「私はお前を知ってしまった……だからもう父上の所にはもう戻れない……だけど、ヴァル、お前とならきっと……」


そうして再び彼女が近づいていき、彼の頬を愛おしく撫でさすったとき、


「……言いたいことはそれだけか?」


ヴァラルの冷徹な声が彼女の心を突き刺した。


◆◆◆


「駄々をこねるのもいい加減にしろ、セレシア。お前は俺を利用しているだけじゃないか」


「なっ!?」


彼女は驚いた顔で見やる。先程もそうだったが、こんなに冷たい態度をとるのは初めてだった。あのオーガとの戦いのときでさえいつも通りであったというのにこの変わりよう、セレシアは戸惑いを覚えていた。


「お前は中途半端なんだ。修行がつらかったのなら冒険者になった時点で辞めればよかった。強さを身につけたいというのなら、四の五の言わずドレクについていけば良かった。それなのにお前は父親を口では嫌いと言っておきながらも、そのまま従い続けた。それで、俺が強いからついていきたいだって?俺を逃げ道にするなよ、セレシア」


「ッッ!!そんな簡単に決められればこんなに悩んだりしないッッ!!ヴァラルはどれだけ私がつらい思いをしてきたのか分かっていないから言えるんだ、そんなことッっ!!」


ヴァラルの迫力に気圧されながらもすかさず反論するセレシア。どちらも一歩も譲りはしない、そんな雰囲気が漂っていた。


「当たり前だ。お前と出会ったのはつい最近のことだからな。しかもそんな悩み、一度も俺に相談してこなかったじゃないか」


「それはっ!!」


「大方、レーヴィスの名を出すことで昔の友とやらのように一歩引くんじゃないかと恐れていたんじゃないのか?」


「っく……」


「……やっぱりか。生憎だけどな、それこそお前の思い違いだ。それに……」


「な、なんだ……」


「どうして三人にこのことを相談してやらなかった?俺が見た限りじゃあいつら、お前の悩みに気づいてたと思うぞ」


グレインたちは最後の最後までセレシアを心配していた。結局、彼らは相手にされなかったのか、別れ際にヴァラルに対して自分達の力不足を嘆きながら去っていったのだ。


正直ここまで聞く限りでは、彼らはセレシアとの壁はとっくの昔に無かったのではないかと思うヴァラルだった。


「……」


セレシアは怒り心頭といった面持ちで睨みつける。そして、ヴァラルは続けて彼女に追い討ちをかけた。


「大体、俺はそんな心の弱い奴を連れて歩く趣味は無いんでね。どうせ教えたところですぐに投げ出すに決まっている」


「そんなことはっ!!」


「ないと言い切れるか?こうやって泣き言を喚いているのに?説得力が無さすぎるぞ、お前」


「くっ……!!」


この光景を見ているものがいたら心配のあまり止めようとする者が出ただろう。けれど、ヴァラルは言いたい放題、彼女への思いをぶちまけていた。


「オーガのときの気迫はどこにいった?あれが本来の姿だろう。それなのに何だ、今のお前は」


「……それ以上……」


「それ以上、何だ?」


「……私を愚弄するなッッッ!!!」


セレシアは怒りのあまりレイピアを引き抜く。


閃光のように走る細剣、目にも止まらぬ速さ。


直前で止めるつもりではあったものの、それでも本気で彼に斬りかかった。


こうでもしないとわかってくれない。


暗闇に紛れた不可視の一撃、見破ることなど不可能だ。


「っ!!」


ピタリと止められてしまった。


二本の指でいとも簡単に。


セレシアは彼のとてつもない技量に驚愕する。


“こんな、こんなこと……”


「結局、そんな甘ったれた奴には無理だ。俺についていきたい思うのなら、まず父親の元でもう一回鍛えなおしてもらうんだな。話はそれからだ」


「……う、うわぁぁぁぁぁ……」


レイピアがカランと音を立てて床に落ちる。


彼女は最後まで聞くことが出来なかった。ヴァラルとの実力の違い、自分の認識の甘さ。そのことにようやく気がついた彼女はついに涙をこぼしてしまう。


今まで、こんなにも泣いたことがないという風に。


「……」


ヴァラルは泣き崩れるセレシアを黙って眺めていた。


それは、先程の突き放すような冷たいものではなく、彼女の成長を期待するかのような眼差しであった。



◆◆◆



“けど、どうしてこうなるのか……”


隣ではピンクの可愛らしい寝巻きを着て、すやすやと眠るセレシアがいる。


こんなことになったのも、実は彼女のわがままのせいだった。




「うう……」


「ようやく泣き止んだか。この駄々っ子め」


少し時間はさかのぼり、セレシアはようやく涙を流し終えたのかヴァラルのことを見上げ、そしてそんな彼女をあやすかのようにヴァラルは彼女の顔を拭く。


いつもだったら抵抗した彼女も、このときはされるがままだった。


「それで、結論は出たのか?」


「……ああ」


「ほう、それは是非聞かせてもらいたいものだ」


ここまで騒ぎ立てたのだ。これくらい聞いても罰は当たらないだろう。


「……それは後で聞かせる……その代わりといっては何だが……」


「何だ?」


「……今日だけは一緒に寝てくれないか?」


「……は?」


「あ!いや勿論そっちの意味じゃないぞ!ただ、私はその……」


「分かっている、そんな度胸が無いことくらい……」


今まで彼女はずっと気を張って生きてきたのだ、要はヴァラルに甘えたいのだろう。


(本当にしたたかな奴だな……)


上目遣いの彼女を見て、そう思わずにいられなかった。


「だ、駄目か?嫌ならいいんだぞ……」


「……」


がっくりと落ち込むセレシアに対し、流石に罪悪感が沸いたのか渋々といった感じで、


「……支度してから来い」


了解したのだった。




“……くっ、寝返りを打とうにも……”


そして現在に戻り、左腕をがっちりと抑え込まれ、天井を見上げながら彼女の図太さに途方に暮れていたヴァラルは、


「んんぅ……」


安らかに寝息を立てるセレシアを見て。何かを諦めたかのように眠りについた。



◆◆◆



ここはセクリアの街から少し離れた二つの分かれ道。片方は王都インペルンに続く道で、もう一方は北に進むことでバルヘリオン帝国に続く道だ。


時刻は丁度太陽が真上に差し掛かる時間帯。風がさわやかに吹いているこの場所はセレシアとヴァラルしかおらず、世界に二人だけが取り残されているようだ。


「……ところで朝のことなんだが、どうしてそう決断した?辛い修行になるんじゃないのか?」


「ああ、そのことか……」


あの騒動の後、二人は共に朝を迎え、セレシアは寝ぼけ眼の彼に「父上の元に戻る」と、何かが吹っ切れたような顔でそう告げた。以降、二人はここまで喋らずにいたのだが、ヴァラルはその胸のうちを聞くため話を切り出していた。


「私には今まで目標が無かった。ただ漠然と父上の指示に従っていただけで、何一つやりたいことが見つけられなかった。けれど、私には夢が出来た」


「……なんだ?それは」


セレシアのただならぬ雰囲気に影響されたのか、ヴァラルもまた真剣に問い返した。


「私はもっと立派になって見せる。ヴァルに負けないくらいに」


「俺に負けないくらい……か。言っとくが、大変だぞ?」


「分かっている。私は父上を超えるつもりで修行に励むつもりだ。もう昨日のようなことはこれっきりにする」


「そうか……」


じっと彼女の力を見定めるようにして、ヴァラルは目の前の彼女を見つめた。


強い意志を秘めた、良い目をしている。


これならば、大丈夫そうだった。


「……セレシア。お前にはグレインやエーニス、ソイルがいる。あいつらは頼りになる仲間だ、それを忘れるな……まあ、それでも辛いのなら俺に言え。相談くらいは乗ってやる」


「ふふっ、分かった。だが、ヴァルは各地を回るんだろう?見つけるのが相当苦労しそうだ」


その後、緑の広がる草原でしばらく二人はじっと見つめあっていた。まるでどちらが先にこの話を切り出すか迷うかのように。


そして、ついにヴァラルは切り出した。


「……いずれ帝国の方にも顔を出すつもりだ。それまで元気にしているんだな」


「旅先でグレインたちにあったら伝えておいてくれ。心配をかけてすまないと」


「分かった。……お別れだ、シア。修行、頑張れよ」


「ああ、そっちも元気でな……」


それを聞いた彼は背を向けて歩き出し、


「……ヴァル!」


「ん?」


真後ろから聞こえたその言葉に振り向くと、


セレシアが背伸びをし、逃げられないよう彼の首に絡み付いて、





――二つの影が重なりあった。





「あのときのお返しだ!!」



長いような短い時間がすぎた後、セレシアは駆けていく。


その笑顔はヴァラルが見た中で、いや、彼女が今まで見せてきた中でも最高のものだった。



「……最後の最後でやってくれたな」


湿った唇を撫でながら彼女の姿をずっと眺める。


騎士のような凛とした彼女が見えなくなったのを確認して、彼もまた歩き出していった。


ヴァラルとセレシアとの出会いは終わりを迎える。


だが、これが今生の別れではないということを二人は知っている。そのため、悲しい気持ちではなく、晴れやかな気持ちで別々の道を歩みだしていった。


再会の時を、互いに信じて。


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