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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
33/79

それぞれの思惑 後編


「次」


「は、はい!!」


とある訓練場の一角で平坦な声と、緊張でうわずっている若い声が聞こえてくる。周りには緊迫した空気が流れ、無駄口を叩くものは誰もいない。


そこでは新人と思われる騎士と一人の男が対峙しており、彼の同期である騎士達も固唾を呑んで見守っていた。


先程から地面に突っ伏している同期の身を案じつつ、若い騎士は真新しい甲冑を着て目の前の男に模擬剣を構える。けれどその切っ先は男の方を向いてはいるものの、焦点が微妙にずれていた。


「どうした?早くするんだ」


渋みを増しながらも、同年代に比べ遥かに若く見える男は腰に手を当て、攻めあぐねている彼に向かって言い放つ。彼は薄い茶色がかった庶民が着るような簡素な服装でいたため、目の前の甲冑の騎士とは随分異なっていた。


そして、その男は剣を抜いておらず、鞘に入れたままであった。


「……いやぁァアアアア!!!!」


次の瞬間、女の叫びともとれる奇声を上げ若い騎士の男は剣を振り上げる。訓練用の剣であるため切れ味は全く無いが、それでも実物と同じ重さがある。ゆえにこのまま目の前の男に当たればただではすまないだろう、上段からの一撃は男を昏倒させるのに十分な威力を持っていた。


だがその刹那、


「脇が甘い」


中年の男はそう呟くと同時にほんの少しだけ体を前に倒したかと思うと、接近してきた騎士の胴体に剣をめり込ませた。


「ぐうッ!?」


金属がひしゃげるような音と共に思わず騎士は呻く。頑強な甲冑を装着しているはずなのに直接殴打されたかのような痛みが体中を駆け巡り、そのあまりの苦痛に両腕から剣を取りこぼしそうになり、膝をついてしまった。


「まっ……」


「駄目だ」


男は騎士の言葉を最後まで聞かない。苦悶の表情を浮かべる騎士に心配そうな顔一つせず、次々と技を繰り出していく。


顔、首、肩、腕、腹、足。


流れるような剣の舞を全身に打ち込むと、


「ぁ……」


何が起きたのか分からないまま騎士の男はそのまま地面へ崩れ落ちていったのだった。


「……次」


ごくりと誰かが息を飲み込む音が聞こえ、


数十人いた騎士達はその後誰も立ち上がることが出来ず、


そのまま訓練場に放置された。


◆◆◆


不定期ではあるが、ドレク・レーヴィスの仕事の一つとして新人の騎士達を鍛え上げるというものがある。


別に帝国に仕えているというわけではないが、卓越した剣技を後世にも伝えて欲しいとのことで軍の上層部から強く頼まれ、娘のこともあって教えることには多少の経験があったのが幸いしたのか、暇つぶし程度に彼らの面倒を見ることにしたのだ。


そして、その知らせを最初に聞いた騎士達は誰もが喜んだ。閃光の異名を持つ彼から直接指導してもらえるのだ、もしかしたら彼の駆使する魔法についてもあわよくば教えてもらえるかもしれない。期待に胸が沸く若者達が続出した。


けれど、騎士達のドレクへの羨望は粉々に打ち砕かれることとなる。


もともと彼は懇切丁寧に指導する気などさらさらなく、先程のように意識を失うまで徹底的にしごき倒すのだ。その地獄のような訓練の前に、新米の若い騎士達はまずここで心をへし折られ、彼との実力差が天と地ほどもあるということを体で思い知らされるのだった。




「お帰りなさいませ、ドレク様。今日はお早いお帰りで」


「……ああ、ただいま」


訓練場を一人で去り、帝国の一角にある自分の屋敷に帰宅し執事と簡単なやりとりを行う。


ドレクの屋敷はそれほど大きなものではない。美術品の類は一切なく閑散としており、調度品もどこにでもあるような普通のものばかりだった。その一方で目の前の執事はどこかの大貴族に仕えているような立派な出で立ちだったため、おんぼろ屋敷と優秀な執事、その二つの対比が微妙におかしかったりもする。


「ドレク様、お疲れのところ大変申し訳ないのですが、お客様がお見えになっております」


「客?今日はもう何も無かったはずだが?」


執事からの報告に思わず首を傾げるドレク。時刻は既に夕方を回っている。こんな時間にたずねてくるとは一体誰だ?彼はふと考える。


「それが……」


「……ああ、言いたいことは分かった。少し待たせておけ。どうせ奴のことだ、私の都合など関係無しに来たのだろう。あまり気にするな」


「分かりました。それでは失礼します」


言いづらそうにする執事の顔を見て、一人の男を思い浮かべたドレク。そして、彼は執事に簡単な指示をして自室に戻っていった。


(訪ねるときぐらい、前もって連絡するよう言ったはず……だが、一体何のようだ?)


ドレクはさっきと似たような地味で簡素な普段着に着替える途中、やや呆れながらもそんなことを思うのだった。




「随分と待たせるのだな、ドレク」


「そっちから勝手に入ってきたんだろう、文句は言わせない」


身なりを整え、一階にある応接室の扉をガチャリと開けると、三十代ほどの尊大そうな男がソファに居座っていた。その男の身なりはドレクとは違い、過度な色使いを施して見るもの全てを威圧するものであったため、男の態度と共にそれは一層強調されるのであった。


「相変わらず敬意という言葉を知らぬ男だな。もう少し我を敬っても良いのだぞ?」


「私に今更それを言うか?アクルス」


王者の風格をドレクに見せ付けるのはバルヘリオン帝国を統べるアクルス・ベイオン。絶大なカリスマ性を誇り、帝王という存在をそのまま具現化したような覇気溢れる男だ。


「ふん、まあ良い。そんなことを言うためにここへ来たのではない。今日は貴様の娘を祝いにやってきたのだ。感謝せよ、ドレク」


「ああ、そういえばそうだったな……だから街は騒いでいたのか」


ドレクは今思い出したかのように呟く。帰宅の途中で人々がギルドの発表で盛り上がっていたのだが、どうでもよさ気にそう答えるのだった。


「何だ、実の娘がAクラスになったというのに随分興味無さ気に言うのだな」


「あれくらい当然。むしろやっとスタートラインに立ったというところだ」


「厳しい男だな。女の身であそこまで上り詰めるのは大変だったろうに、父親からは褒め言葉一つも無しとは。だから嫌われるのだよ、娘に」


事も無げに返事をするドレクをからかうように事実を突きつけるアクルス。実際、彼とセレシアの不仲は一部の間では有名なことだったのだ。


「……そうやって教え込んだのだからな、それもまた必然だろう」


「以前はもっと明るい男だったというのにこの変わり様。奥方が知ったら悲しむのではないか?」


「……黙れ。それ以上、そのことを言うな」


アクルスの言葉に怒りを覚えたドレク。目の前にいるのがこの国の王であるにもかかわらず、彼は殺気を叩き付けた。


その瞬間、部屋全体の空気がひやりと凍りつく。だが、アクルスも伊達に広大なこの国を治めているわけではない。そんなことを意にも介さず今日の話の本題に入る。


「こんなところを誰かに見られでもしたら大変だというのに、やはり面白い男だ……それとだな、ドレク。実は先程ギルドから新たな知らせが届いてな、どうやらオーガという魔物、集団で行動するのが確認されたようだぞ」


「……それで?」


「発見した一人がセレシアだ」


「……」


その言葉を聞いたとき、無愛想なドレクの顔が一瞬だけ歪んだ。


「……なるほど、娘が襲われたことを知った途端にその反応。やはりお前も父親か。安心したぞ、ドレク」


「だが私は、強大な魔物の集団に対抗する術を充分に教えていない。一体どうして生き残ることが出来たんだ?」


「これはまだ未確認の情報だが、この際良いだろう。ヴァラルという冒険者がオーガの集団を一人で打ち倒したという報告が上がってきている」


「……ヴァラル?」


「つくづく鈍い男だな……Aクラスの連中を差し置いてSクラスに昇格した男のことだ。ああ、そうなると奴には礼を言ったほうがいいかもな、ドレク。報告が真実なら、娘の窮地を救ってくれたことになるだからな」


「……機会があればな」


色々とアクルスの口から衝撃的な発言が飛び出してきたが、それでも相変わらずな彼だった。


「本当にお前という奴はとことん無愛想な奴だ。まあ良い、我からの話は以上だ、今日はもう帰らせてもらう。詳しい話はセレシアから聞くと良い。何せ生き残った張本人なのだからな」


そう言って彼は薄暗い応接室から立ち去っていき、玄関の方ではがやがやと騒がしくなっていった。恐らくこの場に訪れていたことはまだ誰にも知らせていないのだろう、アクルスの破天荒ぶりにため息をつきながらもドレクは先程の言葉を思い出す。


(もしヴァラルという奴があいつの目の前でオーガの群れを殲滅したのなら……そのまま帰ってくるとは思えないがな)


実はセレシアが旅立つ際ドレクはある条件を彼女に提示していた。そして、彼の話を聞いた後に改めて自身の予測する通りに事が進むのなら、



――彼女は二度とここへ戻ってこないだろうと踏んでいたのだった




◆◆◆




水の浮かぶ大浴場のような広い空間に一人の女が立っていた。一目見ただけでその者を虜にしてしまいそうな美しい顔立ちをし、腰まで伸びた長い銀色の髪が夜の闇のなかで静かに輝きを放っている。


そして透き通るような白い肌は一点の曇りもないほど女の美というものを表現しており、祈りをささげるその光景は一枚の芸術的な絵になるほど神秘的な雰囲気を醸し出していた。


アルンの首都、テサリムにあるナーファリム神殿内で聖女エレーナは現在、禊を行っていた。


聖女は一日二回、朝と夜に礼服を着て身を清めるのが日課だ。他の国々へ赴く際はその道中で祈りを捧げるだけなのだが、神殿にいるときはこうして清浄の間と呼ばれる場所で彼女は毎日儀式を行っているのだ。


その時間を邪魔するものは例え王侯貴族であろうと許されず、過去には縛り首にあった者が出たほどだ。それゆえ覗き見するものなど一人もおらず、この場ではエレーナ一人しか存在していなかった。




それから少しの時間が経過し、清浄の間から祈りを終えたエレーナは石造りながらも荘厳なたたずまいのナーファリム神殿を一人歩いていた。その姿は先程の透けて見えるような礼服ではなかったが、白を基調とした法服は相変わらず彼女に似合っていた。


「本日の勤め、お疲れ様です。エレーナ様」


すると、大神官のアウレスが彼女に声を掛けてくる。彼女の右腕である彼は様々な政務をこなしているため、こうして夜遅くまで神殿内に残っているのだ。


「ありがとう、アウレス。そちらもご苦労様です。……ところで今日はいつもより神殿内が騒がしく感じました。何か心当たりはありますか?」


「……いいえ、特には。きっとエレーナ様の勘違いでしょう。今日もこの国の民は平穏無事に過ごしております」


「誤魔化すのはやめなさい。貴方は私のためを思っているのかは分かりませんが、そういうところは直したほうが良いですよ、アウレス」


彼の定型句を聞き流し、彼女は大人びた声で再び問いただす。神殿に一日中いることが多いエレーナではあったが、すれ違う者の多くがまるで重大なことが起こったかのようにそわそわとしていたため、気になっていたのだった。


「……失礼しました。実はギルドの方から発表がありまして、とある冒険者が今までにない階級に昇格したとのこと。そのため人々は騒いでいたのでしょう」


「なるほど……そういうわけですか。それで皆は落ち着きが無かったのですね」


アルンでも冒険者の活躍はそれなりに聞いている。エレーナも彼らと何度か出会った経験があり、いずれも非常に礼儀正しく紳士的な人たちだったことを思い出していた。そのため話題になっている者も立派な冒険者の一人なのだろう、彼女は納得するかのように頷いた。


「……聖女様のお耳を汚すだけかと思いましたのであえて口に出さずにいました。申し訳ありません」


「いいえ、そんなことはありません。人々の話題を知るというのも聖女の務め。今後もこのようなことがあればちゃんと報告するようになさい。分かりましたね?」


「はっ」


そしてエレーナ自身、世俗に疎い所があることを自覚していたため、このような話を積極的にするようアウレスに言い渡した。


「ところで……その者のお名前は?アウレス、貴方なら知っているのでは?」


「ヴァラルと言う者です、エレーナ様」


「ヴァラル……ですか……」


「何か心当たりでも?」


こうして深刻な顔をして物思いにふける彼女は珍しい。思わずアウレスは尋ね返してしまった。


「いえ、特には……」


「そうですか……そのようなお顔をされるのはあまり見なかったものでつい邪推をしました。申し訳ありません」


「良いのです、私は気にしていません。それよりも長話につき合わせてしまいましたね。もうそろそろ帰ったほうがよろしいのでは?」


「はっ、それでは聖女様。今日はこれにて失礼します。良いお眠りを」


再びお辞儀をしてそそくさと立ち去るのを見届けた彼女は


(ヴァラル……不思議な名前の人……)


月明かりが照らす、静かな夜にそう思うのだった。


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