それぞれの思惑 前編
「ローグさん!!ローグさん!!大変ですよ!!」
テトスの村復興の陣頭指揮を取っている彼に、カウンが今にも倒れこむような勢いで彼に駆け寄ってきた。
「……ん?何だ?」
「ヴァラルが、今回の昇格試験の結果に出ていたんですよ!」
ゼイゼイと肩で息をしながらカウンはまくしたてる。
「ほう、それは凄いな」
冒険者になって早々昇格試験を受けるものはそれなりにいるが、その大半が出鼻をくじかれる。けれどヴァラルはそんなことお構い無しのようだった。
「ほう、じゃないですよローグさん!!何と彼、いきなりSクラスっていうわけのわからないクラスになっていたんですよ!!」
あまり反応していないローグにカウンが力説する。どうやらこの件についてセクリアの街では市民や冒険者達がギルドに詰めかけているらしい。Sクラスとは何だ、ヴァラルという冒険者は何者だと。
「そうか……やはりな」
「……あまり驚かないんですね。てっきり、もっとびっくりするかと思ってましたよ」
「あんなことを間近で見たんだ。むしろ当然だと思えたよ、俺は」
それに、フェンバルの森での出来事もきっと彼がやってくれたのだろう。魔法士を一騎打ちで倒せたのならわけはない。カウンと話すうちに今更の出来事に気がついた彼であった。
「けれど、ヴァラルはこの後どうするんでしょうね。きっと大変ですよ、これから」
「ああ、それは同感だ。けどな、カウン。ヴァラルはそれでも何とかするさ。きっと」
「それは先輩冒険者としての勘ですか?」
「それもあるが……あくまでも個人的な勘だ。冒険者はとか一切抜きであいつには何かを感じさせてくれるものがある」
「そうですか……」
(ヴァラル……お前さんはこれから世界中から目をつけられるだろう。俺が言えた義理じゃないが、それでも頑張れよ……)
ローグはセクリアの街にいるであろうヴァラルに思いを馳せたのだった。
◆◆◆
Sクラスという突然の発表に困惑したのはセクリアの街だけではない。支部を持つライレン、バルヘリオン、アルンの三ヶ国もこの話題で持ちきりだった。
そして、当然のことながらギルド発祥の地であるトレマルク王国の上層部にも、その知らせは届いていた。
「はははっっ!!デパンの奴、また何か面白いことをしでかしたみたいだね」
ここは王都インペルンにあるウォストン城。この城の一室で一人の男が届けられた書類を読みながら笑っていた。
何人も一度に横になれそうな豪華なベッド。部屋を彩る繊細な調度品や美術品の山の数々。そして高貴な身分の者が着ているような彼の服もまた、その男の美貌もあいまって絵に描いたような美しさを放っていた。
彼の名はマリウス・トレマルク。この国の王子にしてデパンの親友であり、そして次期国王と周囲から期待されている男である。
「どうかされたのですかな、王子」
彼の笑い声が外まで聞こえてきたのか、壮年の男が部屋の中へ入ってきた。
かなりの長身であるこの男は、限界まで鍛え上げられた肉体が彼を覆う頑丈な鎧の隙間からのぞかせており、一目で相当の実力者であることが分かる。
マリウスに話しかけた男の名はガナード・モーゲン。繰り出される槍の一撃は盾の上からでも相手を突き崩し、そのまま駆逐せしめる稀代の槍の使い手であり、王国戦士長というトレマルクの軍を一同に率いる栄誉ある肩書きを持っている。
「ああ、ガナードか……いや、失礼失礼。ちょっとデパンから面白い情報が今さっき届いてね。思わず笑ってしまったんだよ」
そういって彼は今まで読んでいた書類をガナードに差し出す。『極秘』と書かれた文字に彼は一瞬戸惑ったものの、マリウスが無言で見るよう指示したため、それを受け取り黙って目を通していった。すると、
「これはッ!!……王子、何かの間違いなのでは?」
報告書の内容にガナードは思わず聞き返していた。
「ははッ!!君でも驚くことなんだ。僕はそのあたりのことが良くわからないからね、驚くよりも先に笑っちゃったよ。書かれていることがあまりにも非現実的すぎてね。そうなるとデパンも大変だったろう。彼、苦労人だからね。情報封鎖を含め、関係各所への根回しは相当大変だったと思うよ」
「それはそうです!!これが事実ならヴァラルという冒険者はあの『閃光』のドレクと同じ実力をもっているということになるのですよ!!デパンが機転を利かせたから良いものの、Eクラスのままだったらどうなっていたことか……」
「ギルドの制度が破綻していたかもね。パーティならまだしも、個人でこれだけの実力を持つ者をそのままにしておいたら各国から何言われるか分かったもんじゃない。彼には頭が上がらないよ」
セクリアの街にいる彼の手腕に感心しつつ、マリウスはそう推察する。
クラス制度は冒険者と依頼主、双方にとって余計なトラブルを防ぎ、円滑な取引を可能にするものだ。実際、Eクラスというのはほんの少しだけ腕っ節の良いそこらへんの人々とそう大差ない。
けれどもし、そんな彼らにヴァラルのような功績を期待してしまったら?それこそAクラスの冒険者は立場がなくなり、ギルドそのものが立ち行かなくなる可能性だってある。そのため、デパンのやったことを大いに賞賛する彼だった。
「……しかし、この男は大丈夫なのでしょうか?もしもこの国に攻め入ろうとするならば、それなりの対応をせざるを得ないのでは?」
「国を預かる身として少しは心配してるけどね。でも報告書を読む限りだと、こちらから手を出さない限りは何もしないそうだ。だからまあ、様子見かな。今のところは」
あくまでも参考との注釈を入れた上でのことだが、彼個人の性格や趣向も盛り込まれていた。それを読んでみると、彼にはあまり出世欲やらというものが感じられないらしい。
そして、実のところ、こちらのほうがマリウスを大いに驚かせていたのであった。
彼やデパンといった立場の人間ではさまざまな人と接する機会が設けられ、その中では大勢の冒険者と会話を交わすことがあった。
けれど、彼らの多くが表面上へこへこしながらも自分達に対し色々と便宜を図って貰おうと言い寄る連中ばかりだった。そのことも影響し、今までとはかなり違う冒険者だと記されたヴァラルに対して、マリウスは不思議な親しみを抱いていたのだった。
「……」
「もしかして、戦ってみたいと思ったりする?」
黙っているガナードに対し、そう問いかけるマリウス。
「ご冗談を……」
「でも目が笑ってないよ」
「……王国を守護する者としてこれほどの存在をそのまま見過ごすわけには……出来ることなら剣を交えてでもその真意を確かめたいかと」
口に出したこととは裏腹に、Sクラスという存在がどれほどのものかということに興味があったガナード。ドレクとは結局手合わせが出来ずじまいであったため、大陸にその名を轟かす彼と同等の力を持つとされるヴァラルと武人として戦ってみたいと思っていたのだ。
「流石だね、頼りになるよ……うん、君の意見は分かった。少し考えたいことがあるから今日はもう一人にさせてもらえないか?」
「……失礼、それではこれにて……」
ガナードは彼にお辞儀をし、そのまま部屋から去っていった。そして扉が閉められ、マリウスは腕を組み再び思考を開始する。
(彼はああいっていたけど、僕個人としてはそれほど脅威には感じていないな。わざわざ冒険者ギルドに登録をするくらいだ。国の転覆を図るならこんなまどろっこしい真似をしなくてもいいはずだからね)
そうだ、やるのならもっと徹底的にことを進めるはずだ。それも目撃者は全員消す勢いで。
そう考えて視線を横にずらすと、仕事机に置かれている魔法道具で撮られた写真を懐かしそうに眺めるマリウス。そこには学生時代のデパンと彼が互いに肩を組み合い、笑いながら映っていたのだった。
(あの頃はこんなことを考えずに済んだのにな……時の流れは残酷だねえ……そうだ、この際だからデパンに会うことにするか。直接彼から聞いたほうがよさそうだし。それと噂の彼にも……)
そういってマリウスは二通の手紙をしたためることにした。
一人は親友の彼に。もう一人は話題の中心にいるあの男だ。
「……よし、こんなものでいいだろう」
少しの時間が経過し、衛兵を呼び出したマリウスは、セクリアの街に滞在しているであろう二人に渡すよう頼んだ。可及的速やかに。
(だけど、こうしているうちにもあのお姫様が何かしてきそうだな……彼女はやることが無茶苦茶だからなあ……)
そうして彼は窓からのぞかせる青空を見ながらそんなことを思うのだった。
◆◆◆
「はっ、はっ」
魔法皇国ライレンにあるフォーサリア宮殿でも、ヴァラルという新たな冒険者の登場に話題が集まっていた。ライレンでは冒険者を軽視する傾向があったのだが、それでもSクラスという過去に例を見ないこの事態に当惑していたのであった。
そして高貴な髪飾りを身につけた少女は、宮殿のはずれにある小さな小屋へ向かう。
きめ細やかな刺繍を施し、かわいらしさを演出したドレスは多少乱れているが、それでも気品さを損なわずにいて、ふわふわとした白い髪を風に揺らし可憐な少女が息を切らせて目的地へ走っていた。
「じいっ!!いるか!!」
バタンと小屋の扉を開ける少女。その小屋の中は小奇麗にまとめられており、魔法に関する分厚い本や実験器具、それに何に使うのか良くわからない置物など、様々な物が陳列してあった。そしてある一室に入ると一台の机に柔和な笑みを浮かべた老人が座っていた。
「おお、これは姫様。そんなに慌ててどうされましたかな?」
古めかしい灰色のローブに身を包んでいる彼の物腰はゆっくりと落ち着いており、誰に対しても安堵感を与えるものだったのだが、目の前の興奮している少女には全く意味が無さそうだった。
この老人の名はオーランド・デニキス。ライレンの魔法士の間で『賢者』と呼ばれ、レスレック魔法学院の学院長を勤める男だ。
「聞いたか!?今回のギルドの発表!!なんとヴァラルという一人の冒険者が幻といわれるSクラスになったそうだ!!」
「ほう、それはそれは……」
丸い眼鏡をかけたオーランドは、立派にたくわえた白いひげを撫でながらにこやかな笑顔で少女の言葉に耳を傾ける。その二つの眼差しは孫を見るかのように慈愛に満ちていた。
「むう、あまり驚かないようだのう……折角妾が訪ねてきたというのにその反応……もしかして既に知っておったのか?」
「いやいや。これでも十分驚いておりますぞ、姫様」
しょんぼりと落ち込む彼女を元気付かせるように朗らかに笑い、自らの思うところを伝えるオーランド。
実際、彼は別のところから既にヴァラルの情報を得ていたのだが、それでも少女の言うことに驚嘆していたことには変わりなかった。ただ、普段の落ち着いた立ち振る舞いから誤解を与えてしまったようだ。
「そうだっ!!すっかり忘れていた!!妾は、じいに聞きたいことがあってここに来たのだ!!」
「ほほう、それはなんですかな?」
ころっと表情は変わり、くりくりとした明るい目でオーランドを見る一人の少女。それは異性に限らず、同姓までもが庇護欲をかきたてられる愛らしい姿だった。
「うむっ!!昔のドレクのことについてだ。じい、奴はどんな者だったのだ?」
「……ドレクは快活な青年じゃった。一部の者たちからは怪訝な目で見られておったが、それでも大多数の者からは好かれておった……」
今は寡黙な男だと風の噂で聞いたことがあるが、学生時代のドレクはライレンの宝であった。成績優秀で、誰に対しても人当たりの良い性格であったため彼のファンクラブが出来るほどの人気ぶりだったのだ。
そのため、彼がこの国を去ったときは皆が落ち込んだものである。
オーランドは昔の出来事を回想し、目の前の少女に語る。今でも時折学生相手に教鞭を振るってはいるが、ドレク・レーヴィスは教師としてこれほど教えがいのある生徒はなかなかいなかったのだと。
「おお~ドレクはそんなにも立派な男だったのか。凄いぞっ!!……そうなると今回のヴァラルという冒険者、きっと相当の力の持ち主に違いないなっ、じいっ!!」
「ほほっ、姫様は相変わらず元気が良いことで……おお、そういえば丁度いい。姫様、これをご覧になられますかな?」
「うむ?何じゃ、いった……こ、これは本当かっ!!」
オーランドから受け取った書類に目を通すと、その一番最初の項目に彼女は目を疑った。
それは魔法士のアザンテ討伐による懸賞金の支払い請求書。しかも、倒した者の名が今現在ライレンを賑わせているSクラス冒険者、
ヴァラルだった。
「真のようですぞ。かの者が姫様の仰る冒険者によって討ち取られたようで、もうすぐ彼の遺体と遺品がこちらに送られるみたいですぞ?」
「じいっ!!何故もっと早くこのことを言わぬのかっ!!」
少女はまくし立てる。何せ父を殺され母を負傷させられたのだ。しかも後一歩のところで取り逃がしてしまったため、アザンテに対して相当の殺意が沸いていた。
けれど、彼が死んだという文書を読んだことでその感情が再び蘇っていくのと同時に、別の想いもまた膨れ上がっていったのだった。
「いやいや、わしもこれを受け取ったのはついさっきのことでしてな。そしてこの後たずねようと思った矢先に姫様がおいでになられたのです」
「……こうしてはおれぬ。妾はアザンテを倒したそやつと会ってみたくなったぞ……ここへ呼ぶ!!すぐにな!!じいっ、後で詳しい話は聞かせてもらうぞ!!」
「……ほっほっほ。姫様は相変わらずのようですな」
ぐしゃりと書類を握り締め、突風のように小屋を飛び出していった少女を見届けたオーランドは呟く。
彼女の行動を見ているだけでいつも驚かされる。今度はどんなことがあるのだろう、年甲斐もなく心が躍る一人の老人がそこにはいたのだった。
その頃少女はもと来た道を急いで引き返していった。Sクラスの冒険者である彼に対し、アザンテを討ち取った礼をしたいという内容の招待状を送るために。
「リヴィア様!探しましたよ!一体どこへ出かけていたのですか!あれほど出歩く際は護衛の者をお連れするよう申し上げたはずですが、もうお忘れになられたのですか!」
歴史のあるフォーサリア宮殿の中をぱたぱたと駆けていると、そこへ女の侍従長が現れた。どうやら余計な心配を招いてしまったようだ。
「すまぬ。少しオーランドのところへ顔を出しに行っておった。以後気をつけることにする」
面倒くさい奴と会ったなと心の中で舌打ちしながら表面上は取り繕うとする少女。
「そういうことを私は過去に何度も聞きました!いいですか?もっと姫様は慎み深くなさってください。ただでさえこれから大切な時期が来るというのに、そのような振る舞いでは皆に示しがつきません!」
「安心せよ。妾もいずれは母様のようなおしとやかな女性になるであろう。…………多分な」
「多分ってなんですか!多分って!あ、ちょっと!まだ話は終わってませんよ!リヴィア様!」
「今は忙しい!またの機会にな!」
リヴィアと呼ばれる少女はこれ以上の説教は飽きたのか、きびすを返し、別のところから自室を目指すことにした。
(むっふっふ。ヴァラルとやら、おとなしく待っておれ。妾が直々に感謝することを光栄に思うが良い。そして……ああ、今から会うのが楽しみだのう……)
高級そうな絨毯の敷いてある廊下を走っている中で、彼女の深い紫の瞳は怪しく光る。
その目つきは新たな獲物を見つけた狩人のそれだった。
そして、そんな好奇心旺盛かつ天真爛漫な少女の名は、
リヴィア・ド・ライレン。
――魔法皇国ライレンの第一皇女がぺろりと舌なめずりをして、彼との対面を心待ちにするのであった