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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
31/79

広がる世界


無事にセレシアと合流し、その直後に歓喜の涙を流す三人。


まさか彼女が生きていたとは思いもよらなかったのだろう、満身創痍の状態にもかかわらず、彼らはとにかく泣いていた。


そして、ヴァラルがなぜここにいるのかを彼らは問いただそうとしたのだが、ひとまず四人はクヴィクト森に程近い川原に移動し、今日はここで夜を明かすことになったのであった。




「……それって本当なのか?嘘じゃないよな?」


「ヴァラルさんと二人で戦ったわけではないんですよね?」


「ですが、セレシアさんが嘘をつくとは考えられませんし、こうして無事に戻ってきたのですからきっとそうなのでしょう。それにもしその話が本当なら……」


時間を区切って水浴びをした後、ぱちぱちと燃えさかる焚き火を囲いながらグレイン、エーニス、ソイルはセレシアの語る内容を熱心に聞いていた。当の本人は少し用事があると言ってこの場にはいない。


尚、セレシアとは事前に打ち合わせ済みで、エリクシルのことやヴァラルの武具の類等、彼にとって肝心の部分は誤魔化してもらっている。


というか、彼女にとってそれは最早どうでも良かったらしく、特に気にする様子は無かった。


その一方で、モーロンから頼まれたこと、ヴァラルがSクラスの冒険者であるということを彼らに語ってもらっている。


どうせあの街に帰ったらばれることなので彼らの関心を別の方向に向けようというヴァラルの下心が多少混じっていた。


そして、それが十分に功を奏したようで、彼らは相当驚いていたのだった。


「そうだな。俺もソイルと同じことを考えた。ヴァラルはあの人と同じ力を持っていることになるんだな……」


「ええ。私もです。だからこそ余計に信じられません。ヴァラルさん、そんなに凄い方だったなんて……」


さらに、ソイルとグレイン、エーニスの三人はヴァラルが剣と魔法を同時に行使すると聞かされたとき、ある男を想像していた。


その名はドレク・レーヴィス。


一対一の戦いでは四ヶ国中最強と目されている男だ。そしてこの男もまた魔法を使うことができる。


とはいっても彼は厳密に言って魔法士ではない。あくまで剣主体で戦い、魔法は補助に使う程度だ。


だが、このアールヴリール大陸では剣と魔法を同時に使いこなす人間は現在のところドレク唯一人だけだ。


本来、この世界の実力者は剣か魔法のどちらか一つを選び、生涯をかけてその道を探求する。


だが、魔法に関しては幼い頃からの教育でその優劣が決定されると言われているため、才能があると認められたものはまず最初に魔法を学ぶ。


そして、その後剣に転向するものはほとんどいない。勿論、護身程度に学ぶ者はいるが、オーガのような強大な魔物相手に戦えるレベルにまで極めようとする変人はまずいない。


なにせ、魔法一つで彼らを蹴散らせるのだ、わざわざ命を賭けて強大な魔物と剣を交えて戦うなど正気の沙汰ではない。彼らはそう考え、魔法の詠唱速度や威力を高めるなど研鑽の日々を送っているのだった。


その一方でドレクは変人だった。魔法士の才能があったにもかかわらず、彼らとは逆に剣の腕を達人の領域まで高めたあと、魔法を学んだのだから。


そのため、最初は彼を馬鹿にするものが多かった。なんて才能の無駄遣いだと。しかし、彼は剣の修行で培ったその天才的な感性を魔法という特殊な分野でも遺憾なく発揮し、ある魔法を修めた。


それが『身体強化』だ。


体内の魔力を全身、または一部に集中させるこの魔法は彼らの中であまり人気の無いものだ。


何せ習得に時間がかかる割には効果が地味で、さらには近接戦闘でしか有効性を見出せていない。そんなことを覚える暇があるのならもっと別の魔法を習得したほうが良い。彼らの間ではそう評されている不遇の魔法だった。


けれど、ドレクはこの魔法を習得したことにより天下無双の力を得た。先程ヴァラルがセレシアの前で見せたような高速移動を可能にし、立ちふさがる魔物を自慢の剣技で次々と斬り伏せ、帝国主催の闘技大会で連覇を果たすというとんでもない偉業を成し遂げたからだ。


剣を抜いた瞬間斬られる。


――ドレク・レーヴィスは『閃光』の異名を持った帝国の誇る最高の剣士なのだった


「ああ……ヴァルは父上と同じ魔法を使える」


そして、こう応えたのはセレシア。


セレシア・レーヴィス。


冒険者登録をした際のミファエットは偽名であり、これが彼女の本当の名だ。つまりドレクとセレシアは親子であり、彼女に剣を教えたのも父のドレクその本人だった。


「しっかしな~。一体どこであんな強さを身につけたんだ?」


「そうですよ。身体強化の魔法は高位の魔法です。それを独学で学んだなんて……もしかしてライレン出身の方なのでしょうか?でもそんな人がいたらすぐに有名になっているはずですし……」


ライレンでは、彼の偉業を目の当たりにして彼に続こうと真似をするものが大勢いた。けれど、その誰もが挫折した。


もともと無理な話だったのだ。身体強化の魔法は持続させなければ効果は薄い。しかも、魔物と戦いながら複雑な魔法を行使し続けなければならないため、大抵の者では処理が追いつかず、脳がパンク状態になってしまう。


それほどまでに身体強化の魔法は修めることが難しいことで有名だったのだ。


「言ってもはじまりませんよ、グレイン、エーニス。そんなことを聞いてもはぐらかされるだけです。いずれギルドの方から発表があるとはいえ、それを事前に教えてくれたヴァラルにはむしろ感謝するべきでしょう。彼の魔法を知っているのは現在私達だけのようですし」


一般的に魔法士というのは自らの魔法をむやみやたらとひけらかしたりしない。


学生の頃やドレクのような相応の実力者は別として、彼らには秘密主義のところがある。そのため、ヴァラルが前もって明かしたのは四人を信頼しているという証だとソイルは考えていた。


「ぐぐぐ……それを言われると確かに……あ~でもやっぱり知りたい!!」


「別にいいが」


「え……本当か!?」


「ヴァル!!」


グレインが信じられないという声で、セレシアは想い人が現れたかのように顔を輝かせて振り向くと、ヴァラルが三人の前に立っていた。


「ただし、俺に勝てたらの話だがな」


「……それ無理。しかもそれじゃあ意味無いだろ……ところで、手に持ってるそれは何だ?」


「いいにおい……」


「ああ、いやなに。お前達が何も腹に入れてないようだったからな。これを作ってきた」


そういって出て来たのは彼の特製野菜スープだ。ヴァラルは彼女達の食事を作るのをかって出て、今までこの場にはいなかったのだ。


単に説明するのが面倒だったというのもあるが。


そして各自に彼特製の野菜スープが配られる。心が温まるようなが香りがセレシアたちに空腹を感じさせ、一口食べると、


「うめえぇ!!!」


グレインが思わず声を上げた。


「そうか、なら良かった」


あくまでもこれはアイリスの料理を作るところを見て彼なりにアレンジしたものだ。そのため少々心配なところがあったが、とりあえずまずいということはなさそうだ。(因みに、材料は全てアルカディアのユグドラシル産であるため品質は全く問題ない)


彼らはその後も一心不乱に食べる。誰もが食欲というのを今まで忘れていたかのように食べ続けた。


すると、


「うぅ……」


エーニスが涙を流していた。


「やっぱりまずかったのか?」


ヴァラルが心配そうに彼女を見る。


「あ、いえ、違うんです……またみんなと一緒にこんなに美味しいものを口にすることができて幸せなんです……」


改めるまでも無いが、エーニスたちを含め今日一日で命の危機に何度も晒された。そのため心のタガが外れたのだろう、彼女の器にぽたぽたと大粒の涙が零れ落ちていた。


「……こうして他の冒険者達のことも助けたことがあるんだろう?それが巡り巡って自分のところに返ってきただけだ。それに四人はこれから別々の道へ進むんだろう?その餞別だと思ってとっておけばいい」


「でも……」


「ヴァラルがこう言ってるんだ。そこまでにしとこうぜ。折角の飯がまずくなっちまう」


「グレインの言うとおりだ、エーニス。だけどな、ヴァル」


「何だ?」


「ありがとう。私達はこの恩を一生忘れない……」


「……困った奴に会ったらこれからも助けてやれ……それが俺から言えることだ」


素直に受け取れない彼は、相変わらず不遜な態度でセレシアに言葉を返す。


こうしたやりとりがあった後、彼女達の夜は更けていったのだった。


◆◆◆


その翌日、セレシアたちが目覚めるとヴァラルの姿はそこにはいなかった。流石に一緒に街へ帰るのはまずいのか、先に帰ったようだ。


ヴァラルの態度に対し、彼女達は不満げに思いつつもセクリアの街へ歩き出していった。オーガとの死闘で三人は多少は疲れが残っていたものの、何かから開放されたように晴れやかな表情をしている。


一方でセレシアはそんな彼らを複雑な心境で見ていたのだった。


まるでこの後に待ち受ける別れを惜しむかのように。


そして川原をでて三日後、多少の遅れはあったもののついにセクリアの街に帰還する。


街中は彼女達が無事に依頼を果たしたとのことで大騒ぎになっていた。


すぐに解散してしまうとはいえ、Aクラスの昇格試験に合格した冒険者パーティは実に数年ぶりの出来事だからだ。けれど彼女達はその雰囲気に浮かれず、オーガが集団で行動するということを報告するため、急いでギルドに駆けつけた。


「……そうか。このことはすぐに各支部に通達する。疲れているはずなのにわざわざありがとう」


ギルドの一室で彼女達からクヴィクトの森の出来事を聞いたモーロンは安堵していた。もたらされたこの情報で何人もの冒険者の命が救われるのと同時に、彼女達が無事だったことにほっとしていたのだ。


「それよりも、一体いつヴァラルのことを知ったんだ?あいつ、モーロンに頼まれたとか言ってたぞ」


「……なら話が早い」


そうしてモーロンは語りだした。自分がデパン伯爵の元へ真夜中にかりだされたこと、そして、このことはまだ秘密だと念を押した上で魔法士のアザンテが倒されたこと、それを彼が一人でやってのけたことをかいつまんで話した。


「改めて聞くと本当に凄いやつだったんだなあ、あいつ……」


「ええ、そうですね。彼が助けに来てくれなかったら今頃どうなっていたことやら……ところで、彼は一体どこへ?ギルドにはいないようですが」


「そ、そうだ。ヴァルは一体どこへ行ったんだ!?」


「セレシアさん、落ち着いてください。ここ数日、ちょっと様子がおかしいですよ……」


「ああ、彼なら――」





「……ヴァラル、ここは私の仕事場なんだけど」


「いいじゃないか。俺のことはそこらへんに落ちている石ころとでも思っておけばいい」


出された茶菓子をもぐもぐと食べながら彼はこう答える。


セレシアが街へ到着した頃、彼はデパンの屋敷に来ていた。街が一日中騒がしいため、静かな場所を捜し求めてここへ退避していたのだ。


「こんな白昼堂々と来るとは思ってもみなかったよ……それで?彼女達は無事に達成できたのかい?」


カリカリと書類を書きながらヴァラルをちらりと見て事の顛末を聞くデパン。


「街の様子を見れば分かるだろう。あいつらは無事にやったよ。ちょっとトラブルはあったけどな」


「……オーガが、でたのかい?」


「それもわんさかとな。今頃、ギルドじゃ大騒ぎなんじゃないか?」


「で、君はそれを難なくやっつけたと。つくづくでたらめだね………」


やれやれといった具合で彼のとんでもなさを実感するデパン。彼の話には退屈をすることが無い。仕事中にもかかわらず、伯爵はそう思うのだった。


「シアたちに散々言われた。だからもう慣れた。だが俺は四人も中々やると思ったな……さすがBクラスの冒険者達。チームワークが他のやつらと全然違う。あ、あいつらはもうAクラスだったか。けれどそれも終わりか。つくづく勿体無いな……」


備え付けられた豪華なソファに寝そべりながら呟くヴァラル。


(君はまだそんなことを言っているのか?)


デパンは思わず言いそびれてしまった。


ヴァラルとは価値観が違う、そう思ったのだ。


そして僅かな時間、二人は何も喋らなかった。


「ヴァラ――」


「お仕事中、失礼します!!」


「……何だい?」


するとデパンが話を切り出そうとした瞬間、彼の従者が駆けつけてきた。何でもセレシアたち四人が解散のパーティをするからヴァラルを出せと表で騒いでいるらしい。


「あいつら、もうここがわかったのか……しょうがない、ちょっと付き合ってやるか……と言うわけでデパン、何か言おうとしたのは分からないが、それはまた今度だ。それと茶菓子、中々旨かった。じゃあな」


そういってヴァラルはデパンの執務室をあっという間に去っていったのであった。


あとに残されたのはまだ手がついていないクッキーが何枚と、紅茶、そして伯爵が一人その場にいた。


「……」


外を見るとセレシアたちがヴァラルのことを大きな声で非難していた。どうしてあそこまできて自分達を置いていくのかと、一緒に来ればよかったじゃないかと散々詰問する声が聞こえてきたが、それは本気のものではないと言うことを伯爵は理解していた。


そして、そんな彼女達の光景を見ている中で、


(オーガがわんさかといたからそれを倒した?まあそれはこの際おいておいて……ヴァラル、君はセレシアたちをBクラスの冒険者の基準にしているようだけど、彼女達はAクラスの冒険者と同等、いや、ギルドの中でもトップクラスの実力をもつパーティなんだよ……)


デパンはそんなことを思っていた。


その後彼女らが見えなくなると、彼は執務室をぐるぐると歩き出し、


(それにしても、彼は開き直っているのかわからないけど、この後が問題だ。とりあえず王国とライレンに提出する書類は作ったけど、正直言って碌なことにならない気がするよ……)


目の前にある『極秘』と記された資料をぺらぺらと眺めながら彼は深いため息をつくのであった。




こうして今回のセレシアたちの昇格試験は一波乱あったものの、ヴァラルの活躍により無事に幕を閉じた。


そして、結果発表の当日。ギルドの前では昇格試験の結果を張り出す紙を心待ちにする人たちが大勢いた。


セレシアたちのパーティはすでに解散したが、それでも輝かしい彼女達の栄光の証を見ようと大勢の人だかりが出来ていたのだった。


そして、ギルドの職員が結果を掲示板に張り出しにやってくる。


人々は沸き立ち、彼らの一挙手一投足を舐めるように見て、ついに掲載された。


その瞬間、人々は一瞬沸き立ち、



――困惑に包まれた



彼らが目にしたのは、



Aクラスのセレシア・グレイン・エーニス・ソイルの文字と、



――Sクラス・ヴァラル


という、今まで聞いたことも無いクラスと冒険者の名前だった。



――この日を持ってヴァラルはその思いとは裏腹にあらゆる騒動に巻き込まれることとなり、


彼をめぐって、


世界は動き出した。


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