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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
29/79

死闘の果て


オーガという魔物が何故今まで単独で行動するものと思われていたのか、それには理由があった。


ギルドでは魔物の生態調査の依頼がある一定の頻度で回ってくる。これは大抵国ごとに行われるものだが、強大な魔物に対しては冒険者に一日の長があるため、それなりの報酬と引き換えに彼らを雇い入れるのだ。


けれど、実際の調査はあまり芳しいものではない。何せ依頼される内容の大半は危険なものになることがわかりきっているため、事実上Aクラスの冒険者しか依頼を受けていないのだ。


そのため、オーガを含めた強大な魔物にはまだまだ謎が多く残されているというのが現状である。そのため、彼女達が思わぬきっかけで手に入れたこの情報は各国にとって何よりも重要なものであることに間違いなかったのだった。


◆◆◆


オーガの群れと対峙した瞬間、セレシアたちは自身の血が凍りついていくような感覚に囚われ、深い絶望が彼女達を襲った。


先程オーガと死力を尽くして戦ったばかりなのだ。そしてやっとの思いで倒したと思ったら、目の前には数十体のオーガ。


悪夢としか言いようがなかった。


(まずい…このままでは確実に全滅する……)


セレシアはオーガ一体で百体のオークを相手にするという馬鹿げた発想をした己を反省するよりも、まず現状を打破しようと必死に考える。


オーガはおよそ確認できるだけでも二十体。だがまだまだいるのだろう、森の奥はがさがさと蠢いている。倍はいると見たほうが良い。これらを一度に相手取るとなると、Aクラスの冒険者達を緊急召集させるか、あるいはトレマルク王国軍の一部を導入するしかない。


だが、その結論はセレシア達で彼らの相手をすることが不可能であることを冷酷な事実として認識しなければならなかったのだった。


「グレイン、エーニス、ソイル。良く聞くんだ……」


一時はパニックになりかけたが、こういうときこそ冷静にならなければ意味は無い。それよりも彼らに伝えなければならないことがある。セレシアは気を落ち着かせ、静かな声で彼らに語る。


「セレシアさん……」


「オーガがクヴィクトの森に多数生息していること。奴らはゴブリンやオークと同様、集団で行動をする魔物だということをすぐにギルドと王国軍に伝えるんだ。これはもう、私達がいくらあがいてもどうにかなる問題ではない……」


「……撤退をするということですね……了解です。それで、貴方はどうされるおつもりですか?……まさかとは思いますが、ここに残るとか言いませんよね?」


彼女のただならない雰囲気を過敏に察知したソイルの目が彼女をじっと見る。


「私はここに残って少しでも足止めをする」


そしてセレシアは自分の決意を彼らに告げる。


「そんな!?いくらなんでも無茶ですッッ!あんなにたくさんいるんですッッ!セレシアさん、殺されちゃいますよッッ!!」


「俺達と一緒に逃げるんじゃないのかよッッ!?なあッッ!!」


目の前のオーガを刺激するのはまずいのか、エーニスとグレインは小さな声で彼女の言葉に異を唱える。


要するに彼女はここで死ぬといっているようなものだ、はいそうですかと素直に受け取る二人ではなかった。二人の悲痛な叫びがセレシアの胸を打つが、今は情に流されている場合ではない。とにかく生き残ることが何よりも重要であった。


「……すまない。だがこれは私の判断ミスが招いた結果だ。それを三人に押し付けるわけにはいかない。責任をとるのは私一人で十分だ……」


「だからといって、それとこれとは話が別だろうっっ!!」


グレインはついに怒鳴り散らしてしまった。


セレシアの話をそのまま鵜呑みにするなら、自分がここに残るべきだ。あのときオークの死骸を回収しようとしなければもっと早くここを出られたかもしれない。過去を振り返るのは既に遅すぎたが、それでもセレシアをここへ置き去りにすることなど彼には出来なかった。


「……非情なことを言うかもしれないが、グレイン、今のお前に何が出来る?もう剣を振るうことも出来やしないじゃないか。エーニスやソイルも同じだ、ここで残ったところで何にもならない。だが私は足止めをするくらいならまだ大丈夫だ……そう心配そうな顔をするな……必ず私も後から駆けつける。だからそれまで絶対に生き残るんだ」


「……」


セレシアの指摘にグレインは黙り込んだ。三人は連戦に続く連戦で疲れ果てており、これ以上の戦いは肉体的にも精神的にも限界だったのだ。セレシアもきっとそうだろう、それなのに最後まで気丈であり続ける彼女に三人はもう何もいえなかった。


そんな中オーガたちは強者の余裕からか、目の前の獲物がどんなことをして立ち向かってくるのかを期待するように彼女達の行動をじっくりと観察していた。


まるで裁きのときを待つ処刑者のように。


「……わかりました。ですがセレシアさん、絶対に死なないでくださいね。私たち三人に約束してください」


「そうだ、こればかりは守ってもらうぜ……」


決死の面持ちで彼女を見るエーニスとグレイン。ソイルは何も言わなかったが、二人と同様に真剣な顔つきだった。


「ああ、約束する」


必ず再開することを互いに誓い合って三人はセレシアを一人置いて森の中を駆け出していった。


一刻も早くギルドと軍に伝えるために。



「……待たせたな……」


目の前には無数のオーガたち。先程よりも数が増えていると思ったがセレシアにとっては既にどうでも良いことだ。


だが、怪物は集団で襲い掛からず、そのうちの一体が彼女の前に現れた。人間という種族がどこまでやれるか見てみたいのだろう。しかし、セレシアにとってはそれが好都合だった。


「……有難い。これなら集中して戦える……」


思わぬ魔物の行動にセレシアは感謝し、精神を極限にまで研ぎ澄ませレイピアを構える。


彼女の使命はただ一つ。


とにかく時間を稼ぎ、ひたすら奴らを駆逐することだけだ。


そして、一人だけの戦いが火蓋を切って落とされたのだった。


◆◆◆


セレシアとオーガの激しい攻防は続く。


彼女を一撃で即死させる大斧の攻撃をギリギリのところで次々と身を翻してかわし、その隙を見計らって彼女のレイピアが鋭く光っている。


元々ソイルの破壊力のある大弓やガルムの持つ大剣ならまだしも、彼女の持つ武器はあくまでも人との戦いを考慮されたものだ。オークならまだしも、オーガとの戦いではその時点で敗北が確定したと思われたが、彼女のレイピアの早さは鋭さを増す一方だ。


さっきはグレインやエーニスを守りつつ戦っていたため、セレシアは本気を出せないでいた。けれど、こうして一対一の戦いではオーガでも苦戦せざるを得ないほど彼女の剣技は凄まじいものを秘めていたのだ。


「!!!」


彼女と向かい合い、大斧を縦横無尽に振るうオーガは驚きをあらわにする。本当はさっさと片付けて残りの三人を見つけようとしていたが、目の前の鬼気迫る彼女の反撃にたじろぐ一方であった。


そんななか、セレシアと仲間のオーガの戦いを見ている彼らの間でいつの間にか目的が変わりつつあった。



――逃げた三人よりも、目の前の女を屈服させたい


そんな邪な思いが芽生えつつあったのだ。



「ッッ!!」


彼らがそんな思いを抱いていることにまったく気づかない彼女だったが、ついに戦いの流れをこちらに引き寄せる。


高速の突きと斬撃を混ぜた攻撃に翻弄されたオーガは思わずぐらりと体勢を崩したのだ。


(今だッ!!)


今までは大斧が邪魔で大きく接近することが出来なかった。


けれどこれはチャンスだ。セレシアはすかさず間合いをつめ、オーガの懐に飛び込んだ。


「ハアァァァァァッッ!!!!」


そして、ついに彼女のレイピアがグサリと鈍い音を立てて魔物の胸を貫く。


分厚い皮膚を貫通し深々と突き刺さるそれは、オーガの命を一瞬にして刈り取る致命の一撃だったことは誰の目にも明らかだった。


――オオオァァァアアアア!!!!!!


そして、オーガの絶叫が周囲一帯に響き渡る。けれどその声を最後に大斧を落として力尽き、地面に倒れこんだ。


だがその瞬間、


――オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!


オーガたちは自分の仲間が倒されたにもかかわらず、


歓喜の雄たけびを上げ、


セレシアに一斉に襲い掛かってきたのだった。



◆◆◆



セレシアは態度を豹変させたオーガたちの猛攻を必死に防いでいた。何故か彼らは武器を使わずにいたが、それでも巨大な豪腕が次々と襲い掛かり、彼女は窮地に立たされていた。


「くッ!!」


レイピアと全身を駆使して彼らの魔の手から逃れていたセレシアは苦悶の声を漏らす。幸いオーガは彼女だけをターゲットにしているおかげで、グレインたちのところへ向かうものは誰もいなかったが、その代償なのかオーガの数の暴力に振り回されていた。


つまり、彼らに捕まるのも時間の問題だった。


「それでも……」


「それでも、私は、」


「負けるわけにはいかないんだッ!!!!!」


体力が限界に近い彼女は最後の力を振り絞り、目の前のオーガに一矢報いようと反撃に出る。


体のあちこちに返り血を浴びていたため、誰が見ても汚らわしい姿であったが、これほどのオーガを前に決して怯むことの無かったセレシアの心はどこまでも美しかった。


けれど、そんな彼女の死闘もついに終わりを告げる。


オーガの拳が彼女の体に深々とめり込み、大きく吹き飛ばされてしまったのだ。


「がッッッ!!!!」


森の木に激突し、口から血を吐き出すセレシア。頭を大きく打ち付けてしまったのか彼女の意識は朦朧とする。既に抵抗する力は無く、そこへゆっくりと近づいてくるオーガたち。その醜い顔はどこか愉悦が混じっていた。


彼女とオーガとの勝敗は決した。


彼らの圧倒的勝利で。


(…これまで…か……)


頭から血は流れ、視界は歪み、その場から離れようとするもピクリとも体に力が入らない。


(……すまない……三人とも……約束を……守れなかった……)


彼女は仲間達の姿を思い浮かべ、


(……父上……)


遠い地にいる父の姿を思い出した。


そして、欲望にギラギラと目を光らせるオーガの一体がセレシアに接近し、彼女をさらに汚そうとする。


その邪な思いを感じ取ったセレシアは、


今まで自らの胸のうちに仕舞い込んでいた思いがついに決壊し、


「……誰か……助けて……」


小さな声で救いを求めたのだった。



――分かった



すると、どこからか無愛想ながらもどこか頼もしい彼の声を聞いたそのとき、


セレシアの前に迫り来るオーガの腕が、


風を切るような音と共に消失したのだった。


◆◆◆


「おい、大丈夫か?」


「……ヴァル……なのか?……」


目の前で両腕が消失する痛みにもだえるオーガを無視して彼女の無事を確かめるヴァラル。その一方でセクリアの街にいるはずの彼が何故ここにいるのか理解できなかったセレシアは、あまりの出来事に混乱していた。


「随分とまあ手ひどくやられたな。だが、あの戦いっぷりは見事だったぞ。ま、最後の突撃はどうかと思ったけどな」


彼女の戦いを最初から見ていたかのようにヴァラルは苦笑する。


「……逃げろ……」


「……おい、人に助けを呼んでおいていきなりそれは無いんじゃないのか?」


急に態度が硬くなったセレシアに思わず突っ込みをいれ、ヴァラルは彼女に黄金の液体の入った瓶をどこからともなく取り出す。


「ほら、飲め」


彼女の口元にエリクシルを近づけるヴァラル。


「……いいから……早く……逃げむぐ!?」


「うるさい、早く飲んどけ」


なかなか飲もうとしない痺れを切らしたヴァラルは無理やり口をあけてエリクシルを流し込んだ。


すると、彼女の体に異変が現れた。瞬く間にオーガから負わされた傷は時間が巻き戻るかのように治り、体中から活力が沸いてくる。


(無事に効いたみたいだな)


「これは、一体……」


「頑張ったご褒美だ」


ローグと同じ反応をしたセレシアの頭をポンと撫でるヴァラル。


そしてすかさずオーガの群れに身を翻していく。


――その雰囲気はEクラスの冒険者が放つものではなく、偉大なる王と錯覚するほど威厳溢れるものであった


◆◆◆


ヴァラルはセクリアの街を出た後、彼女達に見つからない範囲で行動しており、オークとの戦いやオーガとの死闘までも逐一見守っていた。


そして、ヴァラルの見立てでは、オーガの集団が現れた時点でセレシアを含め全員が逃げ出すものとみていた。


けれど予想に反し彼女が囮となり、この場に残った。


確実に誰かが生き残れるよう、戦力差を考えた上での合理的な判断。


命の危機に瀕しながらも、中々できることではない。


最後の突撃に関しては彼の言葉にやや棘があったものの、それは照れ隠しのようなもので、実はセレシアを大いに賞賛するものだった。


あのときの彼女は身に迫る絶望をはねつけ、希望を捨てず、最後まで必死に生き残ろうとする命の輝きを放っていた。


それはかつての大災厄でヴァラルと共に世界を駆け巡った仲間達にそっくりだったのだ。


(まさか千年後でも見られるとはね……)


結果としてやられたとはいえ、あの姿を見ることができただけでもヴァラルは大満足であった。


「グレインやエーニス、ソイルを見つけないといけないから早めに終わらせるか……夜も遅いし」


彼にとってごく単純な理由でさっさと始末することを決めたヴァラルは、真龍の剣を抜いて颯爽と歩き出し、


セレシアに不埒な行いをしようとしたオーガの横を何事もなく通り過ぎる。



すると、



オーガはいつ自分が斬られたのかを全く知覚出来ないまま血しぶきを上げ、



二つに分かれた。



「……次はどいつだ?」



真っ二つになったオーガを冷めた目で見届けた後、ヴァラルは獲物を見定めるかのようにそのほかのオーガ達をぎろりと睨みつける。



――強者と弱者が入れ替わった瞬間だった

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