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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
26/79

予兆


セクリアの街から出て三日後、ついに彼女達は目的地であるクヴィクトの森に到着する。


昇格試験の場所となるクヴィクトの森はフェンバルの森とは違い、奥地に良質な材木が採れるという事でいくつかの民家が立ち並ぶ程に開発が進んでいるところだ。けれど、その場所は既にオークの襲撃によって占拠され、無残なところと成り果てていた。


オークの習性として、一体ではなく複数で村や街を襲う点があげられる。


これはCクラス相当のゴブリンも似たような特徴を持つが、オークの方が彼らよりも一体一体がそれなりに強力なため冒険者ギルドでBクラス指定を受けている。実際問題、セレシアのような卓越した剣の技能を持つ者がいるか、エーニスのような複数を同時に相手に出来る魔法士がいなければ苦戦は免れない相手なのだ。


「どうだ、ソイル?」


「やはり多いですね…ざっと見ただけでも二十体はいます」


オークの集落近くでソイルはセレシアに報告する。


彼らは集団で行動するとはいえ、人間ではなく所詮は魔物だ。大抵は十体ほどのごく少数で彼らは生活しているのだが、クヴィクトの森に住むオークはいままでにない規模であるようだ。


セレシアたちは現在、ソイルが彼らを目視できるギリギリの場所にいた。とはいえ彼の目は非常に良いため一方的に動向を探ることが出来、さらにうっそうと生えている茂みの中に隠れているため、余程のことが無い限りオークたちに気づかれることはないだろう。


初日では四人ともちょっとした問題が起こったが、クヴィクトの森に近づくにつれていつもの調子に戻っていった。これから命のやりとりをするという瀬戸際で以前のことを気にする程、彼女たちはやわではないのだ。


「やはりモーロンの言っていたように六十体はいると見るべきだろうな。……よし、それなら手はず通りに行く。タイミングは任せたぞ」


「分かりました。私も出来るだけ援護しますが、それでも魔物と直接戦うのはセレシアさん、貴方です。くれぐれもお気をつけて」


「その言葉、グレインとエーニスにも伝えておく。ソイルも危なくなったらすぐに知らせるんだ。今回は何よりもソイルの腕にかかっている。それを忘れないでくれ」


「そこまで期待されているのならば応えないわけにはいきませんね……お任せください」


その力強い返事を聞いてセレシアはソイルをその場に残し、二人の待つ場所へと移動していった。


◆◆◆


「待たせたな。二人とも、何か問題はあったか?」


これがセレシアたちパーティの最後の依頼なのだ。念には念を入れる必要があり、もし何かあればすぐにでも引き返すつもりだったため、彼女は最後の確認を取る。


この後三人はそれぞれ別の道を歩き始める。その道半ばでその命を無駄には出来ない。彼らのためなら命を賭けて戦う決意が彼女には備わっていた。


「大丈夫です」


「問題は無いぜ」


二人はリーダーの到着に安堵したのかほっと一息つく。


セレシアの立てた作戦はいたって単純なものだ。まず、ソイルがオークたちを弓で注意を引かせ、次に別の方角からエーニスが魔法を放ち、彼らを動揺させる。


そして最後はセレシアとグレインがエーニスを援護しつつ一気に彼らを掃討にかかる。あまり長くかけすぎると増援を呼ばれるかもしれないので、これは時間との戦いでもあり、入念な下準備とパーティの連携が重視されるのだ。


「準備はいいな……頼むぞ、ソイル」


セレシアが呟き、いよいよオーク討伐が始まりを告げたのだった。


◆◆◆


「頃合ですか……それではいかせてもらいますよ」


ソイルは近くに設置してある弓に矢をつがえ、遥か彼方に見える一体のオークに狙いを定める。弓は今にも魔物を撃ち殺そうとばかりにギリギリと音を立て、弦を限界まで引き絞るところで彼は矢を放った。


そのとき、何かが森の中を高速で駆け抜け、集落にいたオークの一体の首がドスッと鈍い音を立てて吹き飛んだ。すると周りにいたオークたちがその音の出所を探ろうとして騒ぎ始める。


けれど、その間にもパシュッ、パシュッと乾いた音が森の中に響きわたり、オークの腕や足を吹き飛ばして彼らは次々と倒れていったのだった。


「ふぅ……」


ソイルは一通り矢を放ち終えた後、弓を下ろし一息つく。


彼の持参した弓は対魔物用に改良された弓で、通称魔物殺しの大弓とも呼ばれる。これは飛距離は勿論のこと、威力もオークの首を一撃で吹き飛ばすほど強力な物だ。そのためか、魔物だからこそ良いものの、人間に向かって放つことになろうものなら鎖帷子を仕込んだ服ごと容易に貫いてしまううことは必至だった。


またそれにつがえる矢も特別なものを用意しており、通常の矢に比べ遥かに大きい。彼はこの大弓と大矢を共に使いこなすことで数々の魔物を葬り去ってきたのだ。


実はセレシアたちのメンバーの中で一番力があるのは意外にもソイルで、グレインが一度彼の弓を引き絞ろうとしたことがあるのだが結局少ししか引っ張ることができなかったという逸話がある。腕相撲も、グレインが彼に勝てたためしが無いくらい彼は怪力の持ち主なのである。


「とりあえずざっと十体はいけましたか……さて、次の場所へ移動しないと。そろそろ彼らが気づくかもしれませんからね」


そうして彼は急いで弓と矢を抱え、その場を後にしたのだった。


◆◆◆


「ソイルが上手くやっているようだ。エーニス、頼むぞ」


オークたちが慌てている姿を確認したセレシアはすぐさま指示を出す。


「はい!」 


エーニスはその言葉を聞くと、魔法を放つため、雑念を払い集中する。


エーニスは魔法士としての才能はよくいって平凡、悪く言えばそれよりもやや下といったところだが、セレシアたちのパーティで彼女は欠かせない存在であった。


勿論、魔法士ということもあるのだが他にも理由がある。


魔法士の力は確かに目を見張るものがある。だが、ギルドに所属する魔法士たちは仲間との連携というのをあまり重要視していなかった。魔法を放つだけで大勢の魔物を駆逐することができるのだからメンバーのことをあまり考える必要性がなく、しかも大半がパーティのリーダーであるためどちらかといえば指示を言い渡すタイプなのも拍車をかけていた。


けれどエーニスの場合はそんな魔法士たちとはだいぶ違う。彼女は自分の魔法をセレシアたちやグレイン、ソイルに役立てて欲しいと思い行使するのだ。つまり、魔法士であるエーニスが逆にセレシアたちに合わせているのだ。


そして長いようで短い時間は終わり、ついに魔法が放たれる。


『ウインド・カッター』


杖から魔力の風が生み出され、オークたちの集団に猛烈な勢いで吹き荒れていく。魔法で作り出した風は自然発生したものとは違い、明確な殺意を持ち、全てを切り裂く真空の刃となって彼らに襲い掛かった。


――ガァァァ!!!!!


獣のような絶叫が辺り一面に響き渡り、風に取り込まれた彼らの皮膚に無数の裂傷が走っていく。そして風がやんだ後、辺りには無残な姿と成り果てたオークがバタバタと地に倒れていったのだった。


「さすがだなっ!それじゃあここからは俺の出番だっ!しっかりついて来いよっ!」


「グレインさん、あまり一人で行かないでくださいよ。ついていくの、結構大変なんですから」


「フォローは私がする。いくぞッ!」


そうして三人は茂みの中から飛び出し、彼らの住処を奇襲していった。


◆◆◆


「うらぁァ!!」


ドスッと貫くようにしてグレインの大剣がオークの体に深々と突き刺さる。すると、致命傷を負ったオークは口から血を吐き出し彼を呪うかのような咆哮を上げ、命を落としていく。


彼はソイルの弓を引くことは出来なくても、こうして身の丈にも及ぶ剣を軽々と振り回し、態勢を整えて次々と襲い掛かってくるオークたちに一歩も引かずに立ち向かっていくのだった。


本来、人間と魔物では基礎的な身体能力に大きな差がある。


けれど人間は知恵を絞り、武器と体を鍛え、魔法の力を駆使して彼らと対抗してきた。そしてグレインもまたその中の一人であった。


彼は武器の扱いのみならず、誰よりも勇敢な男である。討ち倒した魔物は数知れず、その功績のため街やギルドから何度も表彰され、バルヘリオン帝国で行われた大陸中の実力者の集う闘技大会に出場したという経歴を持つ程だ。


「次ぃ!!」


彼はすぐさま別の一体に狙いを定め再び突撃を開始する。


オークもまた彼を迎え撃とうとするが、グレインは素早く懐に飛び込み渾身の力をこめた上段斬りに腕を持っていかれ、続けざまに大剣を振るった彼の前に痛みの声を上げる間も無くあっけなくやられていった。


しかし、オークもただやられっぱなしというわけではない。


彼らのうちの一体がグレインの不意を突こうと死角から近づいてくる。グレインは他のオークに気をとられ、まだ気づいていない。そして棍棒が彼の頭上めがけて振り下ろされる直前に彼は咄嗟に反応した。


「うおっ!!!」


思わず大剣で防御したものの、オークの叩きつけるような強い衝撃が腕を伝わり思わずグレインはよろけてしまった。その隙を見逃すまいとオークは再び棍棒を振り上げる。このまま頭に直撃すればさすがの彼とてやられてしまう。しかしその一瞬の間に、



「はぁァ!!!」


セレシアのレイピアがオークの棍棒を持つ腕に穴を開けていた。


――ギャァァァ!!!


「……出すぎだといったはずだ、グレイン。聞こえなかったのか」


目の前では突然の痛みに棍棒を落とし、腕から血を流しているオークが怒り心頭といった顔で彼女を威圧する。けれどセレシアはそれをひとまず捨て置き、辺りに気を配りながらグレインを助け出した。


「いや、本当にすまん!聞いてなかった!」


彼らを相手にするのに夢中で本当に気づいていなかったようで、痺れが治り、剣を持つ手に力が戻ってきた彼はひたすら謝っていた。


「……まあいい。後でたっぷりと叱ってやる。覚悟するんだな」


「ああ~最後の最後でやっちまったぜ……」


目の前の魔物を無視するかのように軽口を言い合っている二人のその姿に、先程手傷を負ったオークは憤慨する。止めを刺さずに今まで放置されており、しかも女が一人出てきただけで男の気迫は嘘のようになくなっていたからだ。


「……あのオークやたらとセレシアの姉さんをうらんでいるみたいですが、大丈夫ですかい?」


こうなったのも自分のせいであるということを理解しているのか、気まずげにグレインは尋ねていた。


「それよりもグレインは後ろを見ておくんだ。今度はちゃんと聞いておけ」


「わ、わかった……」


けれどそんな心配も全く無用のようで、彼女の有無を言わせない力強い言葉に彼は言う通りにしたのだった。


◆◆◆


セレシアは愛用のレイピアをスラッと魔物に向かって引き抜く。オークはもう片方の手で棍棒を構え、牽制する。

負傷したとはいえ、さすがはBクラス指定を受けている魔物だ、中々のタフさである。


(あまり時間はかけられない、さっさと終わらせないといけないな……)


だいぶ数を減らしたとはいえ、まだ油断は出来ない。いつオーガが現れてもおかしくない状況であるため、セレシアは出来るだけ早く決着をつける必要があった。


すると、そんな彼女の期待に応えるかのようにオークはセレシアめがけて勢いよく棍棒を振り下ろした。


彼女は鎧を着ていない、しかも防ぐにしてもあのレイピアでは無理だ。そう判断したのだろう、迷いの無い一撃だった。


「フッッ!!」


けれど、セレシアは不意を突くような攻撃をものともせず、逆にオークの手を再び刺し貫く。


――オオアアァァ!!!!!


両腕に穴が開いたオークは絶叫した。勝利を確信したと思ったときに腕から剣が生えてきたのだ、それはもう何かの拷問を受けているような痛々しい叫びだった。


――ァァァ……


けれど、その声が弱々しくなっていった。オークが突然体に力が入らなくなった原因を探ろうとする。そして虚ろな目で自分の胸を見ると、


レイピアが深々と突き刺さっていた。


「遅い」


セレシアが間髪入れず、魔物の胸に容赦なく穿ったのだ。


そして彼女は素早くレイピアを引き抜き、オークはそのまま血の海に沈むこととなったのだった。


◆◆◆


「すげえ……」


グレインは惚れ惚れするような彼女の技に驚嘆していた。


セレシアはグレインやソイルのように力があるわけでもないし、エーニスのように魔法を使えるわけでもない。けれど彼女はBクラス、いやギルドの中でも屈指の実力を誇っていた。


そして、その強さの原点は恐るべき早さで繰り出される技の数々だ。


本来、レイピアは魔物の討伐においてあまり使用されない武器だ。使うのに高い技能が要求され、ロングソードやブロードソードのほうが遥かに扱いやすいからだ。


けれど、セレシアが扱うことでそれは真の強さを発揮する。魔物が武器を振るった瞬間、先程のようにセレシアは反撃に転じることが出来るのだ。


彼らの力は人間よりも強大だが、その一方で武器の扱いには長けていない。そのため振りも大雑把で、ただ相手を叩き潰すことしか考えていないのがほとんどである。


そして、そんな魔物は大抵セレシアの前に力尽きることになる。何せ彼女の技は魔物の優れた感覚を持っていたとしても捕らえきれないほどに鋭く、容易に刺し貫いてしまうからだ。


これは最早才能の一言で片付けられる問題ではない、


彼女は天才だった。


(さすがはあの人の一人娘……俺達とは最初から出来が違うというわけか……)


「……おい、グレインっ!何ぼうっとしているんだっ!ここはもう片付いた、早く次の場所へ行くぞっ!」


「あ、ああ。分かった。すぐに行く……」


こんな場所にいつまでも長居するわけにもいかない、残りのオークを片付けるため二人はすぐさま移動を開始する。


――そして彼らの残した死体から血の臭いが森全体へ広がり、それを嗅ぎ付けてうごめく影がそこにはあったのだった


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