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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
24/79

昇格試験


 ヴァラルとデパン、モーロンの話し合いは結局のところ夕方まで続いた。そのため、今日もデパンの屋敷で泊まることになりかねなかったが、さすがに二日連続でエンラル宿を空けるのはまずいと思ったのか彼は急いで帰ってきたのだ。


「セレシアは人前で強がっている割に、妙なところで寂しがりやなところがあるからな。一体どうしてああなったんだか……」


ヴァラルは伯爵の手配してくれた馬車の中で一人呟くのだった。



そして、エンラルの宿の扉を開けると案の定彼女がいた。時刻は夜と呼んでも差し支えない時間帯だ、それなのにセレシアはエンラルのロビーにポツンと座っていて、その姿はどこか物悲しさを感じさせるものだった。


(もしかしてずっと待っていたわけじゃないだろうな?……さすがにそれはないか)


「時間がかかってすまないな、シア」


ヴァラルが声を掛けると、セレシアは無言のまますたすたと彼に近寄ってきた。一歩一歩が怒気をはらんでいたため、かなりご立腹のようだ。


整った顔の瞳は少し赤くなっていたが。


「ヴァル、随分と時間がかかったんだな。遅かったじゃないか、待ちくたびれたぞ」


口調は少し棘を含んでいたが、ヴァラルを見た瞬間、彼女はほっとした様な表情を一瞬見せたことを見逃さなかった。


「ああ、ちょっと伯爵のところでいろいろとな」


本当に色々あった。いろいろな覚悟をしなければならないほどに。


「伯爵のところだって!?」


ヴァラルに掴みかからんばかりに詰め寄り、そうして彼女の吐息が感じられるくらい二人の距離は縮まった。


警備隊に連れて行かれるならともかく、デパンのところに行っていたと語るヴァラルをにわかに信じられない彼女であった。


伯爵は多忙な男だ、冒険者一人に割く時間などありはしない。現に、彼女達が伯爵と会ったときは一時間もしないうちに彼は席を立ち、次の来客の相手をしていたからだ。それなのに二日近くも彼のところにいた。つまり余程のことがあったに違いない。


もしかして、以前のCクラスの冒険者達との事で新たな問題があったのか?それが伯爵の耳にも伝わってとんでもない事態に発展したのではないだろうか?様々な憶測が頭の中をよぎり、彼女は不安げな表情でヴァラルを見つめていた。


「心配するな。セレシアもそのうち分かることだろうし、別に悪いことをしたわけではない。だから安心しろ」


誤解を解くため、ひとまずヴァラルは彼女を落ち着かせる。こんな光景、誰かに見られたらまたとんでもないことになる。セレシアと少し距離をとる彼であった。


「ッ!?そ、そうか。ならいいんだ。全く……あまり私を心配させるな」


自分が興奮していたのに気がついたのだろう、彼女もすぐに取り繕った。こんなに慌てるのは久しぶりのことだ。まだ一ヶ月も経っていないというのに、ヴァラルの事に関しては異様に動揺する自分がそこにはいた。


――本当に不思議なことだった。


「ははっ!シアもそんな顔するんだな」


「うっ、うるさい!私だっていつも仏頂面というわけではないんだぞ……」


ヴァラルは可笑しく笑うと、セレシアは照れたような表情で怒った。しかし、勿論本気ではない。どちらかといえば恥ずかしがっていたというのが正しい。


「悪い悪い。別に笑うつもりではなかったんだ、許してくれ」


こう見えていてもセレシアは誰もが振り返るほどの美貌を持っている。だが、基本的に凛々しさが先行するあまり、誰も近づけさせない雰囲気を放っていたのだ。けれど、こうして改めてみるとそんな彼女もまた魅力的だとヴァラルは思ったのだった。


◆◆◆


「……ヴァルには改めて話がある」


元々この話をするために彼女は待っていたのだが、まさかこんなに長くかかるとは思いもしなかった。あれからセレシアは話を仕切りなおし、ヴァラルに深刻な表情で用件を告げようとする。


「これから昇格試験で忙しくなるから、以前のように付き合うことが出来なくなる。さしあたりこんなところか?」


「……そうだ。名残惜しいが、再び会うことができるのはそれが終わった後になる。無事だったらの話だが……」


「Aクラスは確かここしばらくの間、合格者は出ていないんだろう?そのために準備をするのは当然だな。が、もう少し早くても良かったんじゃないか?俺に付き合って落ちたら元も子もないだろう」


「確かにそうだが、これは四人で決めたことだ。ヴァルの気にすることではない。死んでしまったらそのときは私達がそれまでだったということだ。けれど、私達の方も全力を尽くすつもりだ」


「当たり前だ。これで戻ってこなかったら俺が他の冒険者達から何言われるかわからないし、下手をすれば襲われかねないからな」


「フッ、それもそうだな……それとだな、ヴァル」


「何だ、まだあるのか?」


「私が帰ってくるまで……死ぬなよ?」


(……)


Aクラスという試験を前にして、自身ではなく、他人の心配をするとは……ヴァラルは呆気に取られていた。


彼女は自分のことを何とも思っていないのか?いや、それは考えられない。何せ彼女はどこへ行っても憧れの存在だ。当然、自身の価値をより理解しているはずだ。それなのにどうしてここまで歪なのだろうか。ヴァラルは目の前の彼女が非常に危うい存在に見えたのだった。


「それは俺が言うべき台詞だ。シアも気をつけてな」


「ああ、わかっているさ」


そう答えた彼女の表情は実に晴れ晴れとしたものだった。



その後の一週間は瞬く間のうちに過ぎていく。


セレシアの姿はあの日以来、エンラルの宿と行きつけのクレース亭でも見かけることはなかった。おそらくグレイン、ソイル、エーニスたちと綿密な準備をしているのだろう。


そして八日目、セレシアたちはAクラスの昇格試験を受けにギルドの館を訪れていた。


◆◆◆


「よく来たねセレシア」


「今日は宜しく頼む、モーロン」


ギルドの館のとある一室でセレシアたちのパーティとモーロンが顔を並べていた。


それほどまでに今回のAクラスという試験は重要性を持っているのか、今回の試験はギルドマスターであるモーロンが直々に取り仕切ることになっている。


「一応確認するけど、今回の試験をもってセレシアたちのパーティは解散と言うことでいいのかな?今ならまだ取り消せるけど」


「いや、そのまま手続きを行って構わない。グレインたちもそれぞれ進むべき道が決まっているのだから」


羊皮紙をめくりながらモーロンは尋ねるが、グレインはトレマルクの軍に所属、ソイルは貴族になり、エーニスはライレンに戻るため、セレシアはそのまま進めるよう彼に伝える。


「そうか……このまま残ってくれたら有難かったんだが、しょうがないね。それじゃあ改めて内容を説明するよ」


「頼む」


すると、モーロンの雰囲気はがらりと変わった。


「今回の試験の内容はクヴィクトの森でのオーク討伐だ。これは本来Bクラスの受け持つものだが、その周辺ではオーガの姿が確認されている。そのため、君たちにはオークの討伐を主にしながらもオーガについてできる限り調査を行ってもらいたい」


「待った。オーガの討伐はしなくて良いのか?」


グレインがモーロンに尋ねる。


オーガはAクラスのパーティが討伐する魔物だ。これを討伐するかしないかで、難易度が大きく変わるからだ。


「オークの数が六十体ほどいるようだ。エーニスがいるとはいえ、さすがに四人でこれほどの数のオークを相手するのは骨が折れるだろう。そのため、オーガに関しては無理して戦う必要はない。彼らと遭遇したのなら逃げてもらってもかまわない」


「「分かりました」」


ソイルとエーニスはそれぞれ納得する。Bクラスではオークを数多く倒してきた彼らであったが、一度に相手したのは三十体ほど。それを考えると確かにこの内容はAクラスの昇格試験としてふさわしいものだと感じた二人なのであった。


「よし、いい返事だ。それと、この袋に討ち取った証であるオークの部位を入れてくれ。彼らは周辺の村や街に危害を及ぼしている。変な遠慮は無用だ」


「それではセレシア、グレイン、ソイル、エーニス。健闘を祈る」


モーロンは大きな袋をセレシアたちに手渡し、四人は無言で頷いてそのまま部屋を出て行った。


――歴戦の冒険者である雰囲気を放ちながら


◆◆◆


「……行ったようだな」


それから少しの時間が経ち、男が一人モーロンの元へやってくる。


「そうだね……何事もなければ良いけど。でも、本当にいいのかい?」


モーロンは確認した。本来、これは自由の身である彼にとって受けなくても良いものだった。


しかもAクラスの昇格試験だ、何が起こるかわからない。もしかしたら殺されてしまうかもしれない、そんな漠然とした不安がモーロンにはあった。


以前、彼から辛酸をなめさせられたモーロンであっても彼の身を案じていたのだった。


「あいつらには俺の依頼に付き合ってもらったことがあるからな、ま、いわゆるその手伝いのようなものだ」


「そうか……わかったよ。くれぐれも気をつけて」


驚くのはもう飽きた。モーロンは彼の言葉をそのまま信じることにした。



そうして男もまた、彼女達の後を追うようにして旅立っていく。


目的地はオークの多数住まう、


――クヴィクトの森だ。


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