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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
23/79

伯爵の提案


「……本気で言ってますか?」


モーロンはまじまじとデパンを眺めた。


トレマルク王国のギルドマスターを勤める彼はデパン伯爵から火急の用件があると知らされ、わざわざこんな夜中に呼び出されていた。そして、たまたまセクリアの街に泊まっていたことが彼の運のツキだった。


「本気だ」


当然だと言わんばかりに彼は断言する。デパンは一度決めたことはとことんやりぬく男だ。その彼がここまで真剣なのだ。戯言を言っているわけでは無さそうだった。


「分かっているんですか!?彼はまだEクラスなんですよ!?」


モーロンはわけが分からないと思った。普段は思慮深いデパンだが、こんなとんでもないことを言い出すとは思いもしなかったからだ。


「そんなことは百も承知だよ。何回も聞き返さなくても分かっている」


「ありえないですよ!こんなこと!ソロのEクラスがパーティを組まず、いきなりCクラス以上の昇格試験を受けるだなんて……考えられませんよ!」


モーロンは間近に見てきたから分かるのだ、いかに一人で戦うことが厳しいものであるかということを。


Cクラスからは四人から五人のパーティで行動するのが常である。この国に限らず、魔物たちは強大な存在だ。彼らと一対一で戦うには個々の力よりも集団で立ち向かう方が有効で、ギルドでは安全策としてパーティを組むことを強く推奨している。仲間を見つける為の専用の酒場まであるくらいで、それほどまでにCクラスとD・Eクラスの差は歴然としている。


けれどソロの冒険者の場合、話が大きく変わってくる。前述したように、パーティで挑む魔物の集団を一人で相手をしなければならないため、その負担は想像を遥かに超える。そのためEクラスでもパーティを作る者たちもいるほどだ。


これまでにも自称腕の立つ冒険者が一人でCクラス昇格試験を受けに来たことを彼は何回も見てきた。しかし、どれも惨憺たる結果で終わった。誰一人無事に帰ってきた者はいなかったのだ。


「しかも、Sクラスですって?……デパンさん、言っておきますけど冒険者ギルド設立以来、そのクラスを受けたものは誰一人いません。そもそも存在自体が冒険者の間で噂話になっている程ですよ」


Sクラスは冒険者ギルド発足して以来、幻の階級として存在していた。なにせこれは個人に課せられたものであるため、パーティを組んでしまうと受けることが不可能になってしまうからだ。そのため、Sクラスはいままで誰もいなかったのである。


「だが、それに匹敵する男がいるじゃないか。バルヘリオンに」


「……確かにあの男はそのくらいの実力があると思いますが、それがヴァラルにもあるとは思えませんよ……とりあえず昇格試験の話は聞かなかったことにします。デパンさん、今日は遅いですけど帰らせていただきますよ。ただでさえ今回はAクラスを受けるセレシアたちで忙しいんです。あまり変なことで呼び出さないでくださいよ……」


モーロンが話は済んだとばかりにデパンから踵を返し、執務室を出て行こうとした。


「ところでモーロン、アザンテという魔法士を知っているか?」


しかし、それをさえぎるかのようにデパンは尋ねた。


「……何ですか?いきなり。ええ、勿論知っていますよ。レスレック魔法学院を首席で卒業、魔力量はCランクながらも卓越した魔法運用により宮廷魔法士に任命。けれど反社会的な態度から、ライレンに反逆するも結局失敗。その後国を逃げ出し、今では盗賊稼業に身をやつしているとか。……けれどここ最近は彼について噂を聞きませんね……それで彼がどうしたんです?」


「彼が倒された」


「……何ですって?嘘でしょう?」


モーロンは耳を疑った。ライレンのクーデター騒ぎはトレマルクでも有名な出来事だったからだ。その首謀者である彼が死んだ。にわかには信じられない事だった。


「死体も確認した、間違いない。二つにばっさりと斬られていてね、おかげで大変だったよ。身元の確認が彼の愛用していた杖とローブ、それといくつかの遺品があったから何とか分かったけど」


「……誰にやられたんです?一体?」


モーロンは尋ね返す一方、薄々感じてはいた。こんな夜更けに突然の呼び出し、ヴァラルの昇格試験について伯爵直々の話。すると答えは……



――言わなくてもわかるだろう。ヴァラルだよ、今話したEクラスの冒険者だ



「……そんな馬鹿な……」


改めてモーロンは愕然とした。正直、ギルドマスターに任命されたときよりも驚いたかもしれない。それ程までデパンの言葉は堪えた。


「そう思えたらどれだけ良かったことか……さっき彼と会ったんだけどね、さも当たり前のように話していたよ。まるでむかつくから倒しましたみたいな感じでね。呆れてくるよ、本当に」


「……」


デパンの言葉に彼はもう何も言えなかった。


「というわけで大体の事情は理解できたとは思うから後は宜しく。こっちも色々と準備しなくちゃならないからね。彼からも承諾を得ないと」


「待ってください」


「ん?何だい?」


「私も参加させてもらえませんか?」


◆◆◆


チュンチュンと小鳥のさえずりがきこえ始め、のどかな朝がやってきた。日は昇り始め今日も平和な一日が始まる頃、


ヴァラルはそれとは対照的に最悪の気分だった。


「あ~くそ……全く、何でこんなことになったんだ……」


早速彼は愚痴をこぼした。


あの話し合いの後、ヴァラルは一睡もせずこの後どうすれば良いか必死に考えていた。いくつかの代案が浮かんだがどれも却下した。時間稼ぎにはなっても結局ばれる事にかわりはなかったからだ。


(とりあえず、アルカディアのことを話さなければ何とかなるだろう。多分……)


彼はひとまず、この後の話し合いも自分に不利にならないよう努力することだけだった。




「やあ、ヴァラル。昨日はよく眠れたかい?」


運ばれてきた朝食を食べた後、ヴァラルはデパンの屋敷の執務室に呼ばれた。どうやらここで昨日の話しの続きをするようだ。


「おい、ローグはいないようだが」


ふと見ると彼の姿がなかった。昨日の夜にはいたはずなのだが影の形も見当たらなかった。


「彼なら先に帰ったよ。何でもテトスの村の復興を手伝わないといけないらしいからね。昨日、君と話せただけでも良かったみたいだ」


「そうか……」


名残惜しい気持ちにはなったが、またどこかで会えるだろう。とにかくこの場を切り抜けなければどうしようもない。ヴァラルは気分を切り替えた。


「とりあえず、当面の資金はこちらで出すことになったから安心してくれ。それよりも今日は君に会いたいという人がいてね、もうすぐ来るはずだ」


「どうせデパンの知り合いだろ…」


すると応接間の扉から一人の男が現れた。ローグに似たような大きな男だ。けれど、それなりに風格もある。彼もまた冒険者として名を上げた者なのだろう。


「紹介するよ。トレマルク王国のギルドマスターだ」


「宜しく。モーロンと呼んでくれ、ヴァラル」


「伯爵に続いて今度はギルドマスターのおでましか。次から次へと増えていくな」


やれやれといった顔でヴァラルは呆れた。セレシアたちはともかくとして、昨日まではこんな大物達と知り合うだなんて全く想像していなかったからだ。


「今回の件ではギルドの沽券にも関わることになるからね。少なくともヴァラルにとっても良い話になるはずだ」


モーロンはヴァラルに語った。


「そうなれば良いけどな……それで、デパン。話の続きは何だ?」


「ヴァラル、ギルドには昇格試験があることは知っているね」


「ああ、セレシアたちも受けるとか言っていたな」


「それを君にも受けてもらいたい」


「断る。第一、その受付期間はとっくの昔に過ぎているはずだ」


ヴァラルは即座に拒否する。何せ彼は昇格する気などさらさらなかったからだ。多少不便はあるが、元々身分を手に入れるために冒険者と隠れ蓑を利用したのだ。それなのにどうして自分の方から目立たなければならないのか理解できなかった。


「それはこちらで何とかする。ヴァラルはただ受けるだけで良い」


「……クラスは?」


けれど、モーロンの言葉に一応反応した。聞くだけは無駄にならないからだ。


「Sだ」


「……おいおい、確かギルドではAが最高だったはずだ。それなのに、なんで、その上があるんだ!」


「これまでに誰もいなかったからね。そのうちにすっかり忘れ去られてしまったんだよ」


「絶対に断る。セレシアたちのBクラスでさえかなり注目の的だったんだ。これ以上目立つのは御免だ」


ヴァラルは思わず天を仰いだ。セレシアたちがAクラスを受けるのにこの街は沸いている。そんな中、ヴァラルがSクラスの試験を受ければどうなるか。それは火に油を注ぐようなことであることは明白であった。


「ヴァラル。言っておくが、アザンテのことが露見するのも時間の問題なんだ。今はデパンさんが何とか押さえつけているが、それでも限界がある。ライレンの魔法士が何か探ってきているみたいだから」


「……それにこのままだと余計なトラブルが君の元に飛び込むんでくるよ。この前のようなCクラスの冒険者の集団が謎の重傷を負ったときのような。あれ、君のせいだろう?」


アザンテを倒した男ならあの程度のことも成し遂げるのだと踏んだのだろう、デパンは何もかもお見通しと言う目でヴァラルを見た。


「……デパンさん、そういうことは昨日のうちに言ってくださいよ」


「いやなに、あのときは第三者の目撃者が誰もいなかったからね。確証はなかったんだ」


「本当に嫌な奴だな、デパン」


「褒め言葉をどうも。だけど、Sクラスになればそういったトラブルを未然に防ぐことが出来るし、ギルドからも最大限のサポートを保証するみたいだよ」


そう、確かにセレシアに喧嘩を吹っかける愚か者がいなかったのは事実だ。この辺り、長いものに巻かれると言う変なこだわりがあるのか、彼らはきちんと弁えていた。


「ああ。ギルドの各種施設は無料で仕えるよう取り計らうし、依頼人とのトラブルもこちらで対処する。それに依頼も好きなものを受けられる」


「それはニーベンスや秘境、遺跡の調査も含まれるのか?」


モーロンの物言いに別のところで反応したヴァラル。彼としてはAクラスの依頼も受けられるという所に一番の魅力を感じていたのだ。


――だが、ここでヴァラルはとある不自然さに気がついた


(待てよ……ギルドマスターと伯爵がいるこの状況……いけるかもしれないな)


「デパン、モーロン。その件引き受けてもいい」


「「本当かい!?」」


「ただし、条件がある」


そして、ヴァラルは自身の要求を二人の前に突きつけると、


途端に二人の顔は苦虫を噛み潰したかのような苦しいものとなった。


「デパンさん……」


「ああ、分かっている……ヴァラル、ちょっと席を外させてもらうけど、いいかな?彼と相談事をしたいんだけど」


「ご自由にどうぞ」


その言葉と共に二人はそそくさとこの部屋を出て行き、ヴァラルはその二人をじっと眺めていた。


(そう、ここまでは恐らく前座。話を聞く限りでは俺をSクラスに添えようとした見たいだが、どうにも怪しい……)


きっとここでは切り出せない彼らなりの事情が大きく絡んでいるのだろう、そのため自身の要求を飲ませるいいチャンスなのかもしれない。彼は直感でそう判断し、二人を逆に利用できるのではないかと考えたのだった。


◆◆◆


「――モーロン、正直ヴァラルの提案はどうなんだい?問題はないのか?」


「厳しいところがあります……彼、こちらが断れないことを良いことにかなり無茶なこと言ってきましたよ……」


ヴァラルの出した条件は以下の二つだ。


・冒険者活動における一定期間内の労務を今後、自身に強要させないこと


・緊急時、またはそれに準ずる場合におけるギルドの命令を一切排除できるようにすること



一つ目は怪我や引退そしてパーティの解散等、特別な事情がない限り、何かしらの依頼を一定期間内に必ず引き受けなければならないものだ。


ただ冒険者登録だけをしてそのまま甘い蜜を吸う者達を排除し、健全なギルド運営を目指すために設定された項目で、これに違反した場合は罰金が科せられる。


また、二つ目の項目はギルド側の伝家の宝刀だった。


これは冒険者に対しての強制命令執行権。


その命令に背く場合、一度目と二度目は多額の罰金を科し、そして三度目では冒険者登録の抹消することができ、大規模な魔物の襲来等に備えるための切り札のようなものである。(勿論ただ働きではなく、活躍に応じてきちんと報酬が出る制度であるそうだが)


そう、ヴァラルは冒険者登録をする際、以下の二つの点についてもやりにくさを感じていた。


一つ目に関して最初の頃はあまり気にしていなかった。ただ、時間が経つにつれて自身が率先して依頼を引き受けるというよりも、誰かに指示されてのことのように思え、どうしても違和感がぬぐえずにいた。


そして、二つ目の項目。これは自身がSクラスになると非常に邪魔になるものだった。


本来Eクラスの冒険者としてヴァラルはギルドに目をつけられぬまま、気楽に旅を楽しみたかった。けれど直接指名され、ギルドのさじ加減ひとつでいかようにも解釈でき、思うがままに彼を操れるこの項目に異を唱えたのだった。


「でも、断るというわけにもいかないだろう。このままじゃギルドは……」


「それはそうなんですけどね……ああ、もう!折角いいところまでいったのに……」


そうして、彼の提案をしぶしぶとモーロンは乗らざるを得ないのだった。


◆◆◆


「それで?昇格試験とやらは何をすればいいんだ?」


自身の提案を引き受けたモーロンとデパンにノリノリで尋ねるヴァラル。本当の意味でギルドの枷から解放され、きっちりと念書を交わし、発生するいかなる諸問題においてギルドの最高責任者であるモーロンが受け持ち、やり手として知られるデパンもまた全面的な協力を約束するというのだから、心が踊らないわけがない。


「それがアザンテを倒した時点で達成したも同然なんだけどね。だから、どうすれば良いかまた相談というわけだ」


「デパン、試験を受けろとか言っておいてそれはないだろう……拍子抜けしたぞ」


「……一つヴァラルには試験の代わりに頼みがある」


そんなことを言い合っているうちにモーロンが発言する。さっきまでは非常に落胆していた様子だったが、今では真剣な表情に変わっていたのだった。


そして、モーロンはとあることを彼に頼んだ。


「まあ、それくらいなら別にかまわないが……だが、公平な試験のはずなのにやっても良いのか?仮にもギルドマスターなんだろう?」


「あんなことを要求しておいてよく言うよ、君は……ま、だけどモーロンの気持ちも分かるよ。彼女達には色々と世話になっているらしいから、最後くらいは礼をしたいんだろう、きっと」


「だが、本人達が知ったら相当怒るぞ?」


「そのときはそのときだ。どうせすぐに分かることだから」


その後三人の会合は幕を閉じ、二人の提案を受け入れると同時に無茶な要求を飲ませたヴァラル。


(にしても、これからは身の振り方をもう少し考えていかないとな……)


そして、この日の出来事が更なる波乱の幕開けでもあった。


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