アザンテの正体
「伯爵が君の事を探していてね。テトスの村の出来事について詳しい話を聞きたいらしい」
「俺は何も知らない。事情を知りたいのなら、そのテトスの村の連中に聞いたらどうだ?」
エンラルの宿の前で騎士は飄々とヴァラルに言ってのける。辺りは道行く人がそれなりにいるはずなのだが、何故か二人の周りには誰もいなかった。
そしてヴァラルはしらばっくれた。目の前の騎士にいちいち付き合っていたらきりがないし、無駄な足掻きだと思いつつ一応は抵抗するのだった。
「それがもう聞いた後なんだ。ローグ?だったかな……彼もこの街に来ているんだよ」
「……何だと?」
あいつがここへいるのか。だがありえないわけじゃない。テトスの村の住人ということなら彼がここへやって来るのもまた道理なのかもしれない。
「アザンテを倒したから引き取ってくれって報告があってさ。だけどアザンテって結構有名な魔法士で、引退した冒険者や村人達でどうにかなる相手ではないんだ。それでだ、事情を知るためにも詳しいことを話さないと懸賞金を渡せないと言ったら、ヴァラルという冒険者なら事情を知っている。だから彼に聞いてくれとの一点張りでさ……そういうことが伯爵の耳にも届いて、現在僕がここにいるというわけさ」
(面倒なことになった……)
口止めとして懸賞金を渡したはずがこういうことになってしまうとは。しかもアザンテは魔法士の中でもかなりの使い手だったようで、そのこともまた彼を重たい気持ちにさせたのだった。
しかもトレマルク王国のデパン伯爵が直々に調べていたという。正直言ってこのまま逃げ出したかった。
「分かった……とりあえず伯爵に会えば良いんだな?」
けれどヴァラルは渋々了承する。先延ばしにしたところで結局は意味がないと悟ったからだ。
「すまないね。そうしてくれるとありがたい」
◆◆◆
「シア、今回の酒場めぐりの件だが俺は遠慮させてもらう。急に野暮用が出来たんでな」
先に宿へ帰っていた彼女の部屋の前でヴァラルは言った。
「ん?隣の男は…ってトレマルクの騎士じゃないか。ヴァル、一体どこで知り合ったんだ」
セクリアの街にも警備隊とは別に伯爵に仕えている騎士がいることは知っている。けれどその一人がヴァラルに用があることが信じられなかった。
「そこでちょっと色々とあってな。心配するほどのことじゃない、三人にもそう伝えておいてくれ」
「……わかった。くれぐれも気をつけて」
そんなやりとりをセレシアと交わした後、二人はデパン伯爵の住んでいる屋敷に向かった。
ヴァラルがその途中で色々と伯爵のことについて質問したが、騎士の男の話を聞く限り、デパンはなかなかのやり手のようだ。
(これは注意していかないと……)
彼は気を引きしめた。
伯爵の屋敷に到着し来賓用の客室に案内されるとそこにはローグがいた。直後、彼はヴァラルを見るなり申し訳無さそうな顔を浮かべていた。
「元気そうで何よりだ、ローグ」
しょぼくれた表情をしていたが、この様子だと体の方に問題は無さそうだった。
「ヴァラル、すまない……村を助けてくれたのにこんな恩を仇で返すような真似をして……」
「今更言っても仕方ないことだ。俺も危害を加えられたわけでもないし、あの村も金が必要だったんだろう?こうなった以上どうしようもない。それよりも村の人たちはどうだ?」
「……ああ、サリスや子供達、カウンも勿論元気だ。村の連中から、ヴァラルに会うことがあるのなら是非礼を言って欲しいと伝言を預かっている……確かに伝えたぞ」
「わかった。カウンたちにもよろしく伝えておいてくれ……っと、そろそろ来るみたいだな」
二人が再会の言葉を述べていたその直後、ガチャリと客室の扉が開き、伯爵が中へ入ってきた。
デパン・ラーノイル。
若干二十にしてラーノイル家の当主として、トレマルク王国に仕える貴族の一人である。彼は身分の差を問わず能力のあるものを次々と登用し、みるみるうちに王国の中で大きな発言力を手にした男で、この国の王子と学生時代に悪友として名を轟かせており、今でも個人的な交流があるのだという。
(こいつは油断ならない奴だ……)
伯爵という地位に驕ることなく彼なりに努力してきたのだろう、才気あふれる彼の姿を見てヴァラルはそう思った。
「君がヴァラルか。私はデパン、この地域の領主をやっている」
「わざわざEクラスの冒険者を呼び出してくるとはね……随分と俺のことを買って頂いているようで」
人を不快にさせない落ち着いた態度で彼は言ったが、皮肉にも似た口調でヴァラルは目の前の男に言葉を返す。最初に下手に出て舐められては元も子もないからだ。
「謙遜はいい。Bクラスの冒険者と共に行動する不思議な男がいると聞いていたけど、まさかテトスの村のことを知っているとは思わなかった。ローグからそのことを聞いてびっくりしたよ」
「……もしかして俺はヴァラルという名を騙る違う奴かもしれないぞ?」
「そんなの、君の態度で大体分かるよ。大抵の人は私を見ると萎縮するみたいだからね。なのに君はものともしない。それに人を見る目はこれでも多少あるつもりさ」
(チッ……分かってはいたがどうもやりにくいな……)
「わかったわかった。どうやらはぐらかすのは無理みたいだな。それで?伯爵自ら出向いて俺に聞きたいことは何だ?」
「話が早くて助かるよ。そういうのは本当にいい事だ、ヴァラル……それでは単刀直入に聞く、君がアザンテを倒したのかい?」
このときばかりは真剣に聞いてきた。さっきまでとはまるで雰囲気が違う、さすがに伯爵と言う地位を持つだけのことはあるなとヴァラルは思った。
「……質問に質問で返すようで悪いが、それを知ってどうするつもりだ?」
彼もまたその問に疑問を呈する。彼もデパンと同様に真剣で、その答えによってはだんまりを決め込むこともやぶさかではなかったのだった。
「いやなに、別に君を利用しようとか始末しようとかそういうことじゃない。ただ、このことはいずれ王国とライレンに報告しなければならないことなんだ。だから正確な情報を把握しておきたいと言うのが本音さ」
しかし、今度はあっさりとした表情でヴァラルに答える。本当にそれしか考えていないかのように実にあっけからんとしたものだった。
嘘をついているようには見えない。どうやら、ヴァラルが来る前にローグは本当に黙っていてくれたようだった。口ぶりから察するに、エリクシルや剣のことに関してもまだ知らないようで、ローグの精一杯の抵抗が目に浮かんできた。
(ローグは本当に何も喋らなかったのか……それなら多少のやりようはある……)
ヴァラルは彼の頑固さに感心して、伯爵にある程度のことを話すことを決めたのだった。
「お前さんにも事情があるということがわかったよ……ああ、本当だ。俺がアザンテを倒した。ついでに盗賊たちもな」
「ッッ!!どうやって?」
彼はまた真剣な表情になった。あまりにも呆気なく白状したことに少々驚いたが、デパンはすぐさま尋ね返した。
「別に何もしていない。ただあいつらの手下とまとめて相手してやっただけだ」
「「……」」
ヴァラルの言葉を聞いた二人はヴァラルをちらりと見て沈黙する。
その後デパンは何かを考えるような表情になり、ローグは得体の知れないようなものを見る目で彼のことを見ていたのだった。
「……なあ、それって本当のことだよな?」
「何言ってるんだ、ローグ。お前がそれを言ってどうする?」
「いや……それは……」
彼の言葉で、ようやく以前の出来事が改めて現実として認識できた途端、ローグは尋ね返していた。
それからは一分ほど誰も喋ることはなく、こちこちと時計の音が応接間に響いていた。
「……何だ?言いたいことがあるならさっさと言え。あいつを倒したからって何か問題があるのか?」
ヴァラルは沈黙を破るかのように言った。さすがにこの空気がずっと続くのは勘弁願いたい彼であった。
「いや、すまない。事態を把握するのに時間がかかってしまった」
「おいおい、伯爵様とあろうお方がそんな真剣に悩むほどのことじゃないだろう、こんなこと。ほら、俺からの話はこれで終わりだ。後はローグに金を渡してやってくれ。あの村も大変なんだ」
「デパンで良いよ……ヴァラル、君は彼を倒したことについて何の感慨も沸いていないようだけど、事はそう単純じゃないんだ」
「……何だと?」
またもや嫌な予感がした。
「……ヴァラル、良く聞いてくれ。そもそも一人の冒険者がアザンテを倒すこと自体、ありえないことなんだ」
ローグは震えを誤魔化すかのように冷静に言った。
大抵の冒険者パーティは意思統一や報酬の分配の関係上、四人から五人で編成される場合が多い。それでも尚彼らの間でトラブルが絶えることはなく、実力行使に打って出ることも決して少なくない。その場合、自身の陣営により多くの味方をつけた者が勝者となるが、魔法士が一人その中にいる場合、彼を味方につけたものがその後の主導権を握ることができる。
魔法士はその秘めたる力によって条理を覆す存在。状況にも勿論よるが、彼らは自身を除くメンバー全員を同時に相手取ることができるのだ。
そう、トレマルク王国に限らず、魔法士はどこでも優遇される。それは単に魔法が使えるからというわけではない。
――強いのだ、一人ひとりが。
そのため、現在のギルドでは魔法士がリーダーを勤め、その下に冒険者がつくという構図が成り立っているのだった。
「セレシア達がそんなに弱いとは思えないんだが……」
「また、そんな例外を持ち出すなんて……一応言っておくけどね、彼女達は別格なんだ。セレシアやグレイン、それとソイルだったかな?彼らならギルドの魔法士と十分に渡り合うことができるだろう。けどね、世の中彼女たちのような実力者はそう多くないし、アザンテはギルドにいる魔法士と少し事情が違うんだ……話が逸れた、続けるよ」
デパンは話を再開する。
そして今回ヴァラルが倒したアザンテは、ライレンの誇る宮廷魔法士の一人として仕えていたという。
魔法皇国ライレンはトレマルク王国のように冒険者を戦力として雇い入れたり、バルヘリオン帝国のように強大な軍事力を持っているわけでもない。
一応軍と言うものはあるにはあるが、彼らの本当の戦力は宮廷魔法士団であり、そこに籍をおいているということは魔法士の中でもエリートと言う証でもあるのだ。
つまり、ヴァラルはそんな化け物じみた魔法士を一人で倒してしまったということになる。
「……そういうわけで、君のしたことは遅かれ早かれ王国中に知られることになる。当然すぐに他の国も黙っちゃいない。特にライレンなんて相当慌てるだろう。宮廷魔法士であった彼を一人で倒すだなんて正気の沙汰じゃないからね」
(やたら高慢な奴とは思っていたが、まさかそんな大物だったとは……)
ヴァラルはまた頭が痛くなっていた。
「……その様子だと、今このことを知ったみたいだね。まあ当然か……彼が賞金首になってから結構時間が経っていたからね。とりあえずヴァラル、今日はもう遅いからここへ泊まっていくと良い。宿の方にはこちらから伝えておくよ」
「だがこの後が問題だ、デパン伯爵。ヴァラルはEクラスの冒険者だ。そんなことまで知られたらもうどうしようもないんじゃないか?」
ローグが何も言わないヴァラルの代わりに伯爵に言った。ただでさえ彼は冒険者登録をしたばかり。そんな者に犯罪者とはいえ宮廷魔法士が倒されたのだ。そうなれば混乱は必至だった。
「……付け焼刃だけど、策が無い訳じゃあないからね。また明日話し合うことにするよ」
今日のところの話し合いは一旦終了になったが、この後ヴァラルはベッドの中で一晩中苦悩し続けることになったのである。
◆◆◆
「なんですか?デパンさん。こんな夜遅くに」
深夜、デパンの執務室にそこにとある男を呼んでいたデパン。
「すまないね、モーロン。実は緊急の頼みごとがあるんだ」
「何です?いきなり改まって」
「ヴァラルという冒険者を知っているかい?最近冒険者登録をしたばかりの」
「……ああ、セレシア達と一緒にいる男のことですか。そりゃもう当然」
「実は彼のことに関してなんだ」
「へえ、やはり気になりますか」
「……ああ。確か、これから昇格試験があるだろう?とっくのとうに申し込み期間を過ぎているはずだが、そこに彼をねじ込めないか?後で本人に確認を取っておくからさ」
「それは……まあ良いですけど、大丈夫なんですか?彼はまだ初心者なんですよ?いくら彼女達がアドバイスをしたとしても、いきなりDクラスは厳しいんじゃないですか?」
「いや違う。彼を入れるのはそこじゃ無い」
「じゃあどこです?まさかCクラスとか言うんじゃないでしょうね?冗談はよしてくださいよ、もう」
「Sクラスだ」