Eクラスの冒険者
最初の冒険者としての依頼を終えたヴァラルは、ナタリアがギルドに報告するまでの間セクリアの街の周囲の自然の調査をする。
……と言ってもそんなに仰々しいものではなく適当にぶらぶらしていただけなのだが、そのついでに彼は傷薬となる野草や料理に使う数種類のハーブを採取していた。
因みに、この採取依頼はギルドからのものではない。街中で見つけた店の一つに様々な野草を買い取ってくれる商店があったため、散策の気晴らしに引き受けたのだった。
「……よし、これ位で良いだろう」
ヴァラルは細かく分けられた籠にそれらを入れ、時間の許す限り摘んでいた。この後、彼には用事があるため早めに切り上げるのだった。
そうしてヴァラルは瞬く間にセクリアの街に引き返し、買取をしてくれる商店に足を運ぶ。
「いらっしゃい、ってヴァラルか。どうだった?成果の方は」
「ほら、これだ」
「ほぉ、初めてにしては中々上出来じゃないか。どれ……」
彼はドサリと籠いっぱいに入った薬草やハーブの山を見せる。すると、店主は驚きながらも見積もりに入った途端商売人としての厳しい目つきになった。大抵最初に持ってくる連中はそこらへんに生えている草を入れ、水増しをしてくる輩が少なからずいる。そのため最初は店主も警戒していたのだが、徐々に満足げな表情になっていった。
「よし、いくつか違うのがあったが十分だ……ほら、これが今回の金だ」
「どうも……って少し多くないか?」
店主がヴァラルに渡した金は銀貨三枚。二枚程度だと思っていたが、どうやら余分にくれたようであった。
「何、真面目にやってくれた礼だ。ここ最近はお前さんみたいな奴はいなかったからな。ま、とっておけ」
「分かった。遠慮なく貰っておくことにする」
ヴァラルは店主の厚意を素直に受け取り、銀貨を懐にしまう。
「ははッ。そういう態度悪くないぞ。どうだ?この後一杯やらないか?」
「すまん。この後用事があるんだ」
「ほう?女か?」
ニヤニヤしながら店主は邪推する。だが、ヴァラルは
「その知り合いと会うだけだ」
そっけなく答えた。
◆◆◆
所変わってここは街にあるマノドールの酒場。クレース亭ではなく、今回はここでセレシアと待ち合わせしているのだ。
(あそことはまたずいぶん違うな)
中へ入ると冒険者や街の市民達等様々な人たちでごった返していて、クレース亭のような落ち着いた雰囲気ではなく、酔っ払っている客が多いのかここでは皆活気づいていたのだった。
「あれがシアのお仲間というわけか」
その喧騒のなかで一際目立つ集団があった。
セレシアたちだ。彼女の美貌はどこに行っても非常に目立つようで、少し窮屈そうにしていたのだった。また、その場所には無骨で頑強な鎧を身に着けた男と、旅人のような男、そして魔法士と思われる女性がいた。
そして彼女はヴァラルが店に入ってくるや否や椅子から立ち上がりスタスタと近づいてきたかと思うと、
「遅い。待ちくたびれたぞ」
ヴァラルが来るまでそれらを我慢していたが、つい噴出してしまい開口一番不満を漏らしたのだった。
「悪い、次からは気をつける」
時間はそれなりにあったのだが、余計な口を挟まずとりあえず謝っておく。
それからセレシアはヴァラルの手をとって自分達のところへ連れて行き、彼女を含めた四人とヴァラルの合計五人が集まった。
「皆には事前に伝えたように私の隣にいるのがヴァラルだ」
「宜しく。セレシアから色々と話を聞いている。皆凄いやつだとな」
「へえ、ということはこの俺様の輝かしい武勇伝も知っていると言うことか?」
分厚い鉄の鎧を着たこの男の名はグレインという。その持ち前の巨体で数々の魔物をしとめた男であり、彼女のパーティ最前線を進んで買ってでている勇猛果敢な男だ。
「勿論だ。クレースに酔っ払って突っかかった挙句、出入り禁止になったこともな」
「な!?……あれはそう……あれだ、魔が差したんだ。決して俺の本意じゃなかったんだ……」
途端に彼は口調が静かになる。
実のところ、今回ここで集まった理由はグレインにあるといっても過言ではない。
グレイン抜きでやっても良かったのではとヴァラルは思っていたのだが、さすがにそれはかわいそうだとセレシアが同情したため、彼も交えて急遽ここで集まることになったのだ。
「まあ、彼のことは放っておいて……始めまして、ヴァラル。私はソイル、弓を専門に扱っています」
しょげているグレインを無視して紳士的な口調でこういったのはソイル・デニキス。彼はここトレマルク王国で貴族の地位を持つ男である。パーティの解散に合わせ、彼は王国の貴族のデニキス家から是非うちに来てくれないかと声を掛けられたのだった。
「ああ、こちらこそ。弓だけに限らず、森や山の知識も詳しいようだな」
「ええ、まあ。デニキス家の方々には私をそっちの方で買っていただいてるようなので」
デニキス家の領地は自然豊かな場所である一方、デパン伯爵のように開発が上手くいっていない。そのため、彼の冒険者で培った経験と技能をもつ人材を欲していたのだ。
「それでもソイルさんのおかげで私たちはかなり助かっていますよ」
「何をっ!?俺様だってばったばったと魔物を狩ってるんだぜ。ソイルのキザ野朗より、ここは俺様を褒めるところだろうっ!」
「ひゃっ!?す、すいませんっ」
いきなり復活したグレインにぺこぺこしている彼女は魔法士のエーニス。ヴァラルは最初魔法士と聞いたときアザンテのように高慢な奴を想像していたのだが、目の前にいるのはびくびくしている少女が一人いるだけだ。
エーニスはその性格のため魔法士にもかかわらず他の冒険者達から良いように扱われてきたようだ。それを見るに見かねたセレシアが仲裁に入り、このことがきっかけでエーニスは彼女達と知り合いになったという。
「グレイン、また貴方は悪酔いをして……いい加減控えたらどうですか?それ」
「うるさいわいっ!酒場で酒を飲まずしていったい何をしろとっ!」
「だからといってそんな強くもないのにがばがば飲むなと言っているのですよっ!」
「お、落ち着いてくださいっ!グレインさん、ソイルさんっ。お店の方達に迷惑ですよっ」
「ああ、もう……ほら、二人とも。エーニスの言う通りにしろ……すまないヴァル。いつもこんな調子だから目立つんだな、私達は」
「いや、これはこれでいいんじゃないのか?」
目の前ではグレインがいつの間にかソイルと言い争いを始め、それをおろおろしながら仲裁に入るエーニスとセレシアがいた。ヴァラルを紹介するこの催しは早くも崩れ去っていたが、彼は目の前で起きている光景をかつての自分達と重ねていたのだった。
◆◆◆
「いや~悪い悪い。つい調子に乗っちまった」
「別に気にしてない。似たような奴を見てきたからな。それよりも旅先での話を聞かせてくれ、実は結構気になっている」
「おうっ!いいぜっ!」
こうして、彼らの冒険の日々に耳を傾けるヴァラル。
グレインは農民出の冒険者であること、ソイルがセレシアと出会う前の波乱万丈の出来事、そしてライレン出身であるエーニスの魔法に関しての話など、どれもこれもヴァラルにとって非常に興味深い話ばかりなのだった。
特にライレンにあるという魔法学院の話は実に気になった。何せ知り合いが理事長と学院長だ、気にならないわけがない。なので機会があればこちらの世界の学院に訪れてみるのも良いだろう、ヴァラルはそんなことを考えなら彼らの話を聞いていたのだった。
「――それにしてもヴァラルさんはグレインさんを見ても全然怖がらないんですね」
彼らの話が一段落した後、酒を飲みながらつまみをもぐもぐと彼をエーニスは感心するようにしてヴァラルの顔をまじまじと見る。
そもそもEクラスの冒険者がこの場にすっかり溶け込んでいるという異常事態が起こっているのだが彼女はそれに気づいておらずヴァラルを褒めていたのであった。
「そうですね。大抵の人はグレインの強面で緊張する人がたくさんいるようですが、貴方はそうでも無さそうだ」
「誰が強面だ、ソイル。男溢れるダンディな顔と言え、馬鹿」
三人もまた口ではああ言いつつも何だかんだで強い信頼関係で結ばれているようだ。
(そうでなければBクラスが勤まるわけではないということか……)
彼は再び騒ぎ始めた彼らを眺めながらそんな思いにふける。
「安心しろ、グレイン。ヴァルはちゃんとお前の事を見ている。現に私のことだって最初会ったときから態度は変わっていないからな」
「げ、セレシアの姉さんがそんなことを言うだなんて……もしかして、もしかしてだな、ヴァラル、お前さん……」
「ああ、彼女のことはシアと呼んでいるぞ」
「「「っっっ!!!」」」
その瞬間、酒場全体が一気に静まり返る。あんなに騒がしかった酒場が一瞬でだ。
(聞き耳を立てていたのか……)
「かぁ~!すごいなヴァラル!!俺にはとても言えねえ。やはり姉さんが目をつけるだけのことはあるなっ!!」
そんな雰囲気など関係無しにグレインはヴァラルの方をバンバンとたたきながら感心していた。
「驚きました。まさか会って間も無いのにセレシアさんをそんな風に呼ぶ人がいるだなんて……」
「私もです。本当にびっくりしました……」
二人もまた驚きの表情でヴァラルの顔をまじまじと見ており、セレシアはそんな彼らの反応にうんざりしたかの表情でため息をついていたのだった。
(……何だ?そんなにもおかしいことなのか?)
「グレインも言えば良いじゃないか。同じBクラス何だろう?シアも別に良いと言っていたぞ」
「そういうわけにはいかねえ。俺達のリーダーでもあるからな、やっぱりその辺のところ、きっちりさせておかないとな。それに……」
「それに?」
「……おっといけねえ、つい口が滑っちまった。ははッ、まあ忘れてくれ」
「グレイン?ちょっとおしゃべりが過ぎるんじゃないのか?……まあ、今のは聞かなかったことにしてくれるとありがたい。何、本当に大したことはないんだ」
「は、ははは……すまん……姉さん」
(……)
話を聞く限り、彼女には冒険者という肩書きの他に何かがあるようだ。
セレシアはヴァラルと会う前に仲間達に口止めしていたようで、ポロリと喋ったグレインを氷のような冷たい目でキッと睨んでいた。
「分かった、ならこの話は聞かなかったことにする。それよりもちょっと外に出て風に当たってくる」
「……大丈夫か?ヴァル、もしかして気分を悪くさせてしまったのか?」
さっきのことで彼に対して引け目を感じたのだろう、ヴァラルを心配そうにするセレシアだった。
「ああ、そういうわけじゃない。すぐに戻ってくる、心配するな」
そういってヴァラルは酒場を出て行った。
彼はただ飲みすぎで気分が悪くなったわけでもないし、セレシアのことに対して怒っていたわけでもない。
――ただ本格的に煩わしくなってきたのだ、周りからの視線が。
◆◆◆
「……で、さっきから俺のことをじろじろと見ていたのはお前達か?」
酒場はヴァラルの爆弾発言の後再び元の喧騒に包まれたものの、相変わらずヴァラルを鬱陶しげに見ていた連中がいた。
それが目の前にいる彼らである。その数は十人。セレシアのときとは違い数は倍で、しかも全員が冒険者のようだった。
ここはセクリアの裏街道。唯でさえ人通りが少ないここは、夜になることで人の姿はヴァラルたち以外誰も姿を見せていなかった。
「ふん、セレシアさんたちに言わなかったのは褒めてやる。だけどな、少し調子に乗りすぎじゃないか?」
「調子に乗るも何も、ただ普通に話していたつもりだけどな」
「口の減らない奴め……大方セレシアさんに気に入られたからここまでいい気になっているのさ。本当は彼女に敬意を持って接するべきなんだ」
「いや待て。その前にお前達は何なんだ?やたらシアにご執心みたいだが、知り合いか何かなのか?」
「ふん、俺達はお前の先輩だ、Eクラス。大体態度がなっていない、俺達はCクラスなんだぞ」
どうやらCクラスの冒険者であり、セレシアのファンのようだった。そして、自分達に敬意を表し、もっと愛想良く振舞え等など、ヴァラルにとってどうでも良いことを延々と語っていたのだった。
「……で、結局お前達は何がしたいんだ?」
「そうだな……とりあえず有り金全部おいていけ。それと俺達からの歓迎を受けてもらう。何、これはルーキー達への通過儀礼なんだ、遠慮することはないぜ?」
(これが一流と呼ばれる冒険者?どこがだよ……昨日のあいつらとぜんぜん変わらないじゃないか)
「何だよ……そんなことのためにこんな長話に付き合っていたのか……なら早くしろ。あんまり心配させるのも不味いんでな」
「ふっ、ただで帰れると思うなよ」
指をボキボキと鳴らし彼らは徐々に近づいてくる。彼らは本当に痛めつけるだけのようで武器は使わないようだったが、そうこうしているうちにヴァラルはあっという間に囲まれてしまっていた。
「ハァァ!!くらいなッ!!」
そして冒険者が一斉にヴァラル打ちのめそうとしたとき、
ドグッと鈍い音を立てて、そのうちの一人がまるでぼろ雑巾のように大きく吹き飛んでいき、路地にあった資材が大きな音を立てて彼の元へなだれ込んでいったのだった。
「俺も反撃するけどな」
唖然とする冒険者達をよそに、ヴァラルはやれやれといった具合で告げたのであった。
◆◆◆
「――お、お願いします!許してください!もうあんなことは言いませんから!!」
「駄目だ」
バキッっと何かが砕けるような音が響き、冒険者の男がまた一人崩れ落ちる。
一人が吹っ飛んだ後、ヴァラルは次々と彼らに鉄拳をお見舞いしていった。
尚、彼はスローモーションで見える彼らの攻撃を避けては拳を繰り出すと言う単純なことを繰り返しており、その間ひたすら彼らを死なせないよう別の方面で全力を尽くしていたのは彼の慈悲ともいえる。
だが、そんなことをまったく知らない彼らにとってはまさに恐ろしい出来事であったことには間違いない。
そんな最中、Eクラスの冒険者がCクラスの冒険者を一撃で昏倒されるのを見て、あまりの恐ろしさに武器を持ち出すものもいた。けれどそんな愚か者に対してはさっきの男のように容赦なく吹き飛ばすヴァラルだった。
「……なんだよ、Cクラスとか言っておきながらこんなものなのか?Eクラスなんだろう、俺は?」
「あ、あんたがおかしいだけだ……」
辺りでは倒れた冒険者達がうーうーと苦しげにうめき声を漏らしている中、最後に残った男はぶるぶると震える。自分もこの後彼らの仲間になるかと思うとぞっとしていたのだ。
彼らは一流の冒険者を名乗るだけあって幾多の魔物を狩り続けており、人間相手なら大抵の連中にも勝てると言う自信があった。またこの間も生意気な冒険者を痛めつけてきたばかりで、相手はEクラス。そのため、目の前の彼の力量もその程度だと思っていた。
そう、何の問題も無いはずだった。
「そうか?セレシア達は中々の腕前だと思ったんだがな……成る程、つまり彼女らは特別だったと言うわけか」
その雰囲気はさっきまで幾人の冒険者を相手にしてきたものとは思えないほど軽薄なもので、得心が言ったかのようにうんうんと頷くヴァラルだった。
「な、なあ。実は彼女の秘密を知っているんだ。長いことファンをやっていると、そういうことも分かるんだ……み、見逃してくれたのならそれを教えても良い。どうだ?」
「結構だ。あんまり興味ないんでね、そういうの」
「そ、そんな……」
「と、いういうわけでお前もご退場願おうか。もう格下相手にこんな真似はするなよ。そんなことをする暇があるならとっとと自分の腕を磨くことだ」
スタスタと彼は近づいてくる。このまま見逃してもらえればどんなに良いだろうと男は思っていたが、ヴァラルの目はまるで何者をも逃がさないかのように彼をじっと睨みつけていた。
「あいつの家はな、ッ!?」
あまりのことにパニックになった男は何かを口走ろうとする。しかし、
「五月蝿い」
ヴァラルは拳をめり込ませ強制的に黙らせたのだった。
◆◆◆
「ヴァルか!?」
「心配したぞ、この野郎!」
「人騒がせな男ですね」
「よかった……」
四人が口々にヴァラルを見かけるなり急いで駆け寄ってきた。あまりにも遅いと言うことでセレシアが外に出たところ、酒場の周りには誰もいないことでかなり心配を掛けてしまったみたいだ。
どうやら少し時間がかかってしまったようで、もう少し遅かったのならば自分達で探しに行こうとしていたほどだという。
(これでもまだ十分も経っていないはずなんだがな……どれだけ心配性なんだ、全く)
だが、ヴァラルとしては不快な気持ちにはならず、かなり嬉しかったことは彼だけの秘密だった。
そしてあの日からセレシア、グレイン、ソイル、エーニスの四人と行動を共にすることが多くなっていく。昇格試験までの間彼らはやることがなくて暇だったと言うこともあるのだが、ヴァラルに冒険者としての依頼に色々と付き合ってもらっていた。
ギルドでは原則としてEクラスがBクラスの依頼を引き受けると言うことは許されないが、その逆の場合は許可される。
これもまた依頼者と冒険者との間で解決すべきこと言うこともあるのだが、先輩冒険者が後輩の面倒を見ると言うことが時々あるようだ。
けれど、それもDクラスがEクラスの冒険者を教えるというのが精々だった。何せCクラスからはパーティでの行動が基本なため、個人の面倒を見ると言うことは滅多になかったからだ。
だから、ヴァラルがギルドに彼女達を連れて行ったときは受付嬢(後にわかったことだが、彼女の名はルシルという)に非常に驚かれた。
「えっと……セレシアさんたちは本当にそれでよろしいのですか?他にも良い依頼がたくさんありますが……」
「気にしなくて良い。元々彼に無理を言って私達が勝手について来たのだ。だから、私たちのことはそのおまけと思ってもらってかまわない」
「ですが、さすがにこれは……」
そう、今回の依頼は例の"コボルドの討伐"だった。本当はヴァラル一人だけでも十分、いやどう考えても絶対的な実力差があったのだが、そのことを知らない彼女らはヴァラルが初の討伐依頼を無事に達成できるかどうか気になっていたようだ。
彼は普段通りの実力を出せないことに多少鬱陶しさを感じていたが、彼らが厚意で付き合っているのが分かっていたため、余計な口は挟まなかった。報酬はヴァラルが全額貰い受けることになっていたからだ。
Cクラス以上の冒険者はパーティでの依頼がほとんどである。そのためか、報酬もDクラスに比べると凄まじいものになる。結局それを分け合うことにはなるのだが、それでも一人頭の稼ぎは遥かによくなることは確かだ。
それがBクラスともなればさらに顕著で、パーティで下のクラスを受けない理由はここにある。
報酬が少なくなるからだ。
冒険者は命を金に換えて依頼を受ける。一度目の眩むような大金を目にすればもう戻れない。彼らの大半が貧民の出だ、ある意味それが必然でもあった。そのため、今回の出来事はギルドを大いに騒がせた。
ヴァラルとしては本当にそれで良いのかと彼らに念を押したが、もうすぐパーティは解散するのだから、そのときまでは好きにさせて欲しいとセレシアたちは言ってのける。
命を掛ける冒険者を舐めきったその姿勢に他の者たちは激怒するだろう。けれどヴァラルはそんな彼らに感謝していた。
この世界は過酷だ。実力のあるものはどんどんのし上がるが、その一方で命を落とすものが後を絶たない。ゆえに、セレシアたちのような存在はどれだけ稀少だということを彼は理解していたからだ。
ヴァラルに絡んできた冒険者連中とは違い、Eクラスだということでヴァラルを決して見下したり蔑んだりしない、それどころか助けの手を差し伸べる。彼以外にも助けられた者は大勢いるだろう、だからこそ彼らは実力と相まってここまで上り詰めたのだ。
(お人よし過ぎるところがあるが、それでもセレシアの言った通り、良い奴ばかりだな……)
ヴァラルは改めてそう思ったのだった。
◆◆◆
「君、ちょっと良いかな?」
ある日のこと、警備隊の一人にヴァラルは声を掛けられた。どうやら以前の冒険者達のことで話があるようだった。
(あいつらめ、結局言ったのか……)
彼はあの連中が何も言わないと思っていた。何せ一人に対して十人がかりで痛めつけようとしたところを返り討ちにあったのだ。まずプライドは折れ、そんな汚点を誰にも言えるはずはないと考えていたからだ。
けれど、彼らは恥も外聞も無かったようだ。面倒くさいなと思いつつヴァラルは適当に警備隊の質問に答えているのであった。
「――言っただろう?あのときは酒場の外にいたが、俺はそんな奴らは知らない。誰かと間違えたんだろう」
「しかし、彼らが言うには確かに黒髪の男だったと言っていた」
「……おいおい、考えてもみろ。どうやったらEクラスの冒険者がCクラスの連中を痛めつけることが出来るんだ。俺はまだ冒険者になって一月も経っていない新米なんだぞ?」
「それは……」
「どうしたんだ、ヴァル」
「ああ、シアか。丁度良いところにきた」
そこへセレシアたちがやってくる。彼女らにも話を聞いてもらおうと、事情を説明する。
すると、彼女は最初の頃は真剣に聞いていたのだが、後からは怒りをあらわにし、警備の者に詰め寄っていたのだった。
「何だそれはっ!ヴァルがそんなことをする男だと本当に思っているのか!」
「そうだな。いくらなんでも胡散臭すぎる。十人だぜ?十人。大体理由も無いのにいきなり襲ってきたとか信じられないな」
「現実的な話をしてどうやって彼らを相手にできると言うのです。仮にもCクラスなのでしょう、彼らは」
「確かあのときはそんなに時が経っていないはずですから……その僅かな間に彼らを倒すとなるとちょっと考えられませんね」
「彼女達の言った通りだ。逆に彼らのことをもっと調べたらどうだ?きっと何かがあるはずだ」
「――わ、わかった。時間をとらせてすまなかった」
四人が口々に弁護すると、彼女達の気迫に気圧されたのか警備隊の者達ははすごすごと引き下がっていき、こういったとき数の力は有利だとしみじみ思っていたヴァラルだった。
◆◆◆
そしてヴァラルたちはその後もEクラスの依頼を淡々とこなしていった。
どれも非常に簡単な依頼だったが、それでも報告するたびにヴァラルは周りの人たちから驚かれていた。憧れの存在であるセレシアたちと行動しているため、彼もまた注目の的になっていたのだ。
故に彼女達と別れた後は、このまま気の向くままにEクラスの冒険者としてのんびり世界を回ろうと考えていたヴァラル。
――ところが、そうも行かない事態が待っていることを彼は知らなかったのだった。
「ちょっと良いか?」
今日も彼女達と街の酒場めぐりをしようと思っていた矢先に宿屋の前で一人の男に声を掛けられた。風貌からして以前の警備隊のようなものだろうか。
だが、やたら立派な鎧を着ている。どうやらトレマルク王国の騎士のようだ。
「君がヴァラルか?」
「そうだが、一体俺に何のようだ」
訝しげに彼は言い返す。何か嫌な予感がする、本能が警鐘を鳴らしていた。
「いやなに、聞きたいことがあるんだ」
騎士の男は本当に簡単なことを告げるかのように一旦間を置き、
――テトスの村のことについてね
ヴァラルに言った。
……この日をもって彼の平凡な日々はガラガラと音を立てて終わりを迎えたのだった。