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黄金の時代  作者: 木村 洋平
アルカディア編
2/79

目覚めのとき


アールヴリール大陸の南西部には、外部からの侵入を拒むかのように巨大な山脈が連なっている。

メクビリス山脈。断崖絶壁ともいえる険しい自然の外壁が立ち塞がることによって、その奥地を確認した者は誰もいない。

そして、メクビリス山脈が囲むようにして連なる大地の中心に、一つの古城がそびえ立っていた。

古城ローレン。とてつもなく巨大で神秘的な、それでいてどこか懐かしさを感じさせる、かつてこの世界を救った男が眠る城だ。

 そのローレン城地下深くにある小さな部屋。幻想的な光が点滅する薄暗い空間に、ヴァラルは眠っていた。

 自身の体がすっぽりと収まるような透明なケース。中には不思議な液体で満たされ、棺のようなその下には複雑な形をした魔法陣がいくつも敷かれ、ケース本体にもそれは浮かび上がっている。

 静寂が支配する無音の世界。

 時間の流れがずれているかのように錯覚させるこの部屋で、

 「……」

 彼は目覚めた。

 まぶたをゆっくり開け、ここはどこだと思いだそうとする。意識の覚醒と共に蓋がひとりでに外れたことで、ヴァラルは上体を起こす。

 ずぶぬれた体で辺りを見渡す。頭はまだぼうっとするが、眠りたいという欲求は不思議と無い。

 寝ぼけ眼でヴァラルはおもむろに体を動かした。

 「ここは……」

 糸を手繰るようにしてこの部屋に入るまでの断片的な行動と、直前に三人と交わした会話が徐々に蘇っていく。

 「くっ……」

 とめどなく押し寄せる情報の波に、ヴァラルの体がぐらつく。

 頭を抑え、頭痛に耐える。

 体の調子は万全とは言えない。とりあえずこの頭痛が収まった後、状況を確認する意味でも外に出よう。

 そう思って時間を置き、濡れた体が完全に乾き頭の痛みが止んだ後、彼はすたすたと歩き扉に手をかける。

 すると、

 「主様っ!」

 輝くような黄金の髪を持つ彼女の涙ぐんだ顔が視界に映る。

 アイシスが飛び込かかるようにしてヴァラルにすがりついてきた。

 「っとと……アイシスか、久しぶりだな」

 いつもはお淑やかで物腰柔らかく、慈愛に満ちていたはずのアイシス。その彼女の興奮ぶりに少々戸惑いがあったのをヴァラルは否定できない。

 ふんふんと鼻を鳴らし、一生懸命彼の匂いを吸い込むようにしてすすり泣く彼女をヴァラルはなだめる。

 「主様がお目覚めになられたと感じて一目散に飛んできました! 他の皆さんも、急いで出迎えの準備を行っています!」

 顔を上げて笑顔を見せるアイシス。

 「出迎え……? 一体誰の事を言ってるんだ?」

 「勿論、主様のことです!」

 彼女の晴れやかな様子で語る姿に、ヴァラルは違和感を覚える。

 この城には自分を含め四人しかいなかったはず。それなのにどうして、出迎えというやたら仰々しい言葉になるのだ。

 何かが噛み合っていない。ヴァラルは彼女の喜ぶ顔に困惑の表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 その後、城の中を歩くヴァラルとアイシス。どうやら目覚めたのは朝方のようであり、穏やかな日差しが差し込む廊下で彼は眩しそうにアイシスの後を追う。

 「アイシス。あの日からどれだけ経った?」

 コツコツと二人分の足音が響き渡る中、城の内装を興味深げに眺め疑問を口にするヴァラル。

 「千年です、主様」

 「……それだけ経てば、変わるのも当然か」

 光の反射によるものを差し引いてもピカピカに磨かれた窓や床。一つ一つが様々な感情を掻き立てる印象的な絵画や彫像。やたら豪華になった城の内部を見て、ヴァラルはアイシスの言葉に納得した。

 「けれど、こうも様変わりしていると少し落ち着かないな。今までと全然違う」

 「主様はいきなりですから、その気持ちも分かります。ですが、これくらいで驚いていたら後が大変ですよ?」

 「大変って……何があるんだよ?」

 「ふふっ、それはこれからのお楽しみです」

 悪戯な微笑みを浮かべるアイシスはヴァラルを先導し、歩き続ける。

 「……何なんだ、一体」

 説明を求めるよう彼女に手を伸ばそうとするヴァラル。

 そのとき、うっすらと自身が映し出された窓の景色を覗き込もうとして、

 「っ……」

 息を呑む音が自分でもはっきりとわかった。

 街が、広がっている。

 眼下を埋め尽くす建物の数々。近代的なものや古風なものまで多種多様、それでいて見事に調和がとれており、まるで街全体が一つの芸術作品のようにも感じられる。氷に閉ざされた雪原ではない、確かな文明の営みがそこにはあった。

 さらに目を凝らし遠くを眺めると、うっすらと山や森も確認できる。

 「……何なんだ、これは」

 思わず驚きの声を漏らすヴァラル。あまりにも壮大な光景に彼は現状を把握できず、立ちくらみにも似た衝動に襲われるのだった。

 

 

 

 「心の準備はよろしいですか? 主様」

 「待てアイシスっ! 凄く嫌な予感がするぞ!」

 彼女がスタスタとさっさと先に行ってしまったため、ヴァラルは慌てて彼女の後を追いかけた。その先で二人の前に佇む威厳と重厚感を兼ね備えた荘厳な扉。それはこの奥にあるものがいかに重要な場所であるかを如実に表している。

 何かの罠に嵌っているような不確かな予感。

 ヴァラルは唖然とした調子で目の前の扉を見上げ、何かとんでもないことが起こるような気がしていた。

 こうなったら先に進むしかない。ヴァラルはだんまりを決め込んでいるアイシスに促されるままに部屋の中へ入っていく。

 ……結果として、彼の予想は大当たりだった。

 最初に目に入ったのは正面に鎮座する玉座。この世の粋を集めたかのような繊細かつ優美なそれは、作り上げるだけで一体どれほどの労力を掛けたのか想像もつかない。

 玉座だけでなく全体にも壮麗な装飾が施されており、彼のようにここへ初めて訪れた者全員がこの部屋の持つ空気に圧倒されるはずだ。

 また、玉座へ真っ直ぐつながった赤絨毯の左右には、ヴァラルが現れたと同時に漆黒の甲冑を身につけた騎士たちが一斉に剣を胸の高さに掲げる。まるでこの城の主に向け臣下として最大級の礼を捧げているように見え、突然の彼らの行動に体の強張りを感じるヴァラルだった。

 「主様、お手を」

 「あ、ああ……」

 アイシスがヴァラルの下へ寄り、彼の手をそっと持ち上げ、赤絨毯が敷かれている中央の道へいざなう。

 先ほどのバルコニーで見たあの光景といい、自身の予想をはるかに上回る出来事が連続で起こっている。

 彼女の短い言葉にヴァラルは曖昧に頷き歩き出す。

 幾多の視線が絨毯を進み行く二人――特にヴァラルへ尊敬の眼差しが注がれる。彼らはいったい何者なのか、そもそもこの地に何があったのか疑問は尽きない。

 そんなことをあれこれ考えているうちに不意に離されるアイシスの左手。いつの間にか玉座のすぐ前に辿り着いていたようだった。

 「よっ、随分と長い間寝てたじゃないか」

 「おはようございます主。目覚めた後のご気分はいかが?」

 ヴァラルにかけられる二つの声。

 少々乱暴で親しげな声と、馬鹿丁寧ながらもからかいの混じった声。

 どこから現れたのか、ガルムとセランが玉座の傍に姿を現した。

 ガルムはつい昨日別れ今日また会ったかのような気軽さ、セランは一世一代の悪戯が成功したかのような明るさを見せている。

 「……とりあえず、事情を説明しろ」

 千年ぶりの感動の再会など、この二人にあったものではない。

 ここで改めて彼らにしてやられたと思いつつも、いつも通りの三人にどこか安堵するヴァラルだった。

 

 

 

 「さて、そろそろ聞かせてもらおうじゃないか。どうしてこんなことになっているのかをな」

 「やけに元気ですね、主。それほど感動しましたか?」

 「茶化すなセラン。それ以前の問題だ」

 ローレン城の豪華すぎる一室で、千年前と同じような立ち位置となった四人。

 腕と足を組み、ふんぞり返るような姿勢でヴァラルはセランに顔を向けた。

 先ほど玉座の間と思わしき場所で行われたのは、ヴァラルが目覚めた事への歓待の儀。玉座に強制的に座らされ何も分からずなし崩しのまま進められたことに、彼はいたく不機嫌だった。

 「街はある、森もある、山まである。それにさっきの部屋にいたあいつらは誰だ? どうしてこんなことになってるんだ」

 アイシスがあの場にいたことで何とか気を保ち、ありのままを受け入れようとしていたが、いざ振り返ってみるととんでもないことだった。

 「おいおい、自分で言ったじゃないか。ここに集まってきた奴の面倒を見ろって、それを俺達の裁量でどうにかしろってな」

 「私たちは主の命に忠実に従ったまでですよ」

 事も無げに言い返すガルムとセラン。彼らは眠りにつく直前のやり取りを自分なりに解釈、実行したようだった。

 「いや、あれは……あれは違うだろう」

 ヴァラルは記憶を掘り返し、思い出すように言葉を口にする。

 「俺はそんなつもりで言ったわけじゃない……ただ、その方が三人にとってやりやすいと思ったからだ……以前もそうだっただろう?」

 些細な食い違いが積み重なったことによる、大きな誤解。

 「ええ、だから勝手にやらせてもらいました。ですよね、二人とも」

 にやりと笑みを浮かべ、これが自分たちの意志だと確認を取るセラン。壁に寄りかかっていたガルムは大きく、ヴァラルの隣に座っていたアイシスは控えめに、けれどはっきりと頷いた。

 意図的に誤解したと言った方が正しいのかもしれなかった。

 「っ、最初から分かってやったのか!」

 核心をついたような声が部屋の中に響き渡り、勢いに任せてヴァラルは立ち上がる。大事なことはきちんと議論した上で判断しろとは言ったが、自分の意思を無視するのは如何なものか。彼らは最初から国造りという別の目的を持ち、そんな大事なことを事前に黙っていたことに憤りを覚えていた。

 「興奮しすぎですよ、主。少しは落ち着いたらどうですか」

 だが、そんな彼の言葉を全く気にしていなかったセラン。勢いに任せたヴァラルの反応も織り込み済みだとでも言うかのように、彼は語り出す。

 「いずれ私たちのような者がこの地へ辿り着くこと位、想像はついていました。それが時間をかけて規模が大きくなっただけの話、不思議でも何でもありません」

 「……」

 目の前のセランをヴァラルは難しい表情で見やり、静かに座りこむ。この悪魔の言うことだ、恐らく自分をあっと驚かせたかったのだろう。

 が、いくら何でもやりすぎだ。

 眠っている間にここまで勝手にされたのではたまったものではない。

 言いたいことは山のようにあったが、とりあえず落ち着きを取り戻そうとしたヴァラルであった。

 すると、落ち着いたところを見計らってセランは説明を再開した。

 「国造りに当たっては私もいくつかの懸念がありました。何せ私たちがほら、あれでしょう……?」

 「異なる種族同士、ここで問題なくやっていけるのかってことだ」

 「私たちはともかくとして、皆が最初から上手くやっていけるとは限りませんでしたから」

 「……それで俺だったというわけだ」

 セラン、ガルム、アイシス。誰か一人が率先して国造りを行ってしまえば、他の種族からの反発を招いてしまうことになりかねない。

 「ええ、その通り。主ならばこの深刻な問題を一気に解決することが出来ます。世界を救った救世主、その功績は讃えられて当然のものです。というか、そもそも貴方は――」

 「おい、黙れ」

 存在そのものを否定するかの如く、誰も、何も映さぬ空虚な漆黒の瞳。

 途端ヴァラルの表情が無機的なものになり、話は中断される。

 「おっと失礼、これは禁句でしたか……ま、とにかく主を中心に据え置き、私たちは三つの区画を設け、国を支えることにしたのです。以前生活していた環境を再現し、暮らしていくためにね」

 ひょうひょうと話を変え、何なら一からこの国の歴史を説明しますかとセランは訊ねる。だがそんな膨大な時間がかかりそうな話に今付き合う必要も無い。ふてくされたような表情に戻ったヴァラルは後にしてくれと首を横に振った。

 「……ま、そんなこんなで俺達は今までやってきたってわけだ」

 「明日からは是非、私たちの区画へ訪れてください」

 セランの失言をさり気なく庇い、まとめに入るガルムとアイシス。

 「そういえばこの国の名前は何なんだ? まだ聞いて無いんだが」

 二人の気配りにもう気にしていないとヴァラルはあえて乗っかり、前から思っていた疑問を口にする。 玉座の間でちらりとセランが口にしたはずなのだが、そのときのヴァラルは集中力を欠き、すっかり忘れていた。


 すると――

 『理想郷アルカディア

 申し合わせたかのように口をそろえ、三人から直ぐに答えが返ってくるのだった。

 

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