新たな出会い
ヴァラルはエンラルの宿で部屋を借りた後、再び外へ繰り出す。
街全体が夕暮れに包まれ、人々の足はすっかり早くなっていた。けれど、セクリアの街はこれから夜になることで、昼間とはまた別のにぎやかさを取り戻すこととなる。
「酒場の場所も聞いたことだし、とっとと済ませるか」
◆◆◆
「ギルドへようこそ!」
街の一角にある冒険者ギルドへ足を踏み入れると、受付嬢と思われる若い女がヴァラルに向かって挨拶してきた。
冒険者ギルドはこの辺りで一番大きな建物であったためすぐに見つかった。木造の建物のホールに入ると、冒険者と思われる男達がちらりと怪訝な顔でヴァラルを眺めていたのだが、
「冒険者登録をお願いしたい」
それらの視線をやり過ごし、ここに来た用件を端的に伝えたのだった。
「わかりました!ギルドへ訪れるのは今回が初めてですか?」
「ああ、そうだ」
「分かりましたっ!少し長くなると思うので別室へ案内しますね。ついてきてください」
二人はギルドの一室にある小部屋へ案内され、ヴァラルは彼女の話を聞くことになった。
「――それでは冒険者ギルドについて簡単に説明します。ここではお客様からの依頼を受け、冒険者の方々に斡旋するということを行っています。依頼内容は魔物の討伐や商人達の護衛、薬草・鉱石の採取や遺跡の調査等、様々なものがあります。ここまでで何か質問はありますか?」
ヴァラルは紙の束を手渡され、それを読みながら彼女の話を聞き、疑問に思ったことを口にした。
「そうだな……まず、それらの依頼は冒険者なら誰でも受けることが出来るのか?例えば俺のような見ず知らずの奴に引き受けさせてもいいものなのか?」
「仰る通りです。ではその辺りを詳しく解説していこうと思いますね。まず、冒険者にはクラスがあり、AクラスからEクラスまでの五段階となっています。冒険者を始められる方はEクラスからのスタートとなり、昇格試験をクリアするとクラスアップということになります。E~Dクラスはお一人でも十分こなせる内容が多いのですが、Cクラス以上になるとパーティを組む必要が出てきますね。特にBクラス以上ともなるとそのほとんどがパーティで受ける方々がほとんどです」
ギルドではクラス制を設けている。これは新米の冒険者が己の力を過信し、高クラスの依頼を引き受けてクライアントとのトラブルや力量を超えたモンスターに殺されるのを未然に防ぐという役割を持っている。いくら冒険者が使い捨ての存在とはいえ、勝手に出て行ってそのまま死んでしまうのは非常に困ることなのだ。ここでは出来るだけギルド側としても損耗を大きく減らしたいという思惑が絡んでいる。
それでも依頼の最中何が起こるかわからないため、結局冒険者同士の実力の指標くらいにしか役に立っていないのが実状であったが、あるに越したことはなかったのだった。
また、昇格試験の内容は主に魔物退治なのだそうだ。Dクラスの試験は比較的楽だといわれているらしいが、それでも毎回死者が絶えることはない。冒険者は昇格試験で命を落とす場合も多いのだという。
冒険者としてEクラスからCクラスに上り詰めるまで数年かかるといわれており、ローグがいったようにこの世界で数年生き残るだけでも大変なことで、Cクラスに上がることが出来るのは年に二十人いれば良い方だと言われる。
なぜここまで難しいのか。それはCクラスからパーティでの依頼が急激に増えるためDクラスのうちに仲間を見つけ、彼らと連携をとる必要性があるからだ。しかもCクラスからは昇格試験の内容がパーティを前提に作られているため、Dクラスは仲間集めのクラスともいえよう。因みに、パーティは意思統一や経済的な側面から大体四人から五人で構成されることが多いのだという。
そのため、冒険者はCクラスからが一人前の冒険者と周囲に認められる証でもあるらしい。
(成る程……)
長々とした話を一旦区切り、再び彼女は説明を開始した。
「また登録をする際に、冒険者になる方々には金貨を一枚いただいております。それによりカードを発行し、冒険者の方の身元証明にするので……それと、くれぐれも盗難には気をつけてください。再発行手続きは時間がかかりますし、追加で金貨を払わされますから」
ギルドカードを狙っての盗難もあるようだ。まあそれも当然だろう。これがあればギルド関連施設をお手ごろ価格で利用できるのだ、きっとそれなりに価値のあるものなのだろう。
「わかった、気をつけるようにする」
その後は報酬の受け渡し方法、依頼者とのトラブルに関しての対応等、諸々の説明を受けていくヴァラル。
(ん?……これは……)
……その中でほんの少し気になる事柄がいくつかあったが、とりあえず今の彼には特に問題なかったため口を挟むことはしなかったのだった。
そして二時間後、ヴァラルはようやく念願のギルドカードを手に入れたのであった。
(……さて、どんな依頼があるのか見るのも良いが、それは後にしよう)
ギルドの館を出ると外はすっかり暗くなり、道行く人は昼間よりも減っていたが、店のあちこちからは祭りが開催されたかのような派手な笑い声が聞こえてくる。
セクリアの街での夜が本格的に始まったのだ。
◆◆◆
「ほう、そうか。さっき登録したばかりなのか」
「まあな、案外簡単なものだったよ」
ケラクと同じくらいの年の男は皿を拭きながらヴァラルの話に耳を傾ける。
ここはセクリアの中心街を少し外れたところにあるクレース亭。名前にある通り、目の前の男クレースが営んでいる酒場だ。
とはいっても席の数は二十にも満たない。けれど様々な酒を取り揃え、物静かな雰囲気のこの場所はセクリアの街の知る人ぞ知る隠れた穴場となっている。
この時間帯になっても客はヴァラル以外誰もおらず、繁盛しているのかしてないのか良くわからないこの酒場で二人は話していたのだった。
「しかし珍しいな、ケラクがこんな新米をここに寄こすとは」
どうやらここは紹介制の場所のようで、それなりの客しか相手にしていないみたいだ。最初ヴァラルがここへ訪れた際クレースは怪訝な顔をしたが、ケラクからの紹介だと伝えるとあっさりと態度を変えたのだった。
「まあ、気にするな。とりあえず酒と食事、それとつまみを何品か頼む」
景気づけの意味合いも込めて、彼は銀貨を数枚カウンターの上に置いた。ここの雰囲気が気に入ったのか、かなりの金額であったことは言うまでもなかった。
「ほうっ!……ただの初心者というわけじゃないみたいだな。待ってろ、今作ってきてやる」
そう言って、彼は食事を作りに奥へと引っ込もうとしたとき、
「クレース、今は空いているか?」
一人の女がやってきた。
「見慣れない顔だ。知り合いなのか?」
艶やかで流れるような長い髪をたなびかせ、彼女はヴァラルの顔を見やり、クレースに尋ねる。
「いや、ついさっき知り合ったばかりだ。何でも冒険者になったばかりだそうだ」
「ヴァラルだ、宜しく」
「……ああ、そういうことか。私はセレシア、ヴァラルと同じように冒険者をやっている。こちらこそ宜しくな」
鳶色の髪と青空のような澄んだ青い瞳をした彼女は明るい声で自己紹介をする。
機能性と美しさを兼ね備えた赤を基調とした服を着こなし、短くも過度な色香を感じさせないスカートと長いロングブーツを身に着けている彼女は凛々しさと気品に溢れ、冒険者というよりも高潔な騎士のようだとヴァラルは思った。
年は十代の後半だろうか、若々しさに満ちているがその一方でローグと同じ、いやそれ以上の実力をもっている。物腰がとても優雅なのだが全くの隙がない。その年にしてどれだけの経験をしてきたのであろう、彼は短い時間ながらもそのように考察をするのだった。
◆◆◆
「成る程、セレシアはバルヘリオンから来たのか」
カウンターの席で隣同士で酒を飲み交わすヴァラルとセレシア。
彼女は修行の一環として冒険者をしているのだという。身元までは分からなかったが、ヴァラルのように何らかの事情を抱えているのが冒険者だ。そんな野暮なことは聞かないというのが彼らの暗黙のルールとなっているからだ。
……そもそも、初対面なのにいきなり出身地を明かすセレシアはなかなか豪胆だとヴァラルは思った。彼は間違えてもアルカディアから来たなんて言えるはずがないからだ。
「ああ。でも私はもうすぐ冒険者をやめようと思っているんだ」
「何故だ?」
「仲間達がそれぞれ進む道を決めたからな。無理に引き止めるわけにもいかないんだ」
「そうだったのか……ん?じゃあどうしてこの街へ来たんだ?」
「何、思い出作りのようなものだ」
彼女たちは最後の記念として昇格試験を受けるつもりなのだという。それもパーティを結成したこの街で。
(それはまたずいぶんと……)
死者が多数出る昇格試験を記念に受けようというセレシアの心構えと、彼女の仲間も同様に肝が据わっているとヴァラルはしみじみと思った。だがそれ相応の実力があるのだろう、仲間達を語る彼女の姿はどこか誇らしげであった。
――そして、このクレース亭での出来事がヴァラルとシアの最初のなれそめだったことを二人はまだ知らなかったのだった。