セクリアの街
日の光が夜の闇を照らし出す頃、ヴァラルは目を覚ます。外の世界に来てからというもの、彼は夜明けと共に行動するようになった。その理由は朝日を拝みたいというごく単純なものなのだが、それでもアルカディアの王城で見るときとはまた別の感動があるのだ。
「よし、今日もまた頑張るとするか」
ヴァラルは簡単な身支度を済ませ、朝食の干し肉と果物を食べ終わると次の目的地であるセクリアの街へ向かう。
途中、コボルドという犬のような魔物と何度か遭遇したこともあったが、ヴァラルの拳と剣の前にあっけなく沈黙することになったのはまた別の話だ。
「……このままでも十分いけるな」
自身の体を見回し、身につけている装備を確認する。何の魔力も秘めていない古びた剣と鎧、いつもの彼であった。
あの日以来、徐々にではあるが相手の力量に合わせて戦うことが出来るようになってきたヴァラル。最初のうちはボボルと同じように相手の体に大穴が出来たり、体がパックリと二つに分かれるというグロテスクなことがあったのだがそれを何とか克服していった。
そう、ヴァラルはテトスの村の出来事を踏まえて毎朝トレーニングをするようになったのだ。それは主に肉体面ではなく精神面のものなのだが、彼の身に渦巻く膨大な魔力を上手くコントロールするよう心掛けていくのだった。
「ガルム、セラン、お前達の苦労が少し分かった気がするぞ……」
ヴァラルはアルカディアにいる仲間との距離がほんの少し縮まったような気がした。
◆◆◆
その日から街道を歩き続けること五日目。日が徐々に傾き始めた頃、ヴァラルはついに目的地であるセクリアの街にたどり着いた。
彼の力を持ってすればあっという間に到着することが出来るのだが、そんな無粋なことはしない。彼はゆっくりと辺りの風景を眺めながら旅を楽しみたいため、あえて徒歩で移動していたのだから。
「……ここがセクリアか。結構立派なところなんだな」
セクリアの街。
デパン伯爵が治めるこの地はトレマルク王国の中でも特に発展が著しい街として知られている。
このセクリアの街は最初、テトスの村のように寂れたところであったという。けれど伯爵がこの地を拠点にして改革を始めたのをきっかけに、大きく変わり始めた。
この地に蔓延っていた役人への賄賂を徹底的に摘発し、新たな商店の参入を以前よりも緩やかなものにしてセクリアの街での取引を活発化させ、警備隊を常備しての治安の安定化を目指す等、人々にとってデパンは理想ともいえる施政者であった。そのため、人々も彼の行いに報いるかのように伯爵領は発展し続け、現在ではトレマルク王国内でも有数の街としてここは知られている。
「ひとまず宿屋とギルドに立ち寄ってからこの街をまわるか。ああ、その前にどこの宿が良いかお勧めを聞いておかないとな……」
入り口に設置されている案内板を見てこの後の予定を決め、ヴァラル街の中へ入っていく。
「――そういうことならエンラルの宿がお勧めだ。この街は初めてなんだろう?だったらそこが良い。中央の市場へも近いし、ギルドの館もそこからなら分かりやすい場所にあるからな」
「わかった、わざわざ引き止めてすまないな」
入り口にいた門番に礼を言い、値段とサービスが良いと巷で評判のエンラルの宿へヴァラルは向かったのだった。
◆◆◆
「いらっしゃい。おや、見かけない顔だ。冒険者か?」
十五分後、彼はギギィと古めかしい音を立て、大きな建物の扉を開いて中へ入ると五十ほどの男がヴァラルに話しかけてきた。雰囲気からしてこの宿屋の店主なのだろう、彼はそう考えた。
「ああ、ここで新しく冒険者をはじめようと思ってな。これで宿を一週間ほど取りたい。空いているか?」
「……おいおい、こりゃ多すぎだ。何の冗談だ?」
ヴァラルは腰に下げていた小袋から銀貨を七枚取り出し、店主の元に差し出した。するとあからさまに彼の顔は驚き、銀貨をつきかえしてきた。
「……そうなのか?いやすまない、どうもそのあたりのことはよくわかっていないんだ。もし良かったら教えてくれないか?」
テトスの村では何だかんだ言って、ただで飲み食いし続けていたヴァラルであったため、この世界での物の価値がいまいちわかっていなかったのだ。
「ああ、良いよ。しかし、随分綺麗な銀貨だな……これをどこで?」
「……気にするな。それよりも話を聞かせてくれ」
また、ヴァラルの出した銀貨は純度が相当高いようで、そのことも相まってか店主にだいぶ怪しまれた。
彼はなぜこんなものをもっているのか?それはセランが予めアールヴリール大陸にある貨幣をこっそりと集めてそれを元にアルカディア内の金貨等を鋳潰して作り上げていたのだが、そんなことを店主が知る由もなかったのだった。
そして、店主はヴァラルのことを貴族の子息だと勘違いしたようで、この国での貨幣価値について解説してくれた。
このアールヴリール大陸には金貨・銀貨・銅貨があり、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚と同じ価値を持ち、これはどの国でも大体同じなのだとか。また、さらに細かく分けると銅貨と銀貨の間に半銀貨(銅貨五十枚の価値)、アルンで特別に発行する聖鋳金貨というものが金貨五枚の価値があるという。
一般的な宿屋は銅貨四十枚で泊まることが出来るのだが、エンラルの宿は安さを売りにしているため銅貨三十枚で泊まることができる。つまり、銀貨七枚というのは明らかに多いというわけである。
(アルカディアとはまたぜんぜん違うんだな……)
ヴァラルは説明を聞いているうちに、あの国の物の価値がいかにおかしかったかを実感するのであった。
「――そういうわけだ……って聞いてるか?」
「ああよく分かった。だが、これからはここで色々と世話になると思う。手間賃代わりにといっては何だが、一枚だけでも受け取ってもらえないか?」
「……そうは言っても、そんなに金があるならもっと良いところがたくさんある。なんでまたこんなところへ?」
「ん?知らなかったのか?」
ヴァラルはセクリアの街で一番人気なのがこの宿であることを店主に説明する。
彼は門番だけでなく、道行く人たちにもお勧めの宿屋はどこであるかということを尋ね回り、結果として十人中八人のお墨付きがあったためここに滞在することを決めたのであった。
「……光栄なことだ。それを聞いたからには、貴族の冒険者様だろうが断るわけにはいかなくなっちまった……おっと、自己紹介がまだだった。俺はケラク、この街のことなら何でも聞いてくれ」
本当に彼は知らなかったようだ。それにケラクは色々とヴァラルのことを誤解していたが、
「俺はヴァラル、こちらこそ宜しくな。しばらくの間世話になる」
訂正するのも面倒なので彼もそのまま名を名乗り、二人はがっちりと握手を交わしのだった。
(ひとまず宿は確保できた、この後はギルドだけだな……そうだ、ケラクにいろいろな店や酒場のことを聞いてみるか。彼なら良いところを知っているはずだ)
セクリアの街に着いてこれからのことに期待を寄せるヴァラルであった。