これからの方針
あちこちの家で火が燃え盛っている中、足音が聞こえてくる。ヴァラルがアザンテを打ち倒し、こちらへ向かってきたのだ。
はっと我に返ったローグは彼に聞きたいことが山ほどあった。けれど、気持ちとは裏腹に体は全く動かない。
全身が恐怖しているのだ、目の前の圧倒的な存在に。
ローグも人を殺したことがある。その連中はアザンテのような者が殆どではあったが、それでも必ずといっても良いくらい気持ちが落ち込んでしまった。そのため、彼の中では人を殺すという行為は決して慣れないものだと考えていた。
けれど、ヴァラルは何十人も倒した直後だというのに顔色一つ変えずにこちらへ近づいてくるのだ。
まるで同じようなことを何度も経験してきたかのように。
同じ人間であるはずなのに、どうしてここまで何食わぬ表情でいられるのだろう。そんな彼を前にして、ローグは今まで張り詰めていた緊張の糸がついに切れたのか、そのまま意識は闇の中に沈んでいったのだった。
――それが当然の反応だ
彼が目覚めたのはそれから三日後のことだった。
◆◆◆
「……う、ここは……?」
「おお、気がついたようじゃな」
自宅にてローグが目を覚ますと彼の横にはこの村の村長がいた。妻のサリスに変わって今の時間は彼の看病をしていてくれたようで、ローグは彼に礼を言った。尚、アザンテ盗賊団の襲来によってこの村にある家の殆どがなくなったが、ここだけは唯一無事だったらしい。そのため、サリスと子供たちはローグのかわりに村のあちこちで手伝いをしているとのことだ。
「村の人達は!?」
「まて、そうあせるでない。順番に説明する」
村長の話は続く。見張りの二人は発見されたときから既に命を落としてしまったが、それ以外は全員無事で、カウンもローグと分かれた後、無事に合流できたそうだ。
その際、生死の境を彷徨った村人が何人もいたのだが、彼らはヴァラルの持っていたエリクシルを飲むことで一命を取り留めたらしい。
「そうそう、お前さんに伝言があった。とはいっても村にいる全員に宛てたものじゃがの」
「俺に?」
この村を救ってくれた肝心のヴァラルはアザンテに懸賞金がかかっていたことを知ると、『その金を村の復興に使ってくれ。それと引き換えと言っては何だが、ここで起こったことはできるだけ秘密にしておいてくれ』といった後、その日のうちにこの村を出て行ったようだ。
「まるで嵐のような男じゃった……」
村長はそう語り、話を締めくくったのだった。
(しかし……あれは一体なんだったんだ……)
村長が家族を呼び出てくるとこの場を去った後、ローグは三日前に起こった出来事を回想していた。
エリクシルと呼ばれる魔法薬、盗賊たちを打ち倒した彼の卓越した剣技、そして白銀と漆黒に輝く剣と鎧。
全てがローグの常識を覆してしまった。
特にアザンテの魔法を打ち消したあの剣。
とてもではないが、あのような武器をローグは一度も見たことも聞いたことも無かった。それほどまで強力な力を秘めたものであることを今更ながら実感し、そして気づいた。
(だからあの二つは最初古ぼけた剣と鎧に見えたのか……)
アールヴリール大陸での魔法の武具は非常に貴重なものとして知られる。そのどれもが国宝や貴族のコレクション、有名な冒険者の手に渡り市場に出回ることがほとんどないためだ。
つまりヴァラルは貴重なそれを二つも所持していることになるのだが、それでは当然注目されてしまう。
きっと彼らの目を欺くため、見るものを誤認させる効果があの武具には付与されているのだろう、そう推測をしたのだった。
しかし、彼は肝心なところに気づくことはなかった。
――ヴァラルの持つ武具が、遥か昔に滅び去ったとされるドワーフ族が鍛え上げたものであるということに。
◆◆◆
「どうしたものか……」
テトスの村を去ったヴァラルはその日の夜、セクリアの街に向かう途中の草原で腰掛けながら大いに悩んでいた。
この世界では魔法士という存在がおり、彼らがローグのような冒険者達に恐れられているのは理解した。
だが、ヴァラルとしてはあの程度の魔法で怖がられてしまうのなら、それをいとも簡単に破った自分は一体どうなってしまうのだ。
彼としては出来るだけ目立つことを避けたかったのだが、早速出だしからつまずいてしまったのだった。
(しかもなあ……)
盗賊団が襲撃してきたこと、エリクシルがまだこの世界には存在しないこと、エドの武具が予想以上のものであったこと、そして外の人々との力量差。
ヴァラルにとって良いことなのか悪いことなのか分からないほど様々な出来事が一気に続き、考えることが山のようにのしかかってきた。
そのため、先程の事を踏まえ、これからの行動をどうするか改めて考えていたのだった。
(どうもこの世界に来てから別の意味で調子が狂うな。まあいい、とりあえず……)
とりあえず頭を一旦冷やし、現在の状況を確認するヴァラル。
この旅の目的は外の世界を知ること。アルカディアにはいない聖獣の二体と、へスターから頼まれた魔族の男の行方を探ること。とりあえずこの三つである。
そして、最悪の事態はヴァラルの素性、またはアルカディアが知られてしまうということだ。
アルカディアに関しては特に心配はしていない。あの四人にはきつく言い渡してあるし、何よりメクビリス山脈がある。フェンバルの森付近も辺境の地ということもあり、そうそう人は寄り付かないだろう。
ヴァラルの素性の方もあまり問題がないように感じる。冒険者という職業は出自を気にしないことが多いという。彼らに求められるのは力であり、さらに脛に傷の多い彼らは他人の事情に首を突っ込むほど野暮ではないと聞いている。
(後は誰かから強制的に喋らされたり、自分から打ち明けたりすることだが……まあ、問題は無いだろう)
前者は考えるまでもない。そんなことを考えた不埒な輩を正面から捻り潰せば良い話だからだ。
後者も今のところないだろう。聖獣はともかくとして魔族の男には打ち明かす必要があるが、基本的に昔の知り合いはアルカディアにいるはずだ。打ち明けるにしてもヴァラルの信用に足る人物、つまり自身の眼鏡に叶う者がいるという前提がある。
――アルカディアに招いても良いとヴァラルが思うくらいに。
(ん?そう考えるとなんだかいける気が……しなくもないな)
そこまで考えるとそれなりの余裕があることに気がついたヴァラル。
だが、
「結局なるようにしかならないか……」
自身でもよくわからない結論に達した彼はその場所で野宿の準備を始め、眠りについたのだった。