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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
15/79

狩られるもの


「あ?」


盗賊達は突然の出来事に戸惑っており、それはアザンテも同様であった。黒い髪に黒い瞳、古びた剣と鎧。


その風体からして剣士なのだろうが、アザンテたちを見て物怖じを一切していない男の雰囲気はどこか異様で、いきなり炎の中から現れたこともあり、彼らの気を引くには十分だった。



「おいローグ。しっかりしろ」


「ぅ……ヴァラル、か……村の連中は……どうした……」


息も絶え絶えに彼は村人達の心配をするローグ。深い火傷を負っているため、その口調は弱弱しく、今にも事切れてもおかしくはなかった。


「大丈夫、あんたのおかげで皆無事だ。後はお前だけだ」


「そ、そうか……だ、だが、俺はもう駄目だ……それよりも……早く、逃げろ……」


「喋るな、傷に触る」


ヴァラルはローグに近寄ってどこからともなく瓶を取り出し、中に入っている金色の液体を彼に飲ませた。


――その瞬間、とんでもないことがローグの体で起こる。


みるみるうちにローグの体が時間を巻き戻したかのように治っていくのだ。


大火傷を負った皮膚は瞬く間に再生し、後に残ったのは全く傷一つ無い健全な身体。そして当の本人であるローグ、その光景を目の当たりにした盗賊たちから動揺の色が広がっていたのだった。


「こ、これは、一体……」


自身に起きた突然の変化にローグは思わずヴァラルに尋ねていた。


鎧がぼろぼろになっているとはいえ、さっきまでは死に体をさらしていたのだ、彼の疑問も尤もである。


(外の世界での使用は問題ないみたいだな……)


「……少し休んでいろ、後は俺が引き受ける」


だが、ヴァラルは無視した。とりあえず目の前の連中を片付けるのが先だ、彼にとってはそちらの方が重要であったのだ。


「そんな、無茶だっ!!あいつらは魔法を使うっ!!俺達じゃ勝てない!!」


「魔法?……ああ、そういうことか」


以前魔法士という言葉をちらりと聞いていたヴァラルは、ローグが負傷したのもきっとそのせいなのだと理解した。


(外の国でも魔法を使う者がいるのか。でもこれは……)


「……それよりもローグ、お前は離れてろ。少し邪魔だ」


「うっ!?……わかった」


有無を言わさぬ迫力あるその声に、熟練の冒険者であった彼はすごすごと奥へ引き下がる。


彼の言葉は少々不躾だっただろう。けれど目の前にいる男の実力が未知数である以上、ヴァラルもまた警戒する必要があった。あのままいたらローグも巻き添えになってしまうかもしれない、そんな心配が彼の中をよぎっていたからだ。


そして、


ヴァラルは彼らの前へ躍り出たのだった。


◆◆◆


さっきの光景を見ていたアザンテは顔には出ていないが、盗賊たちと同じように大きく動揺していた。


彼の知る限り傷を癒すためには、数種類の薬草を調合した傷薬かポーションとよばれる魔法薬で治すのが基本である。だが、そのどちらもあのような即効性のものではなく、数日以上かけて治す遅効性のものだ。


魔法士でも治癒魔法を使えるものは勿論いる。が、それでもこの回復速度はありえない。全身の大火傷を治すためには、治癒魔法に長けた魔法士が数時間つきっきりでかけ続けなければ治らないのだ。


「……お前、一体誰だ?」


アザンテは怪訝な目でヴァラルを見やる。さっきのやりとりから見ていると二人は知り合いのようではあったが、ローグという男の驚きようからも彼があれを今まで隠し持っていたことは疑いようの無い事実であった。


「俺はヴァラル、冒険者だ……まだ登録はしていないけどな」


「嘘をつくなっ!!お前も冒険者だと?舐めるのも大概にしろっ!!それにさっきの変な液体、あれは一体何なんだ!!」


(……こんな奴が唯の冒険者であるはずが無い、しかも登録も済ませてないだと?断じてありえない!!)


アザンテは獣のように吼える。


「本当のことだ。嘘を言ってどうする……それと、さっきのあれはエリクシルといって魔法薬の一種だ」


(しかしあいつの口ぶりから察すると、ここにはエリクシルが無いのか……)


ヴァラルはどうにもやりにくそうな表情でため息をついたのだった。


(こいつ……しらばっくれる気か……)


一方、アザンテは彼が何を言っているのかさっぱりわからないでいた。アザンテも魔法士である、人並み以上に魔法の知識は備えているつもりだ。それなのに彼はエリクシルという言葉自体、今日初めて聞いたものだったため、大いに困惑していたのだった。


「っと、そんなことを言ってる場合じゃなかった……お前達、いくらなんでもこれはやりすぎだ。この村に何か恨みでもあるのか?あったとしても度が過ぎることには変わりないがな」


「っははははは!いきなり何を言い出すかと思えば!こんな辺鄙な村に恨みなんてあるわけないだろ?俺達はやりたいことを自由にやっているだけだ。ヴァラルといったか?エリクシルとやらの魔法アイテムを含めてお前には色々と聞きたいことがある。すこしつきあってもらうぜ」


こんなときに説教を垂れるとは目の前の男はどこかおかしいようだ。辺りは火の海だというのにこの能天気さ。それなりの冒険者と思ったが、どうやら違うみたいだ。こいつは唯の馬鹿だ。アザンテたち彼の場違いな発言に大笑いし、すかさず彼の前に対峙した。


「……つまり、俺を始末しようというわけだな?……良いだろう、相手になってやる」


「……やれ。生きてさえいればいい、とっとと始末しろ」


ヴァラルは盗賊たちに挑発するとアザンテの雰囲気は変わり、手下たちに指示を下す。


こちらは四十人以上いる。それに対して相手は一人、どう考えても負ける要素は見当たらなかった。


その命令を合図に盗賊たちは一斉に走り出した。元々いたぶるのが得意な彼らだ、腕や足をとることに何の躊躇も無い。しかもこうして迫り来るというのに、相手の男は武器を構えてさえいない。


そうしてあっという間に三人がヴァラルに肉薄し、凶器を振りかざした。


これはやれるっ!!誰もがそう思った。



――だが、その刹那



ヒュンッと何かが風を切るような音がして、


盗賊たち三人の首が宙に舞った。


◆◆◆


ドサッドサッドサッと襲い掛かった盗賊たちの首が子気味よく地面に落ちると同時に辺りは静寂に包まれる。あの一瞬に何があった?彼らは目の前で起きた出来事に思考が追いつかないでいた。


そして仲間だった彼らの首を呆然と眺めて盗賊たちが次にヴァラルの姿を確認すると、


白銀に輝く剣を携え、黒光りする鎧に身を包んでいたのだった。



――何だよ……あれ……



誰かが異様な雰囲気を持つこの空気を代弁するかのようにぽつりと言った。


さっきまでは古ぼけた剣と鎧だったはずなのに、いつの間にやらそれは一変しており誰もが息を呑んでいたのだった。


盗賊たちは美術品の価値など一切分からない。


宝石ならまだしも名のある彫像や絵画を奪う際、それらを見ても心を震わせたことなど一度もない。彼らはそれらをただの金としか見ておらず、まして剣や鎧でそんな感情を抱いたことはなかった。


けれど、目の前にある剣と鎧はそんな彼らの固まった価値観を一瞬にして吹き飛ばす。


それほどまでに綺麗だったのだ、目の前に存在する武具は。



「おい、何ぼうっとしているんだ」


ヴァラルは目の前で惚けている彼らに声をかける。


仲間が三人も死んでいったはずなのに盗賊たちはただ突っ立っていただけだった。まるでそのまま放っておいてくれといわんばかりに。


「はっ!!!」


その言葉に我に返ったのか、彼らはヴァラルを再び見据える。けれどさっきの威勢はどこにいったのか、盗賊たちは戸惑いの色をあらわにしていたのであった。


「来ないのならこっちから行くぞ?」


ギロリとヴァラルは射るような眼差しを向ける。その目はまるで命を狩る死神のような目であり、盗賊たちはその場に立ち竦み、一斉に怯えだした。


「……おいッ!!おまえら!たかが一人に何ビビッてるんだ!しっかりしやがれ!もし逃げ出したりしたなら……分かってるんだろうな?」


アザンテは自身を鼓舞するかのように盗賊たちを怒鳴りちらす。さすがはリーダーだけあってヴァラルの飛ばした殺気に怖気づくことはなかったようだ。けれど、彼の内心ではどう思っていたのかは定かではない。


「随分とお前らのボスは人使いが荒いようだ……でもまあ」


――俺には全く関係ないがな


「ひっ!!」


そして誰かが小さな悲鳴を上げると同時に、ヴァラルは歩き出し、


一方的な戦いが始まったのだった。



「あ、あああ……」


盗賊の一人は思わずうめき声をもらしていた。


いきなり三人が死んだと思ったら男の武具は突然変わっており、そのあとも風を切るような音が聞こえたかと思うと対峙していた盗賊たちが一人また一人と地面に倒れ伏していく。


盗賊たちはただやられていったわけではない。彼らは迫り来るヴァラルの前に怯えながらも短剣や弓で応戦していった。けれど、それらは全く効かなかった。


見えないのだ、ヴァラルの繰り出す剣の動きが早すぎるために。


深く斬り込んだと思えば短剣を持っていた腕ごと斬り飛ばされ、後ろをとったと思えば、まるで頭の後ろに目があるかのように振り向きざまに相手を薙ぎ払う。そして、迫り来る弓矢もその場を動かずにことごとく打ち落とすというとんでもない芸当を彼は見せたのだった。


そのため、四十人以上いた盗賊たちの士気はぼろぼろに低下し、その数を瞬く間に減らされた。尚、逃げ出した盗賊も何人かいたがそんなことをアザンテは許さず、彼らに杖を向け、あっけなく命を落としていった。


ゆえに、前へ進んでも後ろに進んでも、盗賊には既に逃げ場はなかったのだった。


「ひ、ひひひひ……」


最後の一人となってしまった盗賊はがちがち歯を鳴らしながらヴァラルと対峙する。


こんな辺鄙な村にたった一人で何十人も相手をすることができる冒険者がいたなんて誰が想像できただろうか。変な魔法薬や武具を所持している者がいるだなんて誰が思うだろうか。


そして、ヴァラルの黒々とした二つの目と合った瞬間、


彼の命はろうそくの火を吹き消すかのように消えていったのだった。


◆◆◆


「……さて、何か言い残すことはあるか?」


ヴァラルは盗賊の最後の一人を始末すると、アザンテに向かって死刑宣告のように言い放つ。


「あーはっはっはは!!!」


けれど、アザンテは笑っていた。それも不気味なまでに大きな声で。


手下が全員死んだというのになんて奴だ。ヴァラルは目の前の男の精神を疑いつつ、気を引き締めた。


これほどの余裕があるということは、きっと自身の知らない強力な魔法を使えるに違いない。普段通りではあったものの、彼の動きに最大限に注意するヴァラルだった。



「……へへっ、これほど強い奴を見たのは初めてだぜ……だがな、それでも冒険者風情が俺に勝てるはずがないんだよッッ!!!!!」


そして、アザンテはついに行動を起こす。


杖をすぐさまヴァラルに向け、体内で魔力を練り上げ、彼の十八番である必殺の魔法を放った。



『ファイア・ボール』



メラメラと激しく燃え盛る炎の玉がヴァラルに襲いかかる。


『ファイア・ボール』自体、魔法士なら誰でも使うことができる。


だが、彼の作り出した炎の玉は直径一メートルほどの巨大なもの。そのため、頑丈な鎧を身につけていても中の人間ごと焼き尽くす強力なものとなっていた。


そう、アザンテの恐ろしさは初歩ともいえる魔法を殺人の域まで高めることで魔力の消費を極度に抑え、素早い詠唱を可能にしたことだ。そしてその恐ろしさのため、魔法皇国ライレンでは彼に多額の懸賞金をかけていたのだった。


そんな彼の魔法がヴァラルを焼き殺そうとする。アザンテはエリクシルのことを聞き出せないことを後悔したが、死んだ後に彼の持ち物を漁れば良いかと気持ちを改めた。



だが、そんなことは起こるはずもなかった。



「……こんなものか」



そう呟くようにしてヴァラルは無造作に剣を振ると、


炎の玉は虚空に消え失せた。




「……は?」


アザンテは声を漏らした。彼の今までの態度からは考えられない間抜けなものだった。


「どうした?何驚いているんだ」


「何だ……」


アザンテはすかさず『ファイア・ボール』を放つ。


何度も何度も、どこへ逃げても必ず当たるようにして。


だが、ヴァラルが白銀に輝く剣を振るう度に炎の玉は消えていく。彼に害なすものを一切許さないかのようにして。


「何なんだよッッッ!!!お前はッッッッ!!!!」


アザンテは目の前で起きていることが理解できなかった。水の魔法を使った防護魔法を張っていたのならまだ分かる。実は彼に一発も当たっていなかったというのも今なら辛うじて納得できた。


だが、炎を斬ったのだ。


剣を振っただけで炎が消える、そんな馬鹿げた現象を彼は信じられずにいたのだった。



……だが、アザンテがそう思うのも無理は無い。



ヴァラルの持っている剣は『真龍の剣』と言う。


聖獣バハムートの白銀に輝く鱗から作り出されたその剣はヴァラルの魔力に呼応して真の姿を現す。


その特徴はヴァラルの意志に応じて威力を変化させることができる所にある。


さらに、あらゆるものを『断つ』ということに特化された剣の最大威力はヴァラルがかつて使っていた『レーヴァテイン』にも匹敵する。


そのため、こちらに向かって放たれた魔法を『断つ』ことなど造作も無かったのだった。



また、ドワーフのエドがヴァラルに対して武具を破格の条件で作り出したのにはわけがあった。


アルカディアに来た当初は自分の作り出すものが最高のものだと自負していた彼だったが、ヴァラルの使っていた剣や鎧を見て自尊心を粉々に打ち砕かれた。


力を失っても尚、当時のエドが作り出した最高傑作を上回るものであったのだから。その後、彼はヴァラルの持つ武具を超えようと研鑽の日々を続けていき、ガルムたちの協力があったとはいえ、ついにその領域に手を伸ばすことが出来たのだ。


エドはそれほどまでにヴァラルの使っていた武具に心惹かれていたのであった。


(お前が俺の使っていた武具を目指していたのは知っていたが、ここまでのものとは……流石だな)


ヴァラルはアザンテの魔法を『断つ』ごとに、この武器の凄まじさを改めて実感したのだった。


◆◆◆


そうこうしているうちに、ヴァラルとアザンテとの決着が付こうとしていた。


アザンテの魔力が尽きたのだ。


いくら燃費に優れた魔法でも、詠唱を続ければあっという間に魔力は尽きてしまう。また、アザンテ自身の精神的な動揺も大きく影響しているのだろう。彼はヴァラルに恐怖し、その場にへたり込んだ。


「な、なあ。俺と手を組まないか?二人で協力すればあっという間に――」


「断る」


「お、おまえがリーダーをやってもいい。い、いやむしろあんたがふさわしい。さ、さっきまでのことは謝る。だから、」


「何のメリットもない。勝手に一人でやっていろ」


「そ、そんな……た、頼む、許してくれ…」


「そうやって命乞いをした他の村人達も殺めたんだろう?駄目だ」


「う、うわァああああああ!」


彼は杖を振るい、反撃を試みたが、



「五月蝿い」



ヴァラルはアザンテを何の躊躇もなく斬り伏せた。



「……ああいう奴もいるんだな……」



燃えさかるテトスの村で、彼はぽつりと呟く。


それはどこか憂いを帯びたものだったことを彼以外知る由も無かったのだった。


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