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黄金の時代  作者: 木村 洋平
トレマルク王国編
14/79

襲撃


ローグから話を聞いた後の数日はみるみるうちに過ぎていった。 


その間、ヴァラルはこの辺りの自然を調査しつつ、村の畑仕事などを手伝っていった。


彼が確認したところ、テトスの村周囲の自然は千年前とは見違えるほどに回復しており、これを調査し終えた段階でこの村から出ていっても良かったが、村の人々は旅人がこんな辺境の地に来ることが珍しいのか連日連夜ヴァラルを酒場に連行していき、ずるずると旅立ちの日が先延ばしになっていったのだった。


それにとある日の晩、ローグの家に招待されたこともあった。


「ヴァラルか、今日はよく来たな」


「邪魔する、それとカウンから差し入れだ」


ヴァラルは彼が趣味で作っているという果実酒をローグに渡す。今日のこの時間帯、カウンは外の見張り役のため、ここへは来られないのだ。


「おっ!あいつめ、なかなか気が利くな……カウンの酒はこの村では結構人気なんだぜ。食後にどうだい?」


酒瓶を持ちながらヴァラルを誘う。ローグも彼の酒のファンであるようだ。


「それは良い。楽しみにしてる」



ローグの家族はライとレイという男の子供二人と、妻のサリスを入れての四人家族だ。


二人はまだまだやんちゃな盛りで近所の子供達と一緒に冒険者ごっこをして、よく怪我をして帰ってくる。それをサリスが咎め、ローグが子供達のフォローするということが日常茶飯事なのだそうだ。


妻のサリスは三十代後半の女性だ。ローグの年齢が五十手前なので、なかなかの年の差である。そのため付き合いだした当時は酒場で語ってくれたように、村の男達から相当冷やかされたらしい。何せサリスは村一番の人気者だったため、彼女の心を鷲づかみにしたローグは彼らから尊敬と嫉妬の念を一身に受けたのだ。


最初の頃はローグも彼女と付き合えたことが嬉しかったようだ。けれど冒険者をしている以上自分はいつ死ぬか分からない、もしものことがあったらきっと彼女を悲しませてしまう。そして何よりも重要だったのが彼は生粋の冒険者だった。簡単に今までの生活を捨てられなかったため、新たな冒険の日々を求めて、その村に滞在するのも限界があった。


そのとき、村の人たちは無理を承知で彼女を一緒に連れて行ってくれないかとローグに頼み込んだ。別れが近づいていることを悟っていた彼女は口には出していなかったが、だんだんと表情が暗くなっているのが彼らには理解できたのだ。本当はこの村に留まって貰いたかったが、そんなことを恩人である彼に頼めるはずも無かった。


するとローグは村人達の決意を聞いて何かの決心がついたのか、サリスに一年だけ待って欲しいと頼んだ。


冒険者の自分と決着をつけてくると言い残して。


要はプロポーズである。


そして一年後、テトスの村に新居を構えたローグは彼女を迎え、現在に至るという。


「ローグも色々とあったんだな……というか、昨日はそんなこと全然言わなかったじゃないか。……もしかしてこれで酔ったのか?」


カウンの酒は質が良い分、酔うのも早かったようだ。


「……ああ、そうかもな。いや、ヴァラルのように何でも話せる奴には久しぶりに会ってな。本当は先輩としてアドバイスしたかったが、逆にこうして身の上話につき合わせちまってる。俺も年をとったな……」


「不安なのか?例の盗賊団のことで」


「……まあな。村の連中からは尊敬されているみたいだが、冒険者は随分昔のことだ。奴らを相手に今の俺がどこまで相手に出来るかわからないのが正直なところだ……」


ローグもまた不安だったのだ。あのような不可解に壊滅した村々を見て、正体不明の盗賊団に対抗できるのかどうか。


「けどな、ここには俺の妻や子供達がいる。そう簡単にはやらせるつもりはないぜ」


そう言ってのけたローグの目は力強いものだった。


◆◆◆


そしてその翌日。その言葉を待っていたかのように、ついに事は起こった。


早朝、ローグの家に泊まっていたヴァラルは不穏な気配を察知して目が覚める。なにやら村が騒がしい、そんな気がしたのだ。


「どうしたんだローグ。何かあったのか?」


外に出ようとしたローグをつかまえ、事情を聞いてみた。


「ああ、ヴァラルか。村の外に巡回しに行っていた連中が戻らないんだ。だから捜索隊をこれから出すところなんだよ」


「もしかして、カウンが?」


「いや、あいつは途中で交代したからこの村にいるはずだ」


ローグがそういうと同時に、外から叫び声が上がる。それも一人のものではなく大勢の。


「何だ!?」


急いでローグは外へ飛び出すと村のあちこちに火の手が上がり、いくつかの家が燃え盛っていた。まるで何者かがこの村を襲撃したかのような……そう思った瞬間、例の盗賊団がこの村にやってきたのだと理解したのだった。


「ローグさん!!」


すると村人達が必死な面持ちで彼に近寄ってきた。何かから逃げてきたのか体中は汗だらけで、彼らは相当慌てていた。


「どうしたんだッ!!」


「あいつらが来たんですよッ!!今はまだ持ちこたえていますがそれもいつまで持つか……お願いしますッ!!ローグさんがこの村の頼りなんだッ!!」


「……男達は女・子供、老人連中を急いで非難させるんだッ!!戦闘があるかもしれない!!!決して一人で行動するなよッ!!」


ローグは大声で助けを求める村人に檄を飛ばす。


「は、はいッ!!」


すると、彼の言葉にはっとしたように彼らは散らばっていった。伊達に彼が尊敬されているわけではない、何度も村から魔物を撃退してきたローグだからこそ村人達は彼を深く信頼しているのだ。


「ヴァラル、お前も妻や子供達と非難するんだ。まだ冒険者にもなっていないんだろう?お前はまだ若い、それにこの村の客人に危なっかしい真似をさせることはできないしな」


「だが、村の状況を見る限り敵は大勢いるみたいだぞ。一人で大丈夫なのか?」


「村の男達は人を殺す覚悟なんて出来ちゃいない。今まで訓練はしたんだが正直言って当てにならん、このままでは無駄死にさせるだけだ。それにヴァラル、言っただろう?冒険者ってのは臆病なくらいでちょうど良いと。ちゃんと覚えておけよ?」


そういって彼は長年愛用している剣を持ち、駆け出していったのだった。



◆◆◆



村の中心部にある広場は既に大変なことになっていた。逃げ遅れたと思われる村の男たちは盗賊団と思わしき集団と戦っていたのだが、この村で実戦経験者はローグだけ。それ以外の彼らは腰が引けていて非常に頼りなく、今にも儚く崩れ去りそうだった。


ここが辺境の地であるため、人間相手に戦うということの経験が彼らには圧倒的に足りなかったのだ。


それでも、男達は村を守ろうと必死に農具を振りまわし抵抗していた。けれど盗賊団は彼らの必死な姿を嘲笑うかのように単調な突きを繰り返して慌てふためく村人をからかい、短剣を操っているのだった。


アザンテ盗賊団。


総勢五十人に及ぶこの集団は、このような卑劣な手口で村人達を襲っていた。


そう、この近隣で暴れまわっている盗賊団は彼らだったのだ。




「やめろォッ!!」


そのアザンテ盗賊団の一人が飽きて怯える村の男の命を絶とうとしたとき、大声で盗賊を怒鳴りつけ一人の男が割り込んできた。


ローグである。


「なんだぁ?お前、何邪魔してんだよ」


「これ以上はやらせん」


気分が削がれたのか、盗賊は目の前に男をなじる。だがその言葉に自身の闘争本能に火がついたのか、ローグは殺気を込めて盗賊を睨めつけると同時に剣を構えた。


「へぇ、武器の構え方くらいは知ってるのか」


盗賊も目の前の男が素人ではないなと考え、両腕を交差させるようにして短剣を構えなおした。 


一瞬の沈黙が二人の間に流れ、戦いの火蓋がきって落とされた。


「ハァッ!」


先に仕掛けたのは盗賊の方だ。素早くローグの懐に潜り込み短剣を突き出して、彼の命を絶とうとする。


けれど彼はその攻撃をサッと横に回避し、お返しといわんばかりに剣を鋭く薙ぎ払う。


「ッッ!!チィッ!」


思わぬ抵抗にあった盗賊は慌ててそれを避けた。一瞬でも遅ければ彼の命は無かっただろう、それぐらいローグの一撃は研ぎ澄まされたものだった。


「……さっきまでの奴とは随分違うじゃねえか。お前、冒険者か?」


盗賊は警戒を怠ることなく男に尋ね返す。目の前の奴は明らかに戦い慣れしており、いくつもの死線を潜り抜けたに違いない、そう判断したからだ。


「それがどうした?無駄口を叩いている暇は無いぞッ!!」


ローグは盗賊に向かってすぐさま斬りかかる。まだ村の連中が残っている、急いで片付けなければ彼らの命が危ない。彼は目の前の敵を倒すことに専念するのだった。


けれど盗賊の方もただやられっぱなしではない、ローグの放った斬撃を紙一重で回避し、彼もすかさず短剣を振りかざした。



それからは一進一退の攻防が続く。盗賊が繰り出す短剣の技の数々を、ローグはひたすらそれを避け、剣で受け、隙あらば薙ぐようにして斬りつけ、反撃に転ずる。


まさに激闘であった。


「……くそッ!!」


盗賊は段々と苛立ちをつのらせる。これだけ攻撃しても、盗賊はローグに目立った外傷を負わせることが出来ないでいており、自身は致命傷を負ってはいないものの、それなりに怪我が目立ってきた。また、目の前の冒険者の男がが息一つ乱れていなかったのも、盗賊の心に焦燥感をもたらしていたのだった。


(こうなったら、一か八かだ……)


埒が明かないと見て盗賊は一気に勝負に出る。真正面から短剣を構え、一気に近づき、彼の出せる最速の一撃をお見舞いした。


「フンッ!!」


けれど、ローグは驚くほど冷静だった。その攻撃を弾き、バランスを崩した盗賊に対して上段からばっさりと斬りつける。


「ぐッ!?」


その動きは長年冒険者を営んできた彼にしか出せない強烈なもので、盗賊はその一撃を受け地に倒れこみ、そのまま二度と起き上がることは無かった。


「……大丈夫かッ!?」


「あ、ああ。すまないローグさん……」 


盗賊が息絶えたのを確認してローグはすぐさま男に駆け寄り、無事を確かめる。


男はカウンだった。腕に怪我を負ってはいたものの、幸い命に別状は無さそうだ。けれど、ローグが駆けつけてこなかったら物言わぬ死体になっていただろう、彼は助けられたことで改めてその恐怖が蘇り、身震いをしていた。


「ここは俺に任せておけ。お前は避難しろ。場所は分かるな?」


「本当にすまない……ヴァラルやローグさんといい、俺はいつも誰かの脚を引っ張ってばかりだ……」


「泣き言は後にしろ……ほら、とりあえずこれで歩けるだろう。早く行くんだっ!」


簡単な手当てを施した後、ローグは他の村人を助けるため再び戦いの場へ戻っていったのだった。


◆◆◆


それからのローグはまさに獅子奮迅の働きを見せる。先ほど戦った盗賊がそれなりの手練であったこともあるが、みるみるうちに五人を立て続けに葬り去り、並みの冒険者では決して為すことの出来ない活躍ぶりであった。


彼は冒険者を辞めて十年経とうとしているが、毎日の鍛錬を欠かすことは無かった。これはもうすっかり習慣となっており、二児の父親となった今でも毎朝の素振りを含めた厳しい修行を己に課し、今でも第一線で活躍できるほどの力量を彼は保持し続けていたのだった。そのため、ただ弱い者達だけを相手にしていた盗賊達とは強さの質が違うのである。


「がぁッ!!」


「……」


「なかなかやってくれるじゃん」


「!!!」


六人目となる盗賊を倒したところに一人の男がローグの前に現れる。ひょろりとした体格ではあったが、その周りには手下と思われる盗賊たちがいたため、ローグは一気に警戒心をあらわにした。


「随分とやってくれたじゃないか?ええ?」


全身から肉の焦げたにおいを発している彼の名はアザンテ、この盗賊団を率いる男である。


「……お前がこの盗賊団の親玉か」


「そうだ。一人の男に手下が次々とやられたというの報告を聞いてな。けどどんな奴かと思ったらただの老いぼれ冒険者じゃないか……一体何やってたんだあいつらは……」


死んでいった盗賊たちを小馬鹿にした様子でローグの姿を見て呆れるアザンテ。


足手まといはどうでもいい、彼の残忍な性格がうかがえたのだった。


「……油断するのは勝手だがな……あまり俺を舐めるなよッ!!」


ローグは一気に駆け出していった。人数が多いとはいえ、目の前の男さえ倒せばその後はこちらのものだ、そう判断し彼に向かって叩きつけるかのように攻撃を仕掛ける。


だが剣の先端がアザンテに差し迫ろうとしたそのとき、


「お前がな」


ローグは火達磨になった。


◆◆◆


魔法士。


魔力を操り、様々な形でこの世界に具現化させる者のことを指し、彼らの多くが魔法教育に力を入れているライレンで輩出される。


数の上では冒険者達に及ばないものの、魔法という恐るべき力によって彼らよりも優位に立ち、アールヴリール大陸において彼らの力は非常に重要視されている。


だが、その超常の力を悪用する者も存在した。それが彼、アザンテ・デフィニクスである。



――そう、トレマルク王国で相次いだ焼死体は彼の仕業だったのだ




「ああああああああ!!!!!!!!」


ローグはいきなりの不可思議の現象にパニックになった。アザンテがローグの前に何かを構え、素早く呟いたかと思うと彼の体は瞬く間に燃え上がったのだ。灼熱の炎が彼の全身を覆いつくし、呼吸さえもままならない状況下で彼はのた打ち回る。


「ぎゃはははは!!!!ざまぁないなッ!!!何が冒険者だよッ!!ただ剣を馬鹿みたいに振り回すだけの奴にこの俺が倒せると思っていたのかッ!!なあそうだろう、お前達!!」


一方アザンテたちはというと、全身の火を消そうともがき転げ周るローグを見てげらげらと笑っていた。


これを見るのが最高の楽しみだというように。


(熱い!!熱い!!熱い!!イタイイタイイタイ!!!!)


目の前に敵がいるにもかかわらず、ローグはなりふり構わずに彼は近くにあった水路に飛び込んだ。


バシャアと大きく水しぶきが舞い、全身が水に浸かることで火はようやく消えたが、水路から出てきた彼は重症だった。全身の皮膚はただれ、息も絶え絶えで体から肉の焦げたにおいを発し、最早立ち上がることさえ困難であった。


「ま……魔法士か……」


彼の手には一本の杖が握られていた事に気がつくローグ。


「そうだよ。気づくのおせーよ」


「な……なぜこんなことを……」


ローグの疑問ももっともだ。魔法士はどこへ行っても優遇される。冒険者ギルドや軍関係、貴族の護衛など、彼らはありとあらゆる場所で重宝されるのだ。ローグも何度か魔法士と出会ったことがあるが、誰もが皆高い地位を得ていたのだ。


そんな雲の上の存在がなぜこんな盗賊をやっているのか、彼には理解できなかった。


「そんなの決まってるだろ?お前みたいな奴を見るのが楽しいからだよ。どいつもこいつも最初は俺のこと見下しておいて、俺がちょっと本気を出すと泣いて謝りだす。ほんっっと、笑えるわ」


再び盗賊団たちはドッと笑い出す。殺しを楽しんでいるかのような声が辺りを包み込み、ローグが地べたを這い、彼らはそれを上から見下していた。



――弱者と強者がここにはっきりと分かれた瞬間だった。



「く……狂っている……」


彼らの下品な笑い声をきいているうちに己の無力さと彼らの底知れぬ異常性にローグは涙を流し、呻く。


(そんな、そんなことのためにこの村は無くなるのか……)


妻と子供、そして村の人たち。


貧しい中でも知恵を出し合って生活してきたのだ。


それがこんなにも呆気なく……


彼は絶望に打ちひしがれていたのだった。



「いーひっひっひっひっひ!!!!……あー面白かった……さてと、俺達はまだやる事が山ほどあるからな、そろそろお別れだ。何、すぐに他のやつらも送ってやるさ、安心しろ」


ひとしきり笑ったアザンテは三十センチほどの杖をローグに向け、彼の魔力が杖に集中する。


距離は三メートル、これなら決して外すことは無いだろう。



(すまない……サリス、子供達……)



だが魔法が今まさに発動しようとしたそのとき、



「ちょっと待て」



燃えさかる炎の中から悠然と、



ヴァラルは現れた。


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