テトスの村
次の日、ヴァラルは村長の家に呼ばれてカウンを助けてくれたこと、そして魔物を倒してくれたことを含め礼を言われた。
この村はそこまで貧しいわけではないが、冒険者達を雇ってボボルを倒すほど金銭的に豊かではなかった。そのため、村中総出で倒すとなると村人からかなりの死傷者が出ることが予想されたのだが、偶然とはいえヴァラルがそれを未然に防いでくれたことになったため、大いに彼から感謝されるのであった。
そして、村長との話が終わったあと外に出ると、カウンが待っていた。どうやら村の案内は彼が担当してくれるようで、ヴァラルはローグが戻ってくるまでの間、彼と共にこの村を見て回ることにしたのだった。
(これはまた随分と……)
テトスの村の特徴として村の周囲のあちこちに水路が引いてあり、水源まで足を運ばずに水を得る仕組みが構築されていた。
それにより、村のどこでも効率的に作物が育つよう工夫がなされている構造にヴァラルは驚いていた。
千年前のメクビリス山脈を越える前、この場所へ立ち寄ったことを彼は僅かに覚えていたが、そのときはテトスの村など存在せず、ただの荒地が広がっていただけだった。そんなことがあったためか、ヴァラルは細々としながらも確かに息づいている人々の営みにいたく感心していたのであった。
(……)
(それなのに何故、浮かない顔をするんだ?)
だが、その一方でカウンの表情に影がさしていたのを彼は見逃さないのであった。
◆◆◆
時間は瞬く間に過ぎ去り、その日の夕方を迎えた。
「いらっしゃいっ!」
広場の近くにあり、集会場としても村人達に利用される酒場に二人は訪れていた。カウンの言うところによると、今回はここでローグと待ち合わせることになっている。
ヴァラルとカウンは酒場に入ってテーブルに座り、彼のことを待った。
「おっ!彼がそうだよ」
それから十分後、酒場の入り口から熟年の男が入店する。
使い古された皮の鎧と鉄の剣を持ち、いかにもといった姿で二人の目の前に現れたのであった。
「よう!あんたがこの村に来た冒険者かい?俺はローグ、宜しくな」
「俺はヴァラル。まだ冒険者になると決まってないけどな」
ローグとヴァラルは握手を交わす。ゴツゴツとした力強い手だ、それなりに有名な冒険者だったというのはあながち嘘ではないようだ。
「何言ってるんだ、カウンから話は聞いたぜ。偶然とはいえあいつを倒したんだってな。冒険者に必要なのは腕っ節の強さも大事だが、運も重要なんだ。ヴァラルには素質あると思うぞ。ま、いずれは俺が倒していたけどなっ!」
「ローグさん、そんなこと言ってたら俺はここにはいませんよ……」
カウンは少し呆れたようにガハハと明るく笑うローグに指摘する。だが彼の言葉遣いから、ローグがこの村でいかに尊敬されているのかがわかった。
「おおっと、そう言われれば確かに……すまんすまん。とりあえず俺からも礼を言うぜ、すでに聞き飽きたと思うけどな」
そういってローグもまたヴァラルたちと同じ席にどっかりと座り込む。
因みに、今回は村長の厚意で彼らの酒代は無料となっていた。せめてこれくらいは礼をさせてほしいとのことだ。
「さてと、そろそろいいだろう……ヴァラルは冒険者の何を聞いてみたいんだ?今回はそのために俺を呼んだんだろう?」
三人は杯を掲げて乾杯する。出された香辛料をまぶした肉料理は味が濃く、酒との相性もばっちりである。
そして程よく世間話をした後、ローグは今日の本題を彼に尋ねた。
「そうだな……とりあえず、どうやったら冒険者になれるのかということを知りたい」
「よし、わかったっ……といっても冒険者になること自体そんなに難しいことじゃない。昔は冒険者養成学校を卒業しないと駄目だとか、いろいろと決まりみたいがあったらしいがな。とにかく今は金さえギルドに払えばそれで冒険者を名乗れるぞ」
冒険者になるためにはまず各地に点在するギルドの館に足を運ぶ必要があり、テトスの村からだとセクリアの街が一番近く、そこで登録手続きをすれば良いとのこと。他の街でも登録は出来るが、これといって差異はないらしい。
「何だ、なるのは意外に簡単なんだな」
成る程、特別難しいことは無いみたいだ。昔のままであったなら冒険者養成学校とやらに入学するのも一興だと思っていたのだが、とんだ思い過ごしのようだ、ヴァラルはローグのその話を聞いて拍子抜けしていたのだった。
「今はな。だがのし上がるのは大変だぞ?昔よりもさらに人は増えたせいもあって、引退するまでにたくさんの冒険者が倒れるのを見てきた。俺自身も相当危ない橋を渡ってきたと思うぜ?この世界は本当に実力のある者しか生き残れない」
基本的に冒険者として有名になるためには何よりも強さが要求される。ギルドではテトスの村のように魔物の討伐依頼が割合として多いため、それらをこなしていくことで徐々に名声をあげていくのだそうだ。けれどその道半ばで倒れた者は数知れず、ローグ自身も何度も命の危険に晒されてきたのだという。
もちろん、貴重な素材を入手したり、秘境を探索し、成果を上げることで名を馳せることもできる。けれどそういった依頼は強力な魔物と遭遇することが多く、結果として高い実力を求められる。むしろ討伐といった単純なものとは違って遥かに難しい依頼であるといえるだろう。
「それでも、やりがいがあることには間違いない。依頼は結構金になるものが多いし、たくさんの知り合いが出来る。やって損はないはずだ」
「奥さんのことですよね、それって」
「ばっ、何言ってんだっ!!俺はそういうことを言ってるわけじゃなくてだな……」
「もしかして、引退したのもそれと何か関係があるのか?」
カウンがいきなり変なことを言い出したが、ヴァラルもローグの引退した理由に興味があるのか話に乗り出してきた。
「そ、それはだな…」
二人に詰め寄られて根負けしたのか、ローグは少しずつ語りだした。
◆◆◆
冒険者時代、魔物の討伐依頼を受けてとある村に立ち寄ることになった彼は、魔物に襲われそうになった娘を助けたことで彼女に惚れられてしまったのだと彼は照れくさく語る。
以降、彼女との付き合いが始まり、紆余曲折はあったものの無事に結婚し、それを機にローグは冒険者の引退を決意し、その後はこの村で二人の子供とともに暮らしているという。
「……それはまたずいぶんと。なあ、ローグ。そういうことって相当珍しいんじゃないのか?よく周りからなじられたり、嫉妬されたりしたんじゃないのか?」
「確かにそうかもしれないな。まあ、俺が言うのもなんだが、あいつは村一番の人気者だったみたいだからな。そういう感情を抱いた連中が少なからずいたもんだ……」
彼によると、冒険者をしている上でこうした運命的な出会いは意外なところにあるという。
生涯の友を得たり、男女の冒険者同士が死線を潜り抜けて恋に落ちることになったり、極端な例では貴族のお嬢様に見初められるいったこともあるのだとか。
「そういうこともあって人気もあるのか……」
「……だが、そうなる前に大抵のやつはくたばっちまう。俺はたまたま運が良かったんだ。あのときだって村の連中が加勢しに来なければやられていたんだ。今思うと本当に冷や汗ものだった……だからなヴァラル、冒険者は臆病なくらいで丁度良いんだ。決して焦っちゃ駄目だ。とにかく生き残ることを最優先にするんだぞ、先輩からのアドバイスだ」
「……助言感謝する。何事も慎重に行動するのは俺も同意見だ」
自身に身に覚えのあることだらけだったのか、素直に彼の言うことに従うヴァラル。
千年後でもローグの語った内容の出会いはないとそのあたりは冗談半分に聞き流していたが。
「……随分と物分りが良いな。これからなろうとする奴らは大抵我の強い連中が多いんだけどな……まあ、俺からはこんなところだ。さらに詳しいことはギルドの館に行って聞いてくるといい。俺も引退してから結構時間が経つから、何か変わっていることとかあるかもしれない。他に何かあるか?」
酒場も閑散とし始め、恐らくこれが最後になるだろう、ローグはヴァラルに促した。
「ああ、そうだ。冒険者のこととは別に聞きたいことが一つあった」
「何だ?」
「この村は一体何に怯えているんだ?」
ヴァラルはこの村に来てからずっと気になっていたことを問いただしたのであった。
◆◆◆
「……どうしてそう思ったんだ?ヴァラル?」
ローグのかわりにカウンが質問する。その顔はどこか気まずげで、ローグもまたばつが悪そうにしていた。
「昨日見張りの男を見てから疑問には思っていた。俺を必要以上に警戒していたし、村長の顔もどこか影を帯びていた。何より村の雰囲気が暗い。不作というわけでもないし、一体何があったんだ?」
そう、何をそんなに怯える必要があるのかと彼は不思議に感じていた。フェンバルの森から魔物が畑を荒らすことがあるようだが、それでもこの怖がりようはどこか異様だった。まるで魔物ではなくもっと他のものに怯えているような、そんな感じがしていたのだった
「やはり他所の人には分かるものなのか……これでも心配させないように隠していたつもりだったんだけどな……」
諦めたかのようにローグはため息を吐き、その事情をヴァラルに説明した。
彼によると最近このあたりで何者かが村を襲って次々と壊滅しているのだという。それもテトスの村よりも規模の大きい村が次々と襲われ、金品が無くなっている事から盗賊団の可能性があるという。
「でもな、俺にはどうも並の連中が起こしたようなものと思えなかったんだよ……」
けれど今回トレマルクの村々に現れた盗賊団は何かが違う、ローグは壊滅した村々をまわっているうちに気づいた。その異常性に。
通常、盗賊団は金品を奪う他に女・子供を攫っていくのを目的としている連中だ。彼も冒険者時代はそのような輩と何度か戦ったこともある。そのため、跡地に残された死体は大抵男がほとんどだった。けれど、壊滅した村に横たわる遺体の数々を見てローグは驚きをあらわにした。
男だけでなく若い女や子供、そして老人までもが、
黒こげとなって見つかったのだ。
別に焼死体が珍しかったというわけではない。短剣で殺された者もいたし、矢傷で倒れた者もいた。ただ、逆にあまりにも多かったのだ、黒こげで見つかった遺体の数が他のものに比べて。
テトスの村はすぐにこの地域を統治している伯爵に討伐部隊を派遣してもらえるよう嘆願書を出した。けれど盗賊団は結局発見されることは無く、討伐隊は成果も上げられないまま引き返すことになった。
それも当然だろう、誰もが皆殺しにされて目撃者が誰もいないのだから。
その後も彼らは繰り返し騎士団を派遣してもらえるよう交渉を行ったのだが、トレマルクに限らず他の各国もまた魔物との小競り合いが続いているため、なかなかこちらにまで手が出せずにいたのであった。
こうなったら冒険者達を雇って彼らを退治してもらおうと提案する者が相次いで出たが、この村にはそこまでの余裕はなく、結局村を巡回する人数を増やすのが精一杯なのだという。
「……そういう不吉な奴らがこのあたりをうろついているから、出来るだけ心配をかけたくなかったんだ」
(……)
カウンはローグが語り終えるた後、今まで隠してきたわけをヴァラルに補足した。
「それにしてもよく気づいたな……やっぱりヴァラルは冒険者の才能があるようだ。期待してるぜ、後輩」
そう言ってローグはグイと残った酒を飲み干したのだった。