人間兵器 〜心を知らぬ者たち〜(6/11)縦書き表示RDF


人間兵器 〜心を知らぬ者たち〜
作:甲斐仁



5、変化


「っ、局長っ」

 ライアは、思わず声をあげた。

 あれから、3日が経った。
 NO,K100487号の実験中のことだった。



 NO,K100487号の血液中の数値に異常がみられたのは、3日前。
 あれから、様々なデータを取った。

 そして、わかったことがある。


「始まりますっ」

 男の研究員が、叫んだ。
 室内がしんとなり、皆固唾を呑んでNO,K100487号を見つめた。


「ぁ・・・ああぁ、ぁぁ」

 NO,K100487号の苦しそうな声。両手足を縛られた状態で、視点の定まらない目を宙に漂わせている。


 その刹那、メキメキという音がガラス越しに聞こえた。
 実験対象と実験室を隔てるガラスさえ通り越して、聞こえてくるその音に、皆息を呑んだ。


 それは、信じられない光景だった。



 今まで何人ものモルモットを研究してきた研究員たちが、目を見張っているのだ。




 NO,K100487号は、メキメキと音を立てて、成長していった。
 目に見えるほどの速さで、大人へと変貌を遂げる。

 やがて、目に見えるほどの成長は止まり、NO,K100487号は肩で大きく息をしていたかと思うと、気を失った。

 
 先ほどまでは、10代半ばほどだった年齢が、完全に二十歳を超えているだろう青年へと変わっている。

 現実には、ありえないことだった。



 人の細胞分裂は、一部を除いて50回まで行われる。
 年齢にして、120歳まで生きられるのだが、それはあくまでも通常健康に過ごした場合の、可能な分裂回数だ。


 そして、それぞれの細胞分裂には周期がある。


 だが、NO,K100487号の場合、細胞周期及び世代時間がめちゃくちゃなのだ。
 どの種にも当てはまらない、異常な分裂速度だった。



「このようなこと、ありえるんですか」
「・・・だが、現に今、目の当たりにしたことだ」

 さすがのヴィル・カリューも、渋い顔をしている。


 NO,K100487号の場合、ただ単に細胞分裂の速度が速いというわけではない。
 数日置きに、数秒に渡ってのみ急速に細胞活性化し、分裂を繰り返す。

 しかも、定期的に行われているわけではなく。

 どうやら、成長するにつれて、細胞周期が短くなっているようだが、はっきりした法則にのっとって、周期があるわけではないらしく。


 現時点では、次の細胞分裂がいつくるのか、わからない。


 彼は、人に造られたというだけで・・・中身は、我々と変わらないはず、なのだ。
 肉体強化の実験を行っているので、その副作用のようなものなのかもしれないが。





 だが、このような異常な速さで細胞分裂を繰り返すなど、耐えられるはずがない。
 先ほどのNO,K100487号の苦しみからも、わかるように。
 これから調べることだが、もしかしたら異常な速度で分裂した細胞は、うまく身体の一部として機能できていないのかもしれない。



 それは、恐ろしいことだった。


 何にしろ、これからNO,K100487号は24時間監視下に置かれ、謎の解明にむけて当局は動くことになるだろう。

 副作用であるのならば、それの解決方法を。
 そして、肉体の成長を早めることが可能であるのならば、その方法さえも得るつもりなのだ。

 ただ、ウィルが言うには、脳のどこかが通常と違っていることは、確かなようで。
 それが何によるものなのか、という究明が優先されるだろう。



 もし、NO,K100487号がこのまま異常な細胞分裂を繰り返し、成長していくことになると。
 少なくとも、今月中には老人へと変わり、そのまま寿命となるだろう。

 そんな彼に群がり、研究を行う同僚たち。
 ライアは、そんな彼らから視線を外し・・・自らもまた、実験データの解析を始めた。


 これが、仕事なのだ。

 だから、しないといけない。


 仕事ができないのならば、ここに居ることさえ出来ないのだから。




***




 昼休み、NO,TUV-2080の部屋でお弁当を食べ終えて、ライアは持ってきた文字版と紙、ペンを机に広げた。


 ライアは、NO,TUV-2080へ字を教えることにした。

 ここで過ごす日々は退屈なのだろうと思い、せめて本でも読めたなら、と思ったのだ。


 知識をつけさせることはあまりいいことではないのは、確かなのだが。
 それでも、ライアは決めたのだ。


 NO,TUV-2080と、人として接すると。




 数日前に、NO,TUV-2080に名前をつけては、情が移りすぎると思った。
 だが、もうすでに情ならば移っていると、認めざるを得ない。

 もし、NO,TUV-2080がNO,K100487号のようになってしまったら。

 と、考えると。
 居てもたっても、いられなかった。

 きっと、ライアは死に物狂いで解決方法を調べるだろう。


 研究所のためだとか、そんなこと関係なく。
 NO,TUV-2080と、こうして過ごす時間が、今のライアにとっては当たり前のことに、なりつつあるから。


 またこの日常に戻るために、なんだってするだろう。



「読める、かな。文字、なんだけど」
「文字、とはなんですか」

 そうか。
 NO,TUV-2080は、文字も知らないのだ。


「えっと、文字っていうのは、言葉をこうして記号化して、紙にしたためたりして・・・」

 そう言って、ライアは紙にペンで”RAIA”と書いた。

 その文字を見て、NO,TUV-2080は、わからないというように一度だけ瞬きをした。


 NO,TUV-2080は、他のモルモット同様、あまり感情をみせない。
 けれど、最近はこうして僅かだが感情の動きがみられるようになったし、ライアも少しずつ読み取ることができるようになった。


 この表情は、ライアの言葉を理解していないときのものだ。


「この”文字”は、なんとあるのですか」
「紙に、文字を記すことは”書く”っていうのよ。これは、ライア。あたしの名前」

 NO,TUV-2080は、じぃっと文字を見つめた。

 そして、暫くして、小声で呟いた。


「これが、”ライア”」

「そう、あたしの名前」


 そ、とNO,TUV-2080が、文字を指でなでた。
 その様子を見て、ライアはにっこりと微笑んだ。

「覚えてみる?文字」

 問うと、文字を見つめていたNO,TUV-2080が、顔をあげる。
 薄い、青の瞳がライアを捉えた。




「はい」

 こくりと頷いた、NO,TUV-2080。

 その様子に、ライアは微かに目を見張った。


 初めて、NO,TUV-2080がライアの問いに答えた。
 今まで彼は、自分で何かを選ぶような、YES・NOで答える質問に、わからないと答えてきた。

 今度もてっきり、「わかりかねます」と答えるのかと思ったのだが。



 NO,TUV-2080は、頷いた。
 しっかり、と。


 変わってきている、と思った。
 確かに、変化してきている。


 NO,TUV-2080は・・・変わってきている。



「じゃあ、読み方を教えるね。この表と照らし合わせて、覚えてみて」
「はい」

 そう言って、身体をわずかばかり乗り出すNO,TUV-2080。
 その姿勢からも、やる気が伺える。



 頭のいい彼ならば、すぐに覚えてしまうだろう。
 そしたら、本を持ってこよう。

 NO,TUV-2080は、何が好きだろうか。

 本を読んだあとには、感想なども聞いてみよう。




 ふと、そんなことを考えた。
 
 


読んでくださり、ありがとうございました。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう