3、苦悩
名前:NO,TUV-2080。
性別:男。
性格・・・生真面目。
「おはよう、NO,TUV-2080」
NO,TUV-2080の世話を始めて、半月が過ぎた。
「おはようございます」
相手の挨拶を聞いて、ライアはにっこり微笑んだ。
こうやって、”しゃべってもいい”という許可がなくとも返事をしてくれるようになるまで、大変だった。
言葉の意味から説明をして、まずは挨拶から始めようと思い・・・今に至る。
が。
相変わらずの無表情で、微動だにしない相手を見て、本当に進歩しているのかどうか悩むこともあるが。
まぁ、命令なしで言葉を紡いでくれるようになっただけでも、進歩したのだろう。
「はい、朝ごはん。これ食べたら着替えて、それから仕事に行きましょう」
「はい」
牢の鍵を開くと、のそのそとNO,TUV-2080が出てくる。
ライアが持ち寄った椅子に座り、小卓に置かれた食事に手を伸ばす。
その様子を見て、ライアはうんうんと頷いた。
ちなみに、仕事というのは研究のことだ。
毎日、休日以外は文字通り実験室に持ち込まれ数々の実験を行う。
それを、ライアは仕事と呼ぶことにした。
朝8時には研究がが始められるよう準備されており、モルモットたちはそれまでに規定の場所へ召集される。
NO,TUV-2080も例外ではなく、ライアは規則通り研究室へ向かうため、鎖の準備をした。
研究対象は、両手足に錘つきの鎖をつけて、連れて行くことになっている。
「ごめんね、鎖つけさせてもらうね」
毎日のことなので、NO,TUV-2080もおとなしく手足を差し出す。
「冷たい?」
「いえ」
がちゃり、と鎖をはめて、そのまま牢から廊下へ出る。
何人か、時間が重なった同じように鎖に繋がれた実験対象たちが部屋から出てきた。
「NO,TUV-2080、寒くない?」
「はい」
ぞろぞろと移動する人と実験対象の中、ライアたちも流れに乗って歩き出す。
「ライア、おはよう」
ふと、呼ばれて振り返ると、見知った顔があった。
同じ研究員であり、昨年から実験対象の世話を行っているグランレイスだ。
ちなみに、研究員は普段は膨大な仕事を行っており、その中の一つに実験対象の世話が含まれている。
勿論ライアもそうであり、言い訳にさえならないだろうが、忙しさゆえに世話が拙くなる者もいるのだろう。
「グランも、今日はこの時間に移動なの?」
「いや。もうちょい後。朝からちょっと仕事で出かけるから、先に誘導しとこうと思って」
その言葉に、ライアは少しだけムッとする。
あの狭い独房のような収集場所に、何時間置いておくつもりなのだ。
と言っても、大半の世話係は誘導を朝にしておき、そのあとは自分の仕事をこなし、夕方に牢へと戻す、といったことが通常となっている。
ライアのように、仕事中に牢へ戻り小まめに世話をする方が、珍しいのだ。
わかってはいる。
が、あまり納得できないのは確かだ。
「ライアは、世話頑張ってるよな」
「・・・そんな言い方やめてよ」
まるで、ペットを飼ってるような言い方。
この研究所では普通に使われている言葉だが、こうして言葉に出して言われれば。
違和感が、拭えない。
でも、変わらないのも事実で。
確かに、ライアがやっていることはペットを飼って喜んでいる子どもと変わらないのではないか。
昔飼っていた犬を、思い出す。
一生懸命世話をしようと、頑張って。
可愛がって可愛がって、寿命で死んでしまった。
長い通路を過ぎ、決められた収集部屋へと辿り着く。
「じゃあ、終わるころに来るから、またね」
じゃあね、とそこでNO,TUV-2080とは離れて。
ライアは、自らの仕事のために仕事場へ向かう・・・前に、一度NO,TUV-2080の牢へと戻る。
NO,TUV-2080が戻る前に、掃除をしておくためだ。
ぞろぞろと実験対象たちが移動する中、逆に進み、牢へと戻ると。
既に部屋の隅に作っておいたロッカーからモップを取り出し、部屋に備え付けの小さな蛇口をひねる。
あまり長い時間をかけてもいられないので、基本的な掃除のみになるが、やらないよりはいいだろう。
こうして、NO,TUV-2080の担当になって。
もう、半月が過ぎた。
少しは、変化があっただろうか。
変化といえば、言葉をかけると返事をしてくれるようになった。
それだけで。
それが、なんだというのだろう。
NO,TUV-2080は、確かにここで作られたが、人間だ。
だからライアは、人としての尊厳を、少しでも守りたいと想い関わってきた。
けれど、ライアにはNO,TUV-2080に、自分たちと同じよう戸籍を与えて仕事に就かせ、自立させるだけの力は無い。
どれだけ頑張っても、NO,TUV-2080はここで暮らす。
上手く実験が進めば、いつか兵器として売りに出され、そして死ぬ。
いくらライアがNO,TUV-2080に対して人としての関わりを求めても、所詮はそれだけのこと。
ライアが世話をしている間だけの、ライアの自己満足でしかない。
それでもいい、と思うこともある。
少しでも、NO,TUV-2080が暮らしやすい環境を作れるのなら、と。
だが、何かが違う、ような気がする。
このままで、いいのだろうか。
何を変えることもできない自分が腹立たしく、また、何を変えていけばいいのかさえわからない。
まだ関わって半月だというのに。
時々、わからなくなる。
自分のやっていることが、わからなくなる。
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