第一章 3.2
エルファンドはガイルを心配そうに見詰めていた。
「ティコさんどう?」
「衰弱はしているけど、流行病には全く掛かってない。失明は別原因だな。一時的なモンだ」
「治りそうですか?」
「衰弱は今すぐってわけにはいかないが、失明はちょちょいだ」
ティコはそう言ってガイルの眼腔に指を突っ込んだ。端から見るとかなりグロテスクだ。エルファンドはそのグロテスクな治療に苦笑いを浮かべてしまう。
「しかし、面白い」
竜王が顎を撫でながら、ガイルを見下ろしていた。
「でしょ。逸材でしょ」
マックスウェルが口の端を上げる。
「春に上がってくる予定だったんだけどね」
ティコがガイルの鼻元に小さな木筒を添えた。ガイルの眉間に皺が寄る。
「ガイル」
エルファンドの呼び掛けに、ガイルは勢い良く目を開いた。
「え、うあ!」
目を開いた瞬間、複数の顔が飛び込んできて、全身で驚いた。
「ガイル」
「あ…… なんだっけ、ああ、そうそう、アバン・ヘルムさん」
ガイルはマックスウェルに笑い掛けた。
「俺、助かったのか?」
「そうだよ。よく分からないけれど、命は助かったみたいだね。何があったの?」
ガイルは自分を毛布で包み込むティコを見て、目を見開いた。
「うわっ!」
「驚かないでよ。そんなに全身真緑が珍しい?」
ティコがガイルに笑い掛ける。
竜王もマックスウェルもエルファンドも笑い出した。
「全身真緑人間はお前しかいないだろ!」
ガイルはエルファンドよりさらにデカい竜王を、マジマジと見詰めていた。
エルファンドはその視線に、苦笑いを浮かべた。
「ガイル。この人は護衛騎士団頭の竜王様」
ガイルは黙って目を見開いた。
エルファンドにそう紹介された竜王は、ガイルの頭を撫でる。
「よろしくな、小僧」
「ガイル・ゼベッツです」
「で。何があったの?」
マックスウェルはガイルに同じ質問をした。
ガイルは思い出したように、マックスウェルとエルファンドを見上げた。
「村が、キースが、大変なんだよ!」
マックスウェルは眉間に皺を寄せた。
「――暴走した?」
エルファンドはその呟きにギョッとした。竜王とティコは森を見渡す。
「だから、入り乱れてる、なのか」
マックスウェルは立ち上がり、エルファンドを見た。エルファンドも立ち上がり、マックスウェルを黙って見詰め返す。
「急ごう。間に合えばいいけど」
集落に向かいながら、ガイルの話をエルファンド達は聞いた。
ガイルの記憶は一年前から途絶えていた。ガイルは一年の月日が経っているのが、未だに信じられないようだ。
一年前、村に十人の旅人が滞在した。その内の九人は旅芸人の一座で、気に入った庄屋は、家の一間を提供し、滞在中、村人達を楽しませたという。
だが、ガイルの父親のショナとキースの父親ダンは、訝しがっていた。九人の動きが不穏なのに加え、村人達が相次いで風邪を引き始めたからだ。しかも、女子供ではなく、体力ある男達が引き始めた。そんな中、キースがその旅芸人一座の人間といざこざを起こした。
「いきなりキースの髪が逆立ってさ。『この人達、悪い人達だ! みんなダマされているんだ!』って。あん時、俺だけでも信じれば良かった」
ガイルが、そう悲しげに口角を下げた。
キースの言葉は庄屋にも他の大人達にも、相手にされなかった。
その翌朝、旅芸人の一人が川で死んでいた。それを見つけたのは、ガイル兄弟だった。いつものように魚捕りにきて、上半身を川に突っ込んだ遺体を見つけたのだ。
その遺体は、明らかにおかしな方向に、首と腕、胴体が曲がっていた。まるで雑巾を絞るかのように捩れ、下半身は仰向け、上半身は俯せだった。さらに光を失った瞳は、川底から空を見上げていた。
ガイル兄弟が領警邏から開放され家に帰ると、キースの家が騒がしかった。
ガイルが家を飛び出すと、領警邏の腕に縋りつくキースの母親ロッシーの姿があった。領警邏はロッシーを払い除け、縄で縛られたキースを引き摺るように連れ出した。
聞けば、殺された男とキースが、昨晩一緒にいたのを見たと、庄屋が証言したらしい。身内の証言は、不在証明として成り立たない。
ガイルはもちろん納得いかなかった。ガイルはその夜、庄屋の家を尋ね、信じられない光景を目の当たりにした。
庭に倒れている庄屋の首に、剣を突き立てるキースの姿があった。キースはガイルに気が付き、ガイルをも手に掛けようと迫ってきた。
ガイルは慌てて逃げ出し、警邏の詰め所に走り込んだ。『キースに庄屋が殺された』と。
警邏達はあざけ笑うが、ガイルのすぐ後から旅芸人の一人が走り込んできて、同じような事を警邏に口走った。『あのキースとやらに庄屋が殺られた』と。
警邏はその旅芸人の言葉にも笑い出し、納得のいかない二人を、キースがいる牢屋に連れていく。だが、そこにはキースの姿がなかった。警邏は慌てふためき、庄屋の家に向かう。
警邏の姿が見えなくなると、ガイルは突然後ろから刺された。牢屋の向こうから悲鳴が上がる。
ガイルは鉄格子の向こうで、紫色に染まるキースを見た。ガイルの目に紫色の閃光が飛び込み、目の前が真っ白から真っ暗になり、気が付いたら、エルファンド達の顔があった。
マックスウェルはガイルの話を聞き、顎を撫でる。
「うーん…… 情報足らな過ぎだなあ。でも、キースは気がついちゃったから、ハメられたね、確実に」
「まだ子供なのに」
エルファンドは眉間に皺を寄せる。
「子供だろうが、露見しそうな芽を早く摘むのは常套手段だからね。しかも、そいつらは、全て集落の人間達の間で、済ませようとしていたみたいだし」
「入った時は十人。出たのが三人か」
竜王が顎を撫でる。
「少なくとも六人は死んでいるね、キースの暴走で」
「もう一人はよ」
「ぼろ雑巾にされているじゃないか。キースを引っ捕まえる為に、仲間を殺ったんだよ。まあ、本当に仲間だったかどうか分からないけどね」
「アバン・ヘルムさん。キースの暴走って?」
エルファンドに抱き抱えられたガイルが、マックスウェルを見詰めた。
「ガイル。キースの赤と青、覚えている?」
ガイルは大きく頷いた。
「あれからキース、すんげえ勉強してたんだぜ。それに、時々見せてもらってたんだ。あいつ、一年で俺らにも、赤と青を見せられるようになったんだぜ」
ガイルは自分の事のように鼻息を荒くし、自慢した。
「そう。随分と覚えが早いね。その赤と青が暴走したんだよ。キースの怒りによってね」
ガイルはマックスウェルを見詰めたまま、顔が青くなった。
「お、俺が刺されたから?」
「たぶんね」
ガイルは森を見詰めた。
『ガイル。赤と青はね、凄く危ないモノだって分かった。僕がちゃんと管理しないと、勝手に人を傷付けちゃうんだ。でもね、僕の赤と青は大丈夫。僕と赤と青は凄い仲良しだから』
キースの屈託ない笑顔が、ガイルの脳裏に蘇る。
ガイルはキースを思うと泣けてきた。
「――仲良しって言ってたのに」
マックスウェルはガイルに苦笑いを浮かべた。
「キースが仲良しって言ったの?」
「僕と赤と青は凄い仲良しだから、大丈夫だって」
「仲良しだから、暴走したんだよ」
ガイルはマックスウェルを見た。
「ガイルはキースの事、大切な友達だと思っているでしょ?」
ガイルは不思議そうに頷いた。
「キースだって同じだと思うよ。その大切な友達が目の前で刺されてご覧。ガイルだって怒り狂うでしょ?」
ガイルは大きく頷いた。
「キースだってそう。ガイルが刺されて、キースは怒りに身を任せた。刺した相手を赦せないと思った。大の仲良しの赤と青は、それに激しく反応した」
ガイルは黙ってマックスウェルを見詰めていた。
マックスウェルは周囲を見渡しながら、言葉を続けた。
「赤と青は、キースの本能のままに動いてしまうんだよ。キースが怒りで我を忘れてしまうと、赤と青はその怒りを元に動いてしまうんだ。それを止める事が出来るのは、キースの理性でしかない」
ガイルは我に返ったように、エルファンドを見上げた。
「エルファンドさん、キースは悪くないよ! キースは悪くないんだ!」
エルファンドは苦笑いを浮かべる。ガイルが必死にキースを庇い出した訳が分かる。それをなぜ、自分に訴え出したのかも。
「ガイル。ガイルの気持ちは分かるけど、もし、キースが人を殺めていたら、罰を受けて償わなきゃいけない。ただね……」
エルファンドはマックスウェルを見た。ガイルもマックスウェルを見る。
「キースの意識が、あればの話だけどね」
マックスウェルは、集落の入口を見据えていた。
エルファンド達が集落に入ると、道すがらの家々からかなり鋭い視線を感じた。鋭さの中に畏怖感もある。戦々恐々とはこういう状態を差すのだろう。
集落のあちらこちらに、墓標と思しき木柱や石が目立っている。集落の中には、朽ち果てた家、燃え落ちた家などが、点在していた。
「酷いな」
竜王が墓標の多さ、荒れ果てた集落の態を見て、呟いた。
「ガイルの家はどこ?」
マックスウェルは、エルファンドに抱えられているガイルを見た。
「そのまま真っ直ぐ行って、中央広場を抜けて、右に行って辻を五回越えた二番目の家。手前はキースん家」
マックスウェルは目の前の広場を見て、眉間に皺を寄せた。
腐敗した屍体が、所狭しと転がっていた。
広場の中心までエルファンド達がくると、一人の男が立ち塞がった。
「何の用だ」
いつの間にか、エルファンド達は囲まれていた。
エルファンドはその声を発した男を見て、眉間の皺を深くした。
「いったいどういう警護をしたら、こんな風になるんだ、領警邏長よ」
男はエルファンドを見て、鼻で笑った。
「ああ。確かこの服を着てたヤツ、そんな名前で呼ばれてたな」
「なるほど。お前はならず者集団の頭ってことだな」
竜王は鼻で笑い返した。
「で。金持ちそうな集団だから、ノコノコと出て来たわけか」
マックスウェルはクスクス笑い出した。
「確かに見えなくもないよね。なんせ、ウナルバ伯爵嫡子が率いる集団だから」
ならず者集団の目が、さらに鋭く色付いた。
マックスウェルは肩を竦ませ、竜王を見た。
「どう? いけそう? あんまり僕は、ここで力を使いたくないんだけど」
「馬鹿相手で面白くないと思うが、イケる」
竜王はズイっとエルファンドの前に、馬を出した。
「お前らは俺達が遊んでやる。跪くか死か、どちらか好きな方を選べ」
「跪くう? なんでそんな事、しなきゃなんねえんだ?」
ならず者集団は一斉に武器を構えた。
「そうか。お前達は死を選ぶのか。では、遠慮はいらんな。――殺れ」
竜王がそう呟くと、ならず者集団のさらに外側に、竜王の隊が現れ、次々とならず者達に剣を浴びせ掛けた。
「な! 卑怯だぞ!」
「卑怯? 金持ち集団が、手薄の護衛だけで動くと思う事自体、お前らの頭は高が知れてる。冥界で、顔でも洗って出直してくるんだな」
竜王が口を閉ざしたと同時に、男の息の根が止まった。
シヴァの金であるエルファンドとダニエ、ハルシは、溜め息を吐いた。ほんの数秒で六十人近いならず者を、たった二十五〜六人で片を付けてしまう。
ティコが口笛を軽く吹いた。
「お見事」
「さてと、本隊も着いた事だし、ガイルの家に向かおうか、ウナルバ伯爵嫡子殿」
マックスウェルはエルファンドに微笑んだ。
「わざと言いましたよね」
「意識を集中させたかったし、訝しがる視線を払拭したかったしね」
ならず者達の屍体を積み上げている護衛騎士団を見て、周囲の家からソロソロと出て来る村人達がいた。
「ここは本隊に任せて、僕達はガイルの家に行くよ」
マックスウェルはエルファンドに微笑み、馬を動かした。
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小説『グロッサム』後書き
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