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  Growin'up to something -SECOND BIRTH- 作者:剣崎 輝
第一章 3.1
「もうそろそろ、リルエリス庄に入ります」
 クエスが前を行くエルファンド達に声を掛けた。
 エルファンドは軽く手を上げ、振り返る事はなかった。
 エルファンドは道先を真っ直ぐ見詰めている。常に腐敗臭が鼻に纏わりついてくる。だが、ルガリ庄のように喀血の匂いは全くない。でも、この腐敗臭はルガリ庄より酷い。
「これはさっきの所より酷いな」
 竜王も辺りを見渡しながら、鼻の下を擦っている。
「なんで、こんなに入り乱れてるんだ?」
 マックスウェルは眉間に皺を寄せた。
「入り乱れてる?」
 竜王がマックスウェルを怪訝そうに見詰める。エルファンドは不思議そうにマックスウェルを見た。
 マックスウェルは周囲を見渡し、確信したように頷いた。
「そう。入り乱れてるんだよ」
 突然、マックスウェルとエルファンドの前に、竜王が愛馬と共に踊り出た。
 竜王の愛馬足下に数本の小剣が突き刺さる。馬は驚き、前足を上げ(いなな)いた。
 突然止まったエルファンド達の背中を、視察救援隊は見つめていた。
 竜王とエルファンドは周囲を睨み付ける。森は通り抜ける風に枝を揺らしていた。
 ダニエとハルシ、護衛騎士団達が瞬時に周囲を固める。
「竜王様」
「気配も何もなかった。いや、かなり森に同化してやがる」
 ティコが三人の側に寄ってきた。
「なに、敵襲?」
「分からん。まあ、危害を加える気は満々らしい。森がざわついている」
 ティコは周囲を見渡して、肩を竦ませた。
「これは厄介だなあ」
 馬を最後に降りたマックスウェルは、三人の間から小剣を抜き、口の端を上げエルファンドに小剣を渡した。
「エルファンド、見覚えない?」
 エルファンドは小剣を見て、慌ててマックスウェルを見詰めた。
「まさか」
 マックスウェルは口の端をかすかに上げ、左前方の大木を見詰めた。
「そのまさかだと思うよ。二年振りの再会なのに随分な出迎えじゃない?」
「その声は…… えーっと、名前、なんだっけ?」
「ガイル!」
 エルファンドは思わず叫んでいた。
「エルファンドさん!?」
 大木の枝が跳ね、大木の根元に萌葱色のざんばら頭で良く日焼けをした肌の少年が立った。だが、エルファンドが覚えている姿とは違い、痩せこけていた。
「ガイル!」
 エルファンドが走り寄ろうとすると、竜王がエルファンドの肩を鷲掴み止めた。
「待て」
「なっ、なんで止めるんですか!」
 竜王は黙って顎でガイルを差す。エルファンドは改めてガイルを見、唖然とした。
 ガイルの手には剣が構えられていた。
「ガイル」
 マックスウェルがガイルを見詰める。ガイルはしきりに首を傾げていた。
「ガイル。目が見えてないの?」
 ガイルは肩を竦ませた。
「見えてるよ」
 マックスウェルはエルファンドに微笑んだ。
「僕が行くよ。今のエルファンドじゃ簡単な罠にも掛かるからね」
 エルファンドは驚いたように、マックスウェルと竜王、そしてティコを見た。
 マックスウェルが足下に落ちていた小枝を拾い、前方に投げた。小枝が地面に落ちた瞬間、風切り音が聞こえ小枝に数本の小剣が突き刺さり、粉砕する。
「え……」
 エルファンドはガイルを見詰めた。
 ガイルは首を傾げ、眉間に皺を寄せ、舌打ちをした。
「信じてないようだね」
「信じられるか!」
「疑心暗鬼になるのは分かるよ。でも、信じて欲しいな」
 マックスウェルの肩が少し高くなる。
 エルファンドは足下を見て、マックスウェルの横顔を見詰めた。浮遊術。会話をしている間で術を発動させたのだ。
 ガイルは眉間に皺を寄せ、首を捻り、耳をエルファンド達の方に向けた。
「一人いなくなった?」
 エルファンドはその姿に嗚咽を漏らしそうになる。その仕草は明らかに目の見えない人間が、音で確認する仕草だ。
「ガイル。私はカルブバーリドゥ。アバン・ヘルムだよ」
「――あ、そうそう。そんな名前だった。そんなお偉いさんがなんの用だ」
 マックスウェルはティコを一瞥する。ゴーグル越しの瞳がマックスウェルを一瞥し、黙ってガイルに視線を移した。
「――なんでかなあ。助けてくれてもいいと思うんだけど」
 マックスウェルはティコに苦笑いを浮かべる。
「手助けする事なんてないけど? 早く彼を見て上げたいから捕獲よろしく」
 エルファンドは首を傾げ、竜王は頷いた。
「なるほど。で、入り乱れてるなのか?」
 マックスウェルはガイルを見つめて、口の端を上げた。
「――それだけじゃないんだけどね」
 マックスウェルの片手がスッと軽く振られた。
 突然、ガイルの後ろに影が降り立つ。ガイルは振り向こうにも、振り返れなかった。その影は、すでにガイルの首筋に手刀を落し込んでいた。
「ごめんね、ガイル。しばらく眠ってて」
 力無く崩れるガイルの腹部に手を回す、マックスウェルの秘蔵っ子オーパ・グラグルがいた。
 オーパは素早くマックスウェルの後ろに、戻ってくる。
 マックスウェルはガイルを確認し、街道を見詰めた。
「――随分な出迎えじゃないか、森の帝王よ」
 街道の真ん中の地中から大きな茶色い頭が現れ始めた。顔半分だけ現れ、その巨大な瞳がゆっくりと開いていく。
「――随分と大所帯だな。術界の帝王よ」
 地底から響く低音に、視察救援隊の人間達は、互いに抱き合い必死に立っていた。
 マックスウェルは軽く肩を竦ませた。
「何をそんなに警戒してるの? 別にお前さんを捕らえにきたわけじゃないよ。それにダメだよ、ガイルは人間なんだから、ちゃんと食事取らせなきゃ」
 森の帝王の瞳が、オーパの腕の中にいるガイルに注がれた。
「取らせたくとも…… 儂にはもう出来なかった」
「――そう。僕らはこの先の集落に用があってね。通してくれないかな」
 大きな瞳が見開いた。
「行って何になる」
 ガイルを心配そうに見つめていたエルファンドは、その言葉に振り返った。
「行かなきゃ、どんな状況なのか分からないでしょう! 助けに行くのに、その地に足を踏み入れなければ、我々は何も出来ない人間だ、貴方とは違う!」
 森の帝王はエルファンドをしばらく見詰め、地を揺るがす溜め息を吐いた。
「――なるほど」
「で。この腐敗臭はなんだ?」
 竜王はその瞳を見詰めていた。
「さてね。人間同士のいざこざには興味ない。儂は守りたいモノを守ったにすぎぬ」
 竜王はオーパの腕にいるガイルを見た。
「守った? これで守ったといえるのか?」
 竜王は再び森の帝王を見据えた。
 森の帝王はゆっくりと瞬きをし、再び溜め息を吐いた。
「分かって、そういう事を聞くのか」
「まあ、取りあえず命は助かったんだから、良しとしてあげなよ」
 ティコが竜王に微笑んでいた。竜王は口角を思いっきり下げ、ガイルを見詰めた。
「で。お前さんはどうなの?」
 ティコが森の帝王に微笑んだ。
 森の帝王の瞳が左右に揺れる。
「何が聞きたい」
「俺は万能医者。お前さんの具合を聞いてるんだよ」
 ティコは笑い掛けた。エルファンドはティコのなんの脈略もない問いに、内心首を捻っていた。
 森の帝王は深く息を吐き出した。
「見ての通りだ」
 ティコは周囲を見渡し、苦笑いを浮かべる。
「なるほど。森は取りあえず健康そうだね」
「――だが、もう戻れぬ。憎いぞ人間。なぜ、儂の邪魔をした」
 マックスウェルは肩を竦ませた。
「僕達も被害者でね。一年前くらいにこんなヤツ、見掛けなかった?」
 マックスウェルがそういうと、五人の男女が地面から沸き上がってきた。
 森の帝王は大きな瞳を寄せ、五人を見詰めた。
「その内の三人は、ここを通って行った。その、仲睦まじく寄り添っている男女と、その脇の男だ。そいつらは、集落に来た時は十人だった」
「そう、十人ね。こいつらが、いざこざの元凶でもある流行病を、撒き散らした連中さ」
 突然、森の帝王は吠え叫んだ。その咆哮(ほうこう)は大地を揺がし、森の樹々も護衛騎士団ですら、震え上がらせた。
 咆哮と共に森の気が暗くなっていく。森の樹々から、禍々(まがまが)しいどす黒い空気が吐き出され始めた。
 視察救援隊達はすでに自らの足で立っていることは、不可能だった。
 マックスウェルが眉間に皺を寄せる。
「堕ちるな、森の帝王っ!」
「なぜだ! なぜ、人間は儂のモノばかり奪うのだ!」
「と‥ちゃん」
 気絶しているはずのガイルの口と閉じた瞳から、親を慕う念が零れ落ちた。
 森の帝王は大きく目を見開いた。
 マックスウェルは溜め息を吐く。
「お前が今堕ちれば、このガイルだってお前の犠牲になるんだよ。お前はガイルを守りたかったんじゃないの? それはお前のモノより大切なモノじゃないの?」
 森の帝王はゆっくりと目を閉じ、睫毛を震わせた。
 竜王がガイルの頭を撫でる。
「――親になるってそういう事だ。失った後、後悔しても遅い」
 マックスウェルは竜王を一瞥し、森の帝王を見詰めた。
「森の帝王よ。ゆっくりと休むがいいよ。お前の大切なモノ、後は我々でなんとかするから」
「――頼む。儂はもう会うことはないだろう…… 語り尽くせぬ思い、分かってくれるか?」
 マックスウェルは大きく頷いた。
「分かるつもりだよ。こう見えても、いろいろと楯突いて、今の幸せを手に入れた口だからね」
 森の帝王はマックスウェルや竜王、ティコを見て、目を細めた。
「そうか。それなら安心だ」
 森の帝王はガイルをしばらく見詰め、名残惜しそうに目を閉じ、ゆっくりと地面に消えていった。


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