第一章 2.2
ウナルバ領の復興再建の立ち上がりは、どこよりも遅かったが、あっという間に他の領地に追付き、今日明日中にでも追抜きそうな勢いがあった。領主代理であるエルファンドが、自ら先頭に立ち精力的に動いた結果だろう。
その功績は現領主であるガエシャルの耳にも届いていた。ガエシャルも復興と共に活力が戻ってきていた。
エルファンドが旅姿でガエシャルの寝室を訪れると、ベッドから出、書机で書類を捲っていた。
「父上、起きていて大丈夫なんですか?」
ガエシャルは書類から目を離し、エルファンドに笑い掛けた。
「なに、体力が戻ってくれば、治りは早い。まだまだお前には負けんよ」
エルファンドはガエシャルの口振りに黙って苦笑いを浮かべる。だが、内心はホッとしていた。勝ちたいと思う気持ちが芽生えてくれば、回復も早い。安心して、家を空けられる。
「旅姿をしているところを見ると、視察に行くつもりか?」
「特に被害の大きい郷だけでも視察をと思っていたのですが、父上が復活されたので、感染ルート周辺郷も見て来ようと思います」
ガエシャルはエルファンドに頷いた。
「分かった。逐一報告を頼んだぞ」
「はい。では、行ってまいります」
エルファンドはガエシャルに微笑み、部屋を出ていった。
ガエシャルは事細かに整然と纏められた報告書を見て、溜め息を吐く。全てエルファンドの手によって綴られた報告書だった。
「シヴァの金ともなると、さすがに違うな」
ガエシャル自身も爵位を継ぐ前は帝国戦士に身を置いていた。だが、最終位はエルファンドよりも三位下の上級。上級より上位に上がるには戦士としての能力だけではなく、指揮官や司令官の能力も必要となってくる。
「いい領主になるだろうな、エルファンドは」
ガエシャルは書類を捲りながら、満足げに頷いた。
エルファンドは馬に揺られながら、辺りを見渡している。膝元のウナルバ郷と隣りのバチナス郷との郷境庄のクッケン庄にいた。
「クィナ庄を出た途端、酷いですね」
エルファンドの右隣りに馬を並べている若い男が、荒れ放題の田畑を見ながら肩を竦ませた。
「働き手をかなり失った領民が多い証拠だ。この辺の保証は抜かりなかったはずだが」
左隣りにいた男が馬に乗りながら、起用に書類を捲りだした。
「――左様ですね。物資・人員ともにすでに配置されてます」
右隣りの男が手を上げた。
「アルスルーン様、一つ質問よろしいですか?」
「なに? クエス」
「前々から思っていたのですが、なぜ、物資と人員なんです? 金銭じゃいけないんですか?」
エルファンドは頷いた。
「無論、金銭面の援助もするが、金銭面だけ援助すると人間はだらける。旧ソヴァエル領がいい例だ。領主・郷主・庄長達が私腹を肥やし、一般領民には援助が回らない。第一、金銭は売る物がなければ、買いたくても買えないからな」
クエスは納得したように頷いた。
「なるほど、それは一理ありますね。それと、話は変わりますが、護衛は彼らだけでいいのですか?」
クエスは後ろを振り返り、視察集団の脇に付いてくる二人の戦士を見た。
エルファンドはクエスに苦笑いを浮かべる。
「護衛? 私には護衛は必要ないよ。自分の身は自分で守れる。彼らは君達の護衛であり、私のストッパーだよ」
クエスと左隣りの男、フラーナはエルファンドを驚いたように見詰めた。
「私共の護衛ですか!」
「そう。私を誰だと思ってるの? なんで同僚に守られなきゃならないのかな?」
後ろの二人組から声を殺した笑い声が漏れてきた。クエス達は互いに苦笑いを浮かべた。エルファンドは次期領主だが、その前に帝国高位戦士だ。
「すっかり失念していました」
エルファンドはクエス達に苦笑いを返し、前方に見えてきた集落を見詰めた。
「取りあえず、今は忘れていてもいいさ」
エルファンドはどこの庄でも領民の現状や要望などを親身になって聞き周っていた。
このバチナス郷ムスミア庄でも、男手を失った家族達の現状と庄長の話を聞いていた。
「エルファンド」
その声にエルファンドは振り返った。エルファンドと共に帰郷した同僚、ダニエが指でエルファンドを呼び寄せる。
エルファンドは周囲の領民達に笑い掛け、ダニエの側に寄って行った。
「なんだ、ダニエ」
「ちょっと仕事の話なんだが」
「仕事?」
ダニエは頷いた。
「竜王様から言われて、第一感染者の足取りを洗い出してるんだが、それがどうも……」
エルファンドは自分達の側に寄ってきたもう一人の同僚、ハルシを見た。
「エルファンド、ちょっと頭を貸してくれ」
ダニエは肩を竦ませた。
「なんだ、お前も疑問を感じたのか?」
「お前もか?」
エルファンドは首を傾げた。
「お前達が疑問を感じたのは分かったけど、何が疑問なんだ?」
「その第一感染者のナイト小僧、一人じゃなかったらしいんだよ」
エルファンドはダニエとハルシを見た。
「私が聞いた限りでは、一人だったはずだけど?」
ダニエもハルシも頷いていた。
「俺らもそう聞いていた。直轄区に入ってくる時は同僚のナイト達と三人で入ってきたのが、出入帳に書かれていた。直轄区外でナイト小僧が立ち寄った所を聞いて回ったんだが、そこでは一人だったんだよ」
エルファンドはダニエの言葉に頷いた。
「で?」
「俺らはなんで足取りを今更洗い出ししなきゃならないのか分からなかったんだが、帝王領直前まで、そのナイト小僧、四人の人間と一緒に行動していたらしいんだ」
エルファンドは顎を撫でた。
「ふうん。それで?」
「それでって……」
ハルシはエルファンドを見詰めた。
エルファンドは苦笑いを浮かべた。
「だから、クィナ庄やクッケン庄、で、このムスミア庄でも四人連れでいたのか?」
「いや。クィナ庄で四人、クッケン庄で二人、ムスミア庄で三人ってバラバラなんだよね」
「なるほど。竜王様はたぶんその四人の話が耳に入ったんだろうな。で、大地の記憶はどうなんだ?」
エルファンドが二人を見ると、ポカンと口を開けていた。
「だっ、大地の記憶?」
エルファンドは呆れたように、溜め息を吐いた。
「竜王様がお前達を連れて帰れって言ったのが分かった気がする。私を巻き込む魂胆だったんだな」
ダニエは苦笑いを浮かべた。
「多分な。大地の記憶なんて考え、毛頭なかった」
エルファンドはしゃがみ込み、小柄を使い、地面に円術陣を書き出した。
「人相玉を貸してくれ」
ハルシはエルファンドに人相玉を差し出す。エルファンドはその玉を円術陣に置き、口の中で文言を唱えた。
人相玉がボウッと自ら発光し、しばらくすると、光が消えていった。
エルファンドはその玉を返し、円術陣の上で小柄を複雑に動かした。
円術陣が発光し、立ち上がるエルファンドの前に、若い男の姿が現れた。
「これがナイト小僧?」
「だな」
エルファンドは投影された男をしばらく見詰めていた。男を中心に映し出された風景がゆっくり動いていく。男は頻繁に横を向き、楽しそうに口を動かしている。
「あやしいなあ」
エルファンドは顎を撫で、その男を見詰めていた。
エルファンドの側にクエス達が帰ってきた。
「アルスルーン様」
「ちょうどいい所に帰ってきた。一番大きい連絡玉二つちょうだい」
エルファンドは大地の記憶を見詰めたまま、フラーナに手を出した。
「連絡玉ですか? 急用でも?」
「父上にではないんだけど、早急に伝えなきゃならない事が出来てね」
クエス達はダニエとハルシを見て、エルファンドを見詰めた。
「何かあったのですか?」
「検証が必要になったの。私達じゃどうにも出来ない事だから、上に指示を仰ごうと思ってね」
フラーナはその言葉を聞き、慌てて十センチ位の水晶玉を二つ取り出した。
「あれ、随分デカいな。これなら一つでいいや」
エルファンドは水晶玉を一つ手に取り、円術陣の中に置き、今度は二本指で円術陣の上にさらに術陣を空中に描いた。空中の円術陣がポッと青白く浮かび上がり、自転し始める。
ダニエは溜め息を吐いた。
「お前、なんで、戦士登録なんだ?」
「なんでって、術は苦手なんだよ。術剣士も術士も無理。あんな才能ないからさ」
「そんだけ出来て、術が苦手なんて嫌味にしか聞こえないよ」
ハルシは苦笑いを浮かべた。
エルファンドは自転する術陣を見詰めながら、口の端を上げる。
「私は竜王様直属のお前達の方が、羨ましいけどな。私は起用貧乏なんだよ」
ダニエとハルシは互いに顔を見合わせた。エルファンドも、カッツェリーグの直属だ。自分らの上司である竜王に言わせると、カッツェリーグに目を掛けられている奴等は、怒らせてはならない輩が多いらしい。このエルファンドもしかり。
『いつも言われて分かっているとは思うが、エルファンドを怒らせるなよ』
帰郷時、竜王が自分達に囁く言葉。
確かに怒りで我を忘れたエルファンドは見た事がない。どんなに周りが憤慨しようと、エルファンドは常に己を忘れない。皆と一緒に怒りはするが、次の瞬間、対策や手立てを口にする。
「エルファンド、お前マジで怒った事あるのか?」
「は? なんだよ、いきなり」
エルファンドはダニエの言葉に苦笑いを浮かべた。
「いや。長年一緒につるんできたが、一回も激怒ってるところ見た事ないなあと思ってさ」
エルファンドは顎を撫でた。
「うーん…… 自分でも不思議なんだけど、怒りで我を忘れるって事ないかなあ…… ああ! 一回だけあったな」
エルファンドはダニエとハルシに笑い掛けた。
「一回だけかよ」
「我を忘れたのはね。それ以来、ないかな」
エルファンドはそう言って、手首の腕輪をクルッと回した。腕輪の金飾りがシャランと鳴り響く。
ダニエは溜め息を吐いた。
「よくそんな腕輪して剣振れるよな」
「これ? 御守だよ。それに剣振る時は、勝手に縮まってくれるから、気にならないし、簡易小手にもなるしね」
エルファンドは両手首を見せ、ダニエとハルシに笑い掛けた。ハルシはエルファンドを見る。
「これ…… 御守じゃなくて、枷なんじゃ」
ダニエもエルファンドも驚いたように、ハルシを見た。
「なんで私に枷!?」
ハルシは苦笑いを浮かべた。
「何となくそう思っただけだ。俺のダチにそういうの付けてるのいるから。そいつは研究員だけどね」
エルファンドは腕輪をジッと見詰めた。
「ずっと御守だと思っていたよ」
「いや、まだ枷と決まったわけじゃないし。誰からもらったんだ?」
エルファンドは苦笑いを浮かべた。
「お袋だけど」
「お袋さんなら御守なんじゃね?」
エルファンドは腕輪を指で回した。
「だといいんだがな。貰った時期が時期だけに、枷なのかな…… ブチ切れた時に貰ったんだよ。ショックだなあ。今までのアイデンティティが崩れたよ……」
エルファンドはダニエ達に苦笑いを見せた。ダニエ達にはあまりショックを受けているようには見えなかった。
「ん。終わったみたいだな」
エルファンドは円術陣を解体し、連絡玉を手にした。
エルファンドが連絡玉に息を吹き掛け、空に投げ上げると、水色に連絡玉が発光し、次の瞬間、連絡玉は消え失せた。
「さてと。次の庄に行こうか」
エルファンドは四人にそう微笑み、歩き出した。
ダニエ達は顔を見合わせ、慌ててエルファンドの後を追い掛けた。
↓後書きはこちら!↓
小説『グロッサム』後書き
(剣崎輝のBlogカテゴリーになってます)
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。