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  Growin'up to something -SECOND BIRTH- 作者:剣崎 輝
第三章 2.1
 まず覚醒したのはキースの嗅覚だった。熟れた果実のような甘く魅惑的な香りが鼻腔をくすぐる。次に聴覚が直近で聞こえる寝息と、遠くに聞こえるどこか刹那的なざわめきを捉えた。
「――アチャル、帰らないと」
 キースはそう言いながらも、隣に寄り添う体温に手を回した。感触は女性特有の柔らかくキメの細かい肌を伝えてくる。その感覚にものすごい安心感を覚え胸をなで下ろした。
 あれは悪い夢だったに違いない。そう思ったキースは少し口の端をあげ、いつものように、ゆっくり抱きしめた。
「アチャル、帰らないと…… また怒られるよ」
「ん…… あら、気がついた?」
 キースはその声に目を見開き、目の前にある、アチャルとは違う青玉のような瞳を見つめた。
「彼女と間違えた? ごめんね、彼女じゃなくて」
 キースは弱く首を振る。
 その青玉のような瞳で、夢見心地から急に現実に引き戻された。薄茶色の瞳のアチャルはもういない。いつものように照れくさそうに笑って起きるアチャルはもういない。
「あらあら眉間に皺を寄せちゃって」
 青玉が一度まぶたに消え、ゆっくりとキースの視界から外れていく。
「ずいぶん、疲れてたみたいね。三日間寝通しだったわよ」
 豊満で色白の乳房を隠すことなく、その女性は大きく伸びをし、再び、キースの横に寝転び、彼に笑いかけた。
 キースは慌て起き上がるが、急激なめまいに襲われ、頭を抱え込む。体に力があまり入らない。今まで感じたことのない気だるさがかなりある。
「マックスウェル様の一撃喰らったんでしょ? そっちの方はもう少し時間かかるわね」
 キースはため息を吐き、ベッドに再び身を沈めた。女性はキースに微笑み、彼の胸元を指でなぞる。
「あたしはチェリー」
「キース」
 チェリーは胸元からキースの髪へと指を移し、琥珀色の髪束を指で弄びだした。
「頭、起きてきた?」
「最悪な現実に戻ってきた」
「あら、最悪なんてヒドいわあ。まあ、いいや。キースはなんでここにいるのか、さっぱりわからないって感じ?」
 キースはその言葉に頷きつつ、見える範囲で周囲を確認する。生活感が感じられない高そうな調度品。飾りたてられた内装。ベッドの天蓋から垂れ下がる豊富な薄絹。
「ここは…… 娼婦館か?」
「当たりよ。プロト随一の最高級娼婦館、椿」
 キースは再びため息を吐いた。なぜ、マックスウェルは自分をこんな所に連れてきたのか、まったく検討も付かなかった。
「目が覚めたようだな」
 部屋の扉が開き、男が入ってきた。キースはその男を見た瞬間、チェリーを背にかばい男を見据える。男も彼女もその不可解な行動に首を傾げた。
「お前、いきなり何構えてるんだ?」
「どうしたの?」
 キースは男を見据えたまま、さらに彼女を壁際に押した。
「いったいどうしたの、キース? ジョウはマックスウェル様の部下よ?」
 キースはジョウと呼ばれた男を見据えたまま、彼女に言葉を返した。
「あの人の部下?」
「そうよ。マックスウェル様の直属の護衛騎士よ」
 キースは改めてジョウを見つめる。
「護衛騎士…… その高位戦士が、こんな俺に、なんであんな事持ちかけてきた」
 ジョウは首を傾げた。
「なんの話だ?」
「とぼけるな」
 ジョウは肩を竦ませ、キースの言葉を否定した。
「とぼけるもなにも、全く心当たりがないね。とにかく、目が覚めてもお前は当分ここで過ごす事になる」
「は? なんでここに居なきゃいけないんだ! 帰らせてくれ!」
 ジョウは首を振る。
「無理だな」
「いいじゃない。タダで最高級娼婦と遊べるなんて、儲け物だと思うけど?」
 チェリーはそう言いながら、キースの前に出、彼の首に抱きつき微笑んだ。
「それともあたしが嫌い?」
 キースはそんな彼女に目を丸くする。
「チ、チェリーさん? な、何をいきなり?」
 ジョウは肩を竦ませ、扉に手を掛けた。
「とりあえず、お前よりチェリーの方が分かっている。なんでここに居なきゃなんないのか、教えてもらうんだな」
「まった! 撫子さんは、撫子さんはどうした!」
 ジョウはベッド脇にある小さなサイドテーブルを指差した。
「その石の事か?」
 キースはテーブルの上にある拳大のアメリクサを見て、安堵のため息を吐いた。
「たまに様子を見にくる」
「まっ、まったっ!」
 キースはジョウに手を伸ばした。再び呼び止められた彼は肩を竦ませる。
「まだ何かあるのか?」
「ある! なんであの日、いい小遣い稼ぎがあるって、誘ってきたんだ」
 ジョウはキースを見つめ、肩を竦ませた。
「あのな…… さっきも言ったがお前に会ったのは、今日が初めてだ」
「ウソだ。お前は見えていた」
「何を?」
「青だ」
 ジョウはキースを見つめ、眉間に皺を寄せた。
「青? 見えた?」
「そうだ。俺が情報収集のために青を飛ばした時、お前が面白いの飼ってるなって話しかけてきたじゃないか」
「俺が?」
 ジョウは戸口からベッドに近付いてきた。
「俺で間違いないのか?」
「え?」
 キースはジョウの言葉に、一瞬違和感を覚えた。
「俺で間違いないんだな?」
 いきなり鋭い眼光を放つ彼に、キースは眉間に皺を寄せた。
「ジョウ、今の変よ?」
 チェリーもその違和感に気がついたらしい。彼は彼女を一瞥し、キースを見据えた。
「どうなんだ、キース」
 キースはジョウを見つめ、自分の感じた違和感を考え、彼に片手を上げた。
「質問を変える。帝国戦士・術士・魔導剣士は、いつでも身分が分かるモノを身に付けているのか?」
 彼はキースの機転に、口笛を軽く鳴らした。
「さすがマックスウェル様が一目置いているだけはあるな。帝国所属になった者は術士だろうが護衛騎士だろうが、証になる物は何時も身に付けておかなければならないのが規律だ。俺の場合、腕輪とバックルだ」 キースはジョウに頷いた。
「正確に言えば、その証を付けていないあなたに、あの日声を掛けられた」
 彼はキースの言葉に頷き返した。
「それなら合点がいく。いい情報をありがとう」
 ジョウは口の端を軽く上げ、部屋を出て行く。
 キースはジョウが扉を閉めた途端、大きくため息を吐き、ベッドへ倒れるように横になった。チェリーもキースに釣られるようにベッドに寝ころんだ。
「あたしには話が見えないんだけど?」
「俺が会ったのは、あの人にソックリな別人。中身もソックリだった。たぶん、双子」
 チェリーは納得したように頷いた。
「なーる。で、キースは最初、同一人物だと思って警戒したわけね。そのジョウのソックリさん、怪しい人だったの?」
「怪しかったね」
「そっか。それより、聞きたいことない?」
 チェリーはキースに口の端を上げ、再び、胸元に指を這わせた。
 キースはチェリーの顔を見つめ、腕を頭の後ろに回し、溜め息を()いた。
「聞いても教えてくれなさそうな事ばかり、浮かんでくるよ」
「例えば?」
「俺がなんで娼婦館に幽閉されなきゃいけないのとか」
 チェリーは肩を竦ませ、キースの腕に頭を乗せ、キースを上目遣いに見つめる。その視線をキースは一瞥し、ベッドの天井を見つめた。
「こんなにいい女が側にいるのに、やる気が起きない理由とか」
「それは力が戻ってきてないからでしょ? その為にあたしがいるんだし」
 キースは不思議そうにチェリーを見つめる。彼女はキースに微笑み返した。
「不思議?」
「不思議っていうか、それがチェリーさんがいるのと繋がらない」
「自分がどういう身体か分かってる?」
 キースはチェリーの問いにしばらく考えを巡らせた。
「どういう身体か…… まず他人と違うのは赤と青がいる事。赤と青は俺を糧にしてる事。でも俺以外にも糧にする事が出来る…… 撫子さん曰わく、赤と青を拒否してるらしいけど…… 拒否しているから俺以外に糧を求めるんだとも言ってたけど……」
 チェリーはキースの言葉に肩を竦ませた。
「なんだ、全然分かってないじゃない。あの孤高の幻魔導師の生まれ変わりだって聞いたから、まるっと分かってるのかと思ったのに」
 キースは眉間に皺を寄せた。
「撫子さんも言ってたけど、生まれ変わりだか知らないけど、俺には関係ない」
 チェリーはサイドテーブルにあるアメリクサに手を伸ばした。
「ふうん。成れの果てか……」 チェリーはいきなり振りかぶり、アメリクサを思いっきり壁に投げつけた。壁に当たる直前アメリクサが光り、マリアラードが姿を現した。
 マリアラードはチェリーを見つめ、眉間に皺を作る。
「――ずいぶんと乱暴な起こし方ね」
 チェリーはマリアラードの表情に肩を竦ませる。
「うわあ、すんごい喧嘩腰! そんなにウォルティス・アギフォルナが大事?」
 チェリーはそう言いながら、起き上がったキースに抱きつき、マリアラードに口の端を上げた。
「――離れなさい」
「それとも潔癖症なのかしら? ああ、違うか、自分が抱いてもらえなかったから嫉妬してるのか」
「離れなさい!」
「いやよ」
「離れなさい!」
「いーや!」
 突然始まったマリアラードとチェリーの口喧嘩に、キースは肩を竦ませた。
「あのさ」
「キースは黙ってなさいっ!」
「キースは黙っててっ!」
「あ、はい」
 女性の剣幕に触れたキースは思わず首をすくめた。
 マリアラードとチェリーは再び睨み合う。
「いいから離れなさい!」
「イ・ヤ・よ。聡明の撫子も嫉妬するんだ」
「関係ないでしょ! 離れなさいって言ったら離れなさいよ!」
「ヤだよ~」
「この売女ばいたっ! 離れなさいっ!」
「あ、あ、言っちゃあいけない事口にしたわねっ! このブスっ!」
 チェリーはキースから離れ、ベッドの脇に降り立った。
「ブスでけっこう。脳みそがない売女よりはましだわ!」
「こちとら、体はって商売してんだよっ! 頭でっかちで色気のイの字もないようなおぼこに言われたくないわっ!」
 キースはチェリーから解放され、しばらく二人の口喧嘩を眺めていたが、決着がつきそうもない様子に再び肩を竦ませ、窓越しの青空を見上げる。
 チェリーは三日間寝ていたという。アチャルの頭部を服で包んだあたりから記憶が途切れている。次に記憶があるのは、豪華な部屋にいるマックスウェルとマリアラードの声だった。次はこの娼婦館の部屋。
 アチャルの遺体はどうなったのか、ガイルは一体どうしているのか、あそこで出会った三人の女戦士はどうなったのか……
 考えれば考えるほど、記憶がないのがはっきりしてくる。
 ただ、アチャルの死だけは鮮明に覚えていた。
 アチャルを思うと泣けてくる。アチャルへの手紙で宿で待つ指示を出しておけば、あんな事にならなかった。アチャルに会いたさで、道端で落ち合えるよう指示したのは自分だ。そんな自分の不甲斐なさに打ちのめされる。なぜこんな自分ではなく、誰からも可愛がられ愛されていたアチャルが、あんな死に方をしなければならなかったのか。
「――俺だったら良かったのに」
 キースは両膝に額を付けた。なぜか泣きたくても泣けない。体が張り裂けそうなくらい悲しい。息が詰まりそうなほど苦しい。でも泣けない自分がいる。無駄に復讐心が燃えている。自分であの化け物を倒したはずなのに、復讐心は治まるばかりか、燃え盛っている。
 分からないことばかりが起きている。そう思えてしかたがなかった。
 でも、安心出来るアチャルの笑顔はもう見れない。
 ふと自分の記憶に違和感を覚えた。なぜ、アチャルの頭部を服で包んだのか。



『オトナの社会はお前さんが思っている以上に複雑怪奇なんだよ』



 突然、頭の中にそんな言葉が湧いてきた。聞いたことのない声に聞いたことのない言葉。
 キースはその言葉で自分の記憶を消された事に気がついた。会ってはいけない人物に出会った。普通なら会うはずのない人間に接触した。
 キースはその言葉にため息を吐いた。
 オトナの社会よりも、今目の前で繰り広げられている女同士の口喧嘩の方が複雑怪奇だと、キースはマリアラードとチェリーを見た。



To Be Continue……



 


↓後書きはこちら!↓
小説『グロッサム』後書き
(剣崎輝のBlogカテゴリーになってます)

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↓キースとガイルの少年時代↓
Be born to something- CHILDHOOD'S END-

↓剣崎輝のま〜ったりBlog↓
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